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 僕がどう面倒な立場にいるのか、それを話すとものすごく長くなる。


 そもそも面倒なのは今の王家なんだ。

 前国王陛下が急逝したため、即位後すぐ国王陛下は十五で結婚なさったけれど、長いこと子宝に恵まれずにいた。王妃陛下との間にはもちろん、愛妾として侍った三人のご夫人がたも身籠もることがなかった。色々試したものの結果は出ず、御年三十を前にして悲しいお知らせが異国の医者から齎されてしまった。

 その異国の医学は我が国よりも進んでいて、陛下直々に親書を送られ、派遣された高名な医師による診断結果は『男性不妊症』。幼少期に罹患してしまわれた病が原因らしい。


 そんなわけで王弟殿下が太子になった。兄に子が出来なかった為に未婚のままずっと飼い殺し状態だった王弟殿下は見事にはっちゃけた。

 早急に整えられた婚姻から一年後には男子が生まれ、その後続けて娘と息子二人という文句のつけようのない活躍で、多産の家柄だからと迎えられた伯爵家の娘は大いに株を上げた。

 その王弟殿下の娘が僕の母上、イングリット。

 王室にとっては本当に久しぶりの姫で、父親の王弟殿下はもちろん国王陛下にも溺愛された掌中の玉。もちろん降嫁先は吟味に吟味を重ねた上でファレス公爵家と決まった。

 けれど、不幸なことに母上は子を成す前に寡婦となった。結婚生活は五年だったから石女と影では囁かれていたけれど、陛下の溺愛する母上を表立って貶めることは無かった。でも、おそらく愛人に子を産ませるか養子を貰うかを考えていたと思う。

 だから不慮の事故で夫に先立たれた母上はすごく面倒な立場になった。公爵家と王家の縁組と考えれば、夫の代わりに公爵家を継ぐことになった義弟の妻になることも考えられたんだけど、公爵家側は後継が得られないのは問題だとして遠回しに母上に出家して神に仕えてはどうかと勧めたわけだ。

 これがどこからか陛下に伝わって大・激・怒。

 お立場上、普段は最大限でも『ご不快をお示しになる』程度なんだけど、この時は声も口調もとにかく異例なくらいの荒れようだったようで。

『王家の姫も子を産めなければ価値がないとぬかすのか。良かろう、子など産めずともイングリットは我が宝だ、返せ』とかなんとかおっしゃって、強引に王家に取り戻した。

 お子に恵まれなかったせいで王妃陛下がした苦労は伝え聞くだけでも胸が痛いし、実際に心労から病気がちになられて三十四歳で身罷られた。他国から嫁いで来られた王妃陛下をとても大事にしていた陛下にとって、母上の境遇はどうしても我慢ならないことだったんだろう。

 それでその後なんやかんやあって、この辺は僕も詳しい事情を知らないんだけど、当時そろそろ隠居を考えていた当時のヴェルナ侯爵、つまり僕の父上の後妻として再婚することになったんだ。

 後継は既にいるし、後妻と言っても二十も年下の母上を当初はどうこうするつもりは父上にはなかったらしい。陛下たちも、この縁組は母上を守るための保護者として選んだという事らしいし。

 出戻り娘をいつまでも抱えているのは王家の体面的に許されず、渋々、本当に渋々、後妻に出されたらしい。間近でお祖父様と陛下の不機嫌に巻き込まれた伯父上が、苦笑混じりに話してくれたことがある。


 ともかく、二度目の母上の結婚は当初は白い結婚になると予想されていた。

 だけど結果として僕が生まれちゃったわけで。

 母上を石女扱いしたファレス公爵家は相当肩身が狭くなったらしい。

 まあ当然そうなるよなあ。家の存続を大事と思う貴族社会だからこそ、仕方なかった的な見方もされていたのが、母上は不妊じゃ無かったんだから。

 とはいえ元々が選び抜かれた降嫁先で、力のある公爵家。そのままにしておいては具合が悪いので、ちゃんと政治的な配慮がなされた。僕の甥っ子、兄上の次男のハーマンがファレス公爵家の分家に婿入りすることになったんだ。

 甥っ子って言っても僕が二つ年上なだけで、ほぼ兄弟みたいに育ったけどね。

 血は繋がっていないけど書類上ハーマンの祖母は母上だし、現当主の息子で直系男子だ。

 王家の仲介でハーマンが誕生してすぐにこの婚約が成立し、これをもって仲直りみたいな感じになった。五年前、十七で結婚してあちらの家で幸せにやっている。

 幼馴染として育ったこともあり、ハーマンは三つ年歳上の妻アリスンととても仲が良い。すでに子供も二人いるし。


 羨ましい。

 なんで僕じゃなかったのか!

 

 うん、わかってるさ。

 僕自身じゃ因縁が深過ぎるし、せっかく結ぶ縁なら前当主よりも現当主との繋がりが深い方が将来性がある。当たり前の話だからちょっとしか悔しくなんてないぞ。

 そうだよ、僕には今はマリア嬢がいるんだから羨ましがる必要なんてないさ、うん。


 それでまあ、予定外に生まれちゃった僕だけど、兄上がいる以上僕はヴェルナ侯爵家を継げない。

 ヴェルナ家は爵位を複数持ってはいるけれど、それは全て侯爵家に付随するものなんだ。ヴェルナ侯爵家にはアルマ子爵位、エストーマ子爵位、ロンベルト男爵位の三つがあって、アルマ子爵位は隠居した侯爵用、エストーマ子爵位は後継がヴェルナ侯爵位を継ぐまでの爵位、ロンベルト男爵位は直系男子(予備)用ってことになっている。

 ただ、僕の場合は母上が太子である王弟殿下の娘なので、特別に格の高いアルマ子爵位を成人した折に名乗る許しを得た。それにしたって一代限りで返上だ。

 僕の立場だとロンベルト男爵位をもらって、一代限りで侯爵家に返上ってなるのが本来の在り方だ。僕が結婚して子供が生まれても、その子は平民になるわけだね。普通ならそれで良いんだけど、僕の場合無駄に血筋が良すぎるから僕の子供が平民落ちとか許されないらしい。貴族社会の権威的に。

 

 ちなみに隠居した両親はロンベルト男爵夫妻になっているわけだけど、公式の場でそう呼ばれるのは父上のみだ。なぜなら母上が再婚するに当たってこの先決して侮られることがないようにと、陛下が『ジョスラン公爵』という名誉称号みたいな爵位を強引に贈ったから。これも一代限りだけど、母上は生きている限り王女とほぼ同等の地位を持っていることになる。ついでに母上に対する敬称は降嫁しているのに特別扱いで殿下だ。

 

 そんな母上の息子である僕がなぜ今まで婚約者がいなかったかというと、これもまた血筋のせいだ。

 国王陛下は近々退位を考えていらっしゃって、母上情報だとお祖父様を飛ばして伯父上が王位を継承するらしい。継承権の順位の問題で書類上はお祖父様が一旦継承することになるだろうけど。

 年齢的にそのほうが妥当だよね、式典とかの費用を考えてもそうした方が効率的だし、国民だって爺さんから爺さんに王位が移るより、若い王様の方が嬉しい。何しろ陛下は御年七十八、お祖父様は御年七十五だ。

 というわけで近い将来僕は国王陛下の甥っ子になり、僕の王位継承権は一気に第五位まで跳ね上がることに。

 現実的に考えて僕に王位が回ってくるとことはまずないけれど、僕の母上が国王陛下たちに溺愛されていたせいで生まれた途端にすごい数の縁談が来たそうだ。

 めちゃくちゃ条件の良い入り婿話もあったらしいけど、政治的な色々があったので僕の婚約は決まらなかった。

 

 決まらなくて本当に良かった。王位に色気を出しそうな野心のある家に入り婿とか怖すぎる。


 それと、幼児期の僕は絶妙な感じで病弱だった。命の危険を感じるほどではないけど、しょっちゅう熱を出すし、食は細いし、とにかく手が掛かったと母上から何度も聞かされている。つまり、病弱を理由に幼い年齢での婚約をお断りするのに丁度良かった。

 騎士学校に入学する頃にはすっかり体も丈夫になっていたけれど、その頃には寵愛が深いのは母上だけで、僕自身はそうでもないって広く知られていた。経済的な点でも人脈的な点でも、うちはそこまで旨味のある家じゃないし、実力重視の場合は僕自身がお呼びじゃない。

 僕自身の能力は極めて平凡で、見た目も美形の両親の子供だって確実に分かるのに、微妙っていう残念さ。

 形の良い綺麗な二重の目は母上譲りだけど、ここにあったら完璧だったっていう位置から微妙にずれて目と目の間が広い。しかも目自体が小さい。

 父上に似た鼻は鼻梁も高くて細めに整っているけれど、先端だけがなぜか丸くて微妙に団子っ鼻っぽい。

 唇は形は良いけれど他の部分に比べて大きくてつりあいが悪い。

 結果、全体としてちょっとぼやけた、角度によっては美形に見えなくもない僕の顔が出来上がります。 


 はあ……。

 本当になんでだよ……!


 せっかく父譲りの綺麗な金髪と母譲りの青い瞳といういかにもな色彩なのに、全く似合ってない。いっそ地味な茶色とかでまとまってれば良かったのにって思う。


 話が逸れたね、うん。

 いや、ついつい。美形揃いの家族親族に囲まれているとさ、こう、劣等感がね。馬鹿にされたりとかしたことはないよ。

 でもほら、外部の目って正直なんだよね。うん、何があったかとか聞かないでくれると嬉しいかな。


 まあそんなこんなで僕は色々面倒な立場だったんだ。

 独身貫くのも良いんじゃないかなって僕自身は思ってたんだけど、それも駄目らしいし。お祖父様たちはずっと僕の婿入り先を探してくれていた。

 そんな状況で降って湧いた結婚話だよ。しかもかなり条件の良い伯爵家の跡取り娘が相手とか、もう嘘だろって感じです。絶対裏がある。

 それでもうちの両親や兄上まで認めているんだったら、悪いことにはならないかな。そうだと良いな。


 それにしても十六歳かぁ。

 八年前の僕は……まだ騎士学校で先輩方の洗礼を受けてヒーヒー言ってた頃か。

 うわあ、思い出したくない思い出がいっぱいだよ。

 女の子だったら十六歳はデビューの年だし、きっとまだ夢いっぱいで楽しい年頃だよなあ。

 貴族の結婚じゃ珍しくないけど年の差はそこそこあるし、十六歳からしたら二十四歳はおじさんだよね。僕だって十六歳の頃なら二十四歳の女性は相当年上に感じたと思う。

 あいにく僕には交流のあるその年頃のご令嬢がいないんだよね。親族も近い年齢はみんな男ばっかりだし。

 姪のキャロが一番近いかなあ。

 でも、レディというよりはまだ子供って感じの十二歳のキャロじゃ、あんまり参考にならないよね。

 

 どんな子なんだろう。

 あ、子っていうのは失礼か、うん。

 どんなレディなんだろう。


 文字上の情報しかまだ知らない僕の未来の妻になる人に、思いを馳せる。

 僕自身は結婚は半ば諦めていたから、正直実感はないけれど。


「幸せになりたいなあ」


 実感がないなりに、結構浮かれてそんな言葉が口から出る。

 男女のお付き合いには慎重にならざるを得なかった僕は、それはもう悲しいくらい綺麗な身辺だ。

 家族もいるし、友人もいるけれど、でも伴侶っていうのはやっぱり特別なものだと思う。この歳で結婚に夢を抱いているとか笑われそうだし、相手のあることだから勝手な期待はしないのが大人の理性というものだろうな。

 分かっているけど、僕の胸は我儘な期待に膨らんでいく。

 不安だって確かにあるけれど、何の憂いもなく下心ありで女性と親しくできることは僕にとっては福音に他ならないわけで。

 下心っていうとなんだかすごく相手に失礼な感じがするけれど、偽らざる二十四歳童貞の本音なんです。

 マリア嬢、こんな未来の夫でごめんなさい。


白い結婚:性交渉を伴わない婚姻関係。

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