3周囲の人々③~高校のクラスメイト~(1)
高校で同じクラスになった汐留喜咲は、どこか変だった。二人が強く思い始めたのは、彼女と一緒にお昼にお弁当を食べるようになってからだ。しかし、その前から彼女の言動はところどころおかしなところがあった。一緒にお弁当を食べ、実際に話してみて、おかしくて変だということを改めて知ることができた。
「しおどめっちって、なんであんなにオタク趣味を否定するのか謎だよね。嫌いなら、自分の視界に入れずに無視して生きればいいのに。無視せず、目に入ったものを否定する必要はない気がするけど」
「そうはいかないから、本人は無駄に悩んでいるんでしょう。でも、確かに本当に嫌なら、私達みたいな人種を視界に入らないようにすればいいだけだけど」
「そう思うよね。普通」
放課後、汐留喜咲のクラスメイトで、彼女と一緒にお昼を共にしている藤芳子と山都小撫は藤芳子の家で話をしていた。
「双子の妹だっていう、陽咲ちゃんも、結構癖のある子だとは思うけど、やっぱり、喜咲の方がやばさきわまっているよね」
「わかるわあ」
彼女たちは、汐留家の双子の姉、喜咲との最初の出会いを思い出す。今でこそ、仲良く一緒にお昼を食べているが、そこに至るまでには一悶着あったのだった。
「汐留喜咲です。隣の市から通っています。好きなものは特になし。嫌いなものは、オタク全般です」
四月と言えば、新しい学年、クラスに上がるため、教室内でクラスメイト一人一人が自己紹介を行うことも多いだろう。汐留喜咲がいるクラスも同じで、担任が見守る中、自己紹介の時間が設けられた。
名簿順で、男子から一人ずつ自己紹介が行われ、続いて女子の自己紹介が始まる。その真ん中あたりで、問題の彼女の番が回ってきた。彼女は無表情で席を立ち、簡潔に自己紹介を終えた。
自己紹介の内容に担任は苦笑した。それ対して、クラスメイトの反応はグループごとに分かれた。高校のスクールカースト上位に位置するリア充グループ、オタクに興味のない中間層グループ。最後に芳子やこなでたちオタクグループ。
最初のグループは、彼女の意見に賛成派で、自分たちの代理で言いたいことを言ってくれたと、彼女を賞賛していた。
真ん中のグループは、興味がないのか、他のクラスメイトの自己紹介の反応と同じで、特に反応を示すことはなかった。何が盛り上がるのかわからない様子だった。
最後に、芳子やこなでたちオタクたちのグループは、グループ内でもさらに反応が分かれた。オタクを隠して生きていきたいと思う穏便派は、担任と同様に苦笑していた。オタクに誇りを持っているオタク肯定派は、彼女の言葉に怒り狂っていた。
そんな波紋を投げかけた自己紹介が終わり、彼女たちの高校生活がやっとスタートした。芳子もこなでも、オタクグループの前者に分類させる反応を示した。
高校では、趣味の合うオタク友達と、教室の片隅で楽しく趣味を語り合えたらいいなという希望が、汐留喜咲ののせいで台無しになりそうだと芳子とこなでは感じていた。
ちなみに、彼女たち二人は、当然のことながら、自分たちがオタクであり、BLや百合が好きですとは、決して口には出さなかった。無難に読書やお絵かきと言葉を濁し、無難に自己紹介を終えたのだった。
自己紹介が終わり、一週間が過ぎたころ、クラス内ではあちこちで、仲良くなろうと集まった人同士がグループを作り始めていた。昼のお弁当の時間に一緒に食べようと誘い合い、机を向かい合わせてお弁当をひろげあい、お互いの趣味について楽しく語り合う。そんな和やかな光景が目立つようになった。
その中で、いまだに一定の決まった生徒と一緒にお弁当を食べず、クラス内を転々と渡り歩く、暗い雰囲気を醸し出す生徒がいた。
「汐留さんって、高校入ってから、一緒にお弁当を食べる相手が定着しないよね」
「あの発言をしていたら、うちらとは一緒にお弁当は無理でしょ。とはいえ、リア充グループにも入れてもらえなかったみたいだけど」
芳子とこなでは、遠目に汐留喜咲の様子をうかがっていた。なんとなく、オタクが嫌いだと宣言した彼女が気になっていた。宣言した通り、彼女はオタクだと傍から見たらわかる人種とつき合わないようにしていた。積極的にリア充生活を満喫している、どちらかというとギャル系のグループに入ろうと声をかけていた。
しかし、それは功を奏することはなかった。懸命にギャル系に声をかけるも、話が合わないのか、一日ごとに昼の相手を変えていた。それでもめげずに声をかけ続けるが、とうとうあきらめたのか、ここ最近は一人でお弁当を食べるようになっていた。
「でもさあ、あれでいじめられないっていうのが、不思議だよね」
「ああ、それはあれだね。ほら来たよ」
「喜咲、今日も一緒にお昼を食べよう!」
「いや、それなら一人で食べた方がまし」
「そんなこと言わないで、実は一人で寂しかったんでしょう」
「それはない」
自分の教室ではないのに、堂々と乗り込んでくる生徒がいた。彼女が一人でお弁当を食べることにしたころ、突然、やってきたのだ。彼女は汐留喜咲とよく似た顔をしていた。背丈も変わらず、姉妹だろうと誰もが認識した。
「汐留陽咲、このクラスの汐留喜咲の双子の妹です。これからよろしく!」
姉妹だなと思っていたクラスメイトも、双子の妹だと聞いて納得した。顔も背丈も似ているため、双子でも特に驚くことはなかった。しかし、わざわざクラス中に響き渡る声で自分の自己紹介をした彼女の意図がわからない。その理由を知るのは、彼女の言葉からだった。
「あ、そうそう。自己紹介ついでだから言っておくけど、私は男アレルギーだから、男子が何か私に用があったら、直接話しかけず、近くの女子に伝言よろしく。そんな体質なので、私の恋愛対象は女子。ああ、とはいえもうすでに相手はいるから、告白とかは受け付けないよ。ねえ、私の最愛のきさ」
「ぶっそばすぞ」
「そんな暴力的な発言も魅力的だよ」
どうやら、汐留喜咲の妹である陽咲は、重度のシスコンのようだとわかり、クラス内は喜咲に同情の目を向けた。オタク嫌い発言をして、少しクラスから浮いていた彼女の立ち位置は、かわいそうな女子という位置付けに変更された瞬間だった。
それ以来、彼女の妹、陽咲は毎日昼休みに姉のいるクラスに入り浸るようになった。初めこそ、嫌な顔をしていた喜咲だったが、一歩も引く様子がない妹に、文句を言いつつも、迎え入れることになった。クラスメイトもすぐに陽咲が教室に来ることに慣れていった。
妹の陽咲は、姉のクラスで昼食を食べる権利をもぎ取ったのだった。




