第1話
新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
週1回更新目指して頑張ります。
物語は第2章に入ります。
「ハナさん、行ってらっしゃい」
「ハナさん、大失敗しないでね」
ラインシート家の玄関前テラスでみんなに見送られる。大失敗って・・・・。
あぁ、マリーネさんの瞳がウルウルしてる。そんなに心配しなくても。
今日は、いよいよ侍女として登城する。つまり初出勤の日なのです。
みんなに手を振って、エリンに跨り、騎乗したサイアスさんに付いていく。私の後ろには、やっぱり馬に乗ったガルト君がついてくれている。
エリンはポクポクとゆっくりと歩く。通勤に馬かぁ、のどかだなぁ。ぎゅうぎゅうで、オジサンの加齢臭がつらかった電車が今は遠く感じられる。
王城までは森の中を抜け、城下町に続く道を進んでいくらしい。
森の中の空気は澄んでいて、鳥が鳴いている。なんだか、仕事になんか行きたくなくなる。このまま、遠乗りしたいなぁ。
サイアスさんは、私がちゃんとついてきているのか心配な様子で、何度も何度も振り返ってくれる。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。サイアスさんが振り返る度に、ガルト君が苦笑するのが聞えた。
森を抜けると城下町。色々なお店が開店準備を始めている。いいなぁ、こういうざわめき。
うわっ、あの雑貨屋さん可愛い、あのパン屋さんのパンも美味しそう。通りを抜けながら、お店でどんな物を取り扱っているのか横目でチェックする。自由にしていいって許可が出たんだもん、仕事が終わったら寄り道することもできるよね。楽しみ。
王城に到着して、サイアスさんと一緒に歩いていると、多くの人の視線を受けた。
男性たちは私の黒目黒髪を興味深げに見てくるし、女性たちは鋭くて痛いほどの視線を向けてくる。
うん、これは「なんであんな変な女がサイアス様と歩いてるの!」ってやつだな。
サイアスさん、もてるんだろうなぁ。かっこいいもんね。伯爵だし。
あぁ、女性たちに言ってやりたい。「私は単なる厄介な保護対象者です。サイアス様は多分お嫁さん募集中ですよ。どんどん応募して下さい」って。
んっ、でも。伯爵家のお嫁さんはやっぱり高位の貴族じゃなきゃダメなのかな。この世界って身分制度があるものね。私にはそういうの全然理解できなくて、お屋敷の人たちと友達のように接している。サイアスさんは、私が使用人の仕事を手伝ったりすると、最初はあまりいい顔はしなかった。今は慣れたみたいで、あまり職分を侵すなって言って笑うけど、自分のことは自分でしたいし、お屋敷の人たちはみんな優しくて楽しくて、それにお世話にもなっているからお手伝いしたいんだよね。
近衛の執務室に行く前に、女性騎士の更衣室に通されて乗馬服を侍女の制服に着替えた。
侍女の制服は、濃紺の踝まであるワンピースで襟と袖の返しは白色だった。余計な装飾は一切ついていないし、着やすくてまぁまぁ動きやすい。空手の型をとってみても、動きが阻害されることはない。これなら危急の時にも、すぐに動けるだろう。
部屋を出ると、サイアスさんが待っててくれた。
「似合うな。シンプルで動きやすいから、ハナの好みに合ってるだろう」
「はい。早速、空手の型をとって試してみました」
私の返答にサイアスさんは苦笑いした。
「よお、来たな」
近衛の執務室に着くと、ジャック団長が席から立って出迎えてくれた。
「はい。よろしくお願い致します」
一応、今日から私の上司になるので、深々とお辞儀をしておく。
「サイアス、ハナの勤務内容について説明を」
「はい。ハナ、登城したらまず、アリシア皇女の部屋に行き侍女業務だ。アリシア皇女に特に予定がなく、女性騎士が傍に控えることができる時には、近衛の騎士の訓練に参加して騎士たちに体術を指導してくれないか?」
「えっ! 訓練に参加!?」
サイアスさんの説明に驚く。精鋭の騎士たちに空手を教えるの?
「サイアスの提案だ。一日中部屋にいるのは、お前にとって苦痛だろうからとな」
団長の言葉に、サイアスさんを見ると「じっとしているのは、苦手だろう」と苦笑している。
「さすが、サイアス様。ありがとうございます。ずっと部屋にいたり、じっとしてる時間が長かったら、苦しくてつらいなと思っていたんです」
ほんと、よかった。訓練に参加できれば、勘が鈍ることも防げるし。本当にサイアスさんは、私の事を良くわかってくれる。
「それと、皇女の部屋の管理をしているのが、このイアンだ」
団長に紹介されたイアンさんを見て、この世界に来て初めてホッとできる顔に出会ったと思った。キラキラしてないよ、親しみやすよ! あれだ! ハリー・〇ッターに似てる! 嬉しくて思わず、
「ハリー、よろしくお願いします。あぁ、普通の顔に会えて嬉しいです」
と両手でイアンさんの手を握って、ブンブンと振ってしまった。
「・・・・副団長。どういう教育しているんですか」
イアンさんは眉間に皺を寄せて、サイアスさんを見た。
「すまない・・・・」
サイアスさんが謝ってる。また、やってしまった。
団長は肩を震わせて笑い声を上げるのを我慢していた。
「クサノ・ハナをお連れしました」
イアンさんに連れられて、アリシア皇女の部屋に通される。
はぁ、綺麗な部屋。暖色系の色で可愛らしくまとめられている。調度品の一つ一つもセンスが良くて、皇女の感性の良さが感じられた。
絨毯は替えられたみたいで、私が来た時とデザインが違っていた。そうだよね。豚汁の染みのついた絨毯を皇女様の部屋で使い続けるわけがないよね。
「あぁ、ハナ。待っていたのよ」
皇女は微笑んで私を迎え入れてくれる。こんなきれいな人に“待っていた”なんて言われたら、ドキドキして緊張しちゃうよ。『イーリアス王国の至宝』って言われるのにも頷ける。とても私と同じ歳とは思えない。
アリシア皇女は、来年の秋に西の隣国カートリア皇国に嫁ぐことが決まっている。政略結婚なんだろうけど、一人で他国に行くって不安じゃないのかな。サイアスさんから、相手は5歳年上でカートリア皇国では高く評価されている皇太子だって聞いた。結婚が決まってから、何度か皇女に会うためにこの国に来訪しているっていうから、いい人なんだろうけど。
サイアスさんは、皇女がカートリア皇国に嫁いで、両国の絆がゆるぎないものになると困る王族がいるってことも話してくれた。誰なのかは教えてくれなかったけど、皇女をその魔の手から守って無事に嫁げるようにしないとダメらしい。空手しか知らない私が、剣を自在に操る暗殺者と対峙できるか不安しかないけど、やるしかない。
「アリシア様、初めまして。クサノ・ハナと申します」
マリーネさんから教わったお辞儀と笑顔で挨拶する。
「まぁ、ずいぶん練習したのね。綺麗な所作だわ」
皇女からお褒めの言葉をいただいた。やったよ、マリーネさん。特訓の成果が出たよ。
「わたくしの侍女を紹介するわね。ラリッサお願い」
声をかけられた茶色に碧眼の小柄な女性が、侍女たちの紹介を始めた。
「私はラリッサ・フリンと申します。こちらがメイ・サラシア、そしてロビィ・テトラル、イライザ・クレイ」
ラリッサさんは、3人の侍女たちを次々と紹介した。この3人の他に、亡くなった侍女といなくなった侍女ナナ・グラシアがいたらしい。侍女の補充をすべきなんだろうけど、皇女が狙われている中、新しい侍女を配置するにはリスクがあるってそのままになっているらしい。
私は異世界人で一番怪しいのに、よく採用されたよ。ウィル皇子はなに考えているんだか。
侍女さんたちは皆とても綺麗だった。マリーネさんは王族や貴族、騎士の目に留まって奥方や愛妾になる侍女もいるって言ってた。わからなくはない。けど、愛妾って愛人だよね。そんなの嫌だな。まぁ、私には関係ないことだけどね。
ラリッサとメイは優しい感じがするけど、ロビィとイライザは私のことを睨むように見てくる。
「よろしくお願いします」って言っても返事を返さなかったのはこの2人。挨拶くらいしてよ。あぁ、そうだ。サイアスさんに言われたこと追加しなきゃ
「ご存知とは思いますが、私はニホンという国から来た異世界人で、現在ラインシート家にお世話になっています。この国のことには不慣れでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願い致します」
ラインシート家という言葉を出した途端、ロビィとイライザの表情が驚きに変わって、さっきより更に鋭い視線を向けてくる。「得体のしれない異世界人が、憧れのサイアス様のお屋敷にいるなんて!」って感じかな。わざわざこんなこと言って、反感買う必要ないのに、サイアスさんも何考えているんだか。
「ハナを保護しているのはサイアスなのよ。でも、ハナ。サイアスにお父さんは可哀想だったわ」
皇女が苦笑すると、侍女たちは驚愕の表情で私を見た。はい、はい。お父さんはかなり失礼でしたよね。
「反省してます。お兄さんにしておけばよかったって」
「それでも可哀想だわ」
皇女は小さな声で呟いたけど、意味がよくわからない。この国には、お父さんとお兄さん以外に親切にしてくれる男性のことを表現できる言葉があるのかな。後で、マリーネさんに聞いてみよう。




