17缶目 Handmade Nailbat
「……酉井さん、あんたはあいつらに協力してやらないの ? 」。
零がカウンターの中から、タバコの煙とともに男に問いかけた。
薄暗い店内に立ち上る白い煙を見ながら、酉井は心外そうな顔をする。
「ゾンビに効果抜群の『聖水』をあれだけ大量に入手したのは、万が一本当にゾンビが現れた時に対処するためじゃないの ? 」。
零の問いかけに、酉井はグラスを気怠そうに傾けてから、もったいぶって答えた。
「あれは自衛のためだ。こんな犯罪者だらけの市はむしろゾンビによって滅んだ方がいい」。
「……人の生まれ故郷をゴッサムシティみたいに言うんじゃねえよ…… ! それに自分を守るんだったら、早いとこ対処しといた方がいいんじゃない ? ゾンビが増えれば増えるほど、酉井さんがゾンビと遭遇する可能性も高まるわけだし……私も手伝うからさ」。
「全くありがたくもないお前の申し出は、にべもなく断らせてもらう」。
「なんでだよ ! 『にべもない』なんて話し言葉で絶対使わない表現まで使って ! 」。
自分なりに覚悟を決めた申し出をあっさりと断られて、零は激昂する。
「……こんなことに関わるくらいなら就職しろ。昼の仕事にな」。
「その就職先がなくなるかもしれねえんだよ ! ゾンビしかいない町でどうやって働くんだよ !? 」。
「ゾンビ相手に人肉でも売ればいいさ」。
「なんかそんなB級映画あったな……。『ゾンビ・ブライド』だっけ !? 確かにあれもスナックが舞台だったけど ! 」。
「……あんなマイナーな作品、よく知ってるな」。
酉井は呆れたように言って、つまみとして置かれている駄菓子を一つ口に放りこんだ。
「まあ、この事件を解決してやってもいいが……一つ条件がある」。
「条件 !? あんた人助けに条件を出すの !? 」。
零の正義感溢れる叫びを無視して、酉井はちょうど店のドアを開けて入って来た中華料理屋の出前に料金を払い親子丼を受け取っていた。
「……別にどっちでもいいんだぞ俺は。さっきの奴らが解決するかもしれないしな」。
「……わかったよ。何をすればいいんだよ」。
零は無料で酉井にこの地方都市を救ってもらうことを諦めて、彼を睨んだ。
「さっきも言ったけど、就職しろ。お花屋さんなんかいいと思うぞ」。
「はあ !? こんな犯罪者だらけの町に花を愛でるメンタルの人間なんかいるわけねえだろ ! 」。
「需要はある。犯罪現場に手向ける献花とか……犯罪被害者の見舞いの花束とか……」。
「どういう需要だよ ! ……クソッ ! 花屋はともかく就職活動をちゃんとすりゃいいんだろ ! ゾンビをなんとかしてくれたらするよ ! なんだよ……親父でもねえのに……」。
そっぽを向いて毒づく零。
──そうだな、と酉井は自嘲的に笑って席を立つ。
「……明日の昼、店に迎えに行くから準備しとけよ」。
酉井はママにセット料金と零に飲ませた分を支払って、店のドアをくぐって行く。
カウンターテーブルには手をつけられていない親子丼が出前用のラップを外されぬまま、残っていた。
翌日。
「……なんだその格好は…… ? 」。
酉井の訝しげな視線の先には、バイク用のヘルメットをかぶり、手には数十本の釘を打ち付けた木製バットを持ち、春も過ぎようとしているのに分厚いコートを纏った不審者がいた。
「私なりの対ゾンビ用装備なんだけど……」。
「……脱げ。今日は情報収集が目的だ」。
白いワイシャツにチャコールグレーのスラックス、そして手には異世界通販で入手したカバンを持つ酉井は上着とネクタイを外した営業マンのようであった。
「せっかく深夜までかかってこのバットを作ったのに……」。
「お前のアパートの隣の住民はさぞ怖かっただろうな。隣室から深夜に丑の刻参りをしてるような音が聞こえてくるんだからな」。
酉井は零から取り上げたバットをドクターバッグを思わせる口の広いカバンに仕舞いこむ。
どう考えてもカバンの容量を超えているが、その内部は恐ろしく広い空間となっているので問題なく収納されていく。
「手品みたいだね」。
感心する零のヘルメットとコートも収納して、彼女はピンクのスエット姿となる。
「……就職活動する時はちゃんと髪を染め直して、スーツを買うんだぞ」。
そう小言を言ってから、歩き出した酉井の後ろをついていく零。
やがて二人は一軒の居酒屋の前で足を止めた。