第27話 神の役目
久方ぶりのベッドが熟眠へと誘ったせいか、ルカはいつもよりもやや遅く起きた。
体を起こして、ゆっくりと両腕を伸ばすと大きく息を吸う。
「……深く眠りすぎた。万が一夜襲を受けてたら終わってたな……」
そう言って自嘲的に嗤いマットレスというには少々硬い、布に藁や鶏の羽を詰め込んだものを軽く叩くと小さな羽毛が舞った。
行ってみるか、と誰に言うでもなく呟くと彼は立ち上がった。
教会を出て、昨日少女を救った畑へと向かう。
まばらな家や納屋以外に視界を遮るものがない郊外の村だ。
すぐに彼は遠目に畑の中で、ぴょこぴょこと飛び跳ねるように忙しなく動く少女を見つけた。
「……誰と話してるんだ ? 」
時折、ボナの口元が誰かに語りかけるかのように動く。
ルカは訝しげに首をひねると、さらに歩を進める。
すると彼に気づいたボナは、農具を置いて駆けだした。
「昨日は助けてもらったのに……生意気なことを言ってごめんなさい ! 」
そう言うと、まるで男の子のように短い茶色の髪の頂上をルカに曝け出す。
「いや……俺も言い過ぎた。悪かったな」
子ども相手にな、と心の中で付けくわえた。
その言葉を聞いて、ゆっくりと頭をあげたボナをルカは改めて見やる。
まだ幼い顔にはソバカスが少々。
瞳は髪と同じ濃いブラウン。
少々サイズが合わない服。
額には汗をかき、両手は泥にまみれていた。
少女の姿の幾つかは両親が他界したことによるものであることは容易に想像がついた。
「……ところで誰かと会話してたのか ? 」
「えっ !? いえ……別に……その……」
ボナの顔は瞬時に赤くなる。
誰もいないと思って盛大に独り言をいってたのを見られて恥ずかしがっているのか、とルカが少女の赤面の理由を解釈した時、思ってもみない答えが返ってきた。
「……母様と……話していました」
ルカは思わず周囲を見渡す。
当然、彼と少女以外、誰もいない。
ただただ畑が広がっているだけだ。
「……本物の母様ではないですけれど……」
彼の怪訝な顔を見て取ったのか、ボナはポツリポツリと話し出す。
「……母様がまだ元気だった時、私に畑のことを教えてくれました。『ボナ、この時期の水の量は少なめにね』とか、『雑草は根から全部取らなきゃ』とか……」
ルカは黙って、俯きがちに語る少女を見つめていた。
「……父様と母様が天に昇って……一人で畑仕事をしていたら……聞こえてきたんです。その時の声が……いえ、思い出しただけなんでしょうけど……」
少女は畑を見渡す。
「その時、思ったんです。母様はいなくなっちゃったけど……母様の思い出は残っている……言葉は残っている……私の中に母様は今もいるんだって……」
ボナはゆっくりと顔をあげる。
「だから……私にとって畑は……私の中にいる母様に会う場所なんです…… ! 」
頬の赤さは鎮まり、その眼差しには強いものがあった。
「あなたは昨日、女神なんていないと言われました。……確かにつらいことはたくさんあります。……でも畑は一生懸命に世話をすれば応えてくれます。生きていくための食べ物を与えてくれます……。それはきっと当たり前だけど……当たり前じゃない……大地の女神ニルダ様のおかげだと母様は言ってました……。私は……それで充分なんです」
そう言って少女は笑った。
幼く小さいのに、どうしてか大地そのもののような力があった。
朝日というには少々高くなった陽の光がそんな少女を照らしていた。
ルカは、たじろいだ。
自分よりも幼い少女が大切な人との別れを受け止め、懸命に生きている姿に。
────
「監視対象」であるルカの周囲の状況はテレビ画面に映し出されている。
「……ボナちゃん……健気だね~」
詩が細い瞳に涙をためながら言った。
「そうだな……。それにしてもこの世界の女神は何をしてるんだ ? こんな良い子を助けてあげないのか ? 」
夕夏が眉間に皺を寄せる。
肩を持つわけではありませんが、と前置きをしてから二人の指に嵌められたリングが喋り出した。
『……この世界の女神はまだ幼い大地の女神ですから、人に豊穣を授けることはその権能によって可能ですが、それ以外はまだまだ不得手なのです。それに一柱の女神にできることには限界があります。強大な力を持つ軍神様ですら、多くの『戦乙女』や私のようなアイテムにその責を担わせなければならないのですからね』
「……確かに一人でできることなんて限られてるか……」
『ええ、ですからもしあなた達があの少女の力になりたいのなら、一刻も早く『魔王』を討伐し、少女の兄を軍役から解放してあげることですね』
「神様も大変なんだね~。私がもし神様になるなら、楽な役目の神様がいいな~」
今現在、軍神の責務を負わされている少女はそんなことを言う。
「楽な神様なんてあるか ? 」
「あるよ~。例えば『祟り神』とか~」
思ってもみない詩の返答に、夕夏は思わず目を見開いた。
「だって~何もしなかったらそれだけで、崇められるんだよ~。逆に頑張って働いて祟りや災厄を起こしたら、どうか何もしないでくださいって懇願されるくらいなんだから~」
「そう言われれば……そうなのか ? 」
夕夏は首をひねる。
「そうだよ~ ! 職場とかでもそんなポジションを手に入れれば、きっと楽だよ~ ! 」
「それってただ単に腫物扱いされている人じゃないのか ? 」
得意げな詩に、夕夏は呆れたように言った。
「もし詩が祟り神になったら、どんな災厄をもたらすんだ ? 」
「そうだね~。スマホの顔認証とか指紋認証が絶対に一回じゃ成功しないとか~ ? 」
「……地味に嫌な祟りだな」
「それから~指先のささくれが出来た時、カバンに手を突っ込むと必ずそのささくれが引っかかって、ものすごく皮膚が剥がれるとか~ ? 」
「……そんな迷惑な祟りをなす神は封印されてしまえばいい……」
二人がそんなやり取りをしていると、いつもよりさらに固い音声が鳴った。
『……警告です。監視対象に大きな戦闘能力を保有した集団が近づいています』
急なリングからの警告。
「監視対象って……今はルカさんだよね~ ? 」
「ああ、つまりボナの村に向かってるってことだ。目的は何なんだ ? 」
『不明です。ですが……接近している集団の戦闘能力は、この世界の『勇者』を超えています』
リングの音声に、二人は身を固くした。
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