第4話
読んで頂きありがとうございます。
皆様のお蔭で書き続けることができています。
今回はジャック団長の視点でお話が進みます。
「サイアス、お前。ハナに甘すぎるぞ。異世界人に甘い近衛幹部など周囲に示しがつかん」
「すみません。つい」
「まぁ、仕方ねぇな。お父さんだもんな」
ついニヤニヤしてサイアスを見ると、奴は表情を曇らせた。
「えぇ、そうですね」
肩を落として答えるサイアスが少し不憫になる。お父さんネタでからかうのは止めておくか。しかし、お父さんと言われて落ち込むなら、先ほどの皇女の問いに気付くものがあっただろうに。鈍いな。
「失礼します」
ノックの音とともに現れたのは、先日皇女を守るために暗殺者と闘った女性騎士レイラだった。
彼女は、左前腕と左側腹部を切り付けられたと聞いている。三角巾で吊られた左上肢が痛々しい。顔面にも擦過傷があるとのことで絆創膏を貼っている。
「もう、動けるのか」
創傷だらけの部下に苦い思いで声かける。
「はい、なんとか。寝てばかりいては体力が落ちる一方ですから」
レイラは、意思の強い瞳を俺に向け、笑顔を浮かべた。
彼女は整った顔に菫色の瞳と金の髪を持つ、プロポーション抜群な、いわいる“いい女”だ。平民だが、王都の娼館で用心棒をしていたのを、俺が騎士に仕立て上げた。女性騎士の中でも、その腕はトップクラスに位置し、男性騎士にも遅れはとっていない。
「先日の暗殺者の手がかりは」
レイラの瞳の奥が光る。
「すまん。まだだ」
俺はレイラにソファに座るよう促し、ため息をついてその正面に座った。
「レイラ、傷は痛まないのか」
俺の隣にサイアスが座った。
「大丈夫です。副団長」
「ケガが治るまで、ゆっくり休んでもいいんだぞ」
「そんなことをしていたら、また皇女が襲われてしまいます」
俺の言葉にレイラはため息をついて首を振った。
「今のところ、ハナのおかげで相手を牽制できているようだ」
実際、ここのところ不穏な動きもなく過ぎている。奴らも、ハナにどんな能力があるのかわからないので様子をみているのだろう。
「ハナ・・・・半月ほど前に現れた異世界人ですか」
レイラが眉をひそめた。
「あぁ、彼女には侍女をやってもらっている。食事への毒の混入はハナの案で防げそうだし、ハナは体術もできるから・・・・」
「ちょっ、ちょっと待ってください。異世界人が侍女をしているんですか。異世界人なんて怪しいことこの上ないじゃないですか。王族方になにかあったらどうするんですか」
俺の言葉を遮って、レイラは興奮気味に話す。まぁ、正常な反応だな。
「ハナがこの国に対して害意を持っていないことは、サイアスとウィル皇子が証明している」
「副団長と皇子が」
レイラはサイアスに視線を向けた。
「あぁ、ハナは私の屋敷で保護している。もう半月程屋敷の者と共に見ているが、彼女に不審なところはない。ウィル皇子が賊に襲われそうになった時も、進んで助けに入っている。この国に対する害意はないと考えていいだろう。ハナは笑顔の似合う、元気な普通の女の子だ。身分に対する気後れがなくて、気位の高い侍女たちともなんとかやっていけそうだし」
レイラが目を丸くしてサイアスを見ている。そうだろう、そうだろう。サイアスがこんなに顔を緩めて、女の子のこと話しているんだものな。あぁ、面白い。
ドアがノックされ、外からハナの声が聞こえた。
「団長、失礼します」
ハナが扉を開けるとそこにナイフが2本突き刺さった。
ナイフは扉を開けた人物を狙って投擲されたが、ハナは寸でのところで躱したらしく、かすり傷ひとつ負っていなかった。
「危ないじゃないですか!」
「レイラ!」
ハナとサイアスが同時に声を荒げた。
「筋はいいようね」
レイラはハナに近づき、扉に刺さったナイフを回収した。
レイラは職務に忠実だ。異世界人であるハナの腕前がどれほどのものか試したのだろう。まぁ、避けられる程度の間はもって投げたようだが、危険なことに変わりない。ハナの敏捷性がなかったら、今頃その身体には深々とナイフが刺さっていたことだろう。
ふと、サイアスに眼を向ける。
うわっ、めちゃくちゃ怒ってる。久しぶりにこんなに怒りを露わにしているサイアスをみた。
「レイラ、どういうつもりだ」
サイアスがレイラに詰め寄る。あぁ、怖い。
「これくらい避けられなければ、皇女を守ることはできません。まずは合格というところですね」
レイラは淡々と答えた。
「こんな危険なことで彼女の腕を試すのか。一歩間違っていたら、ハナは大怪我を負って・・・・」
「どうしたんです。副団長。あなたはいつも冷静で近衛の職務に忠実だったはず。私は、その少女に実力が備わっていなければ、侍女の任など解くべきと考え行動したのです。以前のあなたなら賛成したはずですよね」
レイラが眼光鋭くサイアスを睨む。しかし、サイアスもその視線に負けずに睨み返している。あーっ、どうしたもんかな。
「で、私はあなたのお眼鏡にかなったってわけですね」
サイアスとレイラのピリピリした空気の中に、ハナが割って入った。ハナの僅かに明るい口調に、サイアスとレイラの緊張感が薄らぐ。うまいなハナ。
「まぁ、いい勘してるようだし、動きも早い。悪くないんじゃない」
レイラはニコリとハナに笑いかけた。ハナはひきつった顔で「ありがとうございます」と返している。
「どうしたハナ。なんか用か」
俺の言葉に、ハナは目を見開いた。
「あっ、そうだ。びっくりして忘れるところだった。サイアス様、今日は先に帰って下さい。メイさんが、退勤後にお茶しようって。宿舎でおいしいお菓子をごちそうしてくれるって言うんです」
「しかし、帰り道は」
サイアスは不安な表情を浮かべた。出た、出た、お父さん。
「来た道と一緒でしょう」
「そうだが。暗くなると心配だ」
「大丈夫ですよ」
「いや、そういう訳には。そうだ、私も一緒に」
粘るなぁ、サイアス。こんな奴じゃなかったのに。ハナのことが本当に心配なんだな。
「何言っているんですか。女子の楽しみを奪う気ですか」
ハナは唇を尖らせた。
「しかし」
「ははっ、サイアスの負けだな。ガルトでも護衛につけたらいい」
俺は果てしなく続きそうな会話に口をはさんだ。これ以上続けてもハナが折れるわけがない。
「護衛なんていりませんよ」
「ハナ、王都の夜を舐めるな。護衛は必要だ」
王都の治安は昼間のうちは比較的いいが、夜は違う。一歩、通りを間違うととんでもなく危険な地帯に迷い込んでしまうことになる。
「いつもふざけた顔してる団長が、真面目な顔してそう言うってことは、夜はよっぼと危険なんですね。わかりました。ガルト君と一緒に帰ります」
「一言余計だ」
「じゃ、サイアス様。そういうことなんで、先にお帰り下さい」
ハナは、笑顔でサイアスに告げ、扉に向かった。
そのまま退室するのかと思ったが、ふと扉の前で足を止め、レイラを振り返る。
「レイラさん、ケガが治ったら手合わせお願いします。私もできるだけアリシア皇女をお守りしたいので」
「あぁ、私も暫く十分に動けない。ケガが治っても勘を取り戻すのに時間がかかるだろう、手助けしてくれたらありがたい」
「はい!」
サイアスが、ハナの出て行った扉を見つめてぼーっとしている。もっと頼りにされたいんだな、お父さんとしては。
それにしても、ハナは面白い。ただの小娘かと思ったら、機転も利くじゃねぇか。動きもいいし、レイラともいいコンビを組めそうだ。こりゃ、この先が楽しみだ。
「団長。副団長はどうしてしまったんですか。まったく別人のようですね」
レイラが、立ち尽くしているサイアスをちらりと見た。
「そうだろう。侍女たちも驚いているようだ。あんなサイアスには、お前もがっかりか」
「いえ、別になんとも。それより、副団長が今後どうなるのか、とても楽しみです。今回の件で、近衛を辞めようかとも思いましたが、居続ける目的が増えました」
レイラがクスリと笑った。
「んっ、増えた? 他にも目的があるのか」
「わからないなら、それでも構いません。必ず気付いてもらいますから」
レイラは微笑むと、礼をして退室して行った。
「なんなんだ?」
執務室には首を傾げる俺と、ぼーっと立ち尽くすサイアスが残された。
団長も鈍いです。




