荒くれ者モルファスとの対決
働き初めて1ヶ月が経った。暇さえあればモルファスを一体どうすれば改心させられるのか考えていた。自分には魂を癒すことはできても心を浄化することはできないのだ。
モルファスに、自分が間違っていると理解させる方法は何だろうか……。
出した答えは、『言って分からなければ身体で教える』だった。
人間は痛い目を見なければ学べないこともある……自分だってそうだ。
「皆さん、モルファスというお客のことで話したいことがあります。」
「1ヶ月か……よくもったほうだ、誇っていいよ新人くん。」
エルテミが残念そうに言った。
「そうだねぇ、そろそろお給料渡さないとね。」
スワビタは淋しそうだ。
「お前に料理教えるの面白かったのになあ……」
カリデは悔しそうだ。
「いえ、彼の横暴を止めたいんです。」
「「「え!?」」」
「新人くんが?」「あなたが?」「お前が!?」
見事なタイミングだ。
「彼には言ってもわかってもらえないでしょう。客室が散らかりますけれど……体術には自信があります。それから彼に事情を聞いてみるつもりです。」
三人はどうしても納得できないようで、喧嘩は駄目だと止めようとする。なにより僕が怪我をするのが心配だとも言ってくれた。
「では……少し待っていてください。」
自分の部屋から十七年式銃剣を、厨房から薪を持ってきた。三人の前で、放り投げた薪を宙返りしながら粉々にして見せると、やっと許しが出た。
「おい!いつもの!」
辺りが暗くなった頃にモルファスがやって来た。今日は自分が接客をする。
「はい、お客様、例の料理でございます。」
「ん?お前見ない顔だな。……新人なら仕方ない、俺への礼儀を店主に聞いてきな。」
「他人への礼儀がなっていないヒトに、他人から礼儀正しくされることはありません。」
彼はいきなり胸ぐらを掴んでこようとした。ここで避けたら暴れる段階まで激情させてしまうかもしれない。そのまま掴ませた。
「……一度だけチャンスをやる。客にふさわしい態度でいろ。」
「離していただけますか。これではあなたにふさわしい態度が取れません。」
「フン」
床に投げ捨てられたので受け身をとった。他の客が、慌てていつもよりモルファスから距離をとる。こちらの身長は130cm弱なのだからもう少し優しく扱ってほしい。
素早く立ち、銃剣を抜いてモルファスの眼を見ながら言う。
「表へ出てください。これがあなたへの、僕の礼儀です。」
「?」
モルファスは一瞬何を言われたのか分からないといった様子だったが、みるみるうちに顔を真っ赤にした。怒りというより焦りの表情だ。そして彼の身長と同じくらいの長さの棍棒を握った。
じりじりと後退りをして外へ誘導する。一刻も早く店の外に出したいところだが、相手に背中を向けてはいけない。後ろを見ず、腕を前に持ってくることで自分はいつでも万全の状態で銃剣を扱えることを示しながら進んでいた。
テーブルの位置は完璧に把握している……つもりだった。
「ぉ…」
しまった。テーブルの位置がずれている!さっき他の客がモルファスから離れる時にぶつかっていたのか。
モルファスはその隙を見逃さなかった。棍棒が床を抉った。
もう出口はすぐそこだ。全力で地面を蹴り、その勢いのまま転がって外へ出た。
もう一度棍棒を振り下ろした。外れた。何度も何度も小さな店員に向かって振った、しかし全部空振りだった。
(!? 棍棒の方があいつより速いはず……)
モルファスの筋肉の動きを細かく見て、次にどんな軌道の攻撃がくるか予測する。簡単に避けているが、なかなか攻められない。
(避けるのは簡単だ。だが……絶対に当たってはいけない。素材が木なのに石が抉れるなんて、あれはただの棍棒じゃない。)
棍棒が髪を擦り、その押し退けた空気が頬に触れる。……今だ!
モルファスが棍棒を振り切って息継ぎをした時に、助走ができるほどの距離をとった。走って突っ込み、体勢を低くして跳躍する……ふりをした。モルファスは棍棒を片手で横に持ち、足を広げて構えた。
かかった!手をついて重心を軸にして回転し、そのまま滑って足からモルファスの股下をくぐる。
「なっ!? う゛」
右のアキレス腱を切り裂いてやった。落ちた棍棒を蹴り飛ばし、バランスを失って倒れた彼の首に銃剣を突きつけた。
「はっ、はっ……僕の、勝ちです。もう、この店には……来ないで、ください。」
一歩間違えば一生治らない傷を負ったかもしれないのだ。流石に緊張で息が荒くなった。
「わ、わかった……もう来ない、もう来ない…。」
銃剣をとりあえず鞘のない状態で剣止めに固定した。
「約束ですよ。怪我の手当てをします。じっとしていてください。」
店の中に戻って銃剣を抜いたときに放りっぱなしだった鞘を忘れずに拾って銃剣を収め、清潔な布と添え木のために薪をとってきて怪我の治療をする。うまく立てない彼を家まで背負って行くことにした。
彼の家は山の麓にあった。店に帰ってきたときには閉店時間を過ぎていた。
「モルファスを送ってきました。床に穴を開けてしまって……それに布と薪、少し使ってしまいました、申し訳ないです。」
「いいんだよ。はー、しかしよくもまああんな……すごいねぇ。」
「もう新人くんって呼べないわ。」
「すげえなお前!体重の倍以上のものをあそこまで簡単に運ぶ奴初めて見たよ……」
三人とも呆れたような、ほっとしたような声で誉めてくれた。
それから1ヶ月経ち、辞めた人が戻ってきた。お金も十分に貯まった。
「お世話になりました。僕は旅に戻ります。」
みんな、やりたいことがあるのなら、と止めはしなかった。
商人を見つけて銀と銅を買い、ついでにルビーの産出地を聞いた。東の方角にあるナフリネ山とのことだった。
(東のナフリネ山……ルビーの産出地。)
アリベラーレの会話に耳を傾けていた影がいた。その影はアリベラーレに気づかれずにその場を後にしたのであった。
ナフリネ山に向かう前に、もうひとつ訪れるべき場所がある。ここから一番近い山の麓にいびつだがしっかり建っている家がある。扉を叩く。
「アリベラーレです。おじゃまします。」
「はは、言わなくてもわかってら」
自由に動けないモルファスを、皆に内緒で看病していたのだ。今では歩くことができるまでに回復した。
「アリベラーレ……今日から、旅の続きをするんだったな。」
「はい。もうモルファスさんも一人で大丈夫そうですので。」
「ああ、自分の世話を自分でするにはな。でも……人間ってのは、ひとりじゃダメだったんだな。」
「ええ。」
「ガキのころにひとりになっちまってよ。それで、自然の弱肉強食ってヤツ?を見てきて。俺は人間の強いところを捨てていたんだな。」
僕はうなずいた。モルファスが続ける。
「こんな俺に、それを……思いやりを、優しさを見せてくれて……ありがとう。」
最後のほうは恥ずかしがりながら、しかしはっきりと言ってくれた。
「嬉しい。まだあなたと一緒にいたかった。」
でも、もう行かなければ。扉に手を触れたその時。
「ち、ちょっと待ってくれ。こっちにきてほしい。渡したいものがあるんだ。」
モルファスが腰掛けているベッドに近づくと、彼はすぐそばのテーブルの上に置いてあったものを差し出した。
「世話をしてくれた礼だ。受け取ってくれ。」
木製のペンダントだった。
「魔力のこもった、特別な木で作ったものだ。足が不自由な間に彫った。」
「きれいですね、どうもありがとう。では……さようなら。」
「元気でな。」
アリベラーレが出ていった後、静かに扉を見つめるモルファスの近くには、先の欠けた棍棒が立て掛けてあるのだった。