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異世界で侍女やってます  作者: らさ
第1章
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第9話

 早朝、部屋のドアが小さくノックされた。

 返事をすると外から「ハナさん、約束の体術を教えてください。鍛錬場で待ってます」とツイルさんの声がした。

「ふぁい」

 私が眠たげに声を返すとドアの前から足音が遠ざかって行った。

 まだ、夜明け前だよ。約束はしたけど、こんなに朝早いとは思わなかった。こんな時間から鍛錬なんて部活かよ。執事なんだからそんなに鍛えなくてもいいだろうに。

 私はため息と共にベットから抜け出して、ツイルさんが用意してくれた動きやすい白シャツと黒ズボンに着替えた。サイアスさんの弟さんの少年時代の服らしい。


 部屋を出て階下に降りると、マリーネさんと鉢合わせた。

「あら、お早いですね。どちらへ」

「うん、ツイルさんが鍛錬場に来て下さいって」

「まぁ、さっそくですの」

「かなりの武術バカですね。鍛錬場ってどこにあるんですか」

 私はマリーネさんに案内してもらい目的場所に着くことができた。


 鍛錬場はお屋敷の裏手にあり、ちょっと小さな体育館といった風情だった。ただ、床張りじゃなくて地面が剥き出しで、乗馬の訓練もできるみたいで障害物なんかもあった。すごいなぁ、ラインシート家。

 鍛錬場の中ではツイルさんと少年が剣の訓練をしていた。ツイルさんは眼鏡を外しているせいか、顔つきが険しく見える。訓練で乱れた髪も相まって別人のように見えた。こわっ。


「ツイル、お連れしたわよ」

 マリーネさんの呼びかけに、ツイルさんは動きを止めた。あぁ、私を見る目がランランとしてる。そんなに空手が楽しみなのか。

「あまりハナさんを困らせないでね。それとガルトの体力も考えてね」

「わかってますよ。では、ハナさんこちらへ」

 私はツイルさんの言葉に従って場内に足を踏み入れた。


「ガルト。挨拶を」

 ツイルさんは傍らに立つ少年に声をかけた。少年といっても私と同じくらいの年齢で、引き締まった体躯にすらりとした四肢をもつ立派な若者だった。ツイルさんが殆ど汗をかいていないのに彼の衣服は汗でしっとりしている。相当しごかれたんだろうな。仕事前なのにツイルさんて・・・・。

「ガルト・ボードです。サイアス様の侍従をさせて頂いております。母はこの屋敷で侍女長をしています」

「マリーネさんの息子さんなんですね」

「えぇ」

 そう言ってにこっと笑った人懐こい笑顔は、母親のマリーネさんにそっくりだった。



「そう、この蹴りは体幹はこう、軸足はこう構えて繰り出す」

「こうですか」

「そう、そう」

 さすが武術バカは筋がよかった。ガルト君もなかなか飲み込みが早く構えや突き、蹴り、防御などをスルスルと覚えていった。

 身体を動かすことは気持ちいい。空手を教えると、日本を思い出して落ち込むかもしれないなんて思いは杞憂だった。ああ、楽しい。武術バカのツイルさんがいてよかった。



「皆、早いな」

 鍛錬場の入り口で声がしたので振り向くと、サイアスさんが笑顔で立っていた。

「サイアス様! すみません、朝のお支度を」

 ガルト君が慌てている。訓練に夢中になりすぎて、サイアスさんの準備忘れちゃったのかな。私も夢中になって教えてたから・・・。

「すみません。サイアス様。私もつい夢中になって」

 私もガルト君とともに謝る。

「大丈夫だ。登城までにはまだ時間があるからな。ツイル、ハナの体術はどうだ」

 サイアスさんは苦笑しながら、ツイルさんに話しかけた。

「素晴らしいです! それぞれの技が、切れよく存在し、僅かな力で打撃力を増幅させる方法に富んで。技の種類も多くて、それらが組み合わされ調和することで・・・・」

 ツイルさんは恍惚とした表情で語り始めた。危ない人だ、この人絶対危ない。武術バカなんてレベルじゃないよ。サイアスさんもガルト君も生温かく見つめている。私もひきつった笑いを浮かべ続けるしかなかった。


「ハナは空手を教えることは辛くないか」

 サイアスさんが、私を見て少し表情を曇らせる。

「はい、大丈夫みたいです」

 意識して元気よく答えると、彼は少し微笑んで頷いた。

「では、ツイル、ガルト。剣の訓練だ」

「はい。ハナさん続きはまた後で」

 ツイルさんは、木剣をサイアスさんに手渡すと打ち合いを始めた。



「ハナさん、朝早くから疲れませんか。ツイルさんはその、かなりの・・・・」

 ガルト君が水の入ったコップを手渡してくれる。

「武術バカなんだってね」

 私の言葉にガルト君は苦笑する。

「なんで執事やってんだろ」

「眼があまり良くはないみたいです。そのせいで騎士学校に入れなかったって聞いたことがあります。組み合っている時はそんなの全然感じないんですけどね」

「そうなんだ」

 自分のやりたいことできなかったんだ。でも今、目の前でサイアスさんの剣の相手をしているツイルさんは立派な騎士のようで、目の悪さで不利になるなんてこと全くない動きをしている。剣の訓練、相当努力したんだろうな。



「女性に年齢を聞くのは失礼だと思うけどハナさんは、いくつなの?」

 ガルト君が聞いてくる。あぁ、興味あるよね。なんか年齢近そうだし。

「19歳だけど。ガルトさんは?」

 私が答えると案の定、ガルト君は少しびっくりしたようだった。

「17歳。ハナさんは僕より年下にみえたけど、違ったんだね」


「ツイルさんとサイアス様はどうなの」

 私も気になっていた年齢について情報収集することにした。外国人の年齢って顔じゃ検討つかないもんな。

「サイアス様が28歳で、ツイルさんが25歳だったかな」

 意外に年取ってるな。

「ふーん、二人とも結婚してないの」

「してない。サイアス様は伯爵家の長男なんだから婚約者くらいいてもいいんだろうけど。理想が高いのかな。ツイルさんは、あんな感じで仕事と武術大好きだしね。理解してくれる人が現れるかどうか」

「あはは」

 ガルト君の話につい笑いだしてしまった。だって、日本でもよく聞かれるような内容なんだもの。どこにいってもこの手の話は尽きないのかな。なんだか、この世界に急に親近感が湧いちゃったよ。

「次、ガルト」

 サイアスさんの声がかかると、ガルト君は勢いよくかけていった。


「なにを話していたんですか」

 水を持って私の傍に来たツイルさんの息は少し荒かった。

「ツイルさんの武術好きについてです」

 答えるとツイルさんは苦笑いして黙ってしまった。二人してサイアスさんとガルト君の打ち合いを見る。サイアスさんには全然隙がないけど、ガルト君は隙だらけ。そこを指摘して教えるようにサイアスさんが攻めていく。


「私は、武門の家、ホーネット家の長男なんですよ」

 突然話し出したツイルさんになんと返していいのかわからない。とりあえず黙って聞くことにした。

「父は、今は引退しましたが元帥職にありました。父は私にも続いてほしいと強く望んでいましたが、私の視力は騎士学校入学の規定に満たず入学できませんでした。すると父は手の平を返したように弟に期待をかけるようになったのです」

「・・・・」

「私は絶望と苛立ちから精神状態が不安定となり、城下で度々騒ぎを起こすようなりました。そんな時、サイアス様に出会ったのです。サイアス様は当時騎士学校を卒業したばかりで、城下の警邏隊に所属していました。この国では、新人騎士は貴族であっても城下や遠方の砦などに一時的に配属されるのです。サイアス様は他の警邏隊員とは違って、何度も騒ぎを起こす私の話をよく聞いてくれました。はじめはそれを胡散臭いと思っていたのですが、話しているうちに自分のことを本当に心配してくれていることに気付いたのです。サイアス様は、私の学生時代の算術や地理の成績が優秀であったことを知ると、ラインシート家の執事の職に就かないかと誘ってくれたのです。で、現在の私がいる。あの時から私はサイアス様のためにあろうと誓いました。あなたも、この屋敷にいる以上それをお忘れなく。あなたがサイアス様を害するようであれば容赦はしません」

 ツイルさんは、視線を私に向けた。その表情はすごく真剣で、瞳の奥からは彼の思いが伝わってくる。

「害なんてなしませんよ」

 ため息とともに返すと、ツイルさんは表情を緩めた。

「では、あなたもあなたなりにサイアス様に恩を返してください」

「勿論です。サイアス様には十分助けてもらってます。全力で恩返しするつもりです」

 私がニッとツイルさんに笑いかけると、ツイルさんもニッと笑って返した。

 ツイルさんといい、私といい、余計なもの(?)拾ったり、押し付けられたりするサイアスさんってなんだか・・・・。私はガルト君と打ち合っているサイアスさんに不憫な子を見る視線を向けたのだった。



 鍛錬後の朝食はとても美味しかった。

 でも、早起きのツケが来て朝食後から、マリーネさんの昼食の声かけまで熟睡してしまったのだった。

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