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現場がどういう考えなのか、バイヤーの何を売りたいかには影響しない

「だからねえ君、なんでドレッシングが売れないかって私は聞いているんだけど?」

「いや、何度も言っていますがセントールには豊かなドレッシング文化がありまして……」

「なら売れるだろ!ドレッシングを手作りする文化があるなら、家事を楽にするっていう触れ込みで売るとか…少しは頭を使ったらどうだ?」


 友三郎の脳裏には『てめえがな!』という言葉が過りました。

 しかし大人で責任ある社会人である友三郎は喉元まで出かけたがその言葉をグッと堪えて目の前に誰もいなくとも、電話先の相手に見えたりはしませんが愛想笑いを浮かべました。


 引き攣った、殺意の篭った愛想笑いです。


「そもそもこのドレッシングはセントールといった菜食文化圏にも売り出せる、最近増えた外国人のビーガン向けに地元企業と一緒に開発した商品なんだぞ?それをお前は売れないだのなんだの…動物性原料は一切使っていないドレッシングなんだからセントールだって問題なく使えるだろ?」

「確かに動物性原料は入っていませんけどこれ…添加物がガンガンに入ってますよ?保存料だの着色料だの」

「それがどうしたって言うんだ?」


 友三郎は迷います。

 ここで説明して理解してくれるのだろうか?と。

 てか、何で分かってねーんだよこいつが!?とも。

 既にエルフの住む地区で分かった事をレポートにして提出しているのだから、当然のように彼等が感じる『淡い』に対する認識も知っていると思っていました。

 ですが、どうやら地球にいる上の人達はまるで理解していなかったみたいです。

 

 現場で汗水血を流して提出したレポートを、日々出世する為にご機嫌伺い胡麻摺り太鼓持ち、それらに精を出している上の人達にはそのレポートを読む暇がないのです。

 もしくは目を通すだけで熟読する暇がないのでした。


「和田バイヤー、六味って知っていますか?」

「ろくみ…あ、ああ!もちろん知ってるぞろくみだろ?ああ、勿論私も好きさ!」

(あ、こいつ知らねーな…食品バイヤーなら知っとけよ……まあ、知っている事を前提に話して逃げられないようにしてやろう)


 人間が味覚で感じる味は基本的に5つ。

 甘味、酸味、塩味、苦味、そして旨味の5つ。

 しかし教科書でお馴染みの道元禅師は典座教訓という著書で五味(塩、甘、辛、酸、苦の五つの味の事)に淡味を加えた六味という考えを記しました。

 この淡味に関しては人によってとらえ方は様々です。


 日本が見つけた五つ目の味覚である旨味とする人や素材そのものが持つ味の事だと主張する人もいますが友三郎は後者、つまり素材そのものの味の事を言っています。


「そもそも人間と比べてエルフやセントールの味蕾の数は圧倒的に多い、それは添加物を味として知覚するくらいに」

「な!?それは本当か!」

「……レポート読みました?」

「よ、読んだよ!三回は読んだ、そう三回は読んだ」

(ぜってぇ呼んでない)


 友三郎は呆れます。

 三回も読んだのに『エルフ族の味覚は統計調査の結果、素人の判断ですが人間族の三倍以上も鋭く、人間では感じられない僅かな差も認識する程です』という自分の報告を何で知らないのか?と。

 電話先から聞こえるデスクの上を漁る音から渡された後、読まずに適当に放置していたのだと友三郎は理解して話を続けます。


「つまり人間の舌で美味いは彼等にとっては所詮なんですよ。昨今の濃い味付けに慣れてしまって旨味や淡味をおろそかにしている日本人よりもずっと敏感に、神経質にこだわってますよ」

「そ、そ、そうか、そうかそうか、で何でドレッシングは売れないんだ?」

「俺の話聞いてました?」

 

 どうやらレポート探しに必死になるあまり説明を全く聞いてなかったようです。

 これには友三郎も激怒寸前でしたが、ここで短気を起こしてしまえば次のナマモノは自分です。

 なのでここでもグッと堪えます。


「兎に角、まあドレッシングに関しては…エルフ族の地区で人間にとっては美味しいドレッシングと言う触れ込みで売りますので!醤油を送ってください」

「醤油?ああ、じゃあき―――」

「俺のレポートをちゃんと読んでいたのなら是非とも兵庫県たつの市に本拠を置いている老舗の醤油メーカーの商品をお願いしますね!薄口と濃い口の二種類を!」

「あ、ああ、分かった」

 

 友三郎の鬼気迫る声に押され電話先の和田バイヤーは了承しましたが、さてちゃんと送って来るのでしょうか?

 そんな疑問を抱きつつ自分が汗水血を流して集めた情報を全く生かし切れていない上層部に苛立ち、第二次大戦時にドイツが使っていたエニグマのような異界電話の受話器を叩き付け…るようなことはせずゆっくりと下ろします。

 

 これ一台で3ポルシェです。

 これを破損させた同僚が中身の空になった状態で見つかったのは良い思い出だと友三郎は思いつつ厳重に異界電話をしまい、異界に支部を出している某日系の凄腕スナイパーが振込差にしていそうな大手の銀行に異界電話を預けに行きました。

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