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ワガママ王女は今さっき死にました  作者: あまみや瑛理
とにかくワガママな王女は今さっき死にました
14/15

黒い鳥の存在を私はすぐに忘れた







二つの椅子にそれぞれ座る、お父様とお母様。

クレアにだけ笑う、お父様とお母様。

ここは見慣れた、記憶の中の謁見の間。

ここはきっと悪魔だろう。きっと悪い夢だろう。


と、さっきの私が何度仕向けた事か。

でもこれは事実なのだと痛感した。

ふらふらしていても、私を支えるレイチェルの手がある。

それが、妙に心強かった。


それでももやもやとする、心の形はなにひとつ変わらない。

すごく疲れた。

慣れつつあっても、嫌な耳鳴りもする。


『ダンスパーティー…行ってもらいますからね?』


つい先程のことのはずなのに、お母様の声が耳の中で再生されて、気持ち悪くなってしまった。


《私はお母様に必要とされていないのだろうか》


やはり、思わずにはいられない。

私は出来が悪いの?

一年やそっとでは巻き返せないくらいに?

胸が苦しいのか、クラクラして頭が回らないのか…。


《……どっちでもいいや》


私はもう、諦めかけているのだろうか。





気付けば目の前に、真っ暗な世界が広がっていた。

なぜだろう。後になっても思い出せないが、ルシはそれを変だと思わなかった。

レイチェルが心配そうに私を見る。

先を行く、クレア達の背をを見た。

楽しそうに、時折見える横顔は───笑っている。


《私の事は…?い、いいの?…よね。どうでもいい、そうよね?そうなのね?そうか、そうだったわね!》


心の中だけでも強がっているのが惨めに思えた。

前もこんな事を思った気がする。

いいや。今まで思い続けている事だ。


《そう…そうだったのよね》


自分の事が、よくわからない。

うまく、やっぱり言えない。

やはりどうしようもないままだった。

ただ速やかに私は、いや、レイチェルは遠回りをしてでも違う道を行き、私をベッドに座らせた。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


浅い呼吸が聞こえる。

私の声だろうか。

レイチェルが私のドレスを、手早く着替えさせて、横になるよう促した。


「おやすみください、ルシ王女様」

「おやすみ、なさい……」


言い終えたかわからない。

すっとまぶたが落ちてきて、今度は薄暗くて寒いところへと運んでいった。




お父様とお母様。

そしてクレア。

その中に私はいない。


すっかりは覚えていないけどそんな夢を見た。

頰を撫でる手を感じて、きっとレイチェルだと期待してた。


「お母様?お父様?……」


返事はない。

少し経って、レイチェルですよ、と穏やかな聞こえてきた。

その時はちゃんと、夢から覚めていて。

体を起こすと、ルシ王女様顔色が悪いですから、レイチェルは制し、頬を何かがつたっていった。

そして視界をぼやかしていた物が無くなったのを、寂しがるくらいに、すんなりと目は開いた。


これからまた、クレア達と顔を合わせるのはいささか苦しい。

ダンスパーティーの話が憂鬱でならない。

心配事なら前からあったのに。

きわめつけには、


《また悪夢を見てしまった》


おまけに泣いてしまって、私はきっとひどい顔なのだろうな。


「お菓子を食べますか?」

「いえ、いいわ」


レイチェルは気を利かせてくれたようだ。

チョコレートクッキーの大皿をその手に乗せている。

だが食欲がないというのだろうか。初めてかもしれない感覚を意識したが、私らしくもなく、クッキーを手に取る気にはならない。

これには流石のレイチェルも、一層心配そうな顔をしている。


ピュー ピピロピピ……


鳥が遠くに鳴いている。

起きたのはやはり真夜中だったようだ。

前回の巻き戻りと…おんなじ。

それが悔しいのか、嬉しいのか…頭がクラクラとする。


「えっ…?」


レイチェルが、どうかなさいましたか、と顔を覗き込む。

だけどルシはビクともしない。レイチェルは思った。なにも聞こえていないかのようだ、と。

実際ルシはここでは、何も聞いていなかった。少し前に聞こえた、窓の先の暗闇に溶け込む鳥に想いを馳せていた。


《鳥の声?…前は聞こえてたっけ?》


理屈で考えるまでもなく、ルシはドレッサーの隣から風を吹き入れる窓へと駆け寄った。


ピュー ピピロロ ピピピロ?


近づいてきたルシに応えるように、鳥の声が帰ってきた。ルシは鳥を外に探した。

レイチェルもルシに倣って窓から外を見たが、月と暗い空。そして城の城壁が見えるばかりで、特に何も。考えてみれば、鳥が止まれるような気もなかったはずだ。


バサッ


二人が探すのを無駄だと遮るように、飛び立つ羽音がした。それも案外大きな鳥だったようで、予想外に堂々とした音だった。

飛び立った鳥を探そうとしたルシは、何やら一層黒い鳥が、丁度半円を描いたのを見た。


「あっ!」

「なんですか?」


個体の姿を見守っていたルシだが、その形の後には、何も見えず、少ししてからは諦めるしかなかった。


「今の見てた?」

「いえ。」

「半円の、黒…い?…!」


《半円?なんかあったような…?あっ!思いついた!》


そしてルシは、一か八かで図書館から持ってきた本で埋まった本棚へと向かった。

そして背表紙を見て、表紙を見てを繰り返した。


《半円…半円》


マークとして半円の書かれた本。昨日読んだ気がする。あるいは、レイチェルが読んでいたのを見た気がする。


「何をお探しですか?」

「半円のマークの書かれた本よ。見つけたら、片っ端から机へ運んでちょうだい」


見つかったのは、合計九冊。

表紙の枠が半円を取り込んでいるものと、題名を囲うものが半円をのもの。そして背表紙の柄に半円があるもの、文字を豪華に見せる飾り文字の中に半円のあるもの。


「レイチェル、この九冊を重点的に読んでいくわよ」

「九冊というと。他はいいのですか?」

「今のところはね。今までに借りてきた内、読みきれたものは私とレイチェルを合わせて、半分くらいの五十冊にも満たないわ。なのに情報の量はとても多い。これでは来年に間に合わないわ」

「な、なるほど」


レイチェルは、それで何故この九冊なの?、というと顔をしたが、勘だなんて言ったら説得力に欠けて、かっこ悪いので無視をすることにした。


「そ…」

「それじゃあ早速読んで、紙にまとめていきましょう」

「そ…」

「紙は私の勉強用ノートを取り寄せて使う事にするわ。そのあたりは頼んだわよ」

「はい…」


レイチェルがいい人でよかった。

レイチェルの中でルシが、余計なことは言わない方がいいように思われた。一方でルシは、レイチェルがなにかを言おうとしていた事、そしてそれを遮ってしまっていたこと自体、気がついていないのだった。


「それじゃあ、私は少し寝るわね」


心なしか声が張っている。そう思うとすぐに私は寝ていた。

私としてはあり得ない事に、睡眠前のクッキーを食べなかった事、チョコレートクッキーを食べきれなかった事、涙がすっかり乾ききっていた事など、色々な事が起こっていた。

そしてそれにルシは気付かない。レイチェルも、ルシ王女が落ち着いてよかった、くらいにしか思えない。それを思い出すのは、ある意味少し前で、ある意味少し先の話だ。






「おはよう、レイチェル」

「目覚めのいい朝です」


朝から笑顔になっていた。

計画通り、まとめるべき本はぐっと抑えられた。

なぜだったか忘れたが、


《これにしようっ!》


と思っていた事だけは確実だ。


「レイチェル、チョコレートクッキーと本を頂戴!」

「はいっ。ルシ王女様は随分と張り切っていますね」

「当然よ。峠を越したんだもの」


なんの、とはレイチェルも聞かなかった。

きっと昨日の謁見の間での事あたりだろうと、察しがついたのだろう。


「そうでした、紙を持ってきますね」


レイチェルは数分外に出て、戻ってきた。


「どうぞ」


レイチェルは二冊の紙とペン差し出して、とても明るく笑った。

それでは早速始めましょうか。

片方をレイチェルに手渡し、片方を胸に寄せた。


「これはレイチェルの分よ」

「ありがとうございます」

「おおげさねっ」


ポンッとレイチェルの肩を押して、席に着いた。紙と本を広げると、チョコレートクッキーを左手に一枚だけ取って。


《なぜだろう。すごく心が軽い。いい意味で気持ち悪いくらい》


そうこうする内に、アーモンド先生の勉強の時間が近づいてきていた。





「ご機嫌ようロイ・アーモンド先生!」


今日はちゃんと間に合った。

レイチェルもマリアンヌ先生のお説教に懲りたようで、何度もこまめに時間を確認していたのだ。


「ご機嫌ようルシ王女。今日はいつも以上に元気がおありのようですね」

「ええ!今日はなんだかとても気分がいいの。ところで先生、今日は何のお勉強をするの?」

「地理についてです」

「あ、暗記ものですね」

「はい」


元気の勢いは急停止して、前回と変わらず丸一日お勉強。

それも今日は全く苦ではなかった。やっている分野がただの復習というのもそうだが、それにしても進み方がこないだに比べて尋常じゃなかった。


そして午後の休みは、読書と写し書。

いわば資料まとめ。


《私が死なないための》


例の半円の九冊を分けてまとめる。

カロライズがその気になるまでの暇つぶしというのももあるが、そのあたりは内緒だ。大して重要ではない。全てはこれが終わってからだ。


「もう夜ですね」

「そうね」

「もうそろそろ寝ましょうか」


そうこうして私はなんとか一冊と数章を読み終わり、レイチェルは開いていた紙にキリまで書いて、閉じた。

やけに早いので話を聞くと、レイチェルは既に読み終わっていた本が三冊混じっていたらしく、結果九冊全て読み切って、早くも資料まとめに専念していたらしい。と、ルシは後で知った。


「ええ」


《私だって、頑張るんだ。私の為に苦労させてばかりではいけない》


と眠る直前、決意を新たにしたルシであった。


「おやすみ、レイチェル」

「おやすみなさい、ルシ王女様」





翌日。

昨日のはしゃぎようはなんだったのやら、とても落ち着いた朝を迎えた。

レイチェルの迎えに起こされるまでもなく目が覚めた。

どうしよう。


《そうだ、九冊を読み切ってしまおう。そしてレイチェルに追いつけるようになろう!》


今の読書の速さは遅い。

ならば遅いは遅いなりに、地道に読んでいこう。

そうしてレイチェルも参戦し、朝の時間は終わり、勉強も終わり、やがて一日が終わった。


ずっと集中していたからだろうか。

巻き戻り二回目の九日目は、やけに空っぽな、あっけない一日だった。そして十日目もさして変わらず一日が過ぎた。




「おはよう、レイチェル」

「おはようございます、ルシ王女様」


うんー!と伸びをして、最後から二冊目を読み終わる。


《あと少しだ》


これで私も資料の作成に移れる、と思った。

なんだかとても楽しみだ。


そんな光景が、巻き戻り二回目の二十五日目だったりする。

スピードは相変わらず遅いが、それにはきちんと理由がある。

なんだかんだで眠かったり、

チョコレートクッキーを届けに来てくれたついでに、つい、女官長と話し込んでしまったり、

予想外に復習の勉強が早く進んで、復習の予習が追いつかなかったりしているのだ。

そのおかげでレイチェルに聞いてみれば、当の資料の作成も、既に半分は終わっているらしい。昨日聞くと、今四冊目の最終章です、と明るい声が帰ってきた。


「レイチェル、ようやく八冊目が読み終わったわ。レイチェルはどのくらい進んだ?」

「今、五冊目の第一章です。あと少しですね。今日中に読み終わりますか?」

「そうだといいのだけど、多分無理ね」


《レイチェル流石だ、早い》


なのに私は九日目以降、早起きする事が出来ずいる。


《それさえなんとかなれば、少しは追いつけるのかな?》


思いつつ、疲れ切ってそれどころではない私は、案の定すっかり疲れた顔で、九冊の本の山から目を外した。

そうだった。そろそろ目処をつけなければ。

前々から考えていた事なのだが、ごちゃごちゃ過ぎて考える事がありすぎるので、少し整理しようと思ったのだ。

紙の最後のページを開いて、こう書き記した。



[資料を書き終える。


ダンスの練習に参加する。


カロライズと接触する。


勉強を当面しなくてもいい位まで進める。


以上]



まだまだ簡易的だが、とりあえずはこの方針で行こう。


なんだか、初めてあのひとに会った日を思い出す。

そういえばあのひとは、私の事をどう見ているのだろう。少しは《わがまま王女》からマシになってきただろうか。


《あっ!そういえば。性格も直さなければ!》


そして一番最後に書き加えた。



[性格!!!]



と。

こうして巻き戻り二十五日目もあっさり終わってしまった。

黒い鳥の正体は、後々出てきます。


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