第6話
読んで頂きありがとうございます。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
視点がハナ→サイアス→ハナと変化します。読みにくかったらごめんなさい。
今日は疲れた。
初出勤で覚えることがいっぱいあったのに、お茶して更に情報収集とか結構大変。
ラインシート家のエントランスに入ると、サイアスさんが出迎えてくれた。
「お帰り。夜道は大丈夫だったか」
「はい。ガルト君が着いててくれたので、心配なかったです」
笑顔で答えると、サイアスさんは安心したように微笑んだ。
うーん、綺麗だよね。もう少し普通のお顔だったら、女子に妬まれなくて済んだのにな。
私はじーっとサイアスさんを見つめた。
「何か、ついているか」
サイアスさんは自分の頬に手をやった。
「はい。付いてます。いい形の目と鼻と口が、いいバランスでね」
「?」
サイアスさんはキョトンとしている。そんな顔まで素敵だなんて、羨ましい。
「ハナ。バカなことを言っていないで着替えて下さい。夕食です」
ツイルさんが声かけてくれた。
「えっ、お菓子食べたからお腹すいてない。お土産にも、これ貰っちゃったし」
私が、焼き菓子の入った袋を掲げると、ツイルさんは渋い顔をした。
「まったく、どこの子供ですか。食事が摂れなくなるほど菓子を食べるなど」
ツイルさんが溜め息をつく。
仕方ないじゃない。せっかく美味しいからって勧めてくれるのに、断るわけにはいかないじゃない。
「まぁ、いいだろう。ハナ、スープくらいは摂らないか」
サイアスさんが助け舟を出してくれる。やった。
「その、菓子は・・・・」
「うん。メイに貰ったの。たくさんあるから、みんなで食べようと思って」
本当は、私にってくれたんだけど、味がいまいちだから、みんなで食べて消費しちゃおうと思ったんだ。
「そうか」
サイアスさんが、お菓子を受け取ってくれた。
「じゃあ、着替えてきます」
☆
「ツイル、検分を」
ツイルに向かって菓子袋を差し出す。
「はい。しかし、なぜです」
「こんなに早く接触してくるなど、なにか思惑があるのかもしれない」
「侍女仲間ですよね。単に友人関係を結びたかったのでは」
「用心に越したことはないだろう」
ハナに接触してくる者には、十分な注意を払う必要があるだろう。敵にとって、ハナは実力の知れない騎士のようなものだ。アリシア様を、亡き者とするのに障害になるであろうハナのことは、消したいと考えているはずだ。彼女を排除するのに、手段は問わないかもしれない。
「ふっ」
私の言葉にツイルが笑いを盛らした。
「なにが、おかしい」
「ハナが大事なのですね」
「当たり前だ。ラインシートで保護している者だ。彼女に何かあったら、我が家の威信に関わる」
「ラインシート家の威信ですか。はーっ」
ツイルが溜め息をつく。なんなんだ一体。
たしかに、ハナのことは大事だ。彼女が何者かに害されるなど、考えたくもない。彼女がここから居なくなったら、彼女の笑顔が見られなくなったら、私は・・・・私は!?
彼女は異世界人だ。とてもニホンに帰りたがっている。帰るつもりでいるはずだ。
彼女がニホンのことを考えて、涙を流すのを見るのは辛い。ニホンに帰れるように、僅かな情報でも収集して教えて行くべきだと考えている。
しかし、彼女がいなくなってしまうのは・・・・辛い。
あぁ、私はハナに惹かれているんだ。そう考えると、今まで疑問を感じ、もやもやとしていた気持ちが晴れてくるのがわかった。なぜあんなに、噴水の水で濡れた姿を人前に晒したくなかったのか、侍女にするのを嫌だと思ったのか、ニールと親し気に話す様子が気に障ったのか、それらすべてがストンと音を立てて心に収まった。
「お気づきになられましたか」
私の表情を読んでいたのか、ツイルが得意げな顔で聞いてくる。おそらく、私より先に私の気持ちに気付いていたのだろう。
「あぁ、気付いた。これ以上、惹かれないようにしよう。ハナにはハナの願いがある」
そう、これ以上惹かれて彼女を愛するようになれば、彼女の願いに協力することができなくなる。それは彼女を悲しませることになるだろう。
「ハナはニホンに帰れるのでしょうか。前例も手がかりもないのに。サイアス様が、この国でハナを幸せにして・・・・」
「ツイル、止めよう。ハナはニホンに帰る。私はそれまで、いかなる危険からも彼女を守り保護しよう。そもそも、ハナは私のことは何とも思っていないはずだ。お父さんだからな」
つい笑みが漏れる。その信頼だけで十分だ。
「しかし、」
ツイルが言葉を継ごうとするが、それには応えず背を向けて、ハナの待つ食堂に向かった。
☆
「それでですね。国王と側妃、お子様たちについて聞きました。ウィル皇子が狙われるのって、彼が皇太子だからですよね。でも、アリシア様が狙われるのが、やっぱりよくわからなくて」
私はパンを手に、今日メイと話したことを、サイアスさんに聞かれるままに答えていた。
「そうだな。イーリアス王国とカートリア皇国の絆が深まると困る者がいる。ジャックと、ある程度の目星はつけているんだが、なかなか尻尾が掴めなくてな」
サイアスさんは、悔しそうに顔を顰めた。
「私にできることがあれば言って下さいね」
「その時はお願いしよう」
サイアスさんは、私の言葉に曖昧に笑った。
まぁ、異世界人にそうそう国の内部事情を話すことはできないよね。
話題を変えよう。
「ナナさんのことも聞いたんだけど、ロビィとイライザにいじめられていたってこと以外は、よくわかりませんでした。入れ替わりの手がかりも、日本に帰る方法もなにも・・・・」
つい気分が沈む。こんなんで、日本に帰れるのかな。もう、帰れないんじゃないかな。そうしたら、どうすればいいのかな。このお屋敷にいてもいいのかな。でも、サイアスさんもお嫁さん迎えなきゃならないだろうし、私がいたら困るよね。
「ハナ・・・・」
「サイアス様。私、絶対日本に帰ります。でも、時間がかかるかもしれません。もし、ご結婚する時には言って下さいね。私みたいな、厄介者がいたら困るでしょう。お屋敷を出て王城の宿舎に入りますから」
私が一気に言い募ると、サイアスさんの表情が、驚きから呆れて残念なものへと次々と変化していった。最後は食欲がなくなったみたいで、フォークを置いちゃった。あぁ、眉間に指を当てて俯いちゃったよ。
なんで? あぁ、結婚の話はダメなのかな。すごいプレッシャーなのかもしれない。悪いことしたな。
マリーネさんとツイルさんの方を見ると、すごくがっかりしたような表情で私を見ていた。
やっぱり結婚話は禁忌なんだ。ごめんなさい。
「ハナ、私はまだ結婚などしない。ウィル皇子やアリシア皇女を守らなければならないし、お前をニホンに帰すためにも、国中から情報を集めなければならないからな」
サイアスさんは真剣な表情で私を見つめる。
「でも、そんなんじゃ、いつまでも結婚できませんよ。跡継ぎとか必要なんじゃ・・・」
ガシャン! 食器の割れる音に振り向くと
「すみません! 不注意で」
マリーネさんが、慌ててお茶のカップの破片を拾っていた。マリーネさんが、失敗するなんて珍しい。
「大丈夫か。マリーネ」
ツイルさんが、マリーネさんを手伝って破片を拾い始めた。
「いいタイミングだった。ありがとうマリーネ」
「もう、あんなに追い詰めなくても・・・」
マリーネさんが、ため息をついている。
あぁ、そうか。また、結婚話をして追い詰めちゃったんだ。私ったら、無神経だ。
「ごめんなさい。サイアス様、もう、絶対に結婚の話はしません!」
「・・・・」
私の謝罪に、サイアスさんは疲れたように笑っていた。




