ダンスパーティー…ですか?
今朝の一件が、頭から離れない。
《パーティー?聞いてないわよ》
毒づきたくなる話だ。
おしゃれは好きだ、お菓子も好きだ、でもお見合いは嫌いだ。
他にも理由はある。
《これで寿命が縮まったりはしないだろうか》
という不安。
《こんな戦の雲行きの中で、ダンスパーティーなんて開くと公言していいのだろうか》
という心配。
軍事費が減って財政が厳しくなってもおかしくないだろうし、そんな時に他国から人も、はたまた国内の子息、令嬢も集まらない気がする。
そして最後に、私のお相手が伝えられていない。
これは奇妙だ。
王女のお披露目という口実も説得力に欠ける。
お母様やお父様なりの考え方もあるのだろうが、納得できない。
ああ、もうやめよう。
考えてもきりがない。
直接聞くのが一番だ。
謁見の間から離れ、昼食を食べに部屋へ戻ると、夕食の集まりの為に大広間へと移動する。
一昨年まで朝食と昼食はそれぞれだったが、夕食は毎日一緒だった。
それが週に一度に減らされた。
クレアの甘えようを見ずに済むのはありがたいが、お母様とお父様とはもっと話したいと不満もある。
…どれもこれも戦争のせいなのだろう。
お母様とお父様。その間にクレア。
私はお父様の後ろをついて歩く。
その後ろを位の高い順に、侍女と執事が歩く。
なんという光景だろう。
心底笑いたくなる。
私とクレアは本来、お父様とお母様の後ろについて歩くべきなのに、まるで私だけ仲間外れにされているようだ。
「クレア、列に戻りなさい」
「いやです、お母しゃま」
「クレア、駄目だよ」
二人に怒られたクレアは、ゆっくり頷いて私の隣に戻る。
内心少し笑ってしまった。
《昔の私みたい》
姿の似たクレアに、自分を重ね合わせるのは初めてかもしれない。
いつもクレアと私は違うのだと、言い張っていた気がするが、やはり私達は姉妹なのだ。血の繋がった姉妹。
だが意識すればするほど、否定したくなってくる。
私の方がすごいのだと。
───ただの悪足掻きだ。私はクレアに劣っている。
随分と前から暗示か、事実か見分けがつかなくなっている。そしてもう、根拠を見つけてしまった。
《私は完璧を求められていない》
《私はずっとほっとかれている》
《クレアが完璧を求められている》
《クレアの方が私より優秀だから》
クレアが前に行こうとするのが、横目に見えた。
ここで制すのが姉としての役目なのだろうが、自分にそんな権利があるとは、とても思えなかった。
「クレア駄目でしょう?」
「ほら、着いたよ」
お父様とお母様の声が重なって、クレアに向かう。
いつも見ている風景なのに、今日はやけに寂しく思えた。
部屋にはテーブルクロスを引いた、長机がある。
私達の食卓だ。
奥にお父様。お父様の近くにお母様。
お母様の向かいに私。その隣にクレア。
執事達が椅子を引き、席に着く。
座ると、昼食の美味しい匂いが漂ってきた。
お腹が空いたと思うとすぐに、全員の顔を見たお父様が合図をして、昼食が始まる。
お母様は優雅に、ゆっくりと食べる。
私は好きな物を取り皿に乗せ、極力優雅に見えるように口に運ぶ。
クレアは私より優雅に、けれど落ち着きなく食べる。
お父様も取り皿に乗せるが、あまり噛まず、早く食べていく。
お行儀悪いといわれても、仕方がないかもしれない。
昔、『どうしてそんなに早く食べるの』と聞いた事がある。
お父様は『食べる時間を仕事に回したいからだ』と答えた。
お母様は笑って、『出会ったばかりの頃はもう少しゆっくり食べていたのに、だんだん早くなっていったのよ』と言っていた。
あの時、クレアは居なかった。
色々な記憶が思い出されるが、クレアの居た記憶が大半を占めている気がした。
「ダンスパーティー…」
ある程度食事が進んでから、箸を置いて話す。
視線が私に集中する。
「お見合いのお相手はどなたですか?」
「サルフォレッド公爵の御子息よ」
「ルシと同い年だ」
公爵なら国内だから、国から出る事もない。
政略結婚で国の力を高める為といった所。
だけどそんな事のために、大々的なダンスパーティーなんて開くだろうか。
「なるほど。でもなぜ今?」
「どういう事だ」
「一般的にお披露目は、十歳から十五歳が普通です。私は来年で十三歳ですから、クレアが十歳になるのを待ってもいいと思ったのですが」
戦について話すのはタブーだから、他にも理由があると思っていたが、話したがらないのは何故だろう。
「早い方がいいと思っただけよ、でもどうしたの。変えたいの?」
「いいえ、いいのなら別に」
戦や私について以外の理由なら、口を出す事ではない。
直感に従ってデザードが出るのを待つ。
視線がまだちらちらと来る。
無言が苦しかった。
女官が運んできたデザートは、チョコレートクッキー?
食べた瞬間、驚いた。
レイチェルが昨日作ってくれたのと、ほとんど同じ味。そして何より、私がこれまで食べてきたクッキーの中でも、特に美味しかったから!
昼食が終わると、バラバラに部屋を出る。
暗い考えから解放される気がして、レイチェルを呼んだ。
「ねえレイチェル、昨日のクッキーって自分で考えた?」
「ああバレちゃいましたか?あれは、女官長様のレシピを真似たものなんです」
「女官長のなの?」
「ええ、そうですが?」
考え事をやめると、暗かった意識も一気に変わったようだった。
レイチェルと部屋を出て、女官長を探す。
善は急げと言うが、そんな小難しい事ではなく、気分転換に出かけた。
そして当初の予定を実行する事にした。
《女官長に仲間になってもらおう》
女官長はすぐには見つからなかった。
けれどあのとても美味しいクッキーは、なんとかしてまた作ってもらわなければならない。
女官や執事をあたってはすぐに部屋へ来るように、と伝えてもらう。
昼食から約二時間後。
女官長を仲間に引き入れたいとレイチェルに話すと、あっさり賛同を得、私が部屋で昨日の物語を読んでいた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
白々しいとわかりつつ、女官長の返事を待った。
「女官長サフィナ・キャングレフでございます」
「どうぞ」
ドアを開ける。
「女官達に聞き、参りました。…何の用でしょうか、ルシ王女様」
「チョコレートクッキーなんだけど」
「チョコレートクッキー?今日のですか?」
「そうそう!あれ作ったのって、あなた?」
「はい。そうですが、どうかなさいましたか?」
女官長は心配そうにこちらをみる。
「チョコレートクッキーがね、すごく美味しかったのよ!」
「はぁ…。驚かさないでくださいませ」
「ふふふっ、そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさいね」
女官長はとても、ただとても驚いたように見える。
何故だろう。
謝ったからだろうか。
「…そんな事じゃなくて、言いたかったのはチョコレートクッキーを作って欲しいの。私に」
「そんな事でお呼びになったのですか?」
「もちろん!あんな美味しいクッキー、初めて食べたわ」
女官長がかすかに微笑んだのが見えた。
「ね?だめかしら?」
「いいですが、食べすぎないようにしてくださいね。栄養の面で心配です」
「わかったわ。そうそうお菓子は取りに行くわね」
「届けさせてもいいのですが?」
「結構よ。女官長に直接取りに行くわ。チョコレートクッキーがもっと美味しく食べれるように、お腹は空かしておくつもりよ」
女官長は笑った。
そして夕食の準備があるのでと、部屋を出た。
そこからはレイチェルの世話係時代の話、昨日の物語で盛り上がった。
ずっと話していた私達に、夕食の時間は早く訪れた。
支度をして、昼食と同じ部屋に座る。
着いた時には既に、クレアとお母様が居た。
「ルシお姉しゃま」
「クレア。相変わらず早いのね」
私とクレアが話す事は滅多になかった。
私のひとりでな対抗心によって。
靴の鳴る音がする。お父様だ。
そしてお父様が席に着くと、夕食が始まる。
会話はクレアについての事が多い。
勉強の進行度についても話す。
私は会話に加わっては、自己中心的な言動でかき乱していた。
だが、これからはやめようと思う。
直球だけを伝えよう。
これは新たな挑戦と、思考を休ませたいという切実な願いだ。
「お母様。サルフォレッド公爵の御子息と私は、許婚になるのですか?」
「ええ。結婚にはまだ早いでしょう」
「私はいつ結婚しゅるのでしょう?」
会場はどこかという次の質問をしようと口を開くと、クレアが横槍を入れる。
クレアに縁談の話が持ち上がるのは、恐らくダンスパーティーが妥当だろう。
そしてお父様もお母様も、私とは違い、そう簡単にクレアを手放そうとはしないはずだ。
そう考えると、また胸が苦しくなってきた。
「クレアはいつだろうね」
ほら、曖昧。
「クレアは可愛いから、きっともうすぐだよ」
確かにそうだろう。
クレアは可愛い。いくつもの縁談話が持ち上がるかもしれない。その時はお父様は恋愛結婚を許すだろうか。
《クレアの方が優秀だから》
頭がクラクラしてきた。
かろうじてデザートを食べ終わり、解散まで持ち堪えた。
自分の存在はなんなのだと、ついつい考えずにはいられなかった。
部屋への帰り道の途中、女官長の元へ寄った。
「チョコレートクッキーを貰いに来たの」
「あの、ルシ王女様。もう夜ですよ?」
「仕方ないじゃない。体調不良で夕食を十分に食べれなかったんだもの」
「はあ、では持って来ますね。ここで待っていてください」
「ありがとう」
女官長は応接間に私達を残し、ひとり厨房に消えた。
「レシピ、見れなかったわね」
「いいんです。あの味は女官長様しか作れませんよ」
「レイチェル、胸が苦しい時ってどうすればいいかしら?」
「私なら深呼吸ですね」
「深呼吸か…」
「女官長様に教わったんです。あの人は優しくて、お母さんみたいな人です」
「レイチェル、私いい事考えたわ」
女官長は丁度いいタイミングで現れ、箱に入ったクッキーを渡す。
「ルシ王女様、あんまり食べ過ぎないように。お願いしますね」
「…ええ。わかったわ」
食べたくなるのを堪えて、しぶしぶ頷く。
「あのね、女官長。私が悩み事話せば、女官長は聞いてくれる?」
「ええ。ですが的確なアドバイスは求めないでくださいね」
女官長は『よく厳しすぎると言われる』と、笑った。