3缶目 関白宣言
「……あれは依頼をこなして村に帰る途中でした」。
テレビ画面の中、少しだけ眉間に皺をつくって、中年で金属製の鎧を纏った男がケレン味たっぷりに話しだす。
「さっきのエルフと修道女もそうだけど、この人たち日本人じゃないよね ? 」。
零は画面から視線を外して、隣に座る酉井に確認する。
「ああ、本物っぽいな。お前の金銭と引き換えに得た金髪と違って」。
「しょうがねえだろ。この町で黒髪の女はそれだけで舐められて犯罪の被害者になる可能性が9%高くなるって統計が出てんだから」。
「……9%か、消費税よりも高いな。どれだけ危険なんだこの町は…… ! やっぱり引っ越してくるんじゃなかったな……」。
そう言って酉井は「9%」と大きく記された高濃度ストロング系酎ハイの缶を傾ける。
「……村人のジョンが慌てて走って来たんです。そして『村にゾンビが出た ! すぐに来てくれ ! 』って叫んだんです」。
画面の中で、中年男性が語った。
「……その時はゾッとしました。なぜなら村の私達の家には六歳になったばかりの息子が一人で留守番をしていたんです」。
男性のセリフを引き継ぐかのように、今度はいかにも魔法使い風のローブを着た中年女性が喋った。
「……そして急いで村に帰った私達を出迎えたのは……胸を誇らしげに張った息子だったんです…… ! 」。
画面は大きく三遊亭好楽を思わせるドヤ顔の少年を映す。
「おばあちゃんから送られてきた箱の中にこれが入ってたんだ ! 」。
少年が掲げたのは、先ほど紹介された「聖水」の瓶。
「この『聖水』を使って僕がゾンビをやっつけたんだよ ! 」。
「こんな小さな子でもゾンビを倒すことができるなんて……本当にこの『聖水』のおかげで小さな命と村人の命が守られたんです ! 」。
優しい顔で息子の頭を撫でる男性。
「へえー。子どもでもゾンビを倒せるんなら便利そうだね」。
零が感心したような声をあげた。
「……そうかな。画面の隅を見ろ」。
「え ? 」。
そこには通販番組でおなじみのテロップ「※個人の感想です」の文字。
「……どういうこと ? 」。
「恐らくこの『聖水』は効果がある、多分あると思う、あるんじゃないかな、まあ覚悟はしておけよってことだろ」。
「さだまさしの『関白宣言』の歌詞かよ ! 」。
「……お前、よく知ってるな……。本当は二十歳じゃないんじゃ……」。
「……スナックでバイトしてると、オッサンどもがカラオケで歌うんだよ…… ! 」。
ふてくされたような顔の零。
画面の中では男がにこやかに妻に話かける。
「この子が無事だったのも、母さんが『聖水』を送ってくれたおかげだな ! 」。
「ええ……いつもはろくでもないものしか送ってこないのにね ! 私だけがアレルギーで食べられないものとか ! 」。
「母さんはうっかり者だからな……。でも一緒に暮らせば、きっとわかってくれるよ ! 」。
「……」。
無言で、張り付いたような笑顔で夫を見つめる妻。
「……どうやら異世界でも嫁姑問題はあるようだな」。
「……誰が喜ぶの ? この設定 ? 普通にいい話でしめればいいのに…… ! 」。
オレンジの描かれたストロング系酎ハイの缶に口をつけた零の視線の先で、画面はまた切り替わった。