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ワガママ王女は今さっき死にました  作者: あまみや瑛理
とにかくワガママな王女は今さっき死にました
8/15

同じ道を歩む







今世に何をするのか。

前の人生は楽しかったかと聞かれるよりも、ずっと簡単な質問だ。


答えはもう決まっている。

前の世で年相応の勉強が出来るようになった。

それなら、家庭教師の時間をもっと先の勉強に費やす事と、毒殺されないように知識を広げるに限る。

死界であのひとに、巻き戻りのシステムについて根掘り葉掘り聞いた。

あと十八回の巻き戻りが可能。

死んだ日から一年しか巻き戻らない。

目的が達成すれば、巻き戻りの効力は切れる。

等々。

三日では聞ききれなかったが、割と詳細まで決まっているようだった。


さて、そんな回想をしている場合ではない。

レイチェルと女官長にあって、応援を頼むしかない。

そしてルシ一派を作り上げる基礎を立ち上げなければならないのだ。


《クレアに勝つ》


よりも


《仲間を守る》


という単細胞でも成功しそうな目標を、今世の目標とする事にした。






三度目とはいえ、眼が覚めるとまるっきり景色が変わるというのは、少々驚く。


ベッドから起き上がり、寝ぼけてふらつく足を地につける。

そして迷う事なくドレッサーの前へ進む。


《間違いなく十二歳の私だ》


そしてドレッサーの鍵を出し、引き出しを開ける。

地図は…ない。

心に刺さっていた針のような冷たい棘が、切なく抜けた気がした。


《わかっていた事だ》


確認が済むと、思考を棚の端に置かれただけの教科書に移す。

するともう、笑いが堪えきれなくなった。

なぜなら、アーモンド先生やマリアンヌ先生からして昨日の私と今日の私では、多重人格に見えるのではないだろうか。

きりの悪い一日で、突然一年分の歳をとったなんて誰が考えるだろうか。

再びベッドに腰掛けて、伸びをする。


「ルシ王女様、朝でございますよー」

「おはよう、レイチェル」

「まあ!お早いお目覚めで」


レイチェルに飛びつきそうになるのを堪えていると、レイチェルは遠慮なく奇声をあげた。

そうだった。レイチェルは一介の世話係の女官で、私を毎日起こして仕度をさせる。

それ以外に何も接点は無かったのだ。

気付くと少し寂しくなる。


「レイチェル、お菓子は作れる?」

「はい」


ドレッサーの前へ移動して、レイチェルが梳かしやすくする。

鏡に写ったレイチェルは、心底驚いた様子で、手早く髪を梳かしていく。


「なら早く作って。チョコレートクッキーがいいわ」

「あ、あのルシ王女様」

「何?」

「何故私の名前を知っていらっしゃるのですか?」


ああ、やってしまった。

レイチェルにとっての昨日の私は、名前を知らないはずで、『そこの女官』、『おまえ』、『ねえ』そんな呼び方しかしていなかった。

レイチェルはまだしも、女官長は疑い深いから順を追って親しくなるべきなのに。


「レイチェルって気がしただけよ。特に理由はないわ」

「なるほど。ところでルシ王女様、今日は機嫌がいいですね」


あれ?ああ、なるほど。

髪を後ろに流した。

大人しくドレッサーの前に座った。

呼びに来た時既に起きていた。

話の受け応えをした。

これ全てがレイチェルにとっては不可解だ。

どう誤魔化そうか。

そうだ。


「ええ、いい夢を見たの。中庭でチョコレートクッキーをお腹いっぱい食べる夢よ?楽しそうでしょう」

「はい」

「ねえ、あなたの名前は?」

「ミラ・レイチェルでございますが」

「本当に?まあ名前が当たったのなんて、初めてよ」


白々しいだろうか。

もういいや。レイチェルにとって今日は不思議な事だらけなのだから、バレはしないはずだ。

さて、どうやって仲間に引き入れようか。確か前は性格を治そうとした。今回はそもそもが違うから、それは無理だ。


「私、礼儀作法を頑張って、お母様みたいになりたいの。レイチェル、手伝ってくれない?」


礼儀作法はお辞儀に関しては、年に対して完璧に近いだろう。別人のようだとバレるのも時間の問題だが、お辞儀の課題を長期間徹底して、独学でやったと言えばなんとかなりそうな…。どうだろうか。


「えっ?えっ!」

「お願いできない?お願いっ」


頭を下げようとする。

本当に一緒にいて欲しかった。


「……まあいいですが」

「ありがとう!レイチェルは今日から私付きの侍女よ」

「えええー!」


私は前回以上に上機嫌で、今朝の内に彼女の昇格を手続きした。


《レイチェルと話せる》


これは相当嬉しかった。

さてと次は女官長だ。


これはチョコレートクッキーについての話で、なんとかなりそうな気がした。


《冴えている》


この感覚は好きだった。


「それで早速なんだけど、レイチェル。チョコレートクッキーを作ってくれない?」

「わかりました。少し待っていてください」

「ええ」


レイチェルが慌ただしく部屋を出る。

それまでの時間でやる事と言えば、予習か部屋の整理がいいだろう。

もう着なくなったピンクのドレスを見て、目がチカチカした。

昔は似合っていたと思ったが、相当な勘違いだろう。

本来ならもっと早くに落ち着くべきだったのだ。

とはいえ、着れる服は全てパステル。

今までが暗すぎたというのは自覚しているし、わがままな性格を治す一環だと考えて、しばらく我慢してみる事にした。


次はドレッサー。

使いもしない色が可愛いと思うだけの便箋を片し、散らかったメイク道具を綺麗に並べる。

そうは言っても、口紅しかないメイク道具は、簡単に収納スペースに収まった。

そして部屋の棚に置かれた教科書を、空いた場所に並べ、取りやすくする。


「完璧」


慣れない場所ではないはずなのに、一年で改良された仕草や習慣、配置が変わるだけで落ちたかない。

やっと、もやもやが治ったという感じだ。


余った時間は予習。

だがもう今日するはずの範囲は、とっくに終わっている。

すると今までの総復習とでも言えばいいのか、まだ使い古される前の教科書を端から読んでいく。

しばらく経っただろう頃、ノックと共にドアが開いた。


「レイチェルです」


順序が逆だろうと思ったが、そうだった。

思えばそうだ。朝からノックがない。

気付いた時には既にいる。彼女はそういう人だったようだ。


「ルシ王女様、沢山焼いて来ました」

「ありがとう」


レイチェルのチョコレートクッキーは、渦巻き型ではない楕円形だ。

そしてこれは女官長のよりもサックリしている。

女官長のはなんというか、もう少し滑らかなのだ。

そして前にチョコレートクッキーは、毎年焼いていると言っていた。


「美味しいわ」

「よかったです」

「あれ?何か懐かしい味がするわ」

「なんの味でしょう。私は初めてお出ししました」

「いえ、何か違うのよ。毎週の謁見の後、時折出ていたクッキーに似ているわ」

「ああなるほど」


レイチェルは合点がいったようだ。

よかった。これで女官長を紹介してくれればいいのだが。


「それは女官長様ですね」

「女官長?」

「はい。このクッキーは女官長様のレシピを真似たものですから。似てると言ってもらえてよかったです」


レイチェルは単純に喜んだようだ。

よし。作戦成功。

内心喜ぶ私をよそに、レイチェルは再び慌てる。


「大変です、ルシ王女様。今日はアーモンド先生の授業ですよ。すみません、早くしないと遅れてしまいます!」


なるほど。

今日は朝からだったのに、私とした事がアーモンド先生を待たせてしまう。

走ったつもりが、まだ走る事に慣れる前の筋肉は速歩き程度にしか進まない。





息切れしつつ、なんとか間に合い、席に着く。


「御機嫌よう、アーモンド先生。今日は歴史を勉強いたしませんか?」

「御機嫌よう、ルシ王女様。いいですが、本当に話を聞いてくださいますか?」

「もちろんです」


アーモンド先生はやはり、心底驚いたように見える。


《でも私はもっとすごいんですよ》


「主食となる作物が取れなかった事で、飢饉は起きました。国が明確な対策をとからなかった事で、民はますます混乱し…」


猛勉強を見せつけるようなその様が、自然とお父様やお母様にも届いた事。クレアはともかく、その周りの人々にも届いたという事を私は知らない。






アーモンド先生を見送り、伸びをする。

勉強が楽しいと思えたのは、相当久しぶりな事だと思う。


「あー楽しかった」

「よかったですね」


レイチェルは今朝から変わらず、たどたどしい。

無理もない。当たり前の反応だろう。

椅子にゆったりと座り、レイチェルの作ったクッキーを食べ、教科書の進んだ範囲を見直す。

今日一日で、本来の今日の数十倍進んだ気がする。

アーモンド先生の面食らった表情を思い出し、また笑ってしまう。


「さてと、女官長の所へ行こうか」

「はいっ」


切り替えて娯楽ではなく、生存の道のりを進む。





女官長の部屋へ行き、ノックをする。


「入って」


女官長の芯のある声がする。

ドアを開けると、女官長は目を見開く。


「ルシ王女様、どうなさいました?」

「作ってもらいたいものがあって。時間を少しもらえないかしら」


どうぞと、女官長は椅子に座るよう促す。

言われた通り座ったものの、何と説明しよう。

迷っているとレイチェルが間に入ってくれた。


「女官長様の作ったチョコレートクッキーをまた食べたいそうです」


何故今?

眼力だけでそう聞かれている気がした。

やはり女官長は鋭い。

つい五日前の事が懐かしい。


「女官長様。謁見の後の食事に、クッキーを出したのですか?」

「そうだけど…?本当にそれだけですか?」


バレたか。

でも女官長は、チョコレートクッキーを毎日取りに来るような、徐々に信頼を築く方が効果的だ。


「ええ。強いて言えば、足腰に筋肉をつけようと思って」

「なるほど。クッキーなら焼いて差し上げますが、食べ過ぎないと約束してくださいませ。栄養面で心配です」

「わかったわ」


女官長のチョコレートクッキーは格別だ。

それをまた食べれるなんて、なんて贅沢だろう。


部屋に帰ると、来週の事を考えた。

謁見の間。

私はあの悪夢を克服できるだろうか。

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