トイレの花子さんが出ると噂のトイレで肝試しをしたらとんでもない事になった
学校の怪談でもっとも有名なのはなんだろう。
『走る二宮金次郎 or 理科室の人体模型』
それとも『深夜に独りでに鳴る音楽室のピアノ』
『地獄につながる踊り場の鏡』何て言うのも定番だ。
だが、やはり一番は『トイレの花子さん』だろう。
かくいう、私が通っていた中学校にも『トイレの花子さん』の怪談があった。
こんなやつだ。
《今は使われていない旧校舎の三階の女子トイレの一番奥のトイレには花子さんがいる。
真夜中、花子さんのいるトイレで『花子さん、花子さん、お出でください』と言うと花子さんが現れてトイレに引きずり込まれる》
勿論、ただの噂だ。
噂の真為を確かめようとする豪の者はいなかった。少なくとも私が通っていた時分は。
そんな私たちが中学を卒業し、五年が過ぎた頃、学校の統廃合で私たちの中学校が廃校になると決まった。
それを機に同窓会を開くことになり、私はその同窓会の幹事をやらされる羽目に陥った。幹事は地元に残っている者が適任というなんだか良くわからない理由だった。
クラスメイトのほとんどが地元の高校卒業後、都会の大学に進学したか、或いは都会の有名企業に就職していた。
地元に残っているのは私のように大学に行ける頭がない者か、地元で家業を継いだ者ばかりだった。
嫉妬があった。
お気楽な学生生活や華やかな都会での暮らしをしている者に対して、地元でくすぶるしかない者の私たちには彼ら、彼女たちに密かな妬みのようなものがあった。幹事を押し付けられた者の誰もが心の中にそのような暗い感情を抱いていたのだと思う。
だからこそ、誰が言い出したか分からないが取り壊される予定の校舎で肝試しをやろうということになったのだ。
夜中の10時をまわった時分。
私は旧校舎の三階に来ていた。ライト片手に女子トイレに向かう。肝試しをしているのではない。肝試しの脅かし要員として配置につくところだ。
女の幹事が私しかいない、そして、脅す場所が場所だけに男が入ると問題になりそう、との理由で脅かし要員は私一人だけだった。
わかるけど、女一人に全部やらせるとかお前らは鬼か?と内心思う。
一人はちょっと嫌だな、と思ったが、これから人を驚かすと言う背徳的な悦びが神経を昂らせるのか、一人で真っ暗な校舎を歩いていても少しも怖くなかった。
金属が擦れる嫌な音をたてるドアを開けて女子トイレに入るとそのまま奥へと進む。昼間に下調べをしているので女子トイレの間取りは頭に入っている。
入ってすぐ女子トイレが三つ並んでいる。そして窓際の一番奥は用具入れだった。
《花子さんがいると噂のあった旧校舎の三階の女子トイレの一番奥に入って、『花子さんをお出でください』と言う。その様子を証拠として動画で撮ること》
それが肝試しの概要だった。
私は用具入れ、すなわち一番奥のトイレの隣、に身を潜める。ここから、肝試しにきた連中を脅かすと言う寸法だ。ドアには『用具入れ』と書かれていたが、万一間違って開けられないように内側から鍵をかけて用心しておく。
後は犠牲者が来るのを待つだけだ。
10分も待っただろうか。
ドアの軋む音がした。誰か来たようだ。
私は舌なめずりしながら耳をそばだてる。
微かな足音が近づいてきて、やがて隣のトイレに入る。ごそごそと何かをしている物音の後、声がした。
「は、花子さん、花子さん、お出でください」
少し震えた声。
声から察するに岬由奈だとわかった。頭脳明晰で学級委員もやっていた。つんと澄ました、取っつきの悪い女だった。ほとんど会話をした覚えがない。
お高く止まった嫌な女。
私の中に沸々と怒りが込み上げてきた。
「はぁ~い」
私は身を潜めている用具入れの中から精一杯か細い声を出す。
ガタン!
隣のトイレで何かが落ちる音がした。大方、携帯でも取り落としたのだろう。
ザマアミロ。
私の心の中でどす黒い炎が燃え上がる。
「待ってね。今すぐ、そっちに行くから」
「ひぃーー」
由奈は金切り声を上げ、ドタン、バタンと凄い物音を立てながらトイレを逃げ出した。
私は腹を押さえて声を出すのを懸命に堪える。
これは愉しいかもしれない。と思った。
そして待つこと、また10分。再び、ドアが軋む音がした。また、誰かが来たようだ。
「誰かいるのか?」
声から察するに田辺瑠璃のようだ。
私はショートヘアで色黒の瑠璃の顔を思い浮かべた。
私とおなじで馬鹿なのに、ただ足が早いというだけで大学に進学できた女だ。
全く腹立たしい。
「花子さん、花子さん、お、お出で、お出でください」
舌噛みまくってんじゃん。
この女、私に怖いもんなんてない、みたいな顔してるけど、実はかなりのヘタレのようだ。
容赦しないよ!
私は、持ってきていた水鉄砲を上に向けるとピュッと水を出す。
「ひゃ、な、何よ」
直ぐに隣から驚いたような声がした。
もう一回、水鉄砲の引き金を引く。水鉄砲の水は壁越しに隣のトイレにいる瑠璃に降りかかる。
「え?こ、これって血!?」
瑠璃の呆然した声が聞こえてきた。
水鉄砲の中身は赤く着色しと水だ。だから、ビビっていれば当然、血と勘違いする。
「今、いくよ~」
笑わないように懸命に堪えながら私は花子さんの真似をする。
「ま、マジ? あり得ないでしょ」
瑠璃の震えた小さな呟き。
うん?と私は首を傾げる。瑠璃の喘ぐ声は聞こえるが一向に逃げ出す気配がない。
「嫌、嫌、助けて、助けて」
微かな声がずっと続いていたが声は少しずつ遠ざかっているようだ。
私は好奇心に負けて、こっそりと用具入れから外をうかがってみた。
と、瑠璃が這いつくばって懸命にトイレの出口に向かっている。
どうやら腰が抜けて立てないようだ。
無様だった。
そのあまりに無様な様子に私の歪んだ自尊心は大いに満足させられる。
「逃げないでぇ~」
私はもう一度花子さんの声色をつかった。
ビクリと瑠璃の体が痙攣する。
「一緒に遊びましょう。永遠に、死ぬまで~」
「ひ、ひぎぃ!」
瑠璃はメス豚が尻を蹴られたような声を上げると立ち上がる。どうやら恐怖が一周して立てるようになったみたいだ。そのまま瑠璃は一目散に逃げていった。
私は体をよじり笑いを堪える。
いつも颯爽として自信に溢れていたその姿を常々うざいと思っていた。だから、そのあまりに滑稽な姿を見て、私は一人溜飲を下げた。
その後、何人もの挑戦者が現れては醜態を晒していった。
常に学年トップをとっていたガリ勉の京子。
男に色目を使いまくり、ついに玉の輿に乗ったにわかセレブの綾香。
もう見るだけでイラっとする連中が あわてふためき泣き叫ぶ姿は痛快だった。
(ああ、楽しいーーー)
脅かし役を引き受けて本当によかった。と、私は心底思った。
やがて、トイレにやってくる人がパタリと途絶えた。私は時計に目をやる。そろそろ零時になろうとしていた。さすがに肝試しも終わりだろうか。
私はほうっと大きく息を吐く。何かにとても大きなことをやりとげた充実感があった。
(それにしても……)
私は先程までの事を思い出すとクスクスと笑い出す。何がトイレの花子さんだ。そんなものいるっていい年した大人が本気で信じているのか。全く馬鹿ばかりだ。
「花子さん、花子さん。お出でください。」
私は用具入れの中で歌うようにその呪文を唱える。
何も起きない。
辺りには静寂しかなかった。
当たり前。何かが起きるはずもない。
「まったく!馬ッ鹿みたい」
私が吐き捨てた。
その瞬間
ドン
足元の床が音を立てて揺れた。
私は瞬間的に凍りつく。
ドン
ドン
ドン
立て続けに音がする。足の裏にビンビンと振動を感じた。用具入れの床が揺れているのだ。
「な、何?」
私は床を見下ろす。そして、用具入れの中央付近が分厚い板で覆われている事に気がつく。
ドン ドン
その板が下から何かに突き上げられるように激しく音を立てて、小刻みに振動していた。
何が起きているのか分からないが、とにかくここにいてはまずいと思った。
私は直ぐに外に出ようとして鍵に手をかける。
(えっ?動かない!)
さっきまでは問題なく動いていた鍵が接着剤で止めたかのようにびくともしなかった。
「な、なんで動かないのこの鍵。
か、鍵?」
そこで私は妙な違和感に襲われる。
なんでこの用具入れは内側から鍵がかけれるのだろう?
バキン
後ろで一際大きな音がした。恐る恐る振り返ると板が剥がれていた。板の下から大きな穴が覗いている。
花子さんの怪談の一節が思い出された。
《今は使われていない旧校舎の三階の女子トイレの一番奥に花子さんがいる》
一番奥のトイレ。それは隣でしょ。
私は頭の中で必死に状況を整理しようとする。
私がいるのは用具入れ。花子さんが出てくるはずがない。おかしいでしよ!
そう、ここが用具入れならば、だ。
……、本当にここは用具入れなのだろうか?
普通、物を仕舞うのが目的の用具入れに内側から鍵をかける必要はない。でもここには鍵がある。他のトイレと同じような鍵がついている。
ここは、ここは……
私はとんでもない事実に思い至る。
元はトイレであったのを目張りして用具入れに仕立てたのではないのか?、と。
なんでそんなことをする?
それはここが一番奥のトイレで、花子さんが出るから……
床の穴から小さな白い手がニューッと出てきた。
「ひっ!!」
パニックに襲われ、私はがむしゃらにドアを開けようとした。しかし、ドアはびくともしない。
「うりゃ!」
私はジャンプして、ドアの上面にとりつく。
開かないなら乗り越えれば良い。私は懸垂の要領で体をドアの上へと持ち上げる。これぞ火事場の馬鹿力か!
「やった!」
ドアち乗り上がる事に成功した私は勝利の声を上げる。後はドアの向こうに飛び降りるだけだ。
一気に飛び降りようとした時、足が引っ掛かり私はバランスりを崩す。あっと思った時には頭からトイレの床に落下した。
首の骨がゴギリと嫌な音を立てた。
と、同時に首から下にビリビリと電気が走った。
「あがっ」
変な声が漏れ、首から下の感覚がなくなる。私は無様にトイレの床に横たわったまま、指ひとつ動かせなくなった。
「あ、あっ。
だ、誰かぁ~」
とんでもない事になった予感に怯えながら私は、叫ぶ。誰でも良いから来て欲しい、と切実に思った。
「だ、誰かぁ、助けてぇ。
岬ぃ~
瑠璃ィ~
京子、綾香、誰でも良いから来てぇ~~」
「はぁ~~い」
私の助けに応える声が一つ。
小さな女の子の声が一つ。
用具入れのドアが嫌な音を立てながらゆっくりと開いた。
床の穴からのびてい白い手の横にもう一本手が現れる。
そして、ずりずりという音と共におかっぱ頭の女の子の顔が現れる。
「今いくよ~。一緒に遊びましょう。永遠にぃ。死ぬまで~」
女の子はニタリと笑うとそう言った。
2018/08/02 初稿
018/08/03 主人公の性別(女)をはっきり分かる文章を挿入しました。