第25話 勇者になれなかった男
「……これは…… !? 」
戦場ではどんな不測の事態が起こっても、決して驚愕のために見開かれることのない戦乙女の青い瞳が、真ん丸となる。
「ひひ、お口に合いましたか ? 」
ドアを通る時は、しゃがまなければならないのではないかと心配になるほどに長く白いコック帽を頭に載せた「不審者」がたるんだ顎の上の口角を上げた。
「こんなに美味な肉を食べたのは……生まれて初めてです ! 王宮ででた料理よりも……はるかにおいしいです ! あなたは……料理人なのですか ? 」
マルガリータは、美味しいものを食べて微笑むという、彼女にしては珍しい種類の笑みを顔に浮かべた。
「ひひ、ちがいますよぉ。ですがねぇ、料理に一番大事なものを知ってはいますよぉ」
自身の頬肉に眼鏡のフレームを食い込ませながら、「不審者」は笑みを深くする。
「それは……何なのですか ? 」
(まさか……「愛情」とかベタなことを言わないだろうな……。いや、それ以前になんなんだよ、そのコック帽は…… ? 一礼したら、正面に立ってる人の頭に当たるくらい長いじゃねえか…… ! 天下人に頭を下げないために髷を横に結った傾奇者くらい絶対に人に頭を下げないっていう強い意志の現れかよ ! )
零は、動画配信サイトで見た視聴者の依頼を解決する昭和のテレビ番組の中で「料理は愛情というのは本当か ? 」というテーマの際、新婚夫婦の妻が夫に作った愛情たっぷりの料理と、プロの料理講師が作った料理を対決させた場面を思い起こした。
その結果、当然料理講師が勝利し、彼が「料理は愛情やなくて技術や ! 」と言い放ったことも。
「それはねぇ……食材ですよぉ。どんな料理人も、食材が良くなければ良い料理は作れませんからねぇ」
「……せいぜいグラム 400 円くらいのスーパーの牛肉で、なに言ってんだよ」
零は胸を張る「不審者」に呆れた声で言った。
「ひひひ、この肉はそんな値段じゃありませんよぉ ! これを見てください ! 」
急にテンションが上がった「不審者」は、彼女達が食べている肉が入っていたパックを掲げた。
「……え ? 何これ…… ? グラム 96 円 ? ホントにこれ牛肉 ? 」
零はラベルを凝視した。
「……肉の種類は……なんだこれ !? 『肉』としか記載されてねえぞ !? 食品表示法違反だぞ ! 産地は……九龍 ? 聞いたことないけど中国産か ? どこで買ったのこれ ? 」
「ひひ、白衣を着た科学者風の男が路上でキッチンカーみたいな車から販売してたんですよぉ ! お買い得だったんで、たくさん購入して冷凍してありますからねぇ ! 」
「もしかして九龍じゃなくてクローンじゃねえのか !? きっと違法なクローン技術で増やした謎の肉だろ !? これ食べて大丈夫なのか !? 」
「クローン技術の適用が違法なのは人間に対してだけですから、大丈夫ですよぉ ! 」
「私が心配してるのは、そういう大丈夫じゃねえから ! 人体への影響だから ! 」
零は激昂した。
二人のやり取りがよくわからなかったのか、マルガリータは肉を頬張り、その合間にパンを口に入れ、時折インスタントのコーンスープを飲み下すという工程に戻る。
そんな彼女を酉井はどこか優しげな目で眺めていた。
山城を出てから、彼らは切り崩した山道のすぐ向こうで魔法のテントを張り、時を待った。
王都に戻ったベニャトに持たせた転移魔法陣が起動するのを。
────
王太子妃ロベルティナの婚姻に伴い彼女の母国グラン・ドラグゥーン・アマリオ国から派遣されたメイドは、私服に着替え、街に出る。
時折、後ろを振り返りながら、ついに目的地に辿り着く。
それは個人の行商人や旅人を相手に営業していると思しき宿屋。
その門前に置かれた古い木製のベンチに腰かけ、所在なく空を見上げる若い男。
彼の前を通り過ぎる時、彼女は握った手をそっと開く。
そこから落ちたものは、地面に触れる前に男の手に握られた。
そして男は一端宿屋に戻り、支度を整えて、街を出る。
くすんだ金色の髪に、虚ろな灰色の瞳、旅人にしては肌は白く、薄手のローブのような服を腰の辺りの帯で結び、大きな背嚢を背負っている。
目立たないが、短い剣を腰に差していた。
幾日かが過ぎ、黙して歩く男の耳に悲鳴が届いた。
一瞬、脚を止めるが男は再び道を急ぐ。
『……悲鳴だ ! 誰かが襲われているかもしれない ! 助けに行かないと ! 』
男は歩き続ける。
『……大丈夫だって ! こんなことで怖気づいてたら『勇者』になれないぞ ! 』
男は唇を噛む。
『……俺達ならやれるさ ! 行こう ! ルカ ! 』
男は何か悪態をつき、脚を止めた。
もう一度、悲鳴と、この世界の女神に救いを求める声がした。
男は、ルカは走り出す。
街道から飛び出し、鬱蒼とした森を抜けると、その先に畑がある。
それから小柄な緑色の皮膚を持つ魔物が数体、少女を取り囲んでいるのが見えた。
ルカは走りながら、重い背嚢を投げ捨てると、腰の短剣を抜く。
通り過ぎざまに背後から一体の首を切り裂き、すぐさま反転して、混乱している魔物達に突撃し、一体の喉元を突き刺す。
残りは二体。
対峙したルカを白く濁った瞳で見据えた後、魔物達はガラス片をこすりつけたような不快な声をあげ、退却していった。
「……大丈夫か ? 」
畑を耕すための鍬をまるで槍のように構えたまま固まっていた、まだ幼い少女に声をかけるルカ。
「だ、大丈夫です ! 助かりました ! ありがとうございます ! 」
少女は弾かれたように頭を下げる。
そして畑に向かって跪き、手を組んで祈りを捧げる。
「……女神ニルダ様 ! 救いを遣わしてくださり……ありがとうございます…… ! 」
ルカはそんな少女を苦々しく、睨むように見つめた。
そして吐き捨てるように、小さな声で呟いた。
「やめろよ…… ! 女神なんて……いないんだ…… ! 」
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