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異世界で侍女やってます  作者: らさ
第3章
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第10話

 なにっ! なにっ!

 今、サイアスさんに何された! 間違いじゃなければ、ほっぺに、ほっぺに・・・・キッ、キスされたよね。キスだよね。うわーっ、うわーっ。ほっぺが、ほっぺが熱い!

 私は、頬を押さえてベットの上を、ゴロゴロと転がり続けた。


「どういうこと。どういうこと」

 頭を抱えているとドアがノックされた。


「ハナ」

 ツイルさんだ。

「ひゃい。うっ、違う。はっ、はい」

 私は慌ててドアを開けようとした。

「開けなくていいです。このままで」

「はい」

「サイアス様が、あなたの頬にキスしたようですが」

「はっ、はい。そっ、そのようでございます」

 ツイルさん見ていたんだ。はっ、恥ずかしい。

「挨拶ですから」

「へっ?」

「おやすみの挨拶です。他意はありませんよ。では、失礼します。ゆっくり休んで下さい」

 ツイルさんの足音が遠ざかる。


 あぁ、そうか。なんだ。こんなに動揺することなかったんだ。挨拶、挨拶。はーっ、落ち着いた。良かった、良かった。危うく眠れなくなるところだったよ。そうだよ、こっちの世界じゃ、ハグや軽いキスは当たり前だった。私は異世界人で、そんなのに慣れてないからって、みんな気を遣っていてくれたんだった。忘れてたよ。

 キスの意味がわかった途端に安心して、動悸が収まった。

 室内履きを脱いで、ベットに潜り込む。


「挨拶か・・・・。そう言われると少し残念な気がするな」

 んっ、残念? うわっ、なんかそれって期待してるみたいじゃない。期待? なにを期待しているの? あぁ、サイアスさんが過保護だから、私ってばなにか勘違いしているんだ。はぁーっ、もういい。考えるの面倒だ。もう寝る。

 私は、ベットの奥深く潜り込んで、猫のように丸まった。

 身体が温まって来ると、旅の疲れも手伝って、夢をみることもなくぐっすりと眠りこんでしまった。





「ハナさん、おはようございます」

 マリーネさんの声で目が覚める。

「はい。おはようございます」

「あら、目の下にクマがありますね。眠れなかったのですか」

「うん。ちょっと寝不足」

 結局、あれから何度か眼が覚めて、その度に色々と考えてしまって、不眠だったのです。

 どんな顔してサイアスさんに会えばいいんだろう。


「サイアス様から伝言です。今日は登城しなくていいので、ゆっくり休んで下さいとのことです」

「は? あぁ、ほんとだ。もうこんなに陽が高い」

 ベットから降り、庭をみるとカッセル爺さんの後について庭具を持っているテリィに気付いた。

「テリィはもう働いているの?」

「えぇ、いい子ですね。テリィは」

 マリーネさんは私の隣に来て、庭を見ながら笑顔を浮かべている。

「お食事になさいますか」

「うん、お腹すいた」

 私は、洗面を済ませ、用意された衣服に手を通した。

 旅の間は、私好みのシンプルな服で過ごすことができたけど、お屋敷に戻ったら装飾の多い衣服が用意されている。やだな、フリフリドレス。




「すごいハナ。ちゃんとお嬢様に見えるよ」

 朝食を終えて、テリィの仕事ぶりを見ようと庭に出る。

 彼は私が近づくと、目を丸くして上から下までキョロキョロと視線を動かす。

「馬子にも衣装じゃろ」

 カッセル爺さんはニヤニヤ笑っている。


「テリィ、お屋敷はどう。安心して働けそう?」

 ニヤニヤしているカッセル爺さんを無視して、テリィに話しかける。

「うん。大丈夫だよ。ご飯は美味しいし、自分用のベットもあるんだ。今まで生きてきた中で、一番幸せな生活が出来ると思うよ。お屋敷のみんなも優しいし」

 テリィはさらりとすごいことを言う。たった7年しか生きていないのに、人生の中で一番幸せだなんて。カッセル爺さんは隣で複雑そうな顔をしていた。



「さて、私も手伝おうかな」

 私が腕まくりすると、テリィが驚く。

「なんで? 使用人と一緒に働くの!?」

「えっ、だって今日は春に向けての球根植えでしょう。やりたいもの」

「そういうことじゃなくて」

 テリィが続けようとすると

「テリィ、いいんだ。ハナはいつもこうだからな。一々驚いたり、止めたりしても仕方ないんだ」

 気付くとツイルさんが、私の帽子を持って歩いて来るところだった。

 今日は冬にしてはちょっと温かくて、日差しがきつめだった。さすが、ツイルさん。

「ハナ、着替えなくていいのですか」

 ツイルさんの言葉にハッとする。食事を摂ってすぐテリィに会いたいからって、庭に出てきたけど、庭仕事用の服に着替えなくちゃ。フリフリドレスを汚すわけにはいかない。

 私は一旦、お屋敷に戻ることにした。



「ハナーッ」

 お屋敷に戻るために歩いていると、誰かが大声を上げて近付いて来るのに気付いた。

 あれ? レイラさんだ。

 まだ勤務中だろうに、どうしたんだろう。なぜか顔色も悪い。

「どうしたんですか。レイラさん。持ち場を離れても大丈夫なんで・・・・」

「そんなことより! ジャックは! 団長は本当に死んでしまったの!?」

 レイラさんは、私の両腕を掴んで、顔を覗き込んでくる。その表情は真剣だ。

 持ち場を離れてまで、私に確認しに来るなんて、レイラさんは団長のこと・・・・。


「ねぇ、どうして黙っているの」

 腕を揺すられ、頭がガクガクと揺れる。

「いやっ、あの。その、団長は・・・・うん、崖から落ちて、川に流されたんです。た、多分ですよ。生きてはいないかと・・・・おっ、思うんです」

 我ながらこれはひどい。私って嘘がつけないんだよね。表情もすごくこわばっている気がする。

 レイラさんは、私の顔や目をじっとみる。

 私は彼女から視線を逸らし続けた。でも、見透かされている気がするな。


「ふっ、副団長がどうしてハナを登城させないかわかったわ」

 レイラさんは笑いを堪えている。

「へっ?」

「その答え方はひどいわハナ。あなたって嘘がつけないのね」

 やっぱりばれたか。彼女は、表情を明るくすると私の腕を放した。

「団長は、自分が動きやすいように、死んだことにしているのね」

「はい。でも怪我は負っているんですよ」

「そう」

 私の言葉にレイラさんは表情を曇らせた。


「でも、ジャックなら大丈夫よ。怪我なんてすぐに治してしまうわ。副団長から数々の伝説を聞いたでしょう?」

「はい」

「じゃあ、王城に戻るわね」

 レイラさんは、エントランス前につないでいた馬に跨ろうとする。

「レイラさん、団長のこと大事なんですね」

「そっ、それは長い付き合いですもの。そっ、それだけ、それだけよ。じゃあね」

 レイラさんは、顔を真っ赤にして、困った表情を浮かべて馬に乗り、すごい勢いで王城に戻って行った。


「嘘つけないの、レイラさんも一緒じゃない。団長かぁ、趣味悪いよ、レイラさん」

 私の呟きは、走り去るレイラさんの馬の足音に消された。




 カッセル爺さん、テリィと共に庭仕事に励む。

 この庭園も、春には花が咲き誇るんだろうな。綺麗だろうな。そういえば、セインさんは伯爵が戻ったら園遊会が催されるって言っていたな。この分だと、出席しなくちゃならないだろうな。ついつい、ため息が漏れる。

 私はここで何回春を迎えるんだろう。何十回もかな。死ぬまでかな。

 ナナはどうなるのかな。日本でずっと暮らしたいって思っているのかな。ナナが、強く帰りたいって願ってくれたらいいのに。



「ハナさーん、カッセル、テリィ、お昼ですよ」

 マリーネさんが、私たちを呼びにきた。顔を上げると、陽は中天にあった。もう、昼食の時間か。


 食卓に着いて、神様に祈りを捧げて食事を開始する。

「ハナって、使用人と一緒にご飯食べるの」

 テリィは私の行動に驚かされてばかりのようだ。

「うん、お昼だけね。勤務している時のお昼は王城で摂っているし、朝、夕はサイアス様と一緒だよ。本当はいつもみんなと一緒にワイワイ食べたいんだけどね」

 使用人のみんなとおしゃべりしながら食べるのはとっても楽しい。サイアスさんと2人だけだと時々寂しいんだよね。


「ハナ。そんなこと言っちゃダメよ。サイアス様のご機嫌が悪くなるじゃない」

「そうよ。宥めるの大変なんだから」

 侍女さんたちが笑っている。

 こっちに来たばかりの頃、サイアスさんが王城に出かけると、昼食は一人で摂っていたんだけど、すごく寂しくて・・・使用人の食堂に入り込んだんだ。みんなは、とんでもないって追い出そうとしたけど、居座っちゃった。そのうち、みんな諦めたみたいで一緒に昼食を摂ってくれるようになったんだ。

 でも、それをサイアスさんに見つかっちゃって、すごく怒られた。でも、私はどうして怒られるのか、全然わからなくて、つい「サイアス様と食べるより、みんなと食べたほうが楽しいです」って言っちゃっんだよね。あの時のサイアスさんの顔は忘れられない。キョトンとして、すごく驚いた顔して、その後がっくりと肩を落として、結局「好きにしなさい」って言ってくれたんだ。


「サイアス様ってハナに甘いんだね」

 テリィの言葉に、周囲の使用人たちが一斉に頷いた。

「そうかなぁ。厳しい時もあるよ。綴り間違った時とか」

 首を傾げる私に、使用人のみなさんの視線は若干冷たかった。


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