悪夢は慣れない 上
起きては本を読んで。
本を読んでは授業を受け。
授業が終われば本を読んで。
本を読んでは寝て。
寝ては起きて。
それをずっと繰り返して、あの悪魔のような七日目の訪れる事への気付きを、避けしようとしていたような気もする。
死んでから繰り返すことは、あのひとのおかけで可能になったけど、来ること自体は避けられない。
死んだ日、そして今日。
それを当日になってから、つくづく思う。
死んだ日は毒のせいか、痛かったり、周りの景色が急に変わったり、あのひとと話したりでこんな恐怖は思い出されない。
だけど、きっと同じなのだろう。そんな気がする。
なぜか前回は怖くなかった謁見の日が、今日は怖い。
生きていると不思議なことばかりだ。
だけど、期待とは予想外のカロライズの返答。だから今度こそ逆に、いい意味でも裏切ってくれると思う。
あの女官長のチョコレートクッキーに気がつけたみたいに、きっと新しいいい事も起こるのだと思う。
そうして巻き戻り二回目の七日目。
遂にこの日が来た。
またしても、来てしまった。
まだ戦争の雲行きが怪しくなる前の、懐かしい日。
同時に悪夢のステージとなる、謁見の間を訪れる日。
「おはよう、レイチェル」
気が重いのを隠すように、笑う。
けれどうまくいかない。
「おはようございます、ルシ王女様。今日は謁見のある日ですね」
レイチェルは笑う。
あんな笑い方ができるレイチェルを、今日だけは羨ましいと思ってしまう。
そして私は前回と同じ、ピンク色の服に銀のティアラ。この衣装を着ていった。
早起きするようになったせいで、早く謁見の間についた。
少しするとクレアが来た。
水色のドレスに青いカチューシャ。肩で降ろされた、金髪のカールの少しかかった髪。
ここまでは前回と何も変わらない。
《そしてあいにく、変わる予定もない》
誰に対しての敵対心でもない。ただなんとなく、拒否感があったのだ。
そんな事を考えていると、特有の重厚な空気が流れた。
お父様とお母様が横を通る。
その後を侍女と執事、計十六名が付いて行く。
二人が正面の席に座る。
そして王族の規則通りに、お母様の手招きに合わせ、私とクレアが前に出る。
私が先に頭を下げ、挨拶を始める。
「おはようございます。お父様、お母様。本日もご機嫌麗しゅう…」
「肩苦しい挨拶はいいわ」
前回なら私は驚愕の顔をしていたはず。だけど今回は、無理に微笑んで顔を上げる。
「はい」
だけどやっぱり、作り笑いは苦手だ。どうも不恰好な気がする。練習しておけば良かったかと、今更に思う。
そんな第一王女に対しクレアは、私の様子など気にしないとばかりに前に出る。
しきたり通りの順序では、私の挨拶が終わると、クレアの挨拶。そして───
「おはようございましゅ。お父しゃま、お母しゃま。本日も、ご機嫌麗しゅう…。」
そして、クレアは走っていく。
私は何も言わない。何もしない。
前回と変わらない、満面の笑顔でお父様とお母様に飛びつく。
何故か見ていられなくて、目を逸らす。
《気にしない、気にしない、気にしてはいけない。気にしない、気にしない》
呪文のように心の中で唱え続ける。
胸の中の暖まる何かを冷やそうと頑張る。
「クレアは…、私は上手に挨拶できていましたか?」
「ええとっても」
「クレアは可愛いな」
そう言って、お父様はクレアを抱きかかえる。これも嫌という程前回と変わらない。
《気にしない、気にしない、気にしてはいけない》
ずっと唱えているのに、胸の中は熱くなるばかりだ。
《落ち着けっ!》
一喝すると、ポタッと手の甲に水滴が落ちた。
「…え…」
誰にも、聞こえないような小さな声。それは私の声だった。
それをきっかけになんでだろう、と考えていた原因を見つけた。そうか、惨めになるのが嫌なんだ。ようやく理解する。
そうだ。元と同じ、そして前と同じ事をしなくちゃ。
「私はどうでしたか?」
「お辞儀が…そうねもう少し。…でもいいわ」
また、素っ気なくされた。
「そう、ですか」
思いっきり泣いてしまいたい衝動に、またも支配される感情を奮い立たせてみる。
頑張って笑おう。
「今度は頑張りますね!」
上手く言えないけど、半分は確実に本心だった。
それでも前とは変わらない。
それをお父様は少し笑ってかわす。
お母様は少し困ったように続ける。
「…えっと、あのね。正直に言うと直さなきゃいけないところが……ありすぎて駄目ね。スカートに触れる手の向きと、そして首の角度と声。あとは…。本当はもっとあるけどまずこのくらいから始めなさい。覚えきれたかしら。でもやりきらないと駄目よ。他国へ行ったら失礼にあたるわよ?」
「は、はい」
他国、という言葉に少し安心した。あの公爵子息とは何もないのだろう。
「私、礼儀作法のお勉強で褒められたの」
「おークレア、それはすごいなぁ」
私の反応はそっちのけに、クレアとの会話に話を弾ませるお父様。
そしてやはり、見るに耐えないクレアへ向かう愛情から目をそむけてみた。
お母様には、また同じところを注意されてしまった。
「ルシ。最近勉強を頑張っているようだね、アーモンドやマリアンヌから聞いたよ」
違う。前回の方がずっと努力していた、ような気がする。
「はい、お父様っ。最近は歴史もやっているんです」
「そうか」
鬱陶しさを多少消したつもりだが、声のトーンは相変わらず高いままだ。それを明確にするように、素っ気なさはお母様と変わらない。
また二人は相手にしてくれない。
変わらない自分に憤慨したくなった、けど我慢した。
《やっぱり、私よりクレアの方がいいんだ》
だって、もうわかっていた事だもの。ここ一年と少し、嫌という程に自覚して来た事だもの。
「そうそう、ルシ」
また随分と時間があってから、思考の世界から、現実に引き戻された。
聞いたことのある声音、嫌な予感がした。
「なんでしょうか」
「お見合いだ」
「えっ!」
前回と何も、なんにも変わらない。
元の反応と大して変わらない行動のはずなのに、何故だろう。
「…おみあい?」
クレアが聞き返す。そうだった。やっぱり前回と同じように。
すでに行動が決まってるみたいで、嫌だ。
「そうだよ」
やっぱり、お見合いなんて聞いていない。
《お母様とお父様とも離れなくないっ!》
「嫌なら言ってくれ」
「嫌です」
これで前回と変わらないかな。
だけどそれからは歯止めが利かなかった。
「私は嫌ですっ!」
お父様もお母様も困り顔だ。別に困らせるつもりないし、癇癪は面倒だけど、どうしようもなくて。
「ルシ、まあそう言わず…な?」
「国の為と思って」
政略結婚。ああ、はい存じています。
お二人は恋愛結婚でしょう?
そしてクレアにはきっと、恋愛結婚も許すのでしょう?
これはあんまりですよ?
「お嫁に行くのでしょう?」
「そうだ」
「なら、絶対に嫌です」
「大人になれば、気が変わるものよ。それとルシ。これはもう決定事項なのよ」
「えっ…?」
すっかり忘れていた。
「さっきは嫌なら言えばいいと、いったいらっしゃしましたよね」
「ええ。嫌なら言ってもいいわ。でもお見合いはして頂戴」
お母様は続ける。
鮮明に思い出して来た。
「ダンスパーティーなのよ、お見合いとはいえそこまで固くはないの。まだルシはパーティーに出席した事がないでしょう、練習と思えばいいわ」
「……」
「名簿はおって送るからちゃんと全員分覚えるように。わかったかい、ルシ?」
「………はい…」
「クレアも出席するようにね」
「はいっ!」
クラクラしてきた。
力を入れて立つ足の感覚がわからない。
「そんなに驚かなくても。来年の十二月の予定だから、まあダンスくらいは覚えておきなさい」
知ってますってば!
だって前回の巻き戻りでは私が死ぬのは九月で、ダンスパーティには行けない、はずだった。
だけど今回生きて仕舞えば、ダンスパーティーという、洒落たお見合いのお相手をしなければならないかもしれない。
《どうしよう》
「ルシ、いいわね?」
お母様の声が耳に何度も響いた。
どうしてたっけ?
まあいいや。とりあえず、うなずいてみた。
「クレア、行こうか」
そうしてお母様、お父様、クレアは三人で謁見の間を出て行った。
私は前と同じように、レイチェルを呼んだ。
するとレイチェルは私を支えるように、部屋へと場所を移動した。




