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 結婚までにやらなければならないことは多岐たきにわたる。

 デルフィーネ伯爵位を受け継ぐのはまだいつになるかわからないし、婿としてあちらに移り住むのは数年後になる予定だ。爵位継承までは僕たち夫婦はアルマ子爵夫妻として公には認知されることになる。でも、名前はキース・デルフィーネになるんだ。社交界では爵位が正式名称になるので、爵位名と姓が違うことは良くあることだ。

 今だって僕はアルマ子爵だけど、名前はキース・ヴェルナでキース・アルマじゃない。

 住まいは王都のヴェルナ家邸宅の敷地内にある離れを改装して、新居として利用することになった。本来ならデルフィーネ伯爵邸の別館なり何なりに移り住むのが順当なんだけど、結婚まで秘密だからそれはできない。いきなり改装とかはじめて僕が出入りしたらバレバレです。

 というわけで、その手配が一つ。


 アルマ子爵領に関する諸々が二つ目。

 普通は他家に婿入りするときに爵位は家に返すんだけど、例外的に僕がデルフィーネ伯爵位を継ぐまでは返上しないことになっている。正直、何でかは良くわからない。

 父上に聞いてみたけど、何だか微妙な顔をしてはぐらかされた。知っちゃうと面倒なやつなのかと理解したので、考えるのはやめました。

 今までは僕の第一の仕事は騎士としてのもので、アルマ子爵領の管理は爺やが差配してくれていた。けれど、婿入りが決まったので騎士を辞職してきちんと当主としての仕事を覚え直すことになった。アルマ子爵領の管理はその練習台のようなものかな。とはいえ、内情や規模が全く違うのでぶっちゃけあまり参考にはならない。

 伯爵について勉強した方が良いと思うんだけど、と兄上に相談してみたら、婚約期間が無い代わりだと思って一年はそちらのことは気にしなくて良いと言われた。伯爵ともそういうことで話がついているらしい。


 「アルマは元々隠居用だからな、仕事自体が少ないしのんびりしたものだ。自由になる時間も作りやすい」


 つまりは新婚生活満喫しろよという身内の愛か。

 照れる……!


 そんなわけで、引継ぎや挨拶回りもしないとならないのだ。表向きは現ヴェルナ侯爵である兄上の補佐のための辞職ということにしてある。騎士爵は返上しなくても元々一代限りだから持ったままだけどね。

 みんなには、とうとう結婚を諦めてヴェルナ侯爵家に身を捧げるんだなって思われている。同情の眼差しと、励ますような言葉が非常に心苦しい。真相を知ったら激怒されそうだ。

 逆の立場だったら絶対僕も殴りたくなる。

 それと、アルマ子爵領にある館の準備だ。領主としての仕事は現地でしか出来ないことも多い。

 我が国で社交の季節といえば、秋から春にかけてだ。わが国では正式な国教となっているメディーカ教的に一番大事な季節が秋であり、最大の行事が行われるのが秋で、この時期に王都に貴族達が大集結する。

 大聖堂での豊国祭に出席することは、領地を持つ貴族にとっては欠かすことのできない義務だからだ。簡単に言えば、秋の実りを神様に感謝するお祭りで、庶民にとっては飲めや歌えやのまさしく楽しいお祭りだけれど、貴族にとっては参加前と最中に約半月の精進潔斎が課せられる苦行だったりする。

 この豊国祭の最後には貴族女性にとっては成人式に当たる社交界デビューの特別な舞踏会が行われる。

 豊国祭を取り仕切る豊穣の巫女が王家に麦を捧げる儀式が昔はあって、これが中央大陸から伝わった貴族女性の社交界デビューの文化と合わさった我が国独特の舞踏会だ。

 歴史的には二百年ほどなので、比較的新しい文化だったりする。

 この舞踏会は夜ではなく昼間に行われ、基本白の古代風ドレスに麦穂をイメージした髪飾りを着けるのが仕来りだ。そこで踊られるのは基本のワルツ一曲のみで、神に捧げる舞踊のように粛々としたものだって聞いている。

 これが終わると、本格的に社交の季節になる。昼は狩りやお茶会、夜は観劇や舞踏会と大忙しだ。

 三月の末に春告祭にてその年の豊穣を祈願し、それをもって社交の季節は終わりを告げる。そしてその後は次の豊国祭まで領地で過ごすんだ。

 社交の季節以外は過ごすことになるので、領地での住環境の整備は大事。本格的な模様替えなんかはマリア嬢の意見も聞いた上でするつもりだけれど、修繕が必要な部分は今の内に直しておかないとね。


 三つ目は相手方の領地や血縁関係についての情報を頭に入れること。

 貴族年鑑は毎年目を通しているから基本的なことはだいたい大丈夫だけれど、全く交流が無かった家なので内情やら貴族年鑑に載らない分家や一族についてはゼロから叩き込まないといけない。

 領地の情報にしても大雑把なものしか知らないので、少なくとも領地経営について多少突っ込んだ話が出来る程度には詳細な知識が必要だ。

 あまり覚えが良いわけじゃないので、今から必死にやらないと。

 親族の中でも個人的に気になる相手については、伝手を使って独自に調べたいし。

 出来れば結婚前に伯爵領を一度訪れてみたいので、そっちの計画も立てる予定。


 四つ目は、マリア嬢のための準備だ。婚礼衣装はもちろん、宝飾品などもこちらで用意しなくちゃならない。ボーダル男爵がかなり資金を提供してくれているけれど、秘密裏に進めなければならないので母上が取り仕切ることになった。母上のお気に入りで、口も堅いと信頼できる仕立て屋に婚礼衣装を頼み、隠れ蓑としてデビュタント用のドレスもその仕立て屋にデルフィーネ伯爵から依頼してもらった。

 実はもうデビュー用のドレスは用意されていたらしいんだけど、そこは涙をのんでお蔵入りにしてもらうしかない。

 宝飾品関係は母上がとても張り切った。新たに買うのではなく、王家から母上が賜った所謂いわゆる由緒正しいものから候補を選び抜いた。王家のものは母上の代でお返しするものも多いから、賜ったというよりは一時貸与かな。

 仕上がった婚礼衣装を見てから更に候補を絞り、最終的には結婚式当日に婚礼衣装をマリア嬢に着てもらってから決めるらしい。目の色や髪の色は聞いているけれど、実際に着けてみないとちゃんと似合うかは分からないからだ。

 どれも美しい品だけれど、それにも増して付加価値の高い謂れがあるものが並ぶ。

 たとえば約二百年前に中央大陸と正式に国交を開いた折、我が国の王家に嫁いで来られたエトワール国の王女が、輿入れの際に故国から持参した大粒のエメラルドを贅沢に使ったパリュールとか。

 そういう、金額以外の理由でちょっと手が震えちゃいそうな品々だ。

 僕の無駄に良い血筋を、さらに輝かせるためである。

 真にかたじけない。


 でも、僕の血筋の輝きなんて最初から無かった気になるくらい、僕の存在が霞む気がするんですけれど。

 その辺はどうなんでしょうか、母上。


 ちなみにマリア嬢の瞳は緑で、髪は明るい栗色らしい。

 癒されそうな色の組み合わせだよね。

 膝枕とかしてくれないかなあ。憧れる。

 

 そうそう、女性を装ってマリア嬢に手紙を書いたんだ。仲介はもちろん祖父であるボーダル男爵。

 話を聞いたらこの婚約のきっかけはミラン兄上だそうで、意外な繋がりに驚いた。ミラン兄上は家督を継いだエドワード兄上の同母の弟で、僕の異母兄だ。ずっと海外にいたのが去年帰国したんだけど、趣味が縁でボーダル男爵の顧客になったんだそうだ。

 僕はボーダル男爵の取引相手の妹という設定で、マリア嬢の押しかけ文通友達になった。どの程度マリア嬢宛の私信に使用人の監視の目が入ってくるのかも分からないし、設定上通常の婚約者らしい言葉は書けない。

 だから自分の部屋の模様替えに悩んで、意見を聞きたいっていう名目でマリア嬢の好みを聞き出したり、食べ物の好き嫌いや、好きな花なんかも聞いたよ。

 女言葉で手紙を綴るのは、正直恥ずかしくて落ち着かなかった。うっかり女性らしくない文章になって何度も書き直したりもしたし、率直に自分の言葉で聞けないっていうのは結構疲れる。そもそも書体が女性と男性では微妙に違うから、そこがもうね。

 設定的にデビューが済んだ子爵令嬢なんだけど、その年齢の女性の手蹟にしては拙いというか、自分で書いといてなんだけど残念令嬢臭がする。使用人の目を誤魔化すには十分だとは思うんだけど。

 でも、マリア嬢のことを知れる達成感があって苦には思わないんだ。返事を読んで離れの改装の参考にできたし、マリア嬢が好みそうな料理のメニューを料理番と考えるのも、庭師にマリア嬢の好きな花を伝えて、結婚する時期に見頃になるようにマリア嬢好みの庭を整える相談をしたりするのも、楽しいんだよね。そうやって準備を進めていく中で、結婚するんだっていう実感がしみじみわいてくるというか。

 でも、秘密にしないといけないから、マリア嬢の方はそういう楽しみを逃してしまっていると思うとちょっと罪悪感を覚える。

 喜んでくれると良いなあ。


貴族年鑑:現在の有爵者、並びに儀礼称号を許された者(キースのように爵位を継承したのではなく、アルマ子爵を名乗る許しを得ているだけの場合)を網羅し、家系図や簡単な各家の来歴をまとめてある書籍。相手の爵位、付けるべき敬称などを間違えるのはとんでもなく不敬であるため、貴族社会に属する者、あるいは貴族を顧客とする者にとっては目を通すことが必須になっている。


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