第3話
読んで頂きありがとうございます。
最後の方がサイアス視点となっております。
「ギフカド漁港までは馬で4日はかかる。途中1回は野宿しなくてはならないかもしれないな」
「はい。レイラさんに聞きました。リーズ河を下って行く方が早いけど、船の治安については十分じゃないから、馬での旅を勧めるって言われました」
私はサイアスさんの言葉に、昨日の昼間レイラさんから聞いたことを返した。
王都には、リーズ大河が流れており、各町や隣国の港への航路を持つ船が行き来している。船の多くは商人たちが物資の輸送に使っているけど、人を乗せることもあるらしい。でも、船の漕ぎ手や船員は男ばかりで荒くれ者が多いから、女子は乗船しないほうがいいってレイラさんに念押しされていた。
「サイアス様、準備が整いました」
ツイルさんが、旅の準備を整えてくれた。
彼は私が用意したものを見て「まったく、この程度の準備でよく出かけようと思ったものです」と溜め息をついていた。だって焦っていたんだもの仕方ないよ。
「では、出発しよう」
「はい」
エントランスには、ラインシート家のみんなが集まっていた。
マリーネさんや女性の使用人さんたちは不安そうな顔してたけど、私には不安なんて何一つない。だって、サイアスさんが一緒なんだもの。こんなに心強いことはないよ。
「お気をつけて下さい」
ツイルさんが、サイアスさんと私に剣を手渡した。
そうか、サイアスさんは今回の旅先が南方であることをすごく気にしていた。カテガル家の領地もあるから油断はできないんだろうな。自分の身はしっかり守って、サイアスさんの負担にならないようにしなくちゃ。私は、剣聖ダニエルから頂いた剣をしっかりと腰に佩いた。
サイアスさんはグレールに、私はエリンに跨って、ラインシート家のみんなに見送られて、お屋敷を後にした。何度か振り返ったけど、彼らは小さくなるまでいつまでも見送ってくれていた。
今回は、北方に出かけた時ほど寂しくはなかった。旅に慣れたっていうのもあるけど、サイアスさんが隣にいてくれるのが一番の要因だと思う。
南方への道は、北方への道とは違って比較的整えられていて旅しやすい。エリンも歩きやすそうで、私に伝わって来る振動も少なかった。
リーズ大河沿いの草原を淡々と進んで来て、そろそろ陽も暮れようとしているところに大きな湖が現れた。
「サイアスさん、サイアスさん。綺麗な湖ですね。なんていう湖なんですか?」
夕陽のオレンジ色が湖面に反射してキラキラしている。
「キビル湖だ。我が国で2番目に大きな湖だよ。ここで獲れるジアルのソテーは食べたことがあるだろう」
「あぁ! あの美味しい白身魚はここで獲れるんですか」
サイアスさんは笑いながら頷く。
うん、さすがサイアスさんは私のことよく分かっている。こういったことは食べ物と関連付けて教えてくれるとすぐに理解できるんだよね。
「湖畔に数件の宿があるから今日はそこに泊まることにしよう」
「はい」
私たちは、馬足を早めた。
湖畔の町はとても混みあっており、あまり広くはない中央広場にも人や馬が溢れている。
彼らの多くは、新年に向け王都で芝居する劇団員や大荷物を背負った商人だけれど、中にはゆっくりと時間をかけて地方に帰省する人たちもみられる。
馬を中央広場の馬房に預けて往来を眺めていると、宿探しをしていたサイアスさんが戻ってきて残念そうに首を振った。
「時期が悪かったな。どこの宿もいっぱいだ。2部屋取るのは難しいかもしれない。野宿にするか?」
サイアスさんの表情には疲れが見て取れた。
「1部屋ならとれそうなんですか? だったらそれでいいですよ」
「はっ!?」
私の発言に、サイアスさんはちょっと顔を赤くして間の抜けた顔をした。何か変なこと言ったかな?
「いや、それは困るだろう」
「何がです」
何が困るんだろう。いつも一緒にいるのに今更だよね。
「いろいろと・・・・」
「別に、困りませんよ。大丈夫です」
サイアスさんだもの。別に困ることなんてないよ。正直言うと、野宿はつらいんだよね。地面のごつごつ感でなかなか眠れないし、寒いし。
「すごい信頼だな。そんなに笑顔で言われると少し複雑な気持ちになる」
サイアスさんは何事か呟いているけど、あまりよく聞き取れない。
「複雑?」
「いや、いい。同室で構わないなら2件ほど空きがあったはずだ。行ってみよう」
「はい」
私は重い足を奮い立たせてサイアスさんの後に続いた。
うぅ、同室でも大丈夫って言ってた数時間前の自分を張り倒したい。
野宿したくなくて混乱していたんだろうけど、通常なら男性と同じ部屋で一晩一緒とか考えられない。
サイアスさんは気にしてくれたのに、まったく私は本当にバカだよ。
まず、部屋に入ってベットが並んでいたことで思考が正常化して全身から血の気が引いた。
それでも、自分から言ってしまったことだし、後戻りもできないから、なんとか心を落ち着かせて平静を保っていた。
けれど、湯を浴びて部屋に戻った時に、先に戻っていたサイアスさんのはだけたシャツに驚き、心臓が跳ね上がって自分の言動を激しく後悔した。だって、いくらなんでもシャツの前ボタンを胸元が見えるほど大きく開けるのは反則だろう。ただでさえ恰好いいのに、濡れ髪、胸元全開はやばいって。
サイアスさんは私の視線とうろたえる様子に焦ってボタンを留めたけど・・・・私、こんなんで、眠れるんだろうか。
宿は居酒屋も併設してて、そこで食事を摂るようになっていた。
なんだか一人で焦ってペラペラと喋って、夕食を摂った。そんな私をサイアスさんはニコニコして見ている。大人の男の人だから、私みたいな小娘と同室でも全然気にならないんだろうな。いいな余裕で。私ばっかりドキドキしてるよ。
「明日も早い。おやすみ」
サイアスさんがランプを消した。
室内は途端に暗くなったけど、階下の居酒屋にいるお客さんの騒ぎ声がかすかに聞こえてくる。
「おやすみなさい」
私は布団をすっぽりかぶって眠ろうと努力した。
努力したけど、緊張しすぎて眠れない。何度目かの寝がえりの後、サイアスさんが声をかけてきた。
「眠れないのか」
「なんか緊張しちゃって。その・・・男の人と同室なんて・・・・」
「ハナにとって、私はお父さんではなかったのかな」
サイアスさんはクスリと笑いながら、からかうように言った。
「そうなんですけど。いやっ、違います。お父さんじゃないです。今はちょっと違うというか・・・・よくわかりません」
そう、よくわからない。サイアスさんのこと好きだけど。この“好き”ってのがボンヤリしてて、日本とサイアスさんどちらか選べって言われたら、私は迷いなく日本を選んでしまうだろう。
「そうか」
あれっ、サイアスさんの声音が柔らかくて少し弾んでいるように聞こえる。
「さぁ、もう寝たほうがいい。明日エリンの上で居眠りしていたら落とされるかもしれないぞ」
「あっ、そういうところはお父さんです」
「そうだな」
サイアスさんはまたクスリと笑った。
それから少しの間、他愛もない会話をしているうちに、緊張も解けて自然に寝入ってしまった。
☆
カサッ。
布団のずれる音がする。
ハナのベットを見ると、寝相の悪い彼女の足が布団から出ていた。彼女の白く長い足にドキリとする。
まったく、私が動揺しないとでも思っているのだろうか。ハナが同室を言い出した時から緊張して、今はこうして熟睡することも出来ないというのに。
ハナに布団を掛けるが、目覚める気配もない。私の気も知らず熟睡しているようだ。
寝顔は何度も見ているが、今日はいつもより可愛く見える。この状況がそうさせているのか。
つい、彼女に触れたくなり、髪を撫で、柔らかい頬に唇を落とした。
だめだ、だめだ、止められなくなる。慌ててハナから離れて自分のベットに潜り込んだ。
なにをやっているんだ。ハナの信頼を裏切るわけにはいかないのに。
寝よう、寝よう。
私はしっかりと瞼を閉じた。
翌日、サイアスさんは馬から落ちそうになりました。(笑)




