後編
コンパクトにまとめようとしたら、登場人物が結局2人だけになってしまいました…。
わたしの初恋はフレデリック殿下だった。あんなに素敵な方が近くにいたのだから、無理はないと思ってほしい。
その淡い初恋はもちろん、彼に恋人が出来た時点で見事に消えたわけで。もともとフレデリック殿下とどうこうなると思っていなかったので、すんなり納得できた。……それでもこっそり大泣きはしたけれど。
ただ、殿下の恋人は祝福される相手ではなく───年上の伯爵未亡人だった。周囲がもちろん黙っているはずはない。
騙されているだの、色香に惑わされているだの、さんざんな言われようだった。
でも、かの恋人は違った。殿下の女性を見る目に狂いはなく、彼女は身を引いたのだ。それが、3年前の出来事。
彼女は殿下に別れを告げ、なおかつ殿下に未練を持たせないようにさっさと再婚をしてしまった。
もちろん、フレデリック殿下の嘆きようといえば、もう……見ていられるものではなかった。だから、わたしは…。
「殿下、わたしは王太子妃にふさわしくなるべく努力しようと思います」
「…何を言っているんだ?」
「もし次に恋をなさることがあって、それが祝福されない相手だとしたら、わたしを王太子妃に選んでください」
わたしは、万が一の時にはお飾りの王太子妃になる宣言をしたのだ。もう殿下の嘆く姿を見たくなかったから。
その時の殿下の顔は、二度と拝めないだろうというぐらいの驚きっぷりだったのをよく憶えている。
その日から、あらゆる努力をした。前世でもこんなに頑張ったことはないだろうと考えるほどには……それでも、できれば殿下には誰からも祝福される結婚をしてほしいと望んでいたのに。だから公爵令嬢・エリーザさまとなら、幸せになれるのではないかと思っていたのだ。…個人的にもお二人が並び立つ姿を想像すると非常にオイシイ。
「あ~、世の中やっぱりうまくいかない」
いま、わたしは自室にこもり、ソファーに座って考えに没頭しつつも、千羽鶴を作る勢いで折り鶴を折っている。カラフルな紙を用意できないのは残念だが、それでも好評で折り紙は人気だ。欲しがる人が多いのでいくら折っても何を折っても処分に困ることはない。
「何がうまくいかないんだ?」
「へ?」
自室にひとり…のはずだったのに何故第三者の声が聞こえるのだろう。しかもその声は今し方考えていた方のお声で…。
あれ、おかしい。今の今まで気づかなかったが、人の気配がする。しかも向かい合わせじゃなく、左隣から……。
「おまえはいつもだが集中力発揮し過ぎだろう。こんな近くに来ても気づかないとは」
ロボットのようにぎこちなく振り向くと、そこには折り鶴を手にとり、しげしげと眺めている麗しい我らのフレデリック殿下がいらっしゃる。屋敷の皆さん、これはどういうことでしょうか。
「こ、これは殿下」
慌てて立ち上がって挨拶をしようとしたが、殿下に腕を掴まれて阻まれた。
「ようやく時間がとれたから会いに来た」
破壊力抜群の笑顔に加え、その唇がわたしの手の甲に触れる。
この光景、第三者として見ていたら興奮したに違いない。しかし残念ながら相手はわたしですからね。
「ああ、相手の方をご紹介していただけるんですか?」
「……相手?」
意味が分からないと首を傾げる殿下。キョトンとした顔がかわいい……ハッ!うっかり見惚れそうになるから困る。
「殿下の恋人ですが…」
「恋人……」
おや、眉間に皺が寄ってますよ。美しいお顔が台無し…にはならない。美形、羨ましすぎる!
「おまえ、まさか…形だけの王太子妃になったと思っているのか?」
「そのお約束でしたよね?」
途端にがっくりと肩を落とす殿下。何かおかしなことを言っただろうか。
「私は何度かアリアが好きだと伝えたはずだが」
「はい、昔から妹のようにかわいがって下さってること分かっていますよ?」
ええ、どんなにかわいがられてもその辺は決して勘違いしませんとも。失恋した時にしっかり心に刻みました。
「……アリア、夜会の時にダンスに誘われないことを何とも思わなかった……だろうな。そうだな、観察好きだからな」
「単にわたしがモテないだけでしょう?」
ん?なぜそこで深々と溜息をつかれるんだろうか。
「牽制していたからに決まっているだろう。アリアと最初に踊るのは私だ」
「………」
思わず沈黙してしまう。いや、殿下の言われることが理解できない。
え~と、ああ!そうか…かわいい妹が変な人に絡まれないように気にしてくれていたということね。
「アリアは…私に恋人ができても平気なのか」
言いながら殿下は、ハーフアップにしているわたしの髪に触れてくる。
以前、恋人がいた方が何をおっしゃるやら。
「その辺は5年前に努力しましたので、大丈夫です」
かつての恋人と付き合い始めたのが5年前。わたしの言葉に殿下は難しい顔になった。
「……彼女のことはとっくに思い出に変わっている。今はアリア一筋だ」
「え……」
殿下の手が髪から頬へと移る。幼い頃に頭を撫でられることはあっても、こんな風に熱のこもった眼差しで触れられるのは初めてだ。思わず固まってしまう。
「そんなに怯えるな。今はまだ何もしない」
フッと柔らかく微笑む殿下に身体の強張りが解ける。
これはどういう事態なのだろう…。殿下が、わたしを好きだなんて…。
「わたしの初恋は殿下でした……でも、必死で諦めて今に至ります。ですから…」
「そうか、昔以上に惚れてもらえるように婚約期間中に努力しよう」
驚き過ぎてまるで頭が理解するのを拒んでいるようだ。わたしは再び固まってしまった。
「せっかくだから、このオリガミは貰って帰るぞ。評判いいから欲しがるものが多くてな」
殿下はハンカチを広げると折り鶴をのせて包み、立ち上がった。
「私の我慢が限界だから、本当はすぐが良かったのだがな。婚儀は一年後に執り行う。その時は」
殿下が意味ありげな視線を向けてくる。
「どれだけ私がおまえを愛してるか、たっぷり実感させてやるから覚悟しておくように。ああ、これからは顔を合わせるたびに口説くとしよう。ではな」
爆弾発言を残して、殿下は颯爽と部屋を出て行った。
…顔を合わせるたびに口説くって……元々の初恋相手にそんなことをされたら、陥落の予感しかしない。
「え、ええ~!?」
ようやく稼働し始めたわたしは思わず叫んでいた。
───どうやら、お飾りではなく、正真正銘の王太子妃になりそうです。
…妄想してるとウッカリ長くなりそうになったので思い留まりました。読んで下さった方がいらっしゃったなら、ありがとうございます。