シックザール辺境伯
異世界転生をして早1年。
赤ちゃん生活は、思春期真っ只中だった僕にとって中々に恥ずかしい日々だった。
食事は母乳、トイレや着替えも全て他人任せ、赤ちゃんがいかに無力かを思いしったよ。
それに、子供を育てるというのは本当に大変でそれを難なくこなしている親は改めて凄い存在だと知った。
まあ、そんなこんなで甘やかされてスクスクと育った僕は1歳をむかえていた。
だんだん言葉も理解できるようになり、喋るのはまだたどたどしく見せられるものではないが、聞き取りはほぼ完璧である。
やはりここでも異世界転生マスターである優の言葉を参考にした。
『赤ちゃんから始まるパターンの場合、まず覚えるべきは言語だ。初めから理解できる時もあるがその可能性は低いとみた。おっと、覚え方は聞いてくれるなよ、俺は英語はいつも赤点だからな。はっはっはっ 』
笑い事ではないよ…。
でもまあ、教えの通り何とか聞き取れるようにまで成長したので良しとしよう。
赤ちゃんの成長力というのは凄いもので直ぐに頭に入っていくような感覚で少し驚いた。
『おっと、相棒。覚えたからと言ってむやみに喋り出すのは危険だぜ。考えてもみろ赤ちゃんが急に喋り出したら怖いだろ 』
確かに怖い。
そう思った僕はとにかく自然に赤ちゃんの状態であまり変な行動をしないように気をつけた。
まあ、それでもどうやら天才児と呼ばれるほどは隠せてないようだけど…。
いやいや、単なる親バカ発言かもしれない。
「リューク様また考え事ですか 」
言葉を理解する事で分かってきたことが多くある。
生まれて初めてみたこの綺麗な女性は、アリアといってどうやら僕専属のメイドだ。
予想通りエルフと呼ばれる種族らしいがそこら辺はまだなにかありそうな感じ。
「んーん、なんえもない 」
むむ、やはり滑舌が…。
まあ気にしない気にしない。
親友の優の教えの通り僕は貴族の子供だと思われる。
かなり広いお屋敷で2階からは街が見渡せ、家の裏は大きな庭があり、それらを囲む壁が立てられていた。壁の向こうは森が広がっていて自然の美しいところだ。
アリアやお母さんからの話を聞く限り、ここはシックザール辺境伯領というところらしい。
リュークスト・シックザール
それが僕の名前だ。
母はリーネ・シックザール。
父はルークス・シックザールという名前だ。おそらく2人の名前から僕の名前がつけられたんだと思う。
父は母より少し年が高いようだ。僕と話す時は優しげな顔立ちだが、普段は威厳のあるダンディなイケメン紳士だった。
これが貴族かとわかるほどの威風堂々たる姿に感銘を受けたのを覚えている。さすが貴族の当主と言ったところか。
そして、貴族の爵位の序列は上から
公爵
侯爵、辺境伯
伯爵
子爵
男爵
といった感じらしい。
先々代で大きな武勲を残し、もとより武に長けた一族だったため2つの国と接しているこの領地を任されたとかなんとか。そのため辺境伯と呼ばれる爵位らしい。
アリアが言うには先代、つまり祖父はその才が認められ王都で外相大臣を務めており、文武両道の凄い一族なんだそう。
そんなシックザール辺境伯家はクレステイン王国の貴族であり、領地は最も東に位置している。
領地からみて北東にノードレイ王国、南東にラーフェス帝国がある。この2つの国との仲はラーフェス帝国とは仲が良く、ノードレイ王国とは数十年前に戦争をしていたと思われる。
さすがに1歳の子に戦争の話はしてもらえないため、あくまで聞いた情報からの予測でしかないけれどおそらく正しいだろう。
きっと、曽祖父の代でノードレイ王国と戦争が起こりそこで武勲をたて、その後祖父が外交を頑張ったのではないかと推理している。
まあ、今のところはこの位かな。
あと気にしておくべきなのはシックザール家の三男に生まれたため裕福な生活ができるが将来どうなるかはいまいち不確定だというところか。
『貴族と言えば三男からのスタートと相場が決まっているからな。将来の選択肢は広いがどれも才能がないと無理だから意外と大変なだよこれが 』
いやだから何故異世界転生を経験したかのような口ぶりで言えるのだ…。
まあ確かに跡を継ぐのは無理だろうし、自分でどうにかするしかないと思う。
才能か…。
ひとまず4歳になると教会でステータスといって神様から恩恵を授かることができるらしいからそれまでのお楽しみかな。
『いいか、異世界と言えば魔法だ!。才能を磨くなら魔法を使えるようになっておけよ。魔力を感じることから始めるんだ! 』
と言われたため、魔法の特訓をしようとしたのだがまったくもって進んでいない。
魔法はどうやらこの世界にあるみたいだけど優に言われた通りの特訓をしても駄目だった。
そんなわけで、4歳まで待つしかないようだ。
「リュー君あっそびましょ!」
ドタドタと足音がしたと思えばバタンとドアが開き一人の少女が入ってくる。
彼女は、3歳年上の天真爛漫な姉、ルーナ・シックザール。
「あらあら、ルーナ。はしたないわよ 」
ルーナ姉のあとから母によく似た優しい雰囲気の少女が入る。
リリス・シックザール、5歳年上の姉である。
「うーなねえさま、いいすねえさま、おはよーこじゃいあす 」
「もう、可愛すぎー! 」
お転婆で明るく、笑顔が似合うルーナ姉が正面から僕に抱きつく。
勢いよく飛びついてきたため座っていた僕は後ろに倒れそうになるが、ここで支えられなければ男が廃る。
と意気込んだのも虚しく、そのまま押し倒されてしまった。
「あら、ルーナったら独り占めはダメですよ 」
いつも笑顔で優しいリリス姉はルーナ姉から引き剥がしそのまま抱きかかえて僕をお膝にのせる。
「むぅ、リュー君はルーナと遊ぶの 」
引き剥がされたルーナ姉は悔しそうに言った。
「あらあら、リューは私と一緒に絵本を読むのよ 」
2人の姉が僕を取り合う、もう慣れた光景である。こうなったらもう、僕は2人ご納得するまで人形になるしかない。
モテる男は辛いぜ、なんて言ってみたり。
まあ、妹がいた身からすると年下の兄弟を可愛がりたくなる気持ちは大いにわかるが。
それにどうやら僕は庇護欲をくすぐるらしい。
透き通るようなプラチナブロンドの髪に中性的でとにかく可愛い容姿だったのを鏡で見て自分でも驚いた程だ。
アリアに助けて、と目線を送るが微笑ましい光景を見ているといった感じでニコニコしたままであり、助けはこないと早々に諦める。
仕方ないここは、
「ねえさま、けんかしないえ 」
必殺、上目遣い!。
目をうるませ、首を斜め45度にことんと傾ける。
取り合いは収まったものの、2人はそんな僕を見てさらに興奮したようでそこから飽きるまで撫で回されました。
赤ちゃんも辛い仕事だぜまったく…、まじで。