第2話
あれから、侍女の仕事についてラリッサさんからざっくりと説明を受けた。
私に求められているのは、護衛だからアリシア皇女のおそばに控えているだけでいいらしいんだけど、皇女に面会する人々との取次や騎士たちとの連携について説明された。それから一応、お茶の淹れ方、室内の整備、花の活け方なんかも教わる。お茶の淹れ方については、何度もダメ出しされた。はぁ、疲れる。
そんなこんなで、あっという間に昼食時間になった。
昼食を交代で摂ることになって、ロビィとメイと共に王城内の食堂にやって来た。
食堂は学食と同じくらいの広さで、事務官から騎士まで様々な職種の人がいた。私が入っていくと、多くの人が一瞬手を止めてこちらを見たけど、すぐに何事もなかったように食事を再開する。王城内の各部署に、今日から私が勤務することが通達されているって団長が言っていたから、すぐに納得したんだろうと思う。
トレイをもって配膳の列に並んでいるとニールに声かけられた。
「お前もここで食べるのか」
「うん。お前じゃなくて、ハナね」
「あっ、悪い。ハナな。しかし、いくらウィル皇子のおめがねにかなったからって、異世界人が侍女なんて上層はなに考えているんだかな」
「本当に。私が言うのも変だけど、この国おかしいよ」
「ははっ、そういえば騎士の訓練にも参加するんだって。みんなハナの体術指導楽しみにしてるみたいたぜ。よろしくな」
「手加減しないよ」
私がそういうと、ニールは片手をあげて仲間のところに戻って行った。近衛騎士のほとんどは私の空手のことを知っている。騎士の精鋭に指導なんて、緊張する。すっごい強い騎士もいるんだろうな。大丈夫だろうか、私。
「ハナさん、アロー様のことも知っているの」
3人でテーブルに着くとメイが驚いたように話しかけてくる。
「はい。少し」
この国に来た時、メイはあの部屋にいなかったのかな。私と近衛騎士の立ち回りは結構有名になっているってサイアスさんが言ってたんだけどな。
「ハナさんてすごいね。ラインシート様のお屋敷に住んでて、ウィル皇子の推薦で侍女になって、アロー様とも対等に話してて・・・」
「あなた、ニホンでの爵位は?」
メイの言葉を遮ってロビィが刺々しい口調で聞いてくる。
「爵位なんかないです。平民ですから。ニホンに貴族はいませんし」
私がそう返すとロビィは目を丸くして、そのあと笑い出した。
「異世界人はいいわね。平民でも皇子やラインシート様に特別扱いしてもらえるんですものね」
うわっ、きたっ直球嫌味! すごい! 見た目通り意地悪なんだこの人。つい、吹き出しそうになるのをこらえる。
「特別扱いはしていないけどね」
空いている席にトレイが置かれた。
顔を上げると、相変わらずキラキラと無駄に麗しいセインさんが微笑んでいた。
「セオドア様!」
メイは口元を抑え赤くなり、ロビィも口を開けて驚いている。うん、わかるよ。セインさんももてるんだね。けど、ここで登場して私を庇うことが、どれだけの敵を増やすのかわかっているのかね、この人は。
ほら、食堂中の女性がこっち見ているじゃないか。
「ハナ、侍女の仕事はどう?」
「はい。ロビィさんとメイさん、みなさんよく指導して下さるので、なんとかやっていけるかなと思います」
とりあえず目の前の2人のことを褒めて、セインさんに好印象を抱いてもらうようにする。大事だよ自己保身。
「良かった。2人ともハナをよろしくね」
セインさんが笑いかけると、メイは目をウルウルさせ、ロビィも頬を薄く染めた。すごいなセインさん。
セインさんは私に体調を聞いた後、メイやロビィと楽しそうに話し始めた。内容は王都に新しくオープンしたメイク用品やドレスのお店のこと。私にはよくわからないけど、二人は興味津々で聞いている。さすが女性の心を掴む術にたけていらっしゃる。
「ハナさん、すごいわ。宮廷筆頭医師のセオドア様もハナさんのこと気にしてらっしゃるのね」
「私の主治医みたいです」
「羨ましいわ」
食事を終え、トレイをもとに戻すとメイが興奮した様子で話しかけてくる。
メイは子爵家の出身だって言っていた。皇子やサイアスさん、セインさんと気安く話すことなんてできないんだろうな。ロビィは黙ったまま、私たちの一歩前を歩いている。顔は見えないけど、なんとなく私に対してイラついているのがわかる。私のポジションって、妬まれてばかりだよね。早くニホンに帰る手がかりを見つけなくちゃ。
皇女の部屋に戻るべく廊下を歩いていると、図書室の前でロビィが足を止めた。
「ハナさん、メイと私は先に戻ってラリッサたちと交代するから、アリシア皇女に頼まれた本を借りてきてくれないかしら」
「えっ」
「このメモを司書に渡して探してもらえばいいのよ」
ロビィはニヤニヤしながらメモを渡してくる。私が文字を読めないのを知ってて頼んでいるのがわかる。どこまで、意地悪なんだか。メイは何か言いたそうにしていたけど、結局黙って俯いてしまった。仕方ないよね。家柄はロビィの方が上だからね。
「司書に頼めばいいんですね」
「そうよ。お願いね」
ロビィからメモを受け取ったけど、メモに書かれた文字はどれも習ったことのないものだった。でも、司書がいるっていうからお任せしよう。
図書室の扉を開けると古い紙の匂いがした。あぁ、この感じ久しぶり。テスト前になるとよく市民図書館に通ったことを思い出した。
おっと、ボーッとしている場合じゃないよ。早く本を借りて戻らなきゃ。
あれっ、受付カウンターの上に何か書かれた紙が置いてある。覗き込むけど、読めない。司書もみあたらなかった。ロビィは司書が不在なのを知っていたのかな。ため息をついて、預かったメモを睨む。
「探すしかないよね。この字はたしか、うーん。庭、庭だったかな」
メモを片手にウロウロしていると、書棚と書棚の間にサイアスさんを見つけた。
「サイアス様」
「ハナ! どうしたんだ」
「皇女の依頼で本を探してます。サイアス様は」
「私は資料を・・・・。ハナ! 文字が読めるのか?」
サイアスさんは、私が手にしているメモを見て眉間に皺を寄せた。
「う、うん。これって庭園の本かな」
「違うな。これは庭と似ているが、地理だ。イーリアス王国の北部地方の地理の本だ。皇女は、来週北部地方の領主と家族をもてなすことになったから必要なのだろう」
ふーん、そうなのか。前もって来客の居住している地方の情報を収集するんだ。
「ハナ、これは誰に頼まれた。君がまだイーリアス国語を十分に理解できていないことを、皇女や周囲の侍女たちは知っているはずだ」
「うーん、まぁ。でも、司書がいれば頼めたことだし」
「今の時間司書は不在にしていることが多い。侍女の誰かが君に言いつけたのだな」
「うん、頼まれたけど・・・・」
私の答えにサイアスさんは表情を変えた。やばっ、怒ってるよ。大したことじゃないのに、そんなに怒らなくてもいいよ。そう思っている間にもサイアスさんはメモを握りしめてずんずん歩き出す。えっ、どこにいくの。待って、待って。
「君がハナに本を借りてくるよう頼んだんだね」
サイアスさんは、皇女の部屋に入ろうとしていたロビィに微笑みながら声をかけた。ロビィは、ちょっと驚いたようだったけど、サイアスさんの微笑みを受けて顔を赤くしている。
「はい。ハナさんはしっかりされているので、本を借りてくるなんて簡単だろうと思いまして」
「そうか。ハナにイーリアス語を教えているのは私なんだ。だが、私の仕事が忙しくてね。なかなか勉強が進まないんだよ。だから、彼女がよくイーリアス語が分からずに間違った本を持ってきたら私の責任なんだ。実際、彼女は図書室で迷っていた。私がいなかったら、誤った本を持ってきて、皇女や君たちを困らせるところだった。本当に私の教育が至らずに申し訳ない」
サイアスさんの言葉にロビィが表情をこわばらせる。私が本を借りてこなかったら責めるつもりだったんだろうけど、それはサイアスさんも責めることになるって言われているんだもの。そりゃ、怖いよ。
「もっ、申し訳ありません。ハナさんにそんな事情があるなんて知りませんでした。以後、注意いたします」
「ありがとう。君は?」
「ロビィ、ロビィ・テトラルと申します」
「ロビィ。よく、覚えておくよ。ハナをよろしく頼む」
サイアスさんの顔は笑みを浮かべているけど、瞳は全然笑ってない。ロビィ、目をつけられちゃったね。
本当にサイアスさんは過保護だな。このくらいのこと何でもないのに。




