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『私が会いたかった貴方は――……』

作者: Rellan

 アリスが兎を追い掛けて、足を踏み入れた世界はワンダーランド(精神世界)でした。

しかしワンダーランド(空想)が現実ならば、アリスはどうやって出るのでしょうか?




 そんな不思議の国のアリスの冒頭を彷彿とさせるかのように。

私はメモに描かれた雑な地図と住所を元に迷っていた。

「この辺りの筈なんだけど」



 五月、GW最終日の日曜日の早朝。

私はいつもより少しだけおめかししていた。

赤いワンピースと水色のワンピースを鏡の前で当てがって、どちらがいいか悩みに悩んだ末に、私はサックスを選択。


 一番のお気に入りで、周囲からも『可愛いね』『似合っているね』と言われるアリスみたいな水色のパフスリーヴのワンピース。

私の名前、愛沙アリスに相応しいのも、少しだけ誇りだったりする。


 流石にエプロンまではしないけど、靴と靴下くらいはアリスっぽい黒靴と水色のストライプに合わせて。

ネイルも桜色のを塗るだけ、口紅も念の為に厚めに塗ったリップクリームの上からサッと塗る程度だけれど。

それでも、中学生の私からすれば、いつもよりは背伸びしたつもりだったのだ。



 久々に貴方に会えるのかもしれないのだから。



 とあるアパルトメントの1階、104号室を探すだけにしては、随分と時間がかかっている。

と、言うのも。


「この辺、アパートばっかじゃない!!」

そう、似たような建物、それも意地悪なのかわざとなのか、似たような名前のアパルトメントばっかりなのだ。

ここでもない、あれでもないと、虱潰しに探しながらようやく目的地へと辿りついた。



「この部屋ね?」



 改めて、メモに書かれたアパート名と部屋番号、名札を確認する。

間違いなく合っているのを確認してから、ベルを押すが返事が無い。

ドアノブを回すと、不用心ながら開いてしまった。


返事は無いが、来る事は分かっているのだし先にあがって待っていようかと思った扉の向こうは――……

まるでホグワーツの一室を思わせるかのような別世界が広がっていた。


「わぁ……」

凄い!と、連鎖的に続きそうな言葉を飲み込んで周囲を見渡せば。


 居た、家主が。

ソファの上に掛けられた襤褸切れの様にうつ伏せで寝転んでいる。

白いウサ耳付きフードケープを羽織り、白いネグリジェ姿で。

薇が巻かれた直後の様な、ぎこちない動きで恐る恐る、手元の目覚まし時計に手を伸ばし時間を確認する様子は、時計兎の様だった。


「いらっしゃーい」

顔すら下に向いたまま、眠そうな、だるそうな、まだ現実と夢の境に居るのが容易に分かる返事を向けられれば。



「真言ちゃん、もうお昼前なのに!」


 眠たそうに眼をこする、兎の少女の様な人物に声を掛ける。

彼女の名は、神真言かなえ まこと


 これでもれっきとした社会人の従兄のお姉ちゃんだが、服装も相まって全く社会人に見えない。

寧ろ、今の様に化粧もせず、年甲斐も無いフリルやレースという砂糖過多の様なお洋服に身を包んでいる姿は、私とあんまり年が変わらない位にしか傍目からは感じないだろう。



「おねえちゃん夜勤明けなんだよね、しかも3kの仕事でさ

言わばようやくアフターファイブ、本来なら寝てる時間

丁度君ら真人間とは12時間生活リズムが違うからさ

愛沙ありすちゃんだって、夜11にでもなりゃ明日に備えて寝始めるでしょ?

それが今の私なんで

って、言いたいけど約束だししゃーない起きるか」



 夜勤って3Kで嫌なんだけどなぁとか言いながら、真言ちゃんは寝がえりをうって伸びをして、身体の解れをとってから、机の上に置いてあった黒ぶち眼鏡に手を伸ばす。

彼女はド近眼なのだ。眼鏡無しだと全く見えない。

上半身を起こし、ようやく目があってから真言ちゃんは笑いながらこう言った。



「あぁ。今日の服、不思議の国のアリスみたいだ。愛沙ちゃんの名前通り、アリスっっぽくって可愛いじゃないか」

「ありがとう……でも、真言ちゃんだから告げておくと、嬉しい半面言われて安直な褒め言葉だとも感じているのよね

そういうお姉ちゃんは眠り鼠みたい、いっつも寝むそうでだらしないもの」


 今は服装も相まって白い時計兎みたいだけどね、と付けたして。


「はは……その歯に衣着せぬ物言い、アリスよりもクィーン・オブ・ハーツだけれどな

いや、案外アリスも可愛いイメージが先行しつつ、原作だとふてぶてしいからアリスで正しいのか

出来れば私は、眠り鼠になりたいし、眠るのが仕事であり使命でよいのなら、来世はいっそ鼠で良い、鼠になりたい


……と、そんな戯言は置いといて

今日は一体何しに来たの?」


 角度のせいだろうか、眼鏡が窓から差し込む光に反射して、鈍い輝きを帯びて表情が見えない。

のんびりとした彼女に似つかわしくない鋭さを感じ、何処か歪さを感じて緊張が走る。


「実は……」


 躊躇うかのように一呼吸置いて、私は続けた。


「故郷の親友の、白鳥心しらとりこころちゃんに会わせて欲しいの」


「それは、保護者代わりにあのド田舎までついてきて欲しいって事?」


 眉を顰め、首を傾げて尋ねる真言ちゃんに、私は首を横に振って答えた。


「心ちゃんから週に2~3回、遅くても2週間に1度のペースで届いていた手紙が、もう1か月以上も連絡が無くて心配なの

ここ2年くらい文通していたんだけれど、今までそんな事一度も無くって……」


「そんな事で?

……いや、そんな事でと一蹴するのは簡単だが

愛沙ちゃんにはきっと多分『そんな事』で済ます様な問題でも無いのかもしれないけど――……」


 更に真言ちゃんの眉間に皺が寄る。


「今まで2年も文通が続いていて、急に途切れて不審がる気持ち自体は分からなくもない

別に忙しければ1か月以上空くことだってあるだろ?」


 口には出さないものの『そんなつまらない話で?』と言いたそうな空気を感じる。


「真言ちゃんにはつまらない話かもしれないけど、私にとっては深刻なの

それに、今の手紙が来る前に5月のGWに入ったら遊ぼうねって約束はしていて

それなのに返事も無いままGW最終日でしょう?

……だから、せめて……」


 会いたい――そう続けようとして、言葉を閉ざす。

本心を言えば会いたいのは事実だけれど。

流石に、相手から返事も無い上に事前連絡も無しに急に押しかけるのは迷惑なのは、考えなくてもわかるから。


「真言ちゃんの言う通り、忙しいのかもしれない

私自身、そう思うわ

けれど、心ちゃんは約束を交わした時にはきちんと都合が悪くなっても事前に連絡を入れてくれるし

今回みたいに、急に連絡が途切れる事自体は無かったのよ」


 落胆の色を隠せない。

彼女から連絡が無い事も、突然連絡が途切れてしまう様な子では無い性格なのを含めた上で。

嗚呼、けれどもし――……


「もしも、可能性の一部としての仮のお話よ、これは

もしかしたら、嫌われたんじゃないかって思ってしまうけれど

その上で私の事を嫌ったり何かしら理由があって連絡しないのなら、それを聞きに会いに行きたいのよ


単に忙しいとか手紙を出し忘れていたなら全然構わないけれど

それにしては連絡がつかないのは可笑しいと思って

それでもせめて理由くらいは……直接会ってお話したいものじゃない?」


 私の瞳を真っ直ぐ見つめ返す真言ちゃんの瞳を、逸らすことなく見つめ返す。

……何故だろう。

私も彼女の瞳も黒くて当然なのに。

その様子はまるで、深淵の淵を覗きこむかのように感じたのは。


「どうしてもその子に会いにいきたいの?」

「どうしても」


 私は首を縦に振った。


「……仕方ないなぁ」


 真言ちゃんが溜息交じりに話し始めた。


「本来ならね、もう少し連絡は待ちなよの一言で済ませたい内容すぎる

一カ月連絡が来ないなんて、友人じゃない証明にすらなりゃしない


仮に、私の友人がもし最低でも週に2~3回は必ず連絡をよこせとか

多少連絡が滞った位で友人じゃないと思われるなら心外過ぎるし、何より面倒だ

私なら、その時点で友人付き合いをやんわりと遠ざけるよ

……とは、言いたいのだがね」


 真言ちゃんは少しだけ、私の顔から横に目線をずらす。

何処を見ているのかと思ってふと、真言ちゃんの目線の先にあると思われる後ろへと顔を向けば

そこには時計があった。



「お勧めはしないけど『どうしても愛沙ちゃんも心ちゃんに会いたい』のなら会う手伝いをしてあげよう

連絡が取れなくて心配って気持ちなら多少分からなくもないからね


ただ……問題があるとすれば

今のこの時間から、クソ遠いド田舎まで電車での鈍行旅ってところだな」


 露骨にめんどくせぇなぁと呟けば、彼女は立ちあがってこう言った。


「急いで支度するから、少しだけ待っていて

中学生なんだから一人で行けよで終わりにしたいけれど、それにしては生憎遠すぎる場所だし

本当は珈琲くらいは飲みたいけど、今からあんなとこまで行くのに悠長なこと言ってられねぇなぁ」


 等と零しながら素早く身支度を整えて、大きめのトランクケースを手にした。



「お待たせ。んじゃあ出発しよう、忘れ物に気を付けて」


 彼女の合図で、アパルトメントを後にした。

わざわざ、彼女と一緒に言って欲しいと懇願したのには理由がある。

――真言ちゃんは、探偵なのだ。









 電車に揺られながら、街の景色が都会の喧騒から緩やかな緑へと徐々に移り変わってゆく。

長閑な光景は、それだけで気持ちがリラックスする様――……いや。

実際に都会に居ると、緊張して窮屈なのかもしれない。



 何処で誰と会うかもわからない。

身だしなみも、行儀すらも常に必要以上に気を配って居なくてはならない。

コンクリートジャングルなんていうけれど。

『現代人の檻』という言葉で括るなら、現在の人間動物園と言う言葉がぴったりだ。


 そう思うのも、私の居場所じゃ無いからだろう。

そう、私は都会の人間じゃない。


 田舎の人間だからだ。

今向かっているのは私の故郷。


 都会から2時間程揺られた終点を一度乗り換え、更にそこから2時間後の終点駅。

長い電車旅だが田舎行きのお昼発ともなれば、都会からでも車内は空いていて、十分二人分の席を確保するのは余裕だった。

腰を落ち着かせれば、駅のホームで購入したペットボトルのカフェオレを飲み、ようやく真言ちゃんは朝の珈琲にありつけた。


「ほぼ徹夜もあって、珈琲があるとやっぱちょっと眠気マシだわ

それでも、大分寝たいし本音を言えば今すぐ帰りたいけど」


 真言ちゃんは再び珈琲を口に付けてから、窓の外へと目を向けながら聞いてきた。

徐々に密集したビルの数も緩やかに減りつつある光景が、田舎に向かっている象徴のように流れていく。


「杞憂だったという可能性は無い?」


「恐らくその可能性は無いと思うの

週に2~3回、遅くても2週間に1度っていうペースも、私がこっちに転校してきた時から几帳面に2年続いていて

性格的にも、あまり連絡を疎かにする様な子でもないから」


「そう。改めて神経質すぎない?としか思えないけれど

どうしてもって言うなら構わないし、何度も言うけど止めるなら今のうちにして貰いたい

遠くになればなるほど、帰る手間がかかるというのも含めてね」


「真言ちゃんは、あまり乗り気では無い?」


「当然」


 私の疑問に間髪入れずに即答すれば、更に続けて。


「中学3年の5月でしょう

そりゃ、時期的に忙しいし真面目な子なら今からコツコツ受験の準備をしているとか

受験以外にも部活も最後の年でしょう、打ち込みたい事は山程あるじゃん

只でさえ三学期から一学期の切り替えの時は忙しいしさ


 手紙が1か月来ないからっていうのも、愛沙ちゃんの我儘にしか聞こえない

けど、その上で私を巻き込んでまで『会いたい』んでしょ?」


 私は頷いて、語る。


「会いたい

けれど、それ以上に……手紙が来なくなった理由が私の事を嫌いになっていたらって思うと……怖いのね」


 きっと、ありえない事だと思うけれど。

それが真実だとしたら、私にはきっと耐えられない程に怖い事だった。


「そう」


 小さく真言ちゃんは呟いた。


「故郷の親友だったんだっけ、心ちゃん

けど、私としてはどんなに仲が良くて辛くても

今はこっち(都会)に転校しているんだし、出来ればこっちのお友達と交友を深めた方が良いのでは?」


 思わず眉を顰めてしまった。

私がわざわざ片道の電車だけで4時間もかかる程の田舎のお友達と未だに文通を続けている理由。

都会の学校に馴染めず、お友達が出来なかった。

出来たら苦労はしていないし、こんな頻繁に私も文通なんてしなかったのではないかと思うけれど。


 都会では私は独りなのだ。

小学校から中学校に進学し、学校が切り替わるとはいえ、その中身は大抵小学校の頃の面子と変わらない。

確かに、他小学校との合併という様な側面はあるし、新たなお友達と知りあい、付き合うグループが多少変わる所はある。


 しかし、それも中学校1年の時の話。

当然だが、幾ら多少クラス替えがあるとはいえ、大抵同じクラスで固まるか、同じ部活で固まるかする挙句。

中学校3年ともなれば、既に仲のいい友達がほぼ固定されてしまう。


 そんな簡単に友達が出来たら苦労しない。

だからこうして、週に2~3回、遅くても2週間に1度という驚異的なペースで文通をしている。

人との繋がりを、求めるかのように。


「忠告ありがとう

生憎だけど、心ちゃんも私と同じ気持だと思うの」


 真言ちゃんの言葉を遮断するかのように答えた。


「だって、心ちゃんも私しかお友達がいないもの」


 嗚呼。けれどもし、私が都会の学校に馴染んでいてお友達が出来ていたら。

心ちゃんとの繋がりも、田舎に居て都会に越してしまったあの子と私の関係もどうなってしまっていたのかしら?







 都会からの終点の旅も、話していたら割とあっと言う間に2時間は経過して。

乗り継ぎを終えて、田舎から更に田舎の、山の麓まで向かう車内に二人で並んでいる。


 元の地元に住んでいた時はこれでも多いと感じていた車内が、都会に住んでいる今となっては驚く程にがらがらで。

窓からの長閑な住宅街から更に緑が増えていく光景は、何処か未来から過去に遡るかのような錯覚さえ覚えそう。


 私は途中になってしまった続きを真言ちゃんに語っていた。


「受験と部活に忙しい時期というのは同意だけど、どちらもノーだと思うの

心ちゃんは勉強は得意で成績もトップだし、性格も大人しくて聞きわけの良い子で

所謂先生受けしそうな典型的な優等生タイプなのね


内申書にも困る事は無いでしょうし、県内トップの高校が確実圏内だから

受験勉強もそれ程他の人より大変とは思えないの


部活もあの子はやってなくて、放課後はお家のお手伝いしているの

心ちゃんは温泉宿の子で、小学校高学年辺りの頃から学校から真っ直ぐ帰宅して、他の子と遊ばないでお手伝いをしていたのを加えて

大人しいタイプだし、あんまりお友達が昔から居るタイプでも無いのよね」


「そうか、他に彼女から連絡が来なそうな心当たりとかない?」


 静かに首を横に振る。


「あるのなら、別にわざわざ頼みに来るわけないじゃない」


「せやな」


「心ちゃんは近所の子で、幼稚園、小学校とずっと一緒だったの

自然とお互い親友になって

小学六年の時にこっちに引っ越すことになって、嫌で嫌で堪らなくて……それでも

『離れていても、ずっとずっと友達だよ』

って言ってくれて、実際に文通してくれて、たまに夏休みみたいな時には会いにいったりしていたのね」


「へぇ、そりゃあ随分と仲の良いご様子で

気になっていたんだけど、手紙じゃなくて携帯でやりとりすれば良かったんじゃないの

そっちのがすぐ連絡付いて楽じゃない?」


「生憎だけど、心ちゃんが携帯もスマホも持っていないんだよね

お家も田舎だし、別に特に連絡する必要なんかも無いし、まだ必要無いって言うお家の方針らしいよ」


「そっか、そうなると手紙って手段になってくるのかな

電話代だと高いし、携帯も無いとなると親御さんが出るかもしれないから気まずいしねぇ」


 それからも終点まで、真言ちゃんには心ちゃんとの思い出やどんな子かをずっと喋っていた。

途中、真言ちゃんは寝不足なのもあってかうとうとして、静かに目が閉じてしまったのを確認すれば、私も口を閉じて窓の外へと目を向ける。



 見慣れた、人里離れた山の麓の光景。

自然に溢れたと言えば聞こえはいいが、碌に人も居ない、小さくて閑散とした街並みが近づいてくる。

もうすぐ彼女に会えると思うと、とっても楽しみだった。









 最近ようやく自動改札になったばかりの綺麗な駅を通りつつ、長い電車旅を終えてようやく目的地へと着いた。


「ところで真言ちゃん、聞きたかったんだけれど

探偵っていつも何しているの?」


 この後何を始めるの?と声が弾んでいたのは、探偵という職業が少し非日常で胸がときめいたことは隠せなかった。


「8割浮気調査

依頼人からターゲットを聞いて、行動パターンを聞くと同時に調べて、後は尾行ですね」


「浮気……調査……」

眉を顰め、空いた口が塞がらない。


「現実はそんなものです」

「あまりに……普通」

「寧ろ探偵に何を期待しているんだ君は

殺人事件の犯人を当てたりとかしないし、現実でそれは警察の仕事だよ

謎の組織に追われたり薬盛られたりもしねぇよ

安月給でそんなのあってたまるか」


 一気に気分が落胆したと同時に、とんでもない事に気付いて恐る恐る聞いてみた。


「ちょっと待って!

もしかして心ちゃんを探すのに何か私から聞いて下準備をしていたとか

これから何か探偵っぽいことするのではなく、心ちゃんのお家や学校に真っ直ぐ行くとか??」


「そうだよ」


「じゃあ!何の為に!!一緒についてきたの!!

心ちゃんの家に行くだけなら一人で行けたわ!!」


「だから最初っから私行く意味そんなねーだろって言ってたじゃねーか

寧ろこんな田舎まで時間とお金と休日潰して付いて来てんだ、それだけで君もそろそろ感謝の念を他人に持つ事を覚えろ」


「私が今日真言ちゃんに会った時に依頼のお話したじゃない?

その時に色々と手短にでも何か調べたりとか……」


「している余裕あった様に見えるか?」


 無い。

急に現実を突きつけられて無言になりながらも、二人で心ちゃんの家までの道のりを歩いていた。

流石に魔法とまでは言わないけれど。

職業が探偵という手前、普通の人にはわからない手段や情報収集等を期待してしまったので残念ではあった。


「……まぁ、確かに他人には真似出来ない情報収集のやり方というものはあるっちゃあるんだけど――……」


「どんなやり方なの?」


「企業秘密

今の時代、情報漏えいとかも五月蠅いし書類にサインするし

基本的に喋っちゃ駄目な事も多いからね」


「つまんない

別に誰に言う訳でもなけれはネットに上げる訳じゃないのだし」


 なんて。

探偵の夢を崩壊される現実のお話をしながら道中を進み、心ちゃんの家が見えた頃だった。

一度立ち止まって説明する為に指で指し示す。



「見えて来たわ

あの瓦屋根の古いお家が心ちゃんのお家なの、温泉宿をしていて――……」


そう言いながら、一目で見て分かる温泉宿を指で指し示す。


「ほら、あそこに見えるでしょう

……あれ?」


 可笑しい。

GWなんて掻きいれ時にもかかわらず、温泉宿がやっていない。

どうして?


 本来なら今の時間は明るく賑わい、近所の人が通う他、遠くから来る人で駐車場も一杯の筈なのに。

まるで、そこだけ時間が静止しているかのように、静かで暗い。


「本当に何か、心ちゃんのお家に不幸でもあったのかな

そういえば、お父さんの身体の具合悪いって言っていたし――……まさか」


 心ちゃんのお家へと駆け寄ろうとして。

繋いでいた真言ちゃんの手に急に力が籠り、強く――強く私の手を引く。

……まるで、強制的に止めるように。


「真言ちゃん、手を離してくれる?」

「行かない方が良いと思うよ、特に君はね」


「どう、いう、事……?」


 真言ちゃんの言っている意味が分からない。


「ちょっとそこで独りで待っていて」


 そう言い残せば、温泉宿の方へ独りで歩いて行ったかと思うと――……

暫くして此方に歩いてくるが、その表情は暗い。


「もう、心ちゃんは死んでいる」


「えっ……嘘でしょう?」


 心ちゃんが?

どういう事?

そう続けようとして、言葉が出ない。


「嘘じゃない

さっき温泉宿に行って臨時休業のチラシと、急用の方は此方へって記されている電話番号にアクセスしたんだ

そんで君の名前と、その従兄である身である事を名乗って尋ねに来た事を聞いてきたんだ

……そうしたら、娘さんの死についてお話をしてくれたよ」


 返事が来なかったのは、既に彼女が死んでいて手紙が出せなかったから……?

力が抜けてその場に膝から崩た。

幾ら人通りが無いとはいえ、道の真ん中だというのにも関わらず。

私はその場で泣き叫んだ。


「どうしてっ……!!

どうして心ちゃん死んじゃったの!?

何があったの……やだ、やだやだよぉぉぉ……!!」


 あまりにも突然の出来事に、現実に。

みっともなく私は泣きじゃくるしか出来なくて。

薄暗く静まり返った空気の中で、私の叫びだけが木霊していた。


「そうしていたいならそうしていて構わないけど

時間が無いから私は出来れば急ぎたいんだよね」


 腕時計を気にしながら見る真言ちゃんに、私は言った。


「帰るんだったら帰りなよ、まだ電車はギリギリ間に合うよ

……私は無理、動けそうも無いし、動きたくも無い」


 想定以上にダメージを負ってしまって、力が抜けて本当に動けない。

道の端でお気に入りのお洋服が汚れるのも構わず、しゃがみこんだ。

服からも周囲からの目も、そこまで気を回す余裕も無いのが正直な所でもあった。


「それだと私が困るんだよね

逢いたいって依頼を受けて此処まで来て、君を放り出すわけにも中途半場で帰ることも生憎出来ないんだ」


 ああ、そうでしょうね。

多分きっと、私のママにも行き先は真言ちゃんのお家だって告げてから家を出ているし

私が連絡しないと、真言ちゃんにママから連絡が来て迷惑がかかりそう。

そういう意味でも、放っておくという選択肢は出来ないだろうな。


 そう思って、力無くスマホを取り出そうとしたところを、真言ちゃんの片手がそっと添えられてこう言った。


「心ちゃんに会いたいんだろ?」

「会いたいけど、もう死んでるでしょ」


 半分何を言っているんだろうと呆れながら彼女の手を払い除けようとした時だった。


「今なら、まだ合わせられる

時間が無い――……本気で会いたいなら、今すぐさっさと着いてきな」


 そう言いながら、真言ちゃんはトランクを主張するように持ちあげる。

にやりと嗤う表情が、何処かチェシャ猫を連想させる様だった。


 「もたもたしてないで、まだ日の明かりが微かにでも頼りになるうちに山に向かおう

49日前だ、まだ会いやすい」








 都会に住んでいるとまだ十分明るい時間帯と季節なのにも関わらず、既に随分と日も暗くなっていた。

誰そ彼という言葉がある様に。

隣に居る真言ちゃんの顔に影がかかって見え辛い。

まるで、隣に居るのが別人の様に見える彼女は、あの世とこの世の橋渡し人。

歩き慣れていた筈の山道も、未来と過去の境界線を歩んでいる様にも思えた。


 徐々に徐々に、その脚も微かながら文明の香りが仄かに残る街並みから遠ざかり、道が途中から消えてしまえば。

邪魔な草をかき分けながら山の奥深くにへと足を踏み入れていく。


「念の為言っておくけど

危ないし、止めておくなら今のうちだよ」

それまで無言で、無機質に歩みを勧めていた真言ちゃんが口を開いた。


「構わない、心ちゃんと会えるなら

でも……死んだ人なのにどうやって……?」


 疑問を隠せない私に、歩みを進めながら振り返ることなくそのまま真言ちゃんは語った。


「表家業は探偵なんだけれどね、本業は魔術師なのさ

ほら、物語でも定番だろう?

探偵だと思っていた人間が、魔術師でした……なんてお話はさ」


 本当に魔術師なんて存在するの……?

夢を見ているかのような……いや。

まるで夢と現実が混合しているかのような事実に驚きを隠せない。


「実際、表は探偵という体で調査が出来るし

魔術をするにも多少の下調べというのも重要でね

仕事のかけもちとしても相性はいいのさ


 そんな戯言は置いといて

魔術をするというのは実に危険でね

それでも、愛沙ちゃんは身の危険を覚悟してまで心ちゃんに会いたいかい?」


「うん」


 歩きながら短く返事をした。

彼女と会えるのなら……私はどんな危険も辞さない。


 「わかった。一度私は止めたし、警告した

これ以上忠告もしないよ、覚悟は決まっているんだろうね?」


 「うん」

再び小さく頷いて返事をする。

決して後ろを振り返ってはいけない――これは黄泉の道を行く道筋なのだから。








 山道から途中、獣道を進んで進んで。

腿を上げるのすら苦痛になり始めた頃、少し開けた様な場所に出た。

大分疲労もきつく、呼吸も荒いまま、喉が渇いて乾いて仕方なくって、一気にペットボトルを1本飲み干す程。


 私の様子とは裏腹に、真言ちゃんは少しだけお水を飲んで休憩すると、何やら準備を始め出す。


 「真言ちゃん、疲れてないの?」

そんな疑問が自然と漏れた。


 「少しだけね……こういう仕事で山に入ることも多いから自然と鍛えられるし」



 今のご時世、オカルトなんて黴の生えた書物の戯言――……と言いたいのだけれど。

『連日夜勤』なんて言う位依頼もあるのだろう。

まさか、連日夜勤の中身が探偵ではなんて魔術師だったなんて。


 半信半疑だった私自身も、いざ目の前にすると本当に存在するんだと驚きつつ。

未だ疑問視が拭いきれないのだから――……


 そんな風に思っているうちに、銀のカップに木の棒な様な物、それらしいパワーストーン。

見るからに怪しい祭壇が手際良く出来ていく。

風の向きが変わった為か、お香の煙が此方に流れてくる。

少し独特な、何とも言えない香りだけれど割と落ち着く良い香りだった。


 てきぱきと作業する彼女の後姿を見て休みながら、ふと疑問が浮かんで投げかけた。


「随分と手際いいのね?」

「慣れているからね」


「そうじゃなくって『事前準備が』よ

だって、最初っからこういう事をするだなんて思わなければ魔術道具なんて持って行かないでしょ

随分用意周到だなって思っただけ」


「ああ、そういう事か」


 成程と呟きながら真言ちゃんは答えた。


「君の目から見ればそうかもしれない

しかし、私には最初からこうなる事が実は分かっていたのさ

君達常人にはない情報網があると言っただろう」


「謎解きとかミステリーは苦手なのよね、分かるように言ってくれない?」


「解答を言ってしまえばこういうカラクリさ

今朝、愛沙ちゃんは『心ちゃんに会いたい』と言いに来ただろう?


実はその時点で既に君の背後に心ちゃんの霊が居たわけさ、霊に現実の距離は関係ないからね

探偵として私は君から『心ちゃんと会わせて欲しい』と言われたが

魔術師として同時に心ちゃんの霊から『愛沙ちゃんと会わせて欲しい』と依頼を受けていたのさ


……だが、魔術には君ら一般人が想定する以上に危険を伴うからね

故に『どうしても愛沙ちゃんも心ちゃんに会いたい』かを聞いたのさ」


 嗚呼、成程。

道理で妙に渋っているとは思っていたら。

今の話を聞けば合点がいく。

つまり、私の身の危険性を促しつつ、それを冒してまでの覚悟があるか聞いていたのか。



 等と今までのやりとりを思い出していたところ、真言ちゃんが振り向いて此方に手招きをして。

促されるかのように、私も彼女の所へと歩いて行く。



「こっちの準備は終わったよ、覚悟は良い?

呼吸は落ち着いたかな?これから、ちょっと大変だから頑張って

座る場所……は無いよねぇ、ちょっと大変だけど立ったままで」


 そう言って、真言ちゃんは私の手を取れば。


「私に呼吸を合わせて。1、2、3、4のリズムで吸って、1、2、3、4のリズムで止めて

1、2、3、4のリズムで吐いて、1、2、3、4のリズムで止める――4拍呼吸

これを繰り返して……目線は、祭壇にある蝋燭の火を一点に見て、あまり瞬きをしないで


吸って――……1234、止めて1234、吐いて――……1234、止めて1234」


 規則的な真言ちゃんの声に合わせて呼吸をする……結構、苦しい。

その上、蝋燭の火を一点に見つめてと言われるから尚更。

馬鹿馬鹿しい。

こんなことをしていたら、精神が可笑しくなりそうだ。

やっぱ魔術って、頭が可笑しい人の信仰心から成り立っている下らない遊びでしかないのだろうか?



 ――……そう、思い始めた時だろうか。

苦しい呼吸に合わせ、若干意識が朦朧とつつ、いつになったら終わるんだろうと思っていると、目の前の視界が可笑しくなってくる。

……なんて表現したらいいのか難しいけれど、蝋燭の火が変な色に見え始めるのを合図として。

徐々に、周囲の色合いも漆黒の森の筈なのに……

青と赤の世界が交差するかのように、大きく揺れるようにぶれるように……可笑しく見え始めて。

ハッと気が付けば、目の前には白い髪、白い肌、白い服と、生前のそれと比較して、白すぎるけれど……

見間違える事の無い、心ちゃんが目の前に居た。


 「……心、ちゃん……?」


 驚く私の肩に、そっと真言ちゃんの両手が添えられて。

背中越しから私へ身を寄せ、そっと耳元で囁く様に彼女は言った。


 「呼吸を整えて、少しだけだけど“私の眼”を貸してあげたから……ほら、視えるでしょ――

 「……心ちゃん!!!」


 真言ちゃんの手を振り払って、私は心ちゃんの元へと駆け寄った。


 「心ちゃん!!……ねぇ、私だよ!!愛沙だよ、わかる……?

貴方にね、会いに来たの……遠くから、電車で4時間かけて会いに来たんだよ!!

私が会いたかった、お友――……」


 言葉を遮る様に、心ちゃんの白い手が私の首を掴むとそのまま押し倒された。

死んでいる筈なのに、まるで生きているかの様な感覚と、のしかかられる重みがしっかりとある。


 「なん……」

なんで?と聞こうとして、それすら私は出来なくて――……

混乱して、動揺している私の顔を覗きこんで、呆れたように真言ちゃんはこう言った。


「なぁ……愛沙ちゃん

茶番はそろそろ止めにしないか?」


 どう、いう、事、なの?


 首を絞められて、その一言すら今の私に言う事は出来なかった。

ひたすら心ちゃんの幽霊の手を退けようと手を動かしながら、真言ちゃんを睨みつけた。


「なんで?って、本気で言ってるの?

あまりに自分勝手過ぎると思わないの?

そうやって、都合の良い幻想に逃げて現実を見ない

君はそんなにもアリス(空想の中を生きる少女)だったのかい?」


 何が言いたいの……?


「そりゃ心ちゃんは怒るだろうよ

だって――……

目の前に、自分の首を切って殺した張本人が居るんだもの」


 意識が朦朧としているせいだろうか。

首をお切り!首をお切り!と、死の女王が目の前で捲し立ててくる様な幻影が視える様――……

これが走馬灯という奴なんだろうか。

あぁ、そうか。

ようやく思い出した。


 私が彼女を殺したんだ。








 あれは丁度、一か月前に地元に戻った時の事。

これから始まる新学期と同時に中学校最後の1年が始まるから、進路の話をしに来て。

山道――……とはいえ、私達からすると別に只の通り道の一つを歩いて、こんな辺鄙な場所に新しく出来たという噂のカフェへ行こうとしていたのだった。


「ねぇ、心ちゃんは進学先の高校決めてある?」

「……え?」


 驚いた様な表情をして、今まで歩いていた足を止めて。

少し黙ってから彼女は躊躇う様に言葉を続けた。


「どうして?」

「どうして、って。この辺高校無いじゃない、辛うじてあるのが小中学でしょ

辺鄙過ぎて高校まで行くのにもどんなに近くたって電車で片道1時間はたっぷりかかるじゃない

その上、一番近くの片道1時間たって……通うのが馬鹿らしい位底辺校だし

心ちゃんの学力だと、そんな所言ったって勿体ない――……とはいえ

この県で高い偏差値の学校って、何処も此処から電車で2時間はかかった上で更に自転車で30分はかかるじゃない

往復で最低2時間、長くて5時間は……どの高校もあんまり現実的じゃないって言うか、苦しい気がするのね」


「……そうかもね」

「そうなると、高校どうするのかなって思って」


「…………」


 口数が少なく、何やら思い表情になり、やや下を向いている彼女を察しながらも、私の思っている事を知って欲しくって、聞いて欲しくって、彼女と居たくって、私は続けた。


「そうすると、此処を離れて引っ越すか

心ちゃんが独り暮らしするかかなぁ――……なんて思っていたの

……私も今は都心だけど、もし心ちゃんが県でも辛うじて街中の進学校か

……これは私の我儘だけど、もし引っ越すなら――……心ちゃんも、いっそこっちで独り暮らしとか、しないかな……って

心ちゃん頭良いし、田舎より都会の方が合ってると思う

美術館も沢山あるし、プラネタリウムや映画の設備も段違いだし、図書館だって本の種類は無いのを探す位難しいし

勉強する環境だって、随分とこっちと比べると桁違いに恵まれ――」

「愛沙ちゃん、今の関係これで終わりにさせて貰えないかな」


 私が喋っていたのを彼女が遮る。

山道を歩く足をお互い止めて見つめ合い、すかさず私は聞いた。


「どういう事?」


 辛そうな笑顔で躊躇う様に彼女は続けた。


「もう、十分でしょう

文通も二年も頻繁にやりとりして……正直これ以上はしんどいわ」


「辛いならこんなに頻繁にやり取りしなくても大丈夫だよ

連絡の回数が減るのは寂しいけれど」


「そうじゃなくて」


 苦笑交じりに笑顔を作れば、暫くはどう切り出そうか迷ってるようだった。

じれったい。

言いたい事があるのならはっきりと言えばいいのに――そう言おうと喉まで出かかった瞬間だった。


「もう、愛沙ちゃんとお友達で居るのがきついのね」

「はぁ!?」


 突然の言葉に、私は怒りを隠せなかった。


「何で?意味わかんないんだけど!

手紙を頻繁に返してくれているし、すっごく遠くからわざわざ休日に時間かけてまで来て!!

友達だと思っているからやっている行動だし、心ちゃんも同じだと思っていたよ!!」


「遠い所から来てくれて本当にありがとう……けど

ごめん、もう帰っても良いかな

……正直、私もこれ以上愛沙ちゃんと向き合うのはしんどい」


 踵を返して彼女は帰宅しようとする。

理由も言わないで逃げる様な彼女に私は正気を失った。


「帰る前に一言理由でも言ったらどうなの!?」


 勢いよく彼女へと掴みかかった時だった。

引きとめようとして腕を掴もうとした弾みに、彼女は慌てて私を避けようとして。


 元より運動の苦手な子なのだ、素早い身のこなしは下手なのをよく知っている。

山道の端にいた彼女は、只でさえ足場の悪い場所で後ろも見ずに避けた拍子に、よろけてそのまま足を踏み外してしまった。


 彼女の身体が空に浮いたかと思うと傾斜に転がされる事となり。

不味い事に、その傾斜が結構急な角度の上、地面までの深さも結構あったらしい。

恐る恐る下を覗いてみれば――……まるで卵を落としたかのように、彼女の頭が拉げ、無残に血が飛び散っていた。


 ハンプディダンプディは決して元には戻らない――……


 怖くなった私は、その場を逃げるように去って行った。

元より人通りが少なく、車も通る様子が無ければ、心は焦って逃げ帰りながら頭だけはやけに冷静に周囲を確認して、確実に人に見られていない事を確信して。

徒歩でたっぷり30分以上はかかる道を走り、心ちゃんの家の扉を開けた瞬間に叫んだ。


 「心ちゃんがっ……!!足を滑らせてっ……!!」


 あの時の両親の驚いた顔は、多分一生忘れられない

いや、忘れてはいけない――……忘れてはいけない筈なのに――……


 急いで救急車に電話して、救急隊員と両親と、再び彼女の落ちた場所へ駆けつけて。

担架に乗せられて運ばれる彼女の顔には、白い布がかけられ。

口元と思われる部分に呼吸に伴う布の上下等の動きは微かに確認出来た筈なのに――……

病院で検査した結果、頭の損傷以外にも、落ちた衝撃と打ちどころが悪かったのか、頸椎も損傷していた。


 ……彼女は、還らぬ人となってしまった。

私自身、ここまでするつもりじゃなかったという恐ろしさと罪悪感と後悔と哀しさと同時に。


 一人娘を失い、泣き崩れる両親の姿が脳裏にこびりついて。

それがそれが、あまりに恐ろしくて。


 怖くて恐くて。

自分の心を護る為にも、蓋をした。

私は人殺しなんかじゃない。


 心ちゃんの両親も、すぐに知らせてくれてありがとう、とか。

いつも娘と仲良くしてくれてありがとう、とか。

彼女が私から手紙が来ると、いつも嬉しそうで――……とか。


 思い出すだけで涙がとめどなく溢れて来る。

そんな会話も、今も耳に残っている事を思い出した。







 目の前に居るのは白い霊体なのに。

真言ちゃんのお陰か、まるで肉体があるかのように感じる彼女の冷たい手から。


 そんな事ある筈も無いのに。

彼女の表情すらわからないのに。

何処が目だか、おぼろげな認識でしかわからない位に白い顔から、私の頬へと涙が伝わってくるような錯覚を受ける。


 幽霊というのは、肉体の無い精神体だからだろうか?

彼女の手から、涙から、私の心に直接彼女の心の悲鳴が届いてくる――……



 嗚呼、そうか。

彼女も苦しかったんだ。


 元より彼女は引っ込み思案で、自分の主張を殆どしない程に大人しい。

それと比較して私は主義主張を遠慮なくする方で、そう言ったお互いに無い性質で仲良くなったのは事実ではあった。

けれど、それも小さい頃までのお話で。


 遠慮ない発言で好かれる人には好かれるけれど、嫌われる人からはとことん嫌われる私の性質は。

次第に周囲の見えないヘイトが、いじめとまではいかなくても。

お友達というだけで、見えない所で彼女の方へと集まり。

彼女は私と自分自身のフォローをする為に気を回して。


 只でさえ必要以上に周囲を気にする彼女と、周囲の目なんて気にした事の無い私の間には。

徐々に徐々に、溝が出来て来てしまった。


 私も私なりに彼女の事を気を使ったつもりだったけれど。

元々大人しく主張の苦手で、気を配る彼女にとっては、私から振り回されたり我儘に付きあわされたりでしんどかった心が伝わってくる。


 転校した後は、寂しい半面正直ほっとしたらしい。

もう、私に振り回されなくて済むから。

我儘を聞かなくって済むから。

けれど実際は頻繁な手紙のやり取りがあり、強要されている様でもっと早くから疎遠になりたかったらしい。


 我儘で精神的にも苦痛を受けた上に、最後はこうして私のせいで命を落としてしまっった――……

強い怨讐の念の塊と化し、私の上にのしかかる。



「たす……けて……」


 首を絞められて、呼吸をするのが苦しい。

朦朧とした意識の中、縋る様に真言ちゃんに手を伸ばした。


「その手は、私じゃなくて心ちゃんに伸ばすべきでは?」


 真言ちゃんの眼は、酷く冷たかった。


「愛沙ちゃん

私じゃなくて、心ちゃんに懇願すべきだ

『ごめんなさい』って

君は人の世界の中ですら決して許せない過ちを犯している

……なのに、君は心ちゃんに謝る素振りも無ければ、突き飛ばして殺した事を偽り――……

今だってそう、彼女に後悔や謝罪の一つすら伝えることなく自身の保身に走っている」


 嗚呼――……その通りだな。

私は彼女に謝らなくっちゃいけなかったんだ。

……謝った所で、決して彼女は生き返る事は出来ないし、私の罪もなかった事にはならない。


……けれど、私が心ちゃんに対する想いとか、今までの感謝とか、ごめんなさいとか――……

そういう気持ちを伝える機会にすれば、少しは彼女の心も救われたのかもしれない。

例え、それが私の想い込みかもしれないとしても――……


 首をお切り!首をお切り!


 叫ぶ女王の声が聞こえてくる様。

ワンダーランドに彼女は君臨し、首をお切り!と片っ端から裁いているけれど――……

もし、彼女を裁くとしたら……その相手は誰なのでしょう……?


 にやり、とチェシャ猫の様なにやにや嗤いで真言ちゃんは答えた。


「人としては最悪で嫌悪しかないけれど――……

魔術師としての私からは、君は最高の逸材だ、ありがとう。」


 そう言うと、彼女は何を言っているのかすら理解出来ない言語を語り始めた。


「……何を……しているの……?」


 にやりと彼女は嗤うと、こう言いました。


「何故、私が魔術師になったと思う?」


「……?」

言いたい事が分からず、眉を顰める。


「そう眉を顰めなくていいさ

難しくない、シンプルな答えだよ」


「……叶えたい願いがあったから?」


「その通り

けど、願いを叶えるのは無償ではないし、こうやって対価が居る訳だ

初めて、今と違って拙い技術で”彼”を召喚するにはどうやら不十分だったようで――……

一瞬だけ、現れた――……

幻視自体は確かに成功したんだよ

……けれどね、その一瞬だけさ」


 真言ちゃん、何が言いたいの……?

そう言おうとして、最早既に呼吸をするのすら精一杯な私は、言葉にする事が出来なかった。


「どうやら不十分だったのは材料でね……つまり

君の様に欲深く自己中心的で黒い魂が必要だったわけさ」


 そう言うと、彼女は木の棒の様な杖を取り出して天高く掲げた。

それは丁度、ウェイスタロットの、Ⅰ:魔術師のポーズの様に。


 彼女の作った祭壇は元より、私と心ちゃんを……

あの世の人間と、この世の人間を繋げるためのものではなく――……


 始めから、彼女の為の祭壇だったのだ。


……意識が――……遠のいていく――……

真言ちゃんが何か喋っているけれど、私は既に、その言葉を最後まで聞く事は出来なかった。


 「私が会いたかった貴方(悪魔)は――……」



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