早速本を探そうか
王宮図書館を思いついてまず思い出した言葉がある。
『本とは知識のため池だ』
私が十歳の時の宴で、お父様が言っていた言葉だ。
当時の私は、知識、という言葉自体が嫌いで、本など読むものかと誓った。
その決意にお父様は微笑まなかった。お母様も困ったように苦笑した。
今はその理由がわかる。
知識というものは王族にとって、あればあるほど良い、とても大切な宝なのだ。
なのに私はクレアと違い、それを嫌がった。
王家の娘にもかかわらず、だ。
こう考えていると、生きているという時間がどれほど影響を与えてくれるのか、身にしみて感じる。
私は幼すぎる。
未だに素直になる事を拒み続けている。
わかっているのにやらない私自身に、つくづく呆れる。
私のしたい事は生きる抜くことなのだ。誰にも命を狙われてはならない。
素直になるべきなのだ。沢山の人生を賭けて、私はこの性格も治さなければ、と今朝の私は十三歳のルシ第一王女として誓った。
私は早朝、つまり今、王宮図書館に居る。
日が昇り始めてすぐだというのに、私とレイチェルの他にもちらほらと宮中の役人がいる。
《毒、毒、毒、毒……》
考えるのが楽しい言葉ではないが、生きる為に必要な書物。大きな書庫の中腹部までまで行くと、それはやっと見つかった。
『食物による毒について』
その本を手に取って、書かれた題をマジマジと見る。そして何食わぬ顔で他の本を探しに行く。
これだけでは情報が足りなすぎる。
『毒とその効果』
など、一般の棚にもところどころに探す本がある。どれも教科書と比べると薄い本だ。
お持ちしましょうか、とレイチェルの申し出を断るが、次の棚に見つけたのが分厚い本だった。
『動物性毒図鑑』
他より頑丈にできている図鑑の棚には、重そうな本が並んでいる。やはりレイチェルに二冊を預け、三段式の棚の三段目に手を伸ばす。
子供とはいえ、お母様に似て背の高い私には取ることまでは容易い。問題はそこからだ。とにかく重いのだ。
《ヒールで来るんじゃなかったわ》
咎めるようにヒールを見て、本を腕で支える。
その反動で身体がふらつく。
それにより体についた肉が揺れる。
頭上に本を持って来ると、体が後ろに傾く。
レイチェルが慌てて腰に手を添える。
足に力を入れ、レイチェルになるべく負担をかけないよう、態勢を整える。
なんとか抱えるように胸の前で図鑑を持つ。
「大丈夫でしたか、ルシお…」
「シッ!」
毒の本を外せない指ではなく、顎で指す。
レイチェルはまたもや慌てて謝る。
私は頭を上げさせると、早足で先を急ぐ。
その時王宮仕えの執事とすれ違った。すると私がその本を持って居ると、毒殺でも疑われそうな嫌な冷や汗が出てきた、出直そうかと引き返す。
「どうしましたか?もういいのですか?」
「まだまだ少ないわ」
「冊数の関係ですか?」
「いいえ、王族は借りる冊数の上限がないもの」
「ならばなぜ?」
「他の者らが……」
言葉を濁す。
「いいではありませんか。毒とはいえ様々なものがございます」
「ええ、知っているわ」
人を死に至らしめる毒……の中でも、
徐々に効果を出すもの。一度に命を奪うもの。
意図的に使われるもの。誤って使われるもの。
今朝来る途中で考えていた。
「はい。食べ物に誤って毒や異物が入らないよう、私達料理人は日々勉強しております」
「ああそう」
「ですから、私の料理の為だといえば話は通りますよ」
「すごいわ、レイチェル。ありがとう」
私の考えていた事も、多少はレイチェルと一致したようだ。
こうして私達はもう少し本を探し、先の本三冊の他四冊を借りて部屋へ戻った。
嬉しいことに誰も私達に話しかけたり、目が合ったりする者はいなかった。
「ルシ王女様!早くお着替えくださいっ。申し訳ございません、授業に間に合わなくなってしまいます」
「わかったわ。奥にある青いドレスを」
長居しすぎたのか、授業の事を完全に忘れていた。
遅刻しそうになるのは前にもあったが、今後はもっと気を付けなければならないと、気を引き締める。
それと同時にドレスのコルセットが締まり、なんともいえず、少し笑ってしまった。
自室を出ると、頑張って走り続けた。とはいえ、速歩きにもならない足取りをみて、前回以上の焦りに、応えられない筋肉量をつくづく実感させられた。
走った事が見つかったらマリアンヌ先生には怒られるだろうな。などと思いながら、勉強部屋の前に着く。
すると一応、授業には間に合った。
だが、マリアンヌ先生は既に居るようだった。
「…はぁ…はぁ…。…ふぅ…」
ゆっくりと深呼吸をして、ドアを開く。
巻き戻しの生活が始まってから、一番遅いだろうというくらいな開始ギリギリだ。
「ご機嫌よう、マリアンヌ先生」
「ご機嫌よう、ルシ王女」
先生はにこやかに言う。
そしてその背にお説教の始まりそうな予感を、これでもかという程に持っていた。
そしてこないだの話を思い出した。
『マリアンヌ先生。私、王族として認められるくらいには綺麗な所作をしたいの。教えてくださらない?』
『…まあ。…それが私の仕事ですから、もちろん構いませんが、ルシ王女。きちんと受けてくださいね?』
『ありがとう、マリアンヌ先生。私の駄目なところは全部行ってね!』
『ええ…。まず、私は爵位を持っているので、“ね!”や“ありがとう”など、ため口を聞いてはいけません』
……うん。注意された。
そして再度思う。
大変だ。この状況は。
「ルシ王女様。ひとつ聞いてもよろしいですか?」
有無を言わせない圧力に、思わず頷く。
「ルシ王女様…お返事はございませんの?」
うわぁ。マリアンヌ先生、怒ってる。
「…は、はい……」
あっ、そうだ。この機会を逃してはいけない。こ、今後の為に。
「あ、あのマリアンヌ先生?ワタくし、本当に直そうとしているので…、その。これからもはっきり言っていただければ嬉しいな、と」
声が上ずってしまったが、まあいいだろう。
と、考えたのもつかの間。
「ルシ王女様、そのお言葉お忘れなきよう」
先生が一息置いて口を開いたのが先か、私が目を見開いたのが先か。そんな事はどうでもいい。
先生は冷静に話し出す。
「まず、ルシ王女様、走りましたか?」
「はいっ!」
「次に、レイチェルっ!」
「はいっ!」
「ルシ王女様のこのドレス、急いで着せましたか?」
「あっ……」
「…そ、そうです…」
「レディたるもの、走ってはいけません。身だしなみには、特に気をつけなければなりません」
「で、でもマリアンヌ先生?レイチェルはとても綺麗に着せてくれたと思うのよ?」
「ルシ王女っ、あなたはそう思うかもしれません。ああ、もしかすると何人かの男性も騙せるかもしれませんね。でも!見る人には見えるのですよ?」
「あっ……」
「わかりましたか、レイチェル?」
「は、はいっ!」
「次に、ルシ王女様。あなたはまた……」
こうしてマリアンヌ先生の長〜い長〜い、そしてきっとためになるであろうお説教が始まったのでした。
案の定、授業時間を丸々使って。
マリアンヌ先生の悪口のようだが、マリアンヌ先生の気迫でろくに自分の考えも言えなかった。同時にそれは、私が正真正銘、すごく頑張って勉強したという事だ。
もうすっかり、日が暮れてから。
「レイチェル。…はぁ。私もう疲れたわ。」
私はただ無心に、机に置かれたチョコレートクッキーを食べていた。
「ルシ王女様っ、もうこんなにお食べになったのですか?」
レイチェルに言われて、丁度次のチョコレートクッキーを取ろうとしていた右手の先を見やる。
「なに?女官長のくれたクッキーを、もうすぐ食べ切ろうとしているだけじゃない」
「ですから、それが食べ過ぎなのです」
なんだ。大皿のチョコレートクッキーと、プレーンのクッキーを大皿一枚。それしかまだ食べていない。
今日はまだお腹が空いているのだ。
「少ないくらいよ」
マリアンヌ先生のお説教で疲れたからだろうか。話すのも面倒だし、考えるのも面倒なくらいだ。
「もうお夕飯もお食べになったでしょう」
そういえば、レイチェルは未だに敬語を使う。また関係を構築していくのは、あのひとの言う通り、結構面倒なもののようだ。
「…うっ」
伸びをした拍子に、急に頭が痛くなった。
「どうなさいましたか?」
「ううん。なんてことないわ。…ふぅ。私、もう寝るわね」
そういいながらベッドに横たわると、急に身体が楽になった。今日はゆっくりと眠れそうだ。
「おやすみ、レイチェル」
「おやすみなさい、ルシ王女様」
そしてレイチェルは、電気を消してくれた。
巻き戻り二回目の四日目。
目が覚めたのは、レイチェルが起こしに来たからではなかった。
というか、レイチェルは起こさなかった。
もうすでに鳥がうるさく鳴いていた。少し布団にくるまると、チョコレートクッキーが食べたくなったので目を開けた。
するとレイチェルが隣室で女官長と話しているのが見えた。
「おはよう…」
ベッドから出てもまだ眠い。
二人は気づいてくれそうになかった。
「おはよう!レイチェルに女官長!」
大きな声を出してみた。
「…っ、ルシ王女様。」
「ルシ王女様。おはようございます」
さて、せっかく女官長が来てくれた事だし、予定が早まった。
女官長に毒についての、おすすめの本を教えてもらおう。
「あのね、にょかん……」
「ルシ王女様、あの……」
レイチェルのやけに喜んだ声と、私の声がかぶる。
どうしようかと顔を見合わせていると、女官長が口を開いた。
「ルシ王女様。私はひとつ、お伝えするために来たのです。それが終われば早々に帰ります」
まあ女官長にも仕事はあるし、その伝言がカロライズについてならいいなとは思うけど。気が早すぎるかしら。
「わかったわ、話してちょうだい」
「ルシ王女様。あの…。カロライズが私に手紙をよこしまして、」
すごい、これはすごく早くいい展開になっている。前回の巻き戻りからこれをしていればよかった。
「あのカラロイズ?」
「ええ、そうですよ、ルシ王女様。その話をしていたんです」
「はい。カラロイズが言うに、やはり王女という身分上、下手に動きたくはないそうで」
「…そう。そうよね」
残念だが、まあ、確かにこの展開は早すぎるのかもしれない。
「では、私はこれで。チョコレートクッキーは、レイチェルに渡しましたから」
そう言って女官長は部屋を出た。
「「……はあ」」
二人でため息をついて、少し遅めの朝食をとり、授業を終わらせ、日暮れになった。
そして、まだ残る疲れからだろう。大して難しくない授業も眠くなってしまったが、巻き戻り二回目の四日目もぐっすりと眠れた。




