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1家族紹介①~母親~

 私の紹介はこんなものにしておこう。話を進めていくうちに私のことはおのずとわかってくることなので、長々説明する必要はないだろう。


 さて、家族で一番やばい奴は、やはりこいつだろう。ずばり母親だ。厄介極まりない。どうしてこんなことになったのか、そもそも、どこで道を間違えたのか、ボッチをこじらせて二次元に走ったのは定かではないが、そんなことはどうでもいいのだ。


 問題は、今現在のうちの家族の状況だ。母親の名前は、汐留雲英羽しおどめきらは。名前からして、既にキラキラしていて、やばい雰囲気が伝わってくる。彼女の親の神経を疑うところだが、祖父母は、母親に比べたら普通だと思う。


 汐留雲英羽は、腐女子だった。すでに女子という年齢でもないが、それでもこういう系の女性は総じてこう呼ぶのだから、女子でいいのだろう。




 私が幼稚園の頃から、母親はおかしかった。もしかしたら、もっと前、私の生まれる前からおかしかったに違いないが、それでも、私がおかしいと思ったのは、そのころからだ。母親は、自らが腐女子だということを子供に隠そうとしていなかった。私たち子供が幼くて、理解できないと思っていたのかもしれない。


「ああ、BLボーイズラブはいいわあ。願わくば、BLの世界に飛び込みたい。」


 幼き日に見たあの光景は衝撃的だった。幼稚園から家に帰り、夕食までには時間があった。私と妹の陽咲ひさきは制服から着替えて、リビングでお絵かきに夢中になっていた。その様子を眺めながら、母親は読書に勤しんでいた。表紙はカバーがかけられていて、何を読んでいるのかまではわからなかったが、よほどその本が面白いのか、いつもは無表情が多い母親が興奮して顔を赤くしていた。


「ねえ、ひさきちゃんはママがなにをよんでいるのか、きにならない?」


「べつに。きさきちゃんはきになるの?」


 このとき、妹の陽咲はお絵かきに夢中で、母親の様子に興味がないようだった。今思えば、見ないで正解だったかもしれない。いや、実は見ていたということに後で気づくのだが、それは、今は置いておこう。


とはいっても、その時に見なくても、早かれ遅かれ目にすることになったので、正解も不正解もないのだろう。陽咲は、その後もお絵かきを続けていたが、お絵かきに飽きていた幼い私は、つい覗いてしまった。


「なっつ。」


 難しい本でも読んでいるのかなと思っていた。母親は、意外にも物知りだったのだ。理由がわかれば納得もできるのだが、当時の私はそんなことを思いつくことがなかった。そもそも、その年で思いつく方がおかしいので、私は何も悪くない。あまりの衝撃に思わず言葉が詰まってしまった。


「なっつ。」


 私が自分の本の中身を見ていたことに気付いた母親も、私と同じように言葉に詰まっていた。しかし、すぐに行動を起こした。バッと本を閉じたが、時すでに遅し。当時の私はばっちりと見てしまった。母親は勢い良く本を閉じ、机に置いた。しかし、机の端に置いたせいで、ガタンと床に本は落ちてしまった。


「はだかのおとこのこふたりがだきあっている?」


「あはははははははは。忘れなさい。これは忌まわしき記憶。さあ、わすれてしまえええええええええええ。」


 やばいものを見られたとばかりに、母親は勢いよく私の肩を揺さぶり、忘れろと繰り返し呪いの言葉のように私の脳内に刷り込んでいく。母親は必死だった。確かに幼稚園児の子供にBLの濡れ場のシーンを見られたら、普通は慌てもするはずだ。そこは普通の感性を持っていたようだ。


「びえーーーーーーーん。」


 しかし、あまりの形相で私を揺さぶってくるものだから、怖くて泣いてしまったことをよく覚えている。


「ままも、きさきちゃんもうるさい。」


 陽咲がうるさいと言っていた気がするが、とにかく、ものすごい勢いで泣いていた気がする。それにつられて、最終的に陽咲ももらい泣きをしてしまい、家族は大パニックに陥るのだった。


 パニックは父親が帰ってくるまで続いた。たまたま、その日は帰りが早かった父親だったので、家族3人が泣いている様子をみて、どうしたいいか立ち尽くしていた。私たち子供が泣いているのは仕方ないが、どうして、自分の妻まで涙目になっているのか理解できなかったようだ。


 その後、母親から事情を聴いて、父親は私たちをあやし、母親のことも、頭をなでなでして、気持ちを落ち着かせるように働きかけていたらしい。



「いいかい。ママがみていたものは、大人しか見てはいけないものだったんだ。だから、あのときみたことは忘れなさい。いいね。」


 私たちが泣き止んで、落ち着いた頃合いを見計らって、父親が母親と同じような言葉を口にした。母親とは違い、優しい口調だったが、母親の言葉と似たようなものだった。父親の優しいが、妙に凄みのある言葉と表情に、当時の私たちは素直にうなずいたのだった。



「わかったよ。パパ。」


「ひさきちゃんも、なにかみたのなら、それは忘れるように。」


「ひさきちゃんはなにもみてないよ。」


 私たちの言葉に安心した父親は、母親にしていたように私と陽咲の頭をなでなでしてくれた。






「何を思い出していたの。」


 リビングでぼうっとテレビを見ていたのを陽咲に見られたようで、ハッと我に返る。どうやら、過去の思い出に浸っていたようだ。


「いや、私たちが母さんのことをやばいと思い始めたきっかけの事件を思い出していた。」


 私が素直に話すと、陽咲にも覚えがあるのだろう。すぐにああ、と手を打って納得していた。


「ああ、あの時、幼稚園の頃のことか。あれは衝撃的だったね。まさか、幼稚園児の前で、BL。しかもがっつりエロアリを読むなんて、びっくりだった。」


「ええ、あの時、確か、陽咲は何も見ていないって。」


「あれはとっさについた嘘。本を閉じたとはいえ、運悪く机の下に落ちて、なぜかたまたま例のページが上に向けられて落ちるなんて奇跡が起こったせいで、つい見ちゃったの。見たら忘れられないでしょ。ふつう。あんな濡れ場のシーン。」


「確かに。」


「こう思うと、私たちって、案外あの母親にして、普通の育ったよね。」


「ソウデスネ。」


 あの母親にして、この娘アリ。双子の妹の陽咲もだいぶ問題ありの娘だった。



 幼稚園の一見以来、母親は私たちに見せつけるようにBLを読むのを控えるようになったが、それも限界だったらしい。小学高学年になるころに、告白された。



「お母さんは、腐女子だから、こうならないように、反面教師として生きていきなさい。」


 腐女子とは何かをしっかりと説明され、そうならないようにとくぎを刺された。小学校高学年とはいえ、まだまだ子供の時期に、なんて告白をするのだと、戸惑いを隠せなかった私だが、妹は特に動じず、わかったと返事を一言こぼすだけだった。



 それ以来、母親は自らが腐女子であることを隠さなくなった。私たちの前でも堂々とBLを読むようになった。すでにやけくそなのか何なのかわからないが、過激なBLも隠すことがなくなった。


 じわじわと腐女子の波が家族に押し寄せてくるのだった。しかし、頼みの綱の父親はすでに母親に毒されていて、特にその奇行を止めるようなことはしなかった。



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