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2汐留家の日常②~母親~

 それにしても、と私は教室を見渡してここは天国かなと思う。


「先生、この部分って、結局何が言いたいんですか?」

「きらはっちって、結婚しているの?」


 今は休み時間。本来なら、私は職員室に戻り次の授業の準備をしなければならない時間だ。それなのに、かわいい生徒たちに囲まれて、なかなか職員室に戻ることができないでいた。




 私の名前は汐留雲英羽しおどめきらは。先生と呼ばれているところから、すでにお分かりの人もいるだろうが、教師である。そしてれっきとした既婚者で、夫との間には可愛い双子の娘たちがいる。


 私は中学校で国語を教えている。中学校の国語教師というわけだ。とはいえ、正規の教員ではなく、非常勤として、週に三回、教壇に立つしがない教師である。


 昔から子供は好きだった。子供たちの、純粋無垢な可愛らしい様子を見ていると、心が癒される。大学の時は塾講師のバイトをしていて、塾に来る生徒たちの面倒を見ながらも、将来は塾の先生もいいかなと思うくらいには子供が好きだった。


 そんなことを思ってはいたが、私には大きな欠点があった。どうにも、同年代、大人たちとの人間関係をうまく築くことが苦手だった。塾講師のバイトをしてはいたものの、正社員たちの様子を見て、私には到底務まらないと、正社員になるのは断念した。塾というのは、可愛い生徒たちの親と面談をして、塾がいかに素晴らしいか、子供たちのためになるのかを丁寧に説明する必要がある。塾に入ってくれるよう勧誘するのも仕事の内だ。それができそうになく、泣く泣く塾講師の道は断念した。


 それなら、先生はどうだろうか。両親に勧められて、大学では教員免許を取得した。教員の免許を取ったのだから、それを生かさない手はない。そう思いつつ、教師の道も、塾と同様に親との対応が私には無理だと悟り、こちらも断念せざるを得なかった。





 大学卒業後、私は一般職の事務の仕事に就職した。子供とは縁のない、毎日が退屈な事務作業。伝票を起こしたり、受注の電話をしたりと日々は過ぎていく。


 そうして、三十歳を目前にして、このまま今のままの生活を続けていたら、結婚できないのではないかと思うようになった。そのため、結婚相談所に登録をした。そこで今の夫、悠乃ゆうのさんとの出会いを果たした。彼も私と同じように、教師を目指していなかったにも関わらず、教員免許を取得していた。教師を志していないのに教員免許を取得したという共通点があった。とはいえ、彼は実際に教員として働いているわけだが、何となく共感がもてた。まあ、このことは結婚を決めるほどのものではなかったが。


 最大の決め手は、私の趣味を受け入れてくれたこと。私は世間でいう『腐女子』であり、BLボーイズラブをこよなく愛している。デートを重ねていくうちに、お互いの趣味の話に発展して、つい私は自分の趣味であるBLを思いのほか熱く語ってしまった。


 そんな私を悠乃さんは、驚きはしたものの、否定はしなかった。むしろ、そんなに楽しそうに語る私に好意を覚えたそうだ。そしてなんと、自らもBLを楽しみたいと言い出した。それには私が驚いたが、こんな優良物件を取りこぼすことはできない。私は悠乃さんを結婚相手に選ぶことにした。こんなにいい男性が世の中にいるとは思いもしなかった。



 相手も私のことを気に入ってくれたようで、めでたく私たちは結婚することになった。そして、これまためでたく、双子の娘を授かることができた。結婚して、仕事はやめて専業主婦になった。しかし、どうにも家でずっと子供の世話をしているのは退屈だった。もちろん、子供の世話をすることにやりがいはあるが、それだけでは何か物足りない。それに、子育てにはお金がかかる。


「仕事を始めようかな」


 そこで考えたのが、大学卒業後に就職した一般職の事務だった。しかし、悠乃さんに相談すると、せっかく教員免許を持っているのだから、教員をやってみたらと提案された。まさか、ここで教員免許が役に立つとは思っていなかったが、さっそく助言に従い、教員の仕事について調べてみることにした。



 すると、どうやら私たちが住んでいる市の一つの学校で非常勤の教員を募集しているということがわかった。ちょうど運よく、私が取得している中学の国語教師を募集していた。さっそく教育委員会に電話をすると、すぐに採用が決まった。



 こうして、私は非常勤の国語教師として、教壇に立つことになった。非常勤ということで、私の仕事は自分が受け持つクラスで授業を行うことだけだ。昔、煩わしいと思っていた保護者への対応はない。非常勤なので、他の先生との接触もそこまで多くない。稼ぎは少ないが、私の天職ともいえた。そもそも、塾の講師をしていたこともあり、子供に教えることは得意である。


 天職ともいえる理由はもう一つあった。もともと、私が子供好きだということだ。さらに言うと、私は、子供は三次元の方が素晴らしいと考えている。二次元をこよなく愛する私であっても、どうしても子供、いわゆるショタに関しては、現実である三次元の方に目を向けてしまう。やはり、大人が子供を描こうとするからだろうか。その辺はよくわからない。二次元のイケメンを見て興奮はするが、三次元で興奮するようなイケメンには残念ながら出会ったことがない。


唯一例外があるとすれば、夫である悠乃さんである。それはおいておくとして、とりあえず、そんな感じの私からしたら、中学生である彼らを間近で眺められることはこの上ない至福であった。



「先生、聞いてよ。親がさ、勉強しろってうるさいんだ。オレだって将来のこと考えているのにさ」

「先生、私、彼氏ができたんだ」

「先生、あいつのことどう思う?彼女だからって、調子乗りすぎ」


 中学生の彼らに授業をしていると、面白い発見がある。彼らも中学生になり、彼らなりに物を考えているのだなとくすりとさせられることもある。たわいない友達との日常、彼女、彼氏との関係、彼らは私を先生と思っているのかいないのか、様々なことを話してくれる。


 おそらく、私が非常勤という立場であるということも関係している。どうしても、本職の正規である教員たちは、非常勤の私と違って忙しい。授業以外にも事務作業が多くて、なかなか授業以外に生徒の対応をしている暇がない。その点、私は授業をすることが仕事であり、それ以外の学校の仕事をする義務はないので、少し余裕がある。


 非常勤の立場ということで、私は生徒をそこまで強く叱ることはない。もちろん、生徒指導の観点から、明らかにおかしいことや注意すべきことで叱ることはあるが、それ以外は結構黙認していることが多い。生徒がうるさくしていても、口うるさく注意することはあまりない。本来なら、静かに授業を行うべきだろうが、彼らも中学生という多感な御年ごろだ。私の授業くらい、気を抜いて楽に授業を受けて欲しいと思った。





 私と子供たちの関係は、教師と生徒で間違いない。しかし、友達みたいな、同志みたいな感じだと生徒たちに人気であった。担任や他の先生には話せないことを話してくる生徒や、担任の愚痴も私に話してくる。


 私がアニメ好きだということは、すでに生徒に知れ渡っている。そのため、アニメの話で盛り上がることも多い。当然、BLなど中学生と語り合えるはずもないので、そのほかのアニメ限定だが。


「先生、昨日のアニメ見た?主人公がかっこよく敵を倒していたね」

「先生、私、あのアニメの声優さんが好きだけど、どう思う?」


 目をキラキラさせて話しかける生徒に私は毎日、心を撃ち抜かれている。これではいくつ心臓があっても足りないくらいだが、何とか心を持ち直して先生を続けている。



 生徒たちとの会話を楽しみながらも、私は自分の娘たちに思いをはせる。自分の娘ともこうやって楽しく話したいものだが、なかなかうまくいっていない。


 昔の私の不注意が尾を引いているのは理解しているが、私は開き直ることにした。いずれ、私の趣味はばれる。それがたまたま早まって、幼稚園の頃になってしまっただけだ。それでも、その時の衝撃はなかなか癒えることはなく、特に双子の上の娘、喜咲からはいつも軽蔑の目を向けられてしまう。逆に妹の陽咲は恐ろしいほど無関心を貫かれている。


 夫との仲は良好なので、どうにかして娘との仲も良好にしていきたいものだ。


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