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ワガママ王女は今さっき死にました  作者: あまみや瑛理
とにかくワガママな王女は今さっき死にました
4/15

謁見の間にて






…昨日の既視感。


いつもより早く起きたせいで、今朝はとても長かった。するとそればかりが思い出された。

考えるたびに胸が苦しくなるが、昨日のようなクレアへの恨みは起こらない。

あの記憶の正体はわかっている。


六歳。つまりクレアが産まれた後。クレアは昨日座っていた木陰にいた。そういえば侍女もそこに居た。

お母様が草に寝そべり、汚くなると言うと、今日はいいのだと笑った。私も隣で寝そべった。

お父様もそれを許し、笑っていた。


あれは、きっと───私の誕生日。


自分の姿も知らず、派閥が分かれる前の時期。

最期を知った今、あの光景は世界一平和な、幸せな王族の鏡だと思う。






私の部屋から謁見の間までは、昨日の道のりの半分くらいとまあまあ遠い。

しかし少し早く出てスキップをしながら進むと、ドレスに合わせたヒールでも不思議と足は痛くならない。


「ご機嫌がよろしゅうございますね、ルシ王女様」


歩く途中で声をかけられた。女官長だ。

感じが悪いから好きではないが、厳しい人なだけで悪い人ではないとも噂されている。

既に何人もすれ違ったが、彼女だけが声をかけてきた。元々が早い出だから少し世間話をしようかと、立ち止まる。


「ええ、お母様とお父様に会えるんですもの」

「本当にそれだけですか?」


女官長だけに限らない。この国の人達はなぜかとても勘がいい。今までは何も言わなかったが、誤魔化すのは白々しい行動ではなかったかと、死界で後悔した。


《正直に話そうか》


それがいい。そうしよう。


「お母様達には内緒ね?…実は昨日、とても怖い夢を見たのよ。だから」


人差し指を立てて、小声で話す。

あの走馬灯が、実は夢の中の出来事だったと解釈してしまえば、あながち嘘でもない。

まあ走りながら夢を見れるなどと、そんなはずもないのだが。

そんな簡単な考えを巡らせていると、女官長が興味津々に顔を伺う。


「それはちなみにどんな内容の…?」


何を話そうかと迷っていると、レイチェルが私にだけ見えるように手で制し、前へ出て、一礼した。


「おはようございます。女官長様」

「おはよう、レイチェル。…一介の世話係がルシ王女様の最高侍女とは出世したものね」

「お褒め頂き、ありがとうございます。女官長様について回っていた頃が懐かしいです」


レイチェルは大人しく笑う。

そういえばいつか、自分の恩師は女官長なのだと自慢していたのを思い出した。


《女官長を味方にできないだろうか》


そんな考えが突然に浮かんだ。

いい事は連鎖するのかもしれない。


「ルシ王女様、そろそろ行かないと遅れてしまうかもしれませんよ?」


レイチェルが言う。


「そうね、早く行きましょう。では女官長、またね」

「それでは、ルシ王女様」


手を振ると女官長が優雅に一礼するのが見える。

私もいつか、あんな優雅なお辞儀ができはしないだろうかと思いつつ、早歩きで進む。


その後ろで女官長は少し笑った。

そして見えない所で周りに増えていた女官や執事を散らす。彼らは少し驚いて見せるが、女官長はさすがだと囁きを残して去る。

女官長は持ち場を順に周り、まず昼食と夕食の指示を出した。





謁見の間には既に、女官と執事が何人か集まっていた。

普段はもう私より早くに来ているクレアよりも、先に来れたのが嬉しかった。

待っている時間が待ち遠しくて、でも楽しくて、レイチェルと話していた。


するとクレアが来た。


水色のドレスに青いカチューシャ。金髪のカールの少しかかった髪は肩で降ろされている。

最後に見た八歳とは思えない落ち着きは、七歳から持っていたとわかった。

自分のピンクのドレスに、銀のティアラの姿が、少し恥ずかしく思えだが、ストレートの黒髪は、お母様似で気に入っている。


そんな事を思っていると、ドアが開いた。

周りの女官や執事の動きから、お母様とお父様が来たと悟り姿勢を正す。

ゆっくりとした足音と共に、重厚な雰囲気が漂う。

二人が横を通る。

それだけでも安心できた。二人の子供で良かったと思えた。

その後を侍女と執事、計十六名が付いて行く。

侍女や執事は全員が優秀で、しっかりしている。

そんな彼らを、お母様達はまとめ上げるのだ。

国民達からも、他国の者達からもその姿は尊敬の射だ。


二人が正面の席に座る。

お母様の手招きに合わせ、私とクレアが前に出る。

私が先に頭を下げ、挨拶を始める。

お辞儀はマリアンヌ先生のおかげで、見違えるように成長したはずだ。

何よりその様子を見て欲しい。


「おはようございます。お父様、お母様。本日もご機嫌麗しゅう…」

「肩苦しい挨拶はいいわ」


顔を上げた私は、驚きが残っているのだろう。

そんな姿を知ってか知らずか、今度はクレアが前に出てお辞儀をする。


「おはようございましゅ。お父しゃま、お母しゃま。本日も、ご機嫌麗しゅう…。」


満面の笑顔でクレアはしきたりから外れ、お父様とお母様の方へ走る。そして、お父様とお母様に飛びつく。


「クレアは…、私は上手に挨拶できていましたか?」

「ええとっても」

「クレアは可愛いな」


そう言って、お父様はクレアを抱きかかえる。

私があの頃にはもうクレアが居て、私は姉として厳しくされたのに…。

めまいがした。いや駄目だ。こんな事では。


《ならば、私はお母様の方へ》

[羨ましい?なぜ?]


小走りでお母様とお父様の方へ進む。

割れた思考をひとまとめに戻す。

そして椅子の前で足を止める。


「私はどうでしたか?」

「お辞儀が…。そうねもう少し。…でもいいわ」


素っ気なくされるのが嫌と思った。

もっと話していたかった。


「教えてください。私、頑張っているのです。礼儀作法も頑張っているのです。できない所は直して、お母様やお父様のようになりたいのです」


嘘じゃない。完全に本心だった。

それをお父様は少し笑ってかわす。

お母様は少し困ったように続ける。


「そう?正直に言うと、スカートを広げすぎ。そして首と背中が一直線じゃないから美しくないわ。あと、膝を曲げすぎ。一番駄目なのは声ね。地声すぎだわ。…覚えきれたかしら。でもやりきらないと駄目ね。他国へ行ったら失礼にあたるわよ?」

「は、はい」


自信がなかったが、来週までに頑張るつもりだ。


《来週…?なぜ?》

〔私だって頑張ってるのに。褒めてよ、お母様〕

[勉強をしなかったから?でもこんな仕打ちって]

【わがままな王女…。私なんて大っ嫌いだ】


私は本能で、クレアと私の差について以外の事を考えたがった。

そしてあっさりと見つけた。

一昨年までは毎日だったこの時間だが、戦争前にそんなに時間は取れない。だからこそ、練習時間が増えたと思えばなんとか納得できる。

時間が経てば経つほど、長く思えて、声が重なる。

自分の心が意識を嗤う。


「私、礼儀作法のお勉強で褒められたの」

「おークレア、それはすごいなぁ」


痛み出した胸を抑え、作り笑顔を見せる。

でも遅い。

その笑顔までもが引き攣るのを感じた。


「おはよう、ルシ。最近勉強を頑張っているようだね、アーモンドから聞いたよ」


お父様の声が意識を戻した。


「はい、お父様。特に歴史を頑張っています!礼儀作法のお勉強も頑張っているんです!」

「そうか」


あれ?


《そっけない》


それだけ?

私は駄目なの?

やっぱりクレアなの?


変なところに意識が行きそうだった。


ルシ第一王女としての人生に、戻るべきではなかったのかもしれない。

諦めが芽生えた。

何も知らないからこそ、生きられたのかもしれない。


《これを絶望というのか。》


冷め切った心が、冷めたフリをする心が、呟く。

意識を避難するように。



何分経っただろうか。

避難していた心が平常心を装い、あたりを見る。

長く思えた時間は実はとても短かったようで、お母様がクレアと一言話し、お父様がクレアの頭を二回撫でたところだった。


笑顔を作り直し、貼り付けるというならない作業に挑戦してみる。


「そうそう、ルシ」

「はい、お母様」

「いい話だよ」


お父様も話に加わる。

二人の変わり様に、怪しさを見つけた。

なんだろう。

きっと私は好奇心の目をしているのだろう。

作り笑顔は苦手だと気付いた。

なんとでもなれ。心で唱え、聞く。


「なんですか?」

「お見合いだ」

「……」

「おみあい?」


驚きに固まった私に代わり、クレアが聞き返す。


「そうだ」


頭を疑問詞が埋めつくす。

お見合いなんて聞いていないっ。

十三歳になってもなかったのに!


《お母様やお父様と離れるの?》


そんな。そんなのって。


「嫌なら言ってくれ」

「お断りします!ルシは、嫌です。絶対に」

「まあまあ」


大声を出したせいだろうか。

お父様もお母様も驚いている。


「ルシ、まあそう言わず…な?」


だって嫌だもん。

これをわがままというのなら、納得がいく。

それからわがまま王女と言われても構わない。

本当にそのくらい、お父様とお母様と離れるのは嫌だ。


「国の為と思って」


政略結婚ですか。

ああ、はい。なら答えは決まっています。

お二人は恋愛結婚でしょう?

これは酷くはないですか?


「お嫁に行くのは嫌です」

「大人になれば、気が変わるものよ。それとルシ。これはもう決定事項なのよ」

「さっきは嫌なら言えばいいと、いったいらっしゃしましたよね」

「ええ。嫌なら言ってもいいわ。でもお見合いはして頂戴」


これは屁理屈だと思う。

お母様は続ける。


「ダンスパーティーなのよ、お見合いとはいえそこまで固くはないの。まだルシはパーティーに出席した事がないでしょう、練習と思えばいいわ」

「……」

「名簿はおって送るからちゃんと全員分覚えるように。わかったかい、ルシ?」

「………はい…」

「クレアも出席するようにね」

「はいっ!」


難しい問題ですね。だって私には無理だもの。

それにしてもクレアは自信満々ね。

少し心が緩んだ気がした。

そして思った。

《過去に戻って別のことをすれば、たとえそれが些細な事でも、未来の結果は変わってくるのだと》

お母様は私の表情を読み取ったようだ。


「そんなに驚かなくても。来年の十二月の予定だから、まあダンスくらいは覚えておきなさい」


なるほど。

それなら私には関係のない事だ。

だって私が死ぬのは九月で、ダンスパーティには行けないようだから。

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