魂の救済者アリベラーレ
朝だ。今日には救いを求める魂のもとへ辿り着けるはず。
背嚢から魂謄本を取り出す。これは相手の魂自身の同意に基づいて契約を結ぶのに必要なものだ。その栞紐が自分が救うべき魂がいる方角を教えてくれる。
魂謄本と上着を背嚢にしまって出発する。
日が高くなり、太陽が容赦なく服を焦がす。しかし乾燥しているので汗をかけば結構涼しい。
「……」
ふと足元に、尾のない、干からびたサソリの亡骸があった。これだ。しゃがみ、魂謄本を開いて魂に呼び掛ける。
「救済を求めているのは貴方ですね。」
同意を示す感情が伝わってくる。
「わかりました。では貴方の身体をこちらに預ける契約をお願いします。必ず貴方が満足する、美しい身体を造りあげてみせます。」
亡骸が謄本の左頁に吸い込まれ、青白い光の粒が現れてサソリの形をとった。そしてそれは右頁に吸い込まれた。
出来上がりを想像する。
「銀と銅の合金の身体にルビーの眼、尾にはより複雑な模様があり、美しい……よし。」
銀や銅は何処かの国の都にならあるだろう。そこで働いて買うしかない。ルビーは産出地に行って手に入れる。
さ迷っていると、道を見つけることができた。幸運にも向こうから歩いてくる人が見える。
「すみません、ここから一番近い、大きな街、いや都はどこにあるか知っていますか?」
「この道をずっと、まっすぐに歩いて行けばいいんだ。まっすぐにね。」
「ありがとうございます。」
道を教えてくれた人は微笑みながら去っていった。
言われた通りに歩いていくと、森に入った。……この森にもいくらか、救いを求める魂がいるようだ。
分かれ道が現れた。まっすぐの道と、左に曲がる道。もちろんまっすぐ進もうとした。しかし、左の道に看板を見つけた。
"この先ナーラ王国の首都"
どちらに進むべきか、迷う。もしかしたら、あの時こちらが聞き間違えたのかもしれない。……左へ進むことにした。
空が赤く染まっている。葉や枝が不自然に擦れる音がする。野生動物でもいるのだろうか、気を付けよう。
ヒュッ
矢が飛んできた。こちらも弱いまま一人旅するほどの愚か者ではない。
「誰?」
「そのまま動くな。」
じっとしていると木から山賊らしき人たちが現れた。
「僕をどうするつもり?」
「お前の荷物を俺たちのものにして、身体は売り物にするのさ!」
「……そう」
二人の山賊がこちらを縄で縛ろうと近づいてくる。
彼らが間合いに入った。十七年式銃剣を鞘から抜いて二人の足を裂く。すると今度はこちらを殺すつもりで打ったであろう矢が飛んできた。
背嚢を盾にして十七年式歩兵銃に弾を込めながら、その銃の力を解放する。銃が空中で動きまわり敵に向かって発砲すると、一瞬矢の雨が止んだので、飛んでくる矢が一番少なかった方向の木の陰に飛び込み、そこでも山賊の足を裂いた。
銃の方はもう4発発砲し、装弾分は使い果たしたようだ。山賊たちを叩いているのだろう、彼らのうめき声が聞こえる。
「だから言ったじゃないか。まっすぐに歩いていけばいいって」
聞き覚えのある声が木の上から聞こえた。都への行き方を教えてくれた人だ。
「看板のおかげで騙されてしまいました。なぜここに?」
山賊から目を離さず言葉を返す。
「その、お前さんが騙された看板が気になって戻ってきたんだ。俺はナーラ王国の首都の方から歩いてきたからな。間違っていた看板を直したつもりだったんだが……これぁ常に間違ってるやつだったというわけさ!ハハハ……」
「……この人たち、どうしましょう。公的な機関へ縛って連れていけるような乗り物はないですし」
彼は木から飛び降りてきた。
「今まではどうしてきたよ」
「おたずね者だという確証がない限りは放っておきました」
「そうだったら?」
「できるだけ生け捕りにして街まで連行して……その時抵抗したら殺しました。子どもがいれば、孤児院に送りました」
「容赦ないね。こいつらは下っぱだろうよ、放っておこうか」
「ええ」
ちょうど銃も木の裏から現れ、インセニレに気付くと地面に落ちた。全員気絶させたかな。しかし……
「では僕は行きますので」
「待った待った、その銃すごく気になる。」
興味を持たれてしまった。銃の力についてはあまり知られたくない。今のは集団で襲われたので仕方なく使ったのだ。
「詳しいことは秘密なんです」
落ちた銃を拾い、力を封印した。
「じゃあ一緒についていっていいか?」
彼は前傾姿勢で食い入るようにこちらを見つめた。別にそれだけならいいだろう。
「いいですが……目的地が違うかもしれませんよ」
「俺は目的地のない旅人なんだ。だから面白そうなものがあれば迷わず寄り道する。」
「わかりました、僕の名前はアリベラーレです。あなたは?」
「俺はインセニレ。さて、今日は森で野宿だな。アリベラーレ。」
「ええ。出来るだけここから離れた場所で。」
銃を帯紐で固定するまで待ってもらった。
空にはまだ陽の光が一欠片残っている。全力で走った。
しばらく走って辺りが真っ暗になったので、保存食を食べて水を飲んで、木の上で寝た。