第23話 あやしいひとたち
「……いよいよだね~」
いつも通り、ゆっくりなのに、どこか硬い詩の声。
「ああ……」
夕夏は両手で目の辺りを揉むような仕草をし、それからテレビ画面を睨むように見つめた。
画面には城が映っている。
防衛のための要塞という趣は無く、街の中心にあるそれは王宮と言った面持ちだ。
そして画面は切り替わる。
王の謁見の間に。
広い部屋には緩やかな階段が設えられ、それによって壁の中ほどまでの壇に上がることができる。
謁見の間は基本的に石造りであるが、階段に続くように豪奢な絨毯が敷かれ、壇上にも赤い大きな絨毯が敷かれている。
そして壇上には椅子が三つ。
一つは中央の王座。
向かって右の二つは王太子とその妻。
その席は三つとも埋まっている。
その席に座る三人は、皆一人の男を見下ろしていた。
ベニャトだ。
任意の「戦乙女」を監視できるのが「軍神の加護」の能力の一つである。
それを利用して、夕夏と詩は画面に映るベニャト、正確にはその懐の中にあるアイテム「戦乙女の嘆き」を基点として王達を見ていた。
そしてこの監視の能力は「戦乙女」ではないものでも、一人だけマーキングすることができる。
それには半径十五メートル以内に基点となる「戦乙女」がいなければならないが、それもベニャトが懐に忍ばせた「戦乙女の嘆き」が役目を果たしてくれる。
酉井達はロドリゴをマルガリータの部隊に配属させた人物が高位の者であると推測し、とりあえずは王族の内の誰かを監視することにしたのだった。
そしてその選択は夕夏と詩に委ねられた。
「なんとか予想通りに戦果報告で王様達の所に来られて良かったね~」
「ああ……魔族の軍を足止めしたし、『勇者』が現れたんだからな。直接報告を聞きたくなったんだろうな」
「ここまでは『勇者』様達の読み通りだね~。でも私達に誰が怪しいかわかるかな~ ? 」
詩は不安そうに眉尻を下げて、夕夏の顔を覗き込む。
「……もし外れてても……王族の一人を監視していれば、何かわかることがあるだろ」
「そうだね~。それによく考えたら三人の内に当たりがいるなら~三分の一の確率で当たるんだもんね~」
「ああ、私は海外ドラマの刑事ものを良く見てるから、そこで培ったプロファイリング技術で見抜いてやるよ」
「え~ ? そんなの通用するかな~ ? 」
そう言って二人は笑い合う。
『……謁見が始まります。ここから一時停止はできても巻き戻しはできません。準備はいいですか ? 』
「ちょっと待って~ ! 一応録画しとこうよ~」
そう言って詩はスマホを構える。
『……後でもう一度見れると思うと、大切なものを見逃してしまうかもしれませんよ。この一回が最初で最後、そう思って見ることで、見えるものがあるはずです』
「そうかもな……」
夕夏は拳を握った。
「そうだね~。そう言えばリングさん~ここまできた人達って私達以外にもいるの~ ? 」
『……いますよ。多少状況は違いますがね』
詩はスマホをテーブルの上に置いて、大きく深呼吸した。
『……準備はいいですか ? 先ほども言いましたが、一時停止だけはできます。止めたい時は言ってください』
「わかった……始めてくれ」
詩と頷きあった夕夏は覚悟を決めて、開始した。
画面の中で、緊張していることが丸わかりのベニャトのたどたどしい報告が始まる。
彼が報告したのは以下の通り。
マルガリータが奇襲によって見事、上級魔族を討ち取り、魔族の軍を足止めしたこと。
帰城した際、副官のロドリゴに毒を盛られたこと。
運良く稀人の『勇者』に命を救われたこと。
現在は『勇者』に従い、魔王を討つために行動していること。
『勇者』が山道を斬撃で切り崩し、先の会戦の場となった平原への道は閉ざされたこと。
『チッ ! マルガリータめ……生き延びたのか…… ! 』
「おい止めろ ! こいつだ ! こいつ ! 」
停止した画面に映るのは王太子。
痩せて落ちくぼんだ目に、短い金髪。
戦時だからか、実用性にやや疑問の残る豪奢な軍服をお召しになっている。
憎々しげに片頬を歪めていらっしゃる。
「ま、まって夕夏ちゃん~ ! 確かに謎の未亡人から送られてくる『夫の遺産の 5000 万円をあなたに譲ります』ってメールくらい怪しいけど~逆に怪しすぎて違うパターンかも~ ! もう少し見てみようよ~」
詩の声に応じて、再び画面は動き出す。
『ククク……やりおるわ。民衆から『戦乙女』と呼ばれるだけのことはあるわい……。やはり非常時には平民に産ませた子の方が役に立つようじゃのう』
王太子の発言を咎めもせず、頭にその細い首が折れてしまいそうなほどに大きな王冠を載せた老人が尖った顎をさすりながら言った。
『父上…… ! 先の会戦で私が不覚にも遅れをとってしまったのは……内通者がいたからです ! そうに決まっております ! そうでなければ……我が軍の動きをあそこまで読み切ることは不可能です ! マルガリータこそ……』
『その内通者だと言うのか ? 』
『そ、その通りです ! 』
王のぎょろりとした濁った瞳に見据えられて、王太子はヒステリックに答えた。
『ククク……わかっとらんのう……あのバカ娘がそんな知略めいたことをするわけがないじゃろう。それに……昔から魔王軍との戦闘はそうだと言っておいたであろう。どうしてかこちらの手は読まれてしまう。だから『勇者』が『魔王』を討ち取るまでの間、こちらから攻めずに防衛に徹するのだと……あのバカ娘は感知されないほどの少人数で、しかも運良く上級魔族の位置に奇襲できたから勝てたのじゃ。自らの命を賭けた賭博に勝ったのじゃ。手柄を立てたくて安全な場所から闇雲に攻撃命令を出したお主と違ってな』
『グッ……』
王太子は言葉に詰まる。
『……お義父様、その『勇者』は本物なのでしょうか ? 』
まるでビスクドールのようないかにも王族と言った容姿とドレスの女が王に問うた。
『……わからぬ。山を切り崩すなど……そんな化け物じみた力を持つ『勇者』など聞いたことがないわ……。それに……山道をあの平原に向かって行ったというのも気になるのう……。今までの魔王の潜伏場所と違いすぎるわい。じゃがもう其奴に期待するしかないのじゃ。女神様に任命された『勇者』はお主の母国で消息不明になっておるのじゃからのう』
『もし偽物なら……マルガリータが危険に晒されます。捜索隊を結成して後を追わせるべきではありませんか ? 』
『必要ない。あのバカ娘は今までどんな窮地も自らの牙で食い破ってきた。もしその『勇者』が偽物なら、彼奴が首を噛みちぎるであろう』
そう言って王は皺だらけの顔で嗤った。
『──謁見は以上です。誰をマーキングして監視しますか ? 』
二人の左手薬指のリングから同時に音声が聞こえた。
「決まってるだろ ! 王太子だ ! こいつがマルガリータを殺そうとしたに決まってる ! 」
「待って夕夏ちゃん~ ! 確かに確定申告の時期に謎の税理士から送られてくる『税処理、無料で請け負います ! 』ってメールくらい怪しいし~マルガリータさんを殺そうとしたのもこの人かもしれないけど~もっと気になる人がいるの~ ! 」
「さっきから怪しさをスパムメールで譬えてるな……。それにちょっと前に、『夕夏ちゃんが怪しいマッチングアプリに登録してそこから個人情報が流失した』とも言っていた……人は自分が言われたくないことを悪口として言う傾向がある……ひょっとして詩こそエロいサイトに登録しているからそんな変なメールがスマホに頻繁に送信されてくるのか ? 」
「ち、ちがうよ~ ! 私をプロファイリングしてどうするの~ ! たまたまスパムメールをまとめてるサイトを見たの~ ! 」
詩は顔を真っ赤にして否定する。
「それより私が怪しいと思うのは~王太子の奥さん ! 」
話を変える意図もあったのか、詩が彼女の容疑者を挙げる。
「え ? なんでだ ? 」
夕夏はきょとんとした顔。
「夕夏ちゃんは怪しすぎる王太子さんばっかり見てたでしょ~ ? 私は奥さんの方を中心に見てたの~。奥さんは基本無表情だったけど、ちょっとだけ雰囲気が変わった時があったの~」
「本当か ? 全然気づかなかった……。どのタイミングだ ? 」
「えっとね~。ベニャトさんが『勇者』様について報告した時なんだけど~最初『勇者』様が現れたって聞いた時は……ちょっと強張ってたの~。それから『勇者』様が山道を行ったって聞いた時に……ちょっと緊張が解けた感じだったの~」
「それは変だな……。『勇者』が現れたら嬉しいはずだろ ? それにもし『勇者』が的外れな場所に向かってるならガッカリするはずだし……」
夕夏は腕を組んで首をひねる。
「……もし奥さんが『魔王』側だったらどう~ ? 」
「そうか…… ! 普通の人間とは真逆の反応になるのか ! ……でも良くあの無表情な奥さんの微妙な変化に気づいたな……」
「う~ん…………女の勘って奴かな~ ! 」
そう言って詩は夕夏を上目遣いで見つめた。
「……詩のくせに生意気な……」
夕夏は、どうしてか頬を染めて、その視線から瞳を逸らす。
「なに~その『のび太のくせに生意気だ』みたいな理不尽極まりない言葉は~ !? 」
両手を振り回して抗議する詩。
夕夏は片腕を伸ばし、彼女に向かって突進しようとする詩の頭を抑えた。
『──監視マーキングの対象は決まりましたか ? ……それから……軍神様からのポイントがとんでもないことになっています……』
「だからなんでだよ !? 」
またしても夕夏の怒声が響いた。
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