お久しぶり、人生。
注意:ここからはルシ王女目線です
なぜおととい、
『時間を巻き戻して』
と言ったのかと聞かれれば、なんと答えればいいのだろう。
《クレア一派に負けたくなかった》
《最愛の両親に悲しくて泣いて欲しかった》
《民にももっと憧れとして見て欲しかった》
どれにしようか。
なぜ悩むかと聞かれても困る。
なんだかどれも、どこか欠けているのだ。
王宮という世界は、まるで鳥籠のようだった。
美しいようで、何も見えない。
私は自らを知る前に、心を閉じていたのだ。
《怯えていた自分を克服したかった》
それが言動だとすると、これが一番近いのだろうか。
自信がない。
ただ、もうすぐ生き返るのだ。
正確に言えば、時間が戻るのだ。
三日間の内に、理想の自分を考えた。
死界のひと達に聞いて、死に方を知った。
前世の自分の姿をまとめた。
人間像、特技、噂、人間関係、長所、短所、身請け話。
正直凹んだ。だからこそだと思う。
《全てを克服する》
それが今世の生きる目標だ。
こうして私は────意味不明な文字と絵を三原色の絵の具で描いた───魔法陣に乗る。
宿や死界での生活を教えてくれた宦官、死界の存在を教えてくれたネロラーフィーの門番、願いを叶えてくれるはずのあのひとなど、この儀式にはたくさんの人が来た。
ひと通りの挨拶を終えると、あのひとが言う。
「健闘を祈ります。是非、長寿を全うしてください」
まるで私の決意を見透かしたようだ。
彼は全てを知るかのような、両親よりも清い目で笑う。ごく純粋に綺麗だと思った。
あのひとは恐らく知らないが、ネロラーフィーの門番とも仲良くやっているのだ。笑い含みにあのひとを見つめる門番を見ていて思う。
きっと皆に好かれるのはあのひとの様な、優しい人なのだろう。
「ええ。それじゃあ」
私はあのひとを目指す。
お辞儀をしながら新たに心に誓うと、魔法陣が強く柔らかく発光した。
《私は過去へゆく》
《夢はもう決まった何も怖くない》
私の心が朗らかに微笑んだ。
そして目が覚めたのは、私の、ルシ王女の部屋。
「すごい!すごいわ!」
私は慣れしたんだ部屋を、落ち着きなく回りながら移動する。
ドレッサー、ショールーム、机、本棚…。
隣室のベッドルームで気付く。
曇りなく磨かれた鏡が幼い少女を写し出す。
「私?」
まだ綺麗より、可愛いと言われていた頃の容姿。
ピンクのドレッサーに、ピンクのお気に入りのドレス。
…恐らく十二歳だ。
《なぜ死ぬ直前に戻っちゃったの⁉︎》
毒づいたとしても、あのひとの所まで声は届かない。
「仕方ない…。ここから足掻くか」
ベッドの脇に座って考え事をしていると、何やら扉がガタガタいいだす。
「ルシ王女様、朝でございますよー」
「ああ、おはよう」
「まあ!お早いお目覚めで」
女官は奇声をあげた。
世話係の女官は、私を毎日起こして仕度をさせる。
そして私はいつもわざと話を聞かない。だからだろうが、彼女は今、必要以上に驚いている。
「早く起きたの。何か悪いかしら?」
「い、いえ」
女官は後ろに回って、私の髪を梳かす。
ああ、またやってしまった。
死なない為にはまず、仲間を増やすべきなのに。
だがひねくれた性格はもう、なかなか治らないのかもしれない。
「ねえ、あなたの名前は?」
「ミラ・レイチェルでございますが」
この頃に私に好感がある人はわかる。そして今はほとんど───否、既にいない。となると、悪気のない人で私の周りを埋めればいいのではないだろうか。
《我ながらにいい考えだ》
「私、この性格を直そうと思うの。さっきはごめんなさいね。レイチェル」
苦手な謝罪に合わせ、たどたどしく頭を下げる。
するとレイチェルは、そんな事はしないでくださいと、慌てる。それに応じ、ゆっくりと顔を上げると本題に入る。
「私、レイチェルに手伝ってもらいたいのだけどいいかしら?」
「えっ?えっ!」
「お願いできない?」
「まあいいですが」
「レイチェルは今から、私付きの侍女よ」
「えええー!」
私は今朝の内に彼女の昇格を、正式に手続きした。
私の初めての侍女。なんだか少し嬉しい。
《大丈夫、きっとまだ生きられる》
レイチェル曰く、今日は九月下旬。───私の死ぬ一年前。
この後にもやる事がたくさんある。
まずする事は、クレアに負けずと劣らぬ学力を身につける事。
ただ、自分で訪問せずとも彼らは来る。
家庭教師なのだから。
「ご機嫌よう、ロイ・アーモンド先生」
「!…おはようございます。ルシ王女。今日は機嫌がいいようですね」
彼らは要注意人物だ。
私にものを教えてくれるが、彼らから噂が始まる。
「私ね、これからは改心する事にしたの。お父様とお母様を目指すわ」
「なぜ突然に?」
「クレアも頭がいいから、私ももっと頑張らないとと思って」
笑顔で答える。
「今日は何を教えてくださるの?」
「そうですね。本当に集中して勉強してくださるなら、久々に歴史をしましょう」
「わかりました」
素直に教科書を開く私を、アーモンド先生は目を見開いて見ている。
《どうだ驚いたか!》
素知らぬ顔で私は先生の顔を見る。先生は目が合うとすぐに「オホン」と咳をした。
「では飢饉の起きた時代である……」
アーモンド先生は顔を見ないようにして話し出す。
私はそれを真剣に聞く。一度で覚えられるように。
こうして私の計画の第一弾は動き出した。
翌日。
私は過度な勉強───そこらの子爵令嬢より少ない程度なのだが慣れていない勉強で頭が痛くなっていた。
人の睡眠の邪魔に素晴らしく効率的な陽の光から逃げるように、私は恋しかった絹の布団にうずくまる。
しかし私の睡眠はまたも邪魔される。
「ルシ王女様、朝でございますよ!」
今更ながらによく通る声だ。
「んー〜…」
「起きてくださいっ」
寝返りをうち寝たふりを試みるが、レイチェルによって早くも耳が、朝の登場に慣れてしまう。
「もう少し…。昨日あんなに頑張ったじゃない」
「勉強は習慣的にすると言っていたではないですか」
計画は着実に進んでいる。私は昨日、ここ一週間の予定をレイチェルに伝えたのだ。彼女はアドバイスもくれた。おかげでここ数日は充実して…勉強することになるだろう。
《そんな事も言ったな…。でももう少し…》
布団を被ると、レイチェルが騒ぎ出す。
「早く褒められるようになって、王妃様にお会いしましょう?」
私はその言葉を聞いて飛び起きた。
レイチェルは嬉しそうに、クローゼットの前まで私を誘導する。
そうだ。ここ一週間の最終目的。
それはお母様に会い、褒められる事だ。
「今日は午前にアーモンド先生。午後にユーリ・マリアンヌ先生がいらっしゃいます」
「わかったわ。あーあ、マリアンヌというと礼儀作法の…」
「ええ。ですが礼儀作法は貴族としては、当然の事ですよ。ルシ王女は少々…」
「わかっているわ。王族たるもの、貴族の上に立たなければ」
「良い心がけです」
私はクレアの頭の良さが判明するまでは、ちやほやされていた。お母様にも、お父様にも甘えていた。
『王族たるもの。これくらいは出来て当然ですよ、ルシ』
いつからか、お母様の口癖になっていたそれは、恐らく私の不器用さを叱った言葉なのだろう。
既に戦争が始まりつつある今、二人とも忙しいのに加え、クレアの方が出来がいいので二人はクレアに会いに行く。
私は自由に行動している。
きっと私はお、置いておかれているのだ。
髪をすき、朝食を食べ、アーモンド先生が来る。
いつも通りの日々に、なんの面白さがあるというのだろう。
アーモンド先生は今日も歴史の勉強をさせた。
勉強は相変わらず退屈だ。
とてもとても眠い。
しかしこれは生きる為。がんばらねば。
「…そういうわけで、長い長い戦争は終わったのです」
アーモンド先生の言葉に耳を傾け、教科書の文字を追っている。などと考えていると勉強はあっと言う間に終わった。
アーモンド先生と入れ違いに、マリアンヌ先生が来る。
「ご機嫌よう、ルシ王女様」
「ご機嫌よう、マリアンヌ先生」
「さて…と。今日はどういたしますか?」
お辞儀をすると、マリアンヌ先生は早速話題を切り出す。
私は普段、話を聞かない。
だから先生方はみんな諦めている。
目を合わせず、時間が過ぎるのを待つ。
この反応が普通なのだが、私は覚醒したのだ。
《生きるという欲に》
「マリアンヌ先生、私ね、総復習をしたいの。できないところは直したい」
「は、はいっ?」
「だから私の何がいけないか、全部教えて」
「あー、えー…」
マリアンヌ先生は、部屋の隅に控えるレイチェルに助けを求める。
先生には残念だけど、レイチェルはもう私の味方なのだ。
「本当に全て、言ってもよろしいのですか?」
「ええ」
私は直感が一瞬だけ感じた、悪い予感を無視して笑顔で相槌を打つ。
「礼の仕方から、全てダメです」
「はいっ〜ーッ⁉︎?」
それは今までの八年間が、全て無駄だったと言われるのと同じだ。
《あー、死界のみなさん。レイチェル。私がお母様の愛情を再び得られるようになるには、まだまだ遠い道のりがあるようです》
私は半ばやけだった。
「いいわっ。それでもいいから、私を一人前にして頂戴。帝国級の王族からも縁談がいっぱい持ち上がる位に‼︎」
クレアに勝ちたい。なんでもいいからまずは一つ。そして全部。
そうしてお母様とお父様の信頼、愛情をクレア以上に受けるのだ。
叶うはずもない夢だ。私よりクレアの方が出来がいい、頭も良い。それは既に目に見えるほどの差がある。
「あ、は、はい。ですがそれは無理があるような…」
「いいのよっ!」
「承知しましたが、礼儀作法だけではやはり…」
「何が言いたい」
「お菓子を減ら…」
「嫌よ!お菓子は沢山食べるわ。甘い物が無いと生きていけないもの。今日だってまだ、大皿二枚分のクッキーしか食べていないのよ?」
「それは十分なような」
「だめだめ。後三枚は食べなくちゃ」
お判りいただけただろうか。
私はお菓子に目が無いのだ。私からお菓子を奪おうものなら、私はその人をクビにするかもしれない。
「で、ではまずはナイフとフォークの優雅な使い方から…」
こうして遠い道のりの一部に過ぎない、私の仕草改善計画もやっと始まったのだ。