生き甲斐とは貢ぎ褒めることである
「ヒメラールのガラを煮詰めるだろ。香味野菜はタマソロ、ネーギル、セロット、ここに多めの薬草。割合は回復薬グレードライトを作る時と同じだ。癒しの効果が上がる。先に少し火で炙っておくのが、より良いな。ここまでできたら、一度越して、これがスープの素。これを固める為に、貰った素材の中にあったゼラチヌを使う、割合は3パーセント、冷えて固まったところを刻んで、半分はここで凍らせる。あとはトマロを切ったもの、オクラットで粘りを出して、塩で簡単に調味したものとあえて、硬質のコギムで作った一口サイズの小さな筒状のものを茹でてから、一緒に入れておく。ソシの花で作ったサラダを隣に添えて、そうだな、今日のデザートは、ビートの魔虫から採取した樹液を使った焼き菓子と、マルク牛のヨーグルトにしておこうか」
厨房に立った俺は、イザベラから貰った素材を手早くわけていく。それを見た緑の髪の少年は、品質がどうだああだとブツブツと呟きながら素材を物色し始める。
「んじゃあ余った他の素材はまた俺が貰っていいんだな?ゼラチヌ全没収は腹立たしいが……今度採取に付き合えよダン」
「勿論だ、あとは研究に回してくれ。それと薬草類をもうちょっと融通してくれ。端でも構わん」
「はあ。回復薬グレードライトに使うものをなあ。たかが飯に?本当に俺には理解出来んよ」
「そう言うなら味見はナシだな」
「いや研究の一環だから、俺には食べる義務がある筈だ。薬草を管理しているのも俺だ」
偉そうな顔で胸を張る少年、こと、俺の専属魔術師のミラジオは、どすんと椅子に腰掛けた。
「無論、イザベラ嬢と同じメニューを要求するぞ」
「はああ……なんで俺が飯なんか作らなきゃなんねえんだよ」
「昔の記憶の世界とやらでは、作るのが仕事だったんだろう?なんの苦がある?」
ミラジオは心底不思議そうに首をかしげた。
防護性の高い布で居られ、裏面には大量の魔法陣が刺繍されたローブを身にまとっているが、よくもまあそんなダラダラとした服が着れるものだと俺はいつも感心する。手元まで袖があると邪魔なのだが、ミラージュや、この世界の魔術師という者は皆そうだ。最早貴族がそうだと言ってもいい。
「男の為に作るのは楽しくねえだろ」
「だから愛想を振りまく女好きなどと侮辱されるんだ」
鼻で笑ったミラジオに、俺は手招きをする。ミラジオは意図を察し、折角腰を落ち着けたのになあと文句を言いながら俺の前に立った。
「体調は?」
「悪くない」
「触るぞ」
「ああ……飯の匂いが凄い」
「作ってたからな」
俺の腹ほどまでしか身長が無いミラジオと同じところまで体を屈めて、額に額を当てる。首の後ろに手を添えて、そっと魔力の流れを探る。
ミラジオは、魔女から産まれたとされる忌み子だ。
忌み子は、気まぐれに魔女が男を誘い、魔力を豊富に含んだ男児を産み落とすので、数年に1度ほど存在が確認されており、また必ず、産み落とされるのは男と決まっている。この世界では見つけたら殺すか、実験体として拘束するかの二択しか存在していない。
魔女に厄介払いされ、ボロボロになった姿でも忌み子とすぐにわかる理由は、その瞳である。雪のように白いのだ。それが気味が悪いと、皆に嫌悪されている理由でもある。また瞳の色だけは変装することもできないので、今まで見つけられた忌み子は殆どが処分されていた。
地方の領地に出向いた数年前に、俺はミラジオを拾った。以来文字通り囲っている。屋敷からは殆ど出していない。ここ最近は、ミラジオ本人が瞳を隠す魔道具を作り、また俺自身がこいつは陽の光にあまり強くないんだ、と虚弱な少年アピールをして回っている為に、時折素材を取りに出かけたりはするが、それでも数ヶ月に一度程度。
忌み子の凄いところは、おおよその世界中の知識と、豊富すぎる程の魔力にある。魔女の脳みそをそのまま引っこ抜いてきたようなことまで知っている、反面、性格がたいへん難儀なものだという。忌み子が普通の人間の通り、性格は成長と共に形成され、従順であれば、世間的にも重用されただろうが、生まれてすぐから知識を持つが故に癇癪持ちであったり、動物、人を殺すことが趣味だとか、何を教えていなくとも常識で考えると駄目な方向に傾倒してしまうようだ。
「朝起きてから何か変わったことは?」
「……ああ、温室の植物が、歌っていたぞ」
「ミラジオの魔力の影響か……」
「前にお前が歌ってくれた歌だ。今度は楽器で聞かせてやれ。きっとそのままの音色を奏でてくれるに違いない」
ミラジオも、性格が変なやつである。俺に傾倒しているのだ。というのも、それには明確な理由があった。
ミラジオ曰く、忌み子自体が、世界の殆どの知識を持っているがゆえに、日々の退屈さに耐えきれないのだという。だから俺が持つ前世の知識を含めた発想には目からウロコで、ミラジオが興味を惹かれるようなのだ。毎日の会話、自分の研究への支援、素材の提供、俺の提案や、この飯作りもまた含まれる。
俺自体が、この世界では異端な料理の作り方をしているので、ミラジオはその根本的概念を使った薬剤研究に、特に熱を入れていた。今は、イザベラからの素材が嬉しくて仕方ないらしい。管轄する領地の都合もあるので、イザベラの素材は俺も手に入れられないものが多いのだ。
「魔力の流れに問題はなし。現状に不満はあるか?」
「お前の血液が欲しい」
「却下だ」
感情の乱れは魔力に顕著に出る。ストレスがたまると、魔力が豊富なミラジオには魔力溜まりが出来るのだ。これは生活を送る上でも、戦闘をする時にも大変な弊害になるので気をつけなければならない。魔法とは、己の精神で作用するものだからだ。無闇な暴走を避けるには、毎日面倒でもチェックしてやるのが一番手っ取り早かった。
「前々から言ってるだろうに、まったく。なら体液で構わん。精液か唾液を寄越せ」
「汗の染み付いたシャツなら渡せんこともないが」
「いらん」
何が違うんだよ。
不可解だと顔に出せばミラジオは口角を上げて言った。
「代わりに添い寝を要求する」
「両手両足の拘束それから猿轡をしてくれるなら構わんぞ」
「そんなもん朝には息絶えとるわ!」
馬鹿かお前は!と怒られてしまった。しかしこの少年、放っておく問題行動を起こすのだ。寝ていれば勝手に唾液を採取するし、朝起きて股間に顔を近づけていた時は絶叫した。俺は寝込みを襲われるのに慣れている方だが、少年を陵辱する趣味は無いのだ。
「何もしないな?よからぬ事をしたら、今後お前の飯から甘いものを抜くぞ」
「しない、絶対にしない、だから寝ろ」
「誤解を招くから頼むから言い方には気をつけろよ」
考えといてやる、と頷いたミラジオはどこか嬉しそうに笑った。そのままぎゅうと抱き着いてきた。
ミラジオは、今8歳である。知識は豊富だが、年齢相応に甘えたな年頃なのだ。俺は10の頃には既に身長が高い方だったので、親のような気持ちでミラジオに接している。が、ミラジオが度々誤解を招く言い回しをするので、使用人の間でダグラスは男色だきゃあきゃあと噂されているので、どうかもう少し自重して欲しい。
ミラジオの顔立ちは少しキリッとしており、魔女と性交をした、ミラジオの父はグランクヴィストの家系だろうと俺は推測している。だから物は言いよう、遠い親戚でもまかり通るし、瞳の色から忌み子であることは屋敷の皆が知っていた。拾ってきてコソコソ育て始めた頃は反対もされたが、懐いてる様子から、ここに住まわせることにも今は異論がないし、使用人も何かとミラジオの面倒も見てくれているから、ミラジオだってその豊富な知識を屋敷の皆に与えることを惜しまないのだ。確かに忌み子は危険因子だが、ここは天下のグランクヴィスト。使用人も須らく体術を極めしバーサーカーである。子供一人に遅れは取らないと全員に言われた。じゃあなんで反対したんだよって国にバレると面倒臭いからだそうだこの脳筋家系め。
そんなウィンウィンな関係の中、忌み子の特異性だけはあまり知られていないので、ミラジオが俺についてまわったり俺の寝台に上がってきたり俺の体液を欲しい発言したりということに対して、俺が、周りからミラジオを誑かしたと思われているのである。誤解だ。果てしなく誤解だ。
いつか瞳の色を変えてやるぞとミラジオが意気込んでいるので、屋敷の外で素顔を晒す日も近いだろう。
その時にはちゃんと俺離れして欲しい。その時まで俺に隣に居ろとかホントやめて欲しい。外の世界を見て、なんか可愛い子を捕まえてきて欲しい。専属魔術師は解いてやることはできないが、グランクヴィストの敷地の中で家庭を持つのは構わない大賛成である。
ぐしゃぐしゃとミラジオの髪をかき回し、俺はバスケットの中に料理を詰め始めた。
***
「ご機嫌麗しゅうイザベラ嬢!本日のの貴女も美しい。晴れやかな空の下、イザベラ嬢の髪が鮮やかに景色を彩っております。凛々しくあられる様はまさしく私の理想の女性に他なりません、この光景に出会えたことにまず感謝を、そして言葉交わすことができることに喜びを申し上げたい」
休みの日、剣の指導にとアゴスティ宅に訪れた俺は、高く結い上げたポニーテールにクリーム色を基調にした狩服という出で立ちのイザベラ嬢に挨拶をする。
ぶっちゃけドレス姿も好みだが、貴族の女性の運動する時のこの狩服はたまらんのだ。背徳的な感じが。しかもイザベラ嬢はポニテ似合いすぎだ。揺れてる真紅の髪に映える、アメジストの瞳には屈服せざるを得ない。
公爵家の生まれなので舐められない為に身につけた貴族的な言い回しは本当にフワフワとした伝わり方で煽ってるのかと確かにイザベラ嬢も勘違いしそうなものであるが、直訳すると今日も美しいやんけ、である。
「あら、おはようございます、グランクヴィスト卿。そのような台詞は頬までも赤く染めてしまいますので、遠慮なさってとこの前申し上げました筈ですが……お耳が遠くていらっしゃるのかしら?」
対してイザベラ嬢は容赦がない。頬までも赤く染めて、とはまあ照れるんやで、ぐらいのニュアンスであるんだが俺に苛立ちを抱いているイザベラ嬢語録から言わせると怒りで顔を真っ赤にする方の頬を赤く染めてである。この前ナインツに言われるまで素で前者を信じていたが、改めて観察すると、社交用の鉄仮面のイザベラ嬢の笑顔から、冷ややかなオーラが漂う!しかし俺はめげない。
「私がイザベラ嬢のお言葉を聞き逃す筈がございません。このダグラス、確かに拝聴致しましたが、イザベラ嬢に日々魅了されるばかりで抑えが効かないのです。男の悲しき情かな、どうかお許し下さいませんか?」
「残念ながら、そのお言葉は聞くことが叶いません……わたくし、とても恥ずかしがり屋なのですわ。朝のこの時間も、グランクヴィスト卿にとって煩わせるものであろうことはわかっております。わたくしはグランクヴィスト卿の負担にはなりたくないのです」
頬に手を添えて困ったように微笑む麗しの女性。推しがとにかく可愛い。前世で見た数多の美女の中で一番の美貌、しかも今世では喋れるのである。褒めたくなってしまうのも仕方が無いだろう。公爵家という仮面さえなければ、俺はめっちゃ好きです美しい綺麗たまらないと直喩で言っていたに違いないのだが、この世界そういう品のないことをすると、格がどうだああだと言われてこれだから脳筋はと捨て台詞を吐かれる要因になる。
「それはそれは、女神のようなお心遣いに深く感謝致します、ところで本日のお昼ですが、こちらをご用意致しました。後で召し上がれればと思います。それでは本日も柔軟から始めましょうか、イザベラ嬢、お手をどうぞ」
スーパースルースキルで華麗にイザベラ嬢の言葉を交わし、バスケットを側仕えに渡す。いやイザベラ嬢を褒めることは俺の生きがいだから。ハイデリヒの婚約者だった時は表立って言えなかったんだから、こちらとら色々溜まっているのだ。確約で言わないなんて言ってやるものか。
案の定、イザベラ嬢は口元を隠す扇も狩服の時は持っていないので、エスコートの為に差し出した手を握った彼女の微笑むために上げられた口角は、苛立ちからかピクピクと動いていた。
ミラジオ・グランクヴィスト
8歳 深緑の髪に白い瞳
予想外の発想、また過去の記憶を持つダグラスに関心がある。ダグラスは身体能力が高く、魔術への素養もグランクヴィストの家系では特異的なものから、その体に秘密があるのではと考え、体液や血液を強請るがこれは全くの見当はずれ
イザベラのことをパトロンか何かだと勘違いしている
ミラジオ本人は全属性持ち