潜入開始
【ログイン9日目】
はーい。ログインしてきましたー。
ちゃんと寝てきた。
ご飯も食べたし、風呂も入ってきた。
おまけに勉強……はしてない。
いや、そんなもんでしょ?
男子高校生なんてさ。
まあ、そんなどうでもいい話は置いといて。
重大な問題が発生した。
昨日の暇な時間に携帯電話をいじってたら。
あの加藤から、連絡が入っていたのだ。
問題なのはその連絡の内容。
その文面はこうだ。
おいハルキ。明日の9時から一緒にレベル上げしようぜ。集合場所は南の草原エリアの門から出た付近な。学校のやつらが何人か来るらしいから、絶対に来いよな!
とのこと。
いやー、キツイっすねー。
どう参加すればいいんだろうなー?
というのが、昨日の俺の率直な感想。
そこから、どうやって断るための良い言い訳をするかを考えるのに、かなり時間がかかってしまった。
最終的な言い訳は。
まだ始めたばっかりでレベルも低く、動作にも慣れてない。そのせいでみんなに迷惑はかけたくないから、今回は不参加にする。すまん。また今度な。
という、なんとも情けない理由となった。
まあ、合格点だろ?
ちゃんと考えたんだ。若干、不自然だとしても許してくれ。
ちなみに、現在の時刻は午前7時5分。
あと1時間55分後にみんなはログインしてくる計算だ。
もしくはその前にログインしてくるかも。
だが、みんなと言っても誰が来るかは把握していない。
確定してるのは加藤だけだ。
その他は、誰が来るか何人来るのかさえも分からない。
だが、そんなのは正直どうでも良い。
どうせ参加しないんだし。
しかも、また今度って言ったって、人間に《変化》出来るようにならなければ、ずっと参加することは出来ないままなのだ。
本当に憂鬱。
俺だって、せっかくVRMMOなんていう最新のゲームをやってるのだから、友達と楽しくパーティ組んで遊びたい。
でも、こんな種族のせいでそれは叶わないものになるかもしれない。てか、なっている。あー、ムカついてくる。
だがしかし。
元はと言えば、この種族を選んだ俺が全て悪い。
それを理解しなければいけないのは分かってる。
一旦、冷静にならなければ。
深呼吸。深呼吸。
ふぅ。落ち着いた。
オッケー。
気持ちは切り替えた……と思う。
では。
今すべきことをやろう。
俺は今日すべきことを確認する。
と言っても、すべきことは少なめだ。
一つ目は街に侵入することだ。
これは簡単にできると思う。街の城壁は確かに高いが、俺の《念力》での空中浮遊を利用すれば乗り換えることは容易いはず。
だが、気をつける点もある。城壁を乗り換える際、プレイヤーに俺の姿を見られてはいけないことだ。
そうするとプレイヤーは騒ぎ出し、プレイヤー全員で俺を探し出そうとする。
こうなれば一度退散するしかなくなり、次に侵入する時にも、侵入しづらくなってしまうからだ。
二つ目は街の探索と把握だ。
安全に侵入することが出来れば、これを行うことは簡単だ。《潜伏》を発動させながら街を周っていれば《地図》によって自動的にマッピングされるからな。
しかし、これにも注意点はある。それは時間だ。
現在の《変化》のスキルレベルは4、よって変化できる時間は40分間となる。その間に街のマッピングを全て終え、目ぼしい場所の調査まで終わらせなければならない。それを完璧に出来るかどうかは怪しいのだ。
要するに、とにかく時間との勝負となってしまう。
そんな厳しい状況のなかで、さらに三つ目。
それは草原エリアへと行くことだ。
このゲームを始めてから、俺の知る場所は森と洞窟のみだ。そして、知るモンスターもウルフのみ。
それでは俺も含めて誰でも飽きてしまうだろう。
なので、この機会に草原エリアへと遠征に行ってみたいのだ。まあ、安心して欲しい。これは俺の感情的に決めたわけじゃない。ちゃんと合理的な理由があるのだ。
《変化》の時間は40分とかなりギリギリだ。間に合うかは分からない。だが、もし間に合わなかった場合、一度草原エリアへと避難することによって、《変化》が解けても大丈夫になるのだ。
さらに、スキルのインターバル間は草原エリアで時間を潰すこともでき、あとは《変化》を再発動させて続きからマッピングすれば良いって作戦なのだ。
とても合理的だろ?
我ながらいい考えだと思う。
じゃあ、さっそく行ってくるとしよう。
俺は《念力》を発動させた。
☆☆☆
ふぅ。城壁の前までやってきた。
移動だけで時間をかなり使ってしまったんだよなー。
《念力》での空中浮遊をしながら森で見かけるウルフを狩っていたら、気づけば時間が過ぎていたのだ。
こういうところを直さなければ、と思うのだが中々できない。つい魔がさしてしまうのだ。
俺は目の前の城壁を見上げる。
こうして見ると、すっごく高いなぁ。
何メートルくらいあるか、俺には計れない。
確かにここまで高いと、壁をよじ登って侵入しよう! なんて輩はいなくなるだろうな。
途中で落ちたら即死だろうし。
そんな勇気もない。
しかし、俺の《念力》は別だよな。
安全にかつ効率的に侵入することが出来てしまう。
本当に、持っていて良かったスキルだ。
俺は《念力》で自分を浮かせる。
そして、そのまま城壁の上部へと高度を上げていった。
ここで、念のため周りを見ておく。
誰かに見られていたら大変だからな。
よし、360°どこにも誰もいないことを確認した。
まあ、こんなに入念に見る意味もないかもしれないのだけど。
仮に、俺の周りに誰かしらいたとしても、現在俺が発動している《潜伏》の効果で俺のことを認識できていないと思うからだ。
なので、本当に念のための確認をしただけなのだ。
では。
街へ観光と行きましょうか。
俺は肝心の《変化》を発動させる。
イメージするのは猫。
それも真っ黒で小柄な猫。
あと、可愛らしさも。
よしよし。だいたいこんな感じかな。
イメージを頭の中で完成させる。
一度試したことがあったからか、思ったよりスムーズにイメージすることが出来た。約2秒くらいでな。想像力には自信があるのだ。
俺は閉じていた目を開けた。
すると。
俺の姿は猫になっていた。
まあ、猫になっていたと言っても俺の主観では、本当に猫になったかどうかは分からない。だが昨日、マーナさんの前で《変化》した時に何も言われなかったので、恐らく大丈夫だろうと判断する。
流石に《変化》が上手くいってないのに何も言わない、というのはマーナさんの性格からして考えにくかったからだ。
と、俺は思考を完結させた。
そうして、俺は人目につかないように素早く城壁の上から街の中へと降りて行ったのだった。
☆☆☆
――約二十分後――
うおおおおおおおおおおお!!!!
すげぇぇぇぇぇ。
俺は現在、この街でもっとも大きな道を歩いている。
もちろん猫の姿に《潜伏》を発動させた上で。
そんな俺が何故、こんなに驚いているかと言うと。
この街があまりにも、異世界ファンタジー系の都市やよくあるRPGの街に似ていたからだ。
というか、もはやそれだ。
明らかにそういうモノを元に造られている。
まあ、詳しく言うと。
建物や道など街の風景は完全に中世ヨーロッパであり、道に沿ってプレイヤーやNPCが経営していると思われる店が建ち並んでいる。しかも鍛治、錬金、調薬、料理、おまけに裁縫なんかの店が多くあるのだ。
そして最も驚いたのはプレイヤーが全員美形だと言うことだ! 若いやつはイケメンに美女、ちょっと歳をとっていてもそれはそれでカッコいい感じだし、大人の魅力溢れている。まだ中学生くらいの子でもイケメンや美少女だらけ。だが流石にお爺さんは見当たらなかった。ちょっと見てみたい気もしたが、しょうがない。
しっかし……。
みんなガッツリとキャラメイクで弄ってるんだなぁ。
俺はウルフだったから、適当にやってしまったが。
もしかすると、ウルフ界だとウルフのイケメンなんてのもあるかもしれないな。ウルフにモテても俺は嬉しくないがな。
おっと。思考が脱線してしまった。
二十分かけて街を探索したおかげで分かった事がある。
まず。この街は円形で、南と北にそれぞれ門が設置されている。これは俺も知っていた事だ。そして、その門同士を繋ぐようにして大きな一本道が通っており、その中心には、半径5メートル、高さ30メートルくらいの黒い杭のようなものが立っている。その杭を中心に円形の広場が出来ており、待ち合わせ中なのかプレイヤーが多く待機していた。この広場もかなり大きい。数百人は入るかもしれないほどだ。まあ、ここはあまり使わないだろう。
西側は娯楽施設が多くある。カジノやオークション、闘技場なんかもあった。もちろん大声で言えないような施設もしっかりあった。俺はこの中で最も興味のあった闘技場に行ってみると、プレイヤーが模擬戦をしていたり、NPCに指導を受けていた。恐らくチュートリアルだろう。見た感じあのNPCは鬼教官といった風貌だが……頑張れ。
東側は住宅地のようだ。家ばかりが建っている。どれも普通の家だが、それはどんどんと奥に行くにつれて貧相になっていった。多分、スラム街というやつだろう。大した知識はないが概ね想像は出来る。俺の仲間と思われる猫達もいた。しかし、仲間と思っていたのは俺だけのようだったので、その場を離れたのだ。
俺は東側の城壁を越えてきたので、気分が悪くなった後に一本道と街並みを見て気分が戻り、西側の闘技場でテンションが上がって帰ってきて――
――今に至ったのだ!
しかし……やることが終わってしまった。
早く終わることに越したことはないのだが、いざそうなると何もする事が思い浮かばない。こういうことよくあるよなぁ。
そう思いつつも俺はぼんやりと考え始めた。
案1
・プレイヤーとコミュニケーションを取る。
いや俺、猫だし。《念話》なんかしたら怪しまれる。
なので却下だな。
案2
・NPCとコミュニケーションを取る。
うーん。プレイヤーのようにはならないかもしれないが、ちょっとリスキーだ。《念話》も危険かもしれない。
が、保留だな。
案3
・猫のフリをしてプレイヤーに近づく。
俺が「ニャア」とか言うのか? 恥ずか死ぬわ。
だが、案としてはありだな。
が、精神的に保留。
案4
・プレイヤーを《鑑定》しまくる。
確かにプレイヤー達のステータスは気になるが。
万が一、《鑑定》を察知するスキルなんかあったらアウトだ。かなりピンチになると思う。
うーん、保留かな。
案5
・無差別殺人、プレイヤーを攻撃。
悪役ロールプレイング。思いっきり暴れてやるぜ!
……ふざけました。ごめんなさい。
もちろん却下で。
さて。俺の脳みそだとこれくらいしか思い浮かばない。
どれがいいだろうか?
案1と案5は却下だな。
理由は危険だから。それぞれ意味は違うが。
なので、案2〜4で選ぶわけだが。
安全策は3、理想は4、好奇心が2って感じだ。
これらを何とか上手い具合に纏められないだろうか。
俺は暫しの間、熟考する。
どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうす――
――閃いた!
全部乗っければいいんだ!
具体的に言うと。
まず、いかにも僧侶っぽい中学生くらいの女の子を見つける。そして《潜伏》を解いて近づき、あたかも俺の足が怪我をしているよう《偽装》する。ついでに弱った猫の声や仕草なんかもする。すると、俺に注目するだろう。そして、回復させようと魔法を使う。そのタイミングで《鑑定》をすれば、上手く誤魔化すことが出来るだろう。後はそそくさと帰れば良い。
フフフ。我ながら完璧な作戦だ。
NPCどこ? という疑問は聞かないで欲しい。
俺は俺の頭脳が怖い…………とは言わない。
そういうのは、とっくの昔に置いてきたのだ。多分。
………………。
……おっと危ない。
嫌なのを思い出すところだった。
暇つぶしの作戦は決まった。
後は行動に移すだけ。
《変化》の制限時間が来ない内にやってしまおう。
俺は足を速めたのだった。
――しかし。
俺はこの時、気付いていなかった。
俺自身が最も重要なことを忘れていたということを。
すなわち――
――猫の声真似が出来るか、ということを。




