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護衛騎士ダグラスの婚約

「――以上の証拠より、イザベラ・ユーブ・アゴスティに厳罰を与えるべきと判断し、五年間社交界への出席を禁止とする」


 無垢なまでに白い神殿で、鮮やかなドレスを身に纏った女性が膝から崩れ落ちた。

 バルーン状に膨らんだスカートが床に頬を撫で付ける。驚愕に見開かれた紫の瞳は、普段であれば力強く他者を見詰めるアメジストのそれであるが、今ばかりは、流石の彼女も動揺で虹彩を反射させるに留め、薄い唇を少しだけ開けているのみだ。あ、と声にならない声がわずかに漏れ出し、らしくない悲哀の表情を滲ませる。声を発しようとしているのが見て取れたので、直ぐ様、俺はその喉元に鞘を突きつけた。神殿で抜刀は許されていない。外であれば、王族に反抗すべき素振りを見せた時点で、剣身が喉元に迫るのだ。

 わなわなと、何かを言いかけた唇を、イザベラは耐えるように引き結んだ。


「まだ未成年の君のしたことだ。目を瞑って、家への処分は見送った。五年間、世迷言を口にせず、誠実に生きることに専念するように」


 仕方の無い子供に言い聞かせるような軽い口調で、第一王子であるハイデリヒ・ギルガ・レイバーバーグはイザベラに告げた。俺は洗練されたハイデリヒのその横顔に、そっと目を伏せる。

 五年間の社交界への出席の禁止というのは、貴族の通う王立学校を卒業し、成人を目の前にした十五歳においては、結婚を諦めろという事に等しかった。貴族の女性は皆、遅くとも十八までには必ず婚約をしている。十九になっても独り身で居るのは、よほどの変人か、そもそも婚約をする気の無い、仕事を第一に置いた人間だけだ。


 それが、二十になってやっと社交界に顔を出せるようになるのである。いくらイザベラが他の令嬢よりも優れているとしても、行き遅れた令嬢には、相応の理由があるのだろうと誰も見向きはしない。まして、王子から言い渡され社交界に出席を禁じられていたとなれば、尚更相手など見つかるはずも無い。あるとすれば妾になるという未来のみだ。レイバーバーグ家が王族を担うこのミュラキスハルツでは、女性を太陽、男性を月と形容し、互いに対を成す形を取る一夫一妻に重きが置かれている。故に、妾という存在への侮蔑の感情というのは国民全員に共通して強く存在していた。プライドの高いイザベラには、到底耐えられないだろう。


 青白い首に当てた鞘は、俺が動かしてもいないのに小刻みに震えている。


 ハイデリヒはそんなイザベラの様子にそっとため息を吐き、心底面倒そうな顔でジロリと俺を睨む。お膳立てはしてやったのだ、そう言うかのようにクイと顎を俺へと軽く上げて見せた。

 ――この、時を何度渇望したことだろうか。

 俺はつい緩んでしまう頬を引き締めて、鞘を腰へと仕舞い、呆然と真白な床を見詰める彼女の隣に跪く。


「――――イザベラ孃」


 ゆっくりと上げられた化粧映えのする顔。神々に与えられたかのような美しい造形美は、未だ現実を直視できずに虚ろなアメジストの瞳を濁らせていた。ウェーブがかった真紅の髪がはらりと肩から滑り落ちて行く。女としての魅力をこれ以上なく磨いたイザベラは、他のどの人間よりも美しいと思う。神殿で崇められる女神よりも、王子の新しい婚約者である聖女ロレーヌよりも俺の目には美しく映る。


 俺は彼女の前に手を差し出した。

 護衛騎士が嵌める白い手袋の皺をほどくように、曲がっていた指を伸ばす。


「私――ダグラス・ゼパル・グランクヴィストと、婚約して頂けませんか」


 驚愕に満ちた表情が、初めて、俺へと向けられた。

 何を言っているのか、全く理解出来ないという顔だった。揺らめくアメジストに、生気が宿る。困惑しているようだった。

 俺は差し出した手でそっと、自分の身体を支えている、彼女の細い手を取った。荒事を知らぬ手だ。人に命令し、苦労を知らぬような、美しい手だ。

 彼女は頷こうとはしなかった。それでいい。利害を考え悩む素振りが見て取れる。


 屹然とした態度で、彼女が口を開こうとしたその瞬間、ハイデリヒが透き通った声で言った。


「御心を震わせよ、イザベラ孃。私の信頼する筆頭護衛騎士のダグラスならば、公爵の地位は揺るがぬぞ」


 その、言葉に彼女は文字通り固まった。何に替えても手に入れたく、好いていた人物からの、突き放すような台詞は、どれだけの茨で心の臓を締め付けた事だろう。気強く睨もうとしていた視線が少しばかり下がる。表情が読み取れないほどに、薄らとした冷気を纏ったイザベラは、きつく唇を引き結び、観念したように吐息を吐き出した。



「――――お受け、致します」







 俺こと、ダグラス・ゼパル・グランクヴィストには、産まれた時から前世の記憶が存在していた。

 前世の俺には、妹が居た。名前まで詳しいことを思い出せないのは、それが必要ではない知識だったからだろう。自分の名前だって、いくら頭を捻ってもわからなかったのだ。

 しかしながら、妹が楽しげに遊んでいた携帯ゲームの内容だけは、鮮明に覚えていた。それが何故なのかというと、今現在俺が生きているのが、そのゲームの世界だからである。


 ダグラス・ゼパル・グランクヴィストは妹の気に入りのキャラだった。ダァダァと鳴き声を上げる最中、ダグラス、呼びかけられたその名前に、俺はぞわりと鳥肌が立つような思いをしたものだ。

 思い出の中の妹は、引っ込み事案だからか、はたまた、携帯ゲームというよりは乙女ゲームと名のつく少し人を選ぶゲームだからか、他人に話しにくかったのだろう。年子である俺に、延々とダグラス・ゼパル・グランクヴィストの魅力を語っていたのである。ダグラス様、ダグラス様、ダグラス様、繰り返される名前に、赤ん坊の俺は前世を思い浮かべてよく泣いたことだ。


 おかげさまであまり容姿は覚えていないが、ダグラス・ゼパル・グランクヴィストがどんな男でどんな魅力があるのかを知っていた。


 グランクヴィスト家は公爵の位を持っていた。

 ミュラキスハルツには他の貴族を纏める、四つの公爵家が存在している。その内の一つが、グランクヴィスト家であったのだ。ダグラスはその家の長男であった。


 しかし、ダグラス・ゼパル・グランクヴィストは、男前かつ爽やかな顔立ちで嫌味の無い外見とは裏腹に、女嫌いという性格を持っていた。何でも遺伝子で受け継がれた顔の造形に、子供のあどけなさが形を潜め、男らしさが垣間見えてきた十の歳の時に、新しく家にやって来た家庭教師に襲われてしまうのだ。

 正確には、トイレから帰る途中に出くわし、眠れないから少し話をしようか、という流れで夜這いをかけられてしまう、一夫一妻が推奨されるこの国では中々に奇特な事案であった。よほど幼少期からダグラスが魅力的なのだと記憶の中の妹が語っていたが、どうやら、ゲームでのダグラスはその一件を境に、女性への不信感を募らせていたらしい。


 グランクヴィスト家は代々騎士団の重職を担っており、現騎士団長は俺の父親であるし、副団長、参謀全てにグランクヴィストと繋がりのある者達が選ばれる程の武闘派の家だ。これらは決して権力で成り立っているのではなく、れっきとした、実力での選抜だった。


 グランクヴィスト家は親戚を合わせ、兎に角強かったのだ。ダグラスとして生まれた俺には、しかと理由がわかる。幼少の子供にやらせるような事じゃない訓練を平気で強制するのだ。親戚連中、誰もそれを変だとは思っていない。寧ろ誰が一番早く出来たなどと張り合ってくる始末である。おかげさまで、メキメキとグランクヴィスト家の連中は強くなっていったのだ。


 他の公爵家なら厳重に警備が敷かれているので、子供には常に側仕えや護衛が付きまとい、そもそも夜這い事案など発生する筈も無いのだが、実力主義のグランクヴィスト家では、自分の身も自分で守らなければならない。

 護衛という概念が存在しなかったのだ。だからダグラスも幼少期から自立した生活を送っていた。流石に帯刀していたわけではなかったが、武器はすぐに取りにいける所にあった。体術も、その歳で充分に精通していたようだ。

 しかしながら、ダグラスは夜這い事案を防ぐことが出来なかった。考えてもみろ、男とばかり剣で打ち合っている奴が、危害を加えない、守るべきと教えられている女にのしかかられるのだ。優しい押さえ込み方も知らぬし、抵抗という抵抗もできず、戸惑うばかりだろう。悪意だってそこには存在しないのである。残念ながら、年上から向けられた好意に怯えて縮こまったゲームでのダグラス・ゼパル・グランクヴィストとは違い、俺には前世の記憶が薄らと存在していたので、女性からの誘いは棚からぼた餅とばかりに、夜這い事案を堪能したわけだが。


 その時点では勿論精通もまだだったので、本番とまではいかなかったが、現在齢十八、夜這いされた回数は合計六回であった。毎度人が違うのが、中々俺がモテる容姿だということを表している。


 しかし、これをゲームでのダグラス・ゼパル・グランクヴィストに置き換えても見て欲しい。自立できそうな頃に手練の女に襲われ、重ねて、その後も女に襲われ続ける。

 絶対にトラウマである。女嫌い所ではなく、女という存在に警戒するレベルである。

 なのでゲームでのダグラス・ゼパル・グランクヴィストの台詞は、主人公に対して終始辛辣なものであった。関わるな、触るな、口を開くな、黙っていろ、と公爵の地位を利用した命令口調である。ゲームでのハイデリヒはそんなダグラスをクスクスと笑い、窘めつつも、少し気の毒に感じていたらしい。妹によると、ハイデリヒはいつもダグラス・ゼパル・グランクヴィストをフォローする役に徹していたようだ。



 さて、ここで察したかもしれないが、主人公、というのは、現在の世界、つまり俺が生をなしたダグラスでいうところの、ハイデリヒの婚約者、聖女ロレーヌの事を指す。


 聖女ロレーヌは、隣国の姫である。

 王立学校へと編入してきたロレーヌは、あえてその身分を隠し、隣国からやって来た公爵令嬢として慎ましく貴族社会に溶け込み、勉学を学び、信頼を築いていくというストーリーを展開する。

 勿論、ゲームでのダグラス・ゼパル・グランクヴィストは極度の女嫌いであるものの、聖女ロレーヌには次第に心を開いちゃったりなんかするのである。女は無理、女だけとは関わらない、とハイデリヒに愚痴を零すダグラス様可愛い!と妹の賛辞が飛び出していた過去を思い出し、俺は安直なダグラス・ゼパル・グランクヴィストに呆れたものだ。


 どうやら、ダグラス・ゼパル・グランクヴィストは、女嫌いと言いつつも、屹然とした女が特別に駄目なようだったのだ。最初こそ警戒心を持ってロレーヌに接していたものの、兎のような愛らしいロレーヌに、次第に騎士という家柄の遺伝子のせいか、守りたいという気持ちでいっぱいになるのだという。そのダグラスの心境の変化が、ダグラスファンにはたまらんらしい。


 二度目だが、残念ながらそんなダグラス・ゼパル・グランクヴィストはこの世界に存在しない。ここでのダグラス・ゼパル・グランクヴィストとは六度の夜這いを寛容に受け入れた俺である。女は全然嫌いじゃない、ウェルカムだ。


 故に、この世界のハイデリヒはフォローに回ること等無く、俺に対しては全く優しさというものを持ち合わせていなかった。俺の性格が粗雑だったからかもしれないが、ゲームでは裏表がなかった筈のハイデリヒは、この世界に置いては二面性

発揮し、周りへはニコニコ王子様顔で、反対に、素は非常に悪どい顔をするのだ。何かと器用で、容量が良く、人が見惚れる容姿のせいか騙される者が多いし、ハイデリヒの護衛を任されている、幼馴染の俺と、この場に護衛として存在するまたもう一人の公爵家出身の者にしか、笑顔に隠された思惑には誰も気付かない。顔を使い分けるのは悪い事では無いが、妹に聞いていたゲームとは随分と違うものだなと俺が言うのも何だがちょっと思った。



 ミュラキスハルツに置いて、公爵家は幼少期から王族と関わることのできる権利を持っている。


 グランクヴィスト家がそうであるように、イザベラのアゴスティ家も例外では無い。王族であるレイバーバーグ家は、第一王子であるハイデリヒと、アゴスティ家の長女として生まれたイザベラを、年が三つしか離れていないということから婚約者にと考えていた。小さい頃から周囲の認識というのは、自然と子供の成長に繋がるものである。

 イザベラは婚約者に相応しく、との言葉を覚え生きてきたし、レイバーバーグ家からの正式な申し込みもあり、幼き頃から、イザベラは自他ともに認める、ハイデリヒの婚約者であった。


 そうして周囲から色々と吹き込まれて育ったイザベラは、高飛車な女に育った。屹然とした態度、最早女王様と呼ばれるに相応しい悪役の笑み、生まれた時から勝ち組、またそれに相応しい努力に、誰に劣るわけがなかろうという余裕は、高笑いさえ聞こえてきそうなものだった。この国において高笑いは品がないとされているので、オーッホッホッホと実際には聞こえないが、俺の脳内では良く不敵なイザベラの笑みはそれに変換されていた。


 そんなワガママ女王様に育ったイザベラは、王立学校で編入して来たロレーヌに対して、非常に辛く当たる。

 王立学校は自宅から通う学園のことを指す。故に、ロレーヌとハイデリヒの学年が被ったのがたったの二年だけだったとしても、研究が好きなハイデリヒが王立学校に所有している研究室に訪れることによって、ロレーヌは卒業まで延々とハイデリヒと会話することができるのだ。


 これにはまず最初の二年のうちに、ハイデリヒの目に留まるイベントを起こして置かなければいけない。


 と、まあゲームではそういう設定になっているが、片や現実的に国に仕える俺からしてみれば、隣国の姫にハイデリヒが目を留めぬわけが無いのである。この世界のハイデリヒは優しい優しいハイデリヒではなく、ハイデリヒと俺、そしてもう一人の幼馴染である公爵家、ユーラルディア家の長男のナインツ・サルド・ユーラルディアを諜報員として使い、ロレーヌの事情を知り、こちらから近付くのである。

 それは善意ではなくハイデリヒの打算だった。ハイデリヒは面白いものが好きだ。そして若干Sなところがある。ロレーヌの兎のように愛らしい外見に対して、王子様のような笑みを振りまきながら、深く接触して隣国の情報を引き出そうとしたのである。ハイデリヒは初めの二年、権力をフルに活用しロレーヌを呼び出しまくった。そこで露見したのが、ロレーヌもまた、ハイデリヒ同様に面白いものが好きな性格だったということだ。


 なんとロレーヌ嬢は、身分を隠して虐められるのも一興よね!という意気込みで王立学校に編入してきたようだ。たいそうな変人である。

 ゲームの時、ロレーヌが来た経緯だとかをダグラス関連の事しか喋らない妹が話すわけもなく、取り敢えず変人のロレーヌと二面性のあるハイデリヒは意気投合してしまったのだ。

 そこに、腹を立てるのは勿論ハイデリヒの婚約者であるイザベラ嬢である。

 牽制するイザベラはまさしく悪役だった。ロレーヌ嬢と同学年でハイデリヒには見えないのをいい事に、ロレーヌ嬢へ様々な嫌がらせを実行するのだ。しかしそれに負けるロレーヌ嬢ではない。ハイデリヒに出来事を報告する度に、鼻息荒くイザベラ様の罵りはたまりませんわ!であった。


 

 俺個人としては、実は前世の記憶から、イザベラに一目惚れしていたので、ハイデリヒとロレーヌ二人の仲が親密になるのは大歓迎だった。燃えるようなアゴスティ家の緋色の髪は、どんな武人よりも凛々しく、高飛車なその振る舞いに、冷たいアメジストの瞳に射抜かれると心臓が早鐘を打つ。ロレーヌ視点のスチルで、度々登場するハイデリヒの婚約者、イザベラ、というキャラクターは、俺が前世で見たどんなキャラクターよりも、魅力的だったのだ。

 

 ハイデリヒに自分の婚約者だとイザベラを紹介された時も、まだあどけない頃のあの可愛いイザベラに鼻血を抑えるのに必死だった。


 ナインツとハイデリヒには人の婚約者によくもまあ、と呆れ気味に節操なしのレッテルを貼られているが、好みは好み、それはそれ、これはこれである。


 妹から一体何が起きて、イザベラが婚約者の地位を手放すのかを知っていた俺は、早々にハイデリヒに、客観的に見て何かが起こった場合は、正当な処罰をイザベラにお与え下さいと進言してある。ゲームでは、イザベラ本人のみの処罰ではなく公爵家ごと地位を落とす羽目になり、イザベラは罪を償うために修道院へ放り込まれる所まで行くらしいのだが、俺はそんなことはさせまいとイザベラにちょっかいをかけては、重罪と扱われるものからの関与を避けさせていた。そうして掴み上げた、婚約者解消、後の決定的な社交界への五年間の出席禁止、という若干生ぬるい罪は、俺の理想通りのものだったのである。


 アゴスティ家は、娘に酷く甘いのだ。

 この件でもイザベラを責めることはせず、そして適齢期にハイデリヒに次いで権力を持っている俺からの婚約を、娘の為に快く受けてくれた。あの場面でイザベラが了承せずとも、既に話は纏まっていたのだ。


 しかし俺はずっとイザベラが欲しかった。その情熱を伝えずして、結婚など、できる筈もない。言葉無くして関係は成り立たないというやつである。だからこんな茶番のような真似を仕組んだのだが、ハイデリヒには面倒臭いとしか感じてもらえず、ナインツにはちょっと引かれた目で見られている。全く心外である。


「では、ハイデリヒ王子。私はこれより、護衛から離れ騎士団の任に就きます。今まで有難う御座いました。私の代わりに、護衛騎士には騎士団の副団長が入る手筈となっておりますゆえ、御安心下さい」

「第一王子の護衛騎士という花形の役職から清々しく去っていくやつがあるか。……僕からそう簡単に離れられるとは思うなよ、ダグラス、君は永遠に僕の護衛騎士に決まってるだろう……?」

「大変喜ばしいとは言い難いですけれど、わたくし、ダグラス様とイザベラ様のこれからが楽しみで仕方無いのです。こんな事を言ってしまうと、また平手打ちをされてしまいそうですけれども……はぁん、あの感触、また味わいたいものですわ」


 ニコニコと笑いつつも冷ややかな眼差しで俺の腕を握るハイデリヒに、その隣でいつくらったのかイザベラの一撃にうっとりと頬を染めるハイデリヒの婚約者であるロレーヌ。ハイデリヒとは昔から護衛騎士とその主君の関係であるが、イザベラを娶る以上、自由時間を削られる護衛騎士など御免である。ハイデリヒはそれを想定していなかったわけではなかろうが、いざこの場になって、俺が笑顔で言うと非常に機嫌が悪そうだった。

 

「念願叶って、何より、とは、言うべきではないな」

「親友の願望が叶ったことに、喜んではくれないのか?」

「ハァ……ダグラス、君も顔だけはいいんだけど、どうしてこうも、ミュラキスハルツの未来を担う若者は、性格に難があるのかな……。マトモなのは私だけじゃあないか」


 額に手を当ててヤレヤレとナインツが肩を落とす。

 俺はおどけてみせると、励ましの言葉をナインツに向けた。


「ずっと欲しかったから仕方の無いことだ。知ってると思うが、これ以外には俺は全くの無欲な男だ。いつかお前にもそういう相手が現れたら、出来る限りで協力するつもりだ、だからどうか許してはくれないか?ちょっと今は機嫌は悪そうだが、ハイデリヒの手綱を取れるのも、お前と、ロレーヌ嬢だけだ。ハイデリヒを頼むぞ、ナインツ」

「まったく…………君は中々に苦労することを言ってくれる。ああ、任されたとも。……さて、麗しの姫を手に入れた君だが、勝算はあるのか?君はイザベラ嬢に特に嫌われていただろう?」


 ナインツの言葉に、俺はニヤリと口角を上げた。


「猶予は長いからな。五年もあれば、振り向かせてみせるとも。いや、メロメロにさせてみせる、か。人前で腕を組めるぐらいにはなりたいもんだな」

「…………思ったよりのんびりしてるんだな。君はどちらかといえば身体が先行するタイプだと思っていたが……、逆に手綱を取られるようなことがないように、祈っておくぞ、ダグラス」


前世から惚れてた変態が漸くスタートラインに立ちました。

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