第3話
読んで頂きありがとうございます。
最後の方に他者視点の部分があります。読みにくかったらごめんなさい。
皇女の部屋に入ると、ラリッサさんが皇女の食器をワゴンに載せて下げるところだった。
食器には、料理がそのまま残っているようで殆ど手が付けられていない。
「アリシア皇女はお食事を摂ったんですか」
「えぇ、でも毒殺未遂事件が起きてから、あまり召し上がることが出来なくなってしまったの」
ラリッサさんは悲し気に食器に残された料理を見た。
今日、アリシア皇女と間近に接して、皇女が痩せ過ぎなんじゃないかと思ったのは間違いじゃなかったんだ。綺麗なんだけど、白すぎる肌やドレスから覗く細い手首。貧血と低栄養だよね。このまま、食事が摂れなければ症状は進むと思うんだけど。
「あの、アリシア様」
「あら、ハナ。戻ったのね」
アリシア皇女は食後のお茶を飲んでいた。
「お食事、あまり召し上がっていらっしゃらないようですが」
「そうね。食は進まないわね」
私の言葉に、アリシア皇女は表情を曇らせて俯いた。
「食べないと元気が出ませんよ」
「事件のこともあるし、そんな気になれないわ」
そうだよね。毒見が強化されたとはいえ、食事するのは怖いだろうな。でも、こんなんじゃいつ倒れるかわからないよ。大事な結婚を控えているのに。
そうだ! 料理に毒なんて入っていないってことが、皇女にわかってもらえればいいんだよね。
「じゃあ、信頼できる料理人に目の前で作ってもらいましょうよ」
私の頭の中には、テレビで見たお寿司屋さんや小料理屋のカウンターがイメージされている。
「えっ?」
「アリシア様の目の前で調理してもらうんですよ」
私の言葉にみな驚いて目を見開いている。
「あなた、何言ってるの! 調理人なんかの姿を皇女の前になんて、お目汚しよ!」
「本当にこれだから平民は!」
ロビィとイライザがギャンギャン吠える。うるさいな、黙れ。
「では、アリシア様がこのまま何も食べられなくなって倒れてもいいというんですね。アリシア様は病的な貧血状態です。失礼」
アリシア皇女の頬に手を添えて下眼瞼を引くと、本来なら赤味のある部分が真っ白だった。
「ここが白いってことが貧血の証です。セイン医師にでも聞いてみて下さい。これじゃいつか絶対に倒れてしまいます」
ロビィとイライザは悔しそうに私を見ている。皇女には健康になってほしいけれど、平民が身近にいるのは耐え難いってところだろうな。
「しかし、ハナ。ここで調理といっても」
イアンさんが、眉を下げる。
「簡易調理室を部屋の隣に作れませんか」
「調理台や水はなんとかなるだろうが、窯が・・・」
「窯か・・・・」
確かに、普通は部屋にあるものじゃないし、作るわけにもいかないか。
あっ! 暖炉! 暖炉をなんとか使えないかな。排気口はそのままで、火を使う部分を今より大きくして、中に窯状にレンガを配置したら鍋やフライパンをかけることが出来るんじゃないかな。
「暖炉を改造するってのはどうですか?」
思いついたことを皆に話してみる。
「そんな暖炉みっともないわ」
またロビィ。そんなこと言ってる場合じゃないんだけどな。
「確かに見栄えはよくないが、いい考えかもしれない。皇女の目の届くところで調理することは、皇女に安心感をもたらすだろうし、私たちも怪しい動きがあればすぐに対応できる」
イアンさんが同意してくれる。
「待って。隣の部屋とはいえ、平民にうろつかれるのは不快だわ。皇女の目に触れてほしくない」
「ロビィ、わたくしは不快など感じません。現在の状態をなんとかしなくてはと思っていたのです。ハナの提案はとても良いと思うわ」
アリシア皇女は、ロビィを見て話す。当たり前だけど、皇女も自分の身体の変化に気付いていて、何とかしたかったんだ。
「でも、王族の部屋に平民が出入りするなんて・・・・」
ロビィとイライザは不快感を露わにしている。あーっ、平民、平民って。面倒くさい。
「じゃあ、他にいい案があるんですか。案も出さずに反対ばかり。皇女は賛成してくれていますけど」
「案は・・・・」
ロビィは悔しそうに俯く。
「ロビィやイライザが、平民の出入りを不安に感じるのは理解できます。身分の不確かな者が出入りすることで暗殺の機会が増えると危惧しているのですよね。でも、わたくしはハナの意見を取り入れたいわ。ハナの言う通り、わたくしの身体はこのままでは弱ってしまう。でも、食事への不安がなくなり以前のように、食べることができるのなら身体機能は維持される。わたくしは、健康な状態でカートリア皇国に嫁ぎたいと思っています」
アリシア皇女は、ロビィとイライザに向き合う。二人はしばらく黙って皇女を見つめていたけれど、観念したように小さく頷いた。皇女はそれを見て微笑み、二人の手を取って「ありがとう」と言った。
よかった。
暖炉で調理か。ふと、頭の中に囲炉裏が浮かんだ。
んっ! あれができるんじゃないか。
暖炉の窯の隅で、鮎の塩焼きが出来るかも。鮎に串を刺して塩をふって、想像するだけで口角が緩んだ。
「あのイアンさん。窯の隅で鮎という川魚のですね、塩焼きを・・・・」
イアンさんに説明を始めると、彼は表情をこわばらせて苦笑いを浮かべた。
「ダメだぞ。ハナ」
「えっ、団長。なんで」
声の方を振り返ると、ジャック団長がサイアスさんと共に室内に入ってきたところだった。
「皇女の部屋で騒ぎが起きてると聞いて駆けつけた。まったく、お前のいるところに騒動ありだな」
団長が呆れたように言い放つ。騒動を起こしたのは、ロビィとイライザだと思うけど。よく確かめもせずに、人をトラブルメーカーみたいに言うなんて、相変わらず失礼な奴だな。
「それより団長。いいこと考えたんです。改造した暖炉で、川魚を焼いても・・・・」
「だから、ダメだ。王室の品位も考えてくれ。そんな兵士の野営みたいなことを、皇女の傍で出来るわけないだろう」
「だめですか・・・・食べたいのに」
それならと、私は団長に同行しているサイアスさんをじっと見た。
それはもう、じーっと、じーっと見た。
「ラインシート家もダメだぞ。由緒ある家柄なんだからな」
団長はそう言うけど無視して、サイアスさんをじーっと見る。
「ハナ・・・・」
おっ、サイアスさんがちょっとうろたえ始めたぞ。あと一押しか。
「だめだ、サイアス! ハナなんかに負けるな!」
「しかし、ジャック。あの黒い丸々した瞳で頼まれると、なぜか断ることが」
「いいから、黙っとけ!」
二人のやり取りにも構わず、サイアスさんを無言で見続けた。自分には似合わないけど、小首も傾げてみる。
「ははっ、小娘が可愛い子ぶったって無理だぞ。サイアスは可愛い子や綺麗な令嬢に見飽きているからな。お前なんかの・・・・」
「わかったハナ。屋敷に準備しよう」
「やったー! 鮎の塩焼きが食べられる」
「サイアスお前・・・・」
うな垂れる団長、ひきつった笑みを浮かべるサイアスさん、飛び跳ねる私を周囲の人々は呆れた表情で見ている。コントみたいな、やり取りだったものね。まぁ、いいや。塩焼き、塩焼きが食べられる。あぁ、焼き団子も作れるかな。米みたいな穀物あるかな。
「サイアスはハナに弱いのね」
「皇女の御前で申し訳けありません。彼女にはつい甘くなってしまいます。この国で寂しさや悲しさを感じて泣いてほしくない。ハナにはできるだけ笑って過ごしてほしいんです」
「それだけ」
「? えぇ、そうですが」
サイアスさんの返答にアリシア皇女は軽く溜め息をついて、傍らの団長は「だからって、屋敷を改造するこたねぇだろ」とブツブツ呟いていたなんてこと、囲炉裏でできる料理を考えていた私にはわからなかった。
☆
「毛色の変わった侍女が入ったそうね」
「はい。ウィル皇子の推薦だそうです」
私の報告に、彼女は柳眉をひそめた。その表情はただでさえ妖艶な彼女をさらに際立たせる。彼女に堕とせない男なんているのだろうか。
国王はなぜ、空位になっている王妃の座に彼女をすえないのだろう。彼女こそ王妃に相応しいのに。
「この時期に身元の不確かな侍女を雇うなんて不用心ね。あなたがしっかり皇女を守ってね」
「はい。ですが、侍女ハナは体術にたけているそうなので、私としても心強いです」
「そう。でも所詮は剣も持たない女よね。わたくしは今後も皇女を守るために兵を配置したいわ。皇女の今度の入浴日と時間は何時かしら」
「はい・・・・」
私が問いに答えると彼女は満足そうな笑顔を浮かべた。大輪の薔薇のような微笑みを向けられ、つい誇らしい気分になる。
「本当にあなたは頼りになるわ。ともに皇女を守りましょうね」
「はい」
私は部屋を出ると侍女の制服の裾を整えて、アリシア皇女の部屋に向かって歩き出した。
ハナさんは滅多に我儘言いませんが、食に関わることだけは違うようです。




