第14話 救援要請
「未来への咆哮」と名付けられた筐体に向かって、明日も未来も無いどころか、今夜の夕飯代すらこれから喪失してしまうであろう生ける屍どもが咆えていた。
そんな日本全国、どこのパチンコ屋でも見られる光景が、ふいに凍り付く。
それはリーチが外れた時に液晶画面のガラスが割れる演出を、あまりの怒りから現実のものとしてしまう客が現れた時の空気のようなことではない。
彼女達以外の全てが止まっていた。
「酉井さん ! なんか変じゃない !? 」
パチンコ屋の騒音に適応していた鼓膜が急に訪れた静寂におどろいたのか、耳を軽く押さえながら零は辺りを見渡す。
「ひひひ、何者かの干渉を受けているようですねぇ。時間を停止させるとは、なかなかに強力な存在ですよぉ」
何が面白いのか、「不審者」はたるんだアゴを震わせて笑う。
「いや、そこまでレアな能力でもないだろ」
酉井が、いつも通り手にしたストロング系缶酎ハイを傾けながら、普段と変わらぬ様子で言った。
「えっ ? そうなの ? 能力物を執筆する作家が作中の敵キャラに持たせたのはいいものの、対抗するには主人公も時間停止能力を持つか、無理矢理弱点か能力発動になんらかの致命的なリスクを負わせるしかなくて、結局扱いきれずに終わるくらいの能力なのに ? 」
零は、眼を保護するためという極めて理にかなった理由で長くフサフサした睫毛を持つキリンなどの草食動物とは異なり、不自然な理由でフサフサした睫毛にデコレートされた瞳を丸くする。
「アダルトビデオ業界にたくさんいるだろ」
「ひひ、時間停止物のAVのことを言ってるんですか酉井さん。あれは演出にすぎませんよぉ」
零が口を開くよりも早く、珍しく「不審者」が正論を言った。
「そのほとんどがね」
「全部だよ ! 本物なんて全体の 0,001 % もねえから ! 大体本当に時間を停止してるんだったら、カメラマンも動けねえだろうが ! 」
だが彼が続けた言葉に零は我慢できずに激昂した。
「……夢のない方ですねぇ」
「不審者」がワザとらしく溜息をつく。
「そんな夢を見ている奴らは叩き起こした方がいいよ。そいつ自身のためにも。そいつが所属する社会のためにもね」
零は「不審者」を睨みつける。
そんな彼女達の横。
今まで彼女が打っていたパチンコ台から音声が流れる。
『……この世界の戦乙女よ。軍神様の御使いから救援要請が発出されました。応じるならば該当世界への転移を開始します。応じますか ? それとも拒否しますか ? 』
「ひひひ、あなたのことですよぉ。戦乙女の零さん」
「その称号で私を呼ぶんじゃねえ。一昔前のレディース暴走族の一味みたいに思われるだろうが…… ! 」
そう思われても仕方のないような眼力で、零は「不審者」を威圧する。
『……応じますか ? 拒否しますか ? 』
そんな彼女達のやり取りに構わず、パチンコ台は機械的な音声をくり返す。
「あ ? なんで私が行かなきゃならねえんだよ ? 」
零は先ほどまでとは違った意味でパチンコ台を睨みつけた。
『拒否すれば『戦乙女』の称号は剥奪されますが、それでも構いませんか ? 』
「構わない。むしろありがたいくらいだよ」
そう言って、ことあるごとに彼女のことを「戦乙女」と揶揄う「不審者」に咎めるような視線を送る零。
「要請に応じて、それを完遂すれば報酬が授けられますが、それでも拒否しますか ? 」
「報酬…… ? 」
零はゆっくりとパチンコ台の方に向き直る。
「……やめとけ。軍神関連の要請なんて、戦わなきゃならないに決まってる。どんな報酬だろうと命に代えられるものじゃない」
「でも……」
「お金が欲しいなら、真面目に働くんだ。お花屋さんがダメなら、ケーキ屋さんなんてどうだ ? 」
「……身内でもないんだから、ほっといてよ」
時折耳の痛いことを言う酉井を黙らせるお決まりの言葉を吐いて、彼女は酉井から目線を逸らし、再び台を見る。
「そうか……おっと」
厳格な舞台演出家が見れば、血管の二、三本は軽くブチ切れ、このご時世にも関わらずに人格否定を含めた指導をかましそうなほどのわざとらしさで、酉井はポケットから何かを落す。
そしてそれを、彼女の母親の筆跡で彼女の母親の名前が記されたそれを見た零は絶句した。
「な、何これ !? そんな……そんなバカなことって…… !? 」
拾い上げたそれを凝視しながら、零は混乱する。
「初めて来店してから二ヶ月の記念品としてもらったそれを使ってもいいんだぞ。それにしてもこんな記念品を渡すなんて、ママもなかなかぶっ飛んでるな」
酉井は片頬をあげる。
零はスナックのママを生業としている彼女の母が数日前にカウンター越しに、二ヶ月前からの常連である酉井に何かピンク色の可愛らしい封筒を手渡していたのを思い出した。
(確かに母さんは……それに……女手一つで育ててくれた母さんが、こんな決断をした時、私は絶対に否定しないって……いやでも……ダメ……どうしていいかわかんない !? )
自分の母親が出会って二ヶ月の男に、地球上で最も比重の重い金属であるイリジウムよりも重い超弩級メンヘラ女だけが成し得るようなアプローチをかましていたことに、零は混乱する。
そして彼女はその混乱のままに、手の中の紙を破り捨てた。
「……こんなのは何かの間違い…… ! こんなものを記念品として常連客に渡してたら、私は何十回名字を変えなきゃならないんだ…… ! 」
零は別に激しい運動をしたわけでもないのに、肩で息をする。
「破ったか……。ならば初めて来店してから二ヶ月と一日記念にもらったこいつを使うしかないな……」
そう言って酉井は、今しがた零が破り捨てたのと同じ紙を取り出す。
「まだ二ヶ月と二日記念と二ヶ月と三日記念のもあるぞ……。さあどうする ? ちゃんと就職するか ? 」
酉井は手にした紙をひらひらと振ってみせた。
「……ねえ酉井さん。酉井さんは母さんのこと……」
「お取込み中、申し訳ありませんが……台を見てください」
さほど申し訳なくもなさそうに「不審者」が言った。
酉井と零が不可思議な音声を発していた台を見ると、液晶画面に変化がある。
金色の丸いボタンに「応じる」の文字。
そしてその上には「最終決断です」の虹色の文字。
「本当のパチンコの演出みたい……。なんか今日はもう疲れたから止めとく……これから店に行って母さんに聞かなきゃならないことがあるし……」
零はがっくりと肩を落す。
画面のボタンの外周がタイマーのように少しずつ削られていく。
本当のパチンコの演出であれば、台に備え付けられたボタンを実際に押さなければならない局面だ。
「ひひ、酉井さん。もしこれが実際のパチンコと同じなら危ないですねぇ」
酉井は無言で、一日に 75000 発以上飲まれた客だけが赦される行為を行う。
「酉井さん ! 何してんの !? 」
「お前もパチンカーならわかるだろ。台のボタンは……」
「押しても押さなくても結果が変わらない…… !? じゃあ始めから強制的に要請に応じることになってたってこと !? 」
右拳で台の液晶画面をぶち抜いた酉井の横の台の液晶に、再びボタンが映し出される。
キュインキュイン。
普段であれば脳神経が焼き切れるほど興奮する音が鳴り響いた。
この話を執筆するにあたり、パチンコ屋に行ってみました。
あれだけ好きだった『うしおととら』が嫌いになりました。




