第14話
あぁ、苦しい。
今日は朝早く起こされて、軽食を摂って、登城準備をしている。
まず、髪を細かく編み込まれて、宝石で作られた花の髪飾りをちりばめるようにいくつも挿された。
化粧は、肌がきれいだからって薄くしてくれたけど、目元や唇を華やかに彩られる。
ドレスは、サイアスさんのお姉さんのローゼさんが着ていたものなんだけど、お針子さんが徹夜して手直ししてくれた。昨日はブカブカ(主に胸部)、ズルズルだったドレスが一晩で私に合うようになっていた。すごいよ、ラインシート家。
ただ、このドレス・・・・私の好みじゃない。マリーネさんや侍女さんたちは、私に似合うって言うけど、豪華すぎるんだよ。淡いピンク色で編み込みレースやシフォンとか装飾がたくさんついてるし、キラキラしているのは宝石かな。それがいくつもついている。
日本だったら、いくらくらいするんだろう。情報番組で見た有名デザイナーのファッションショーやセレブの衣装でも見たことがない。それを、私が着ていいのだろうか。動きすぎて宝石が取れちゃうかもしれない。あぁ、ジャージが恋しい。
侍女さんたちがドレスを着せてくれる間、マリーネさんは礼儀作法や淑女のマナーなどを教えてくれた。おばぁちゃんのお説教を思い出して、少し目がウルウルしてしまった。マリーネさんは、それを見て察してくれたのか、黙ってギュッと抱きしめてくれた。
「お待たせしました」
マリーネさんに手を引かれて階下に降りる。
サイアスさんは目を見開いて、口を半開きにした後、慌てて「綺麗だよ」って言ってくれた。本当かなビックリするくらい変だったんじゃないのかな。
ツイルさんも、ガルトさんも私を見て驚いてる。変なんだろうな。
カッセル爺さんだけは、笑いをかみしめて肩を震わせている。まったく、正直な爺さんだよ。
「不安か?」
馬車の中で黙り込んでいると、サイアスさんが聞いてきた。
「ううん、大丈夫です。王様の前で粗相しないといいなと思って」
苦笑いと共に返答した。だって、王様になんて会ったことないし。というか、日本に王様いないし・・・・。
ある程度の礼儀作法はマリーネさんに習ってきたけど、王様の前でうまくできるかどうか。考えるだけで、緊張してしまう。
「ガレル国王は温厚だ。多少の失敗で叱責することはないよ」
サイアスさんも苦笑いして返してくれた。私の緊張はその言葉と笑顔で少し収まった。
国王との謁見は特別な部屋で行われるのではなく、プライベートな応接室で行われるらしい。
サイアスさんに付いて長い廊下を歩いていると、進行方向の壁際に控える近衛の騎士がいた。副隊長のサイアスさんが通りすぎるのを待っているのだろう。その中の1人の騎士と目が合った。
「あっ、ニール!」
思わず声が出た。ニールは私に顔を向けると目を見開いた。
「異世界人!」
ニールの顔のブツブツはだいぶ良くなっていた。洗顔を積極的にやっているんだな。よしよし。
「顔のブツブツ、良くなったじゃない」
「お前のお蔭じゃない! 団長とセイン医師のアドバイスのお蔭だ」
「良かった。めっちゃ、落ち込んでたから、悪かったなぁって思ってたんだ」
「ハナ」
サイアスさんの声に、我に返る。そうだ、今日は淑女、淑女なんだ。おとなしく慎み深くしてなくちゃ。
「それでは、ニール様。失礼いたします」
ニールに軽く会釈をして、サイアスさんの後に続こうと前を向きかけた時、
「あの時は、悪かったな」
ニールがボソリと謝ってきた。黙ったまま笑顔で礼を返すと、ニールは赤くなって背を向けて去って行った。よかった、悪い奴じゃなかったんだ。彼は強そうだし、一度手合わせしてみたいな。
楽しい気持ちでサイアスさんの方に向くと、彼は何とも言えない顔で私を見ていた。
あれ、これって怒っている時の空気と一緒だ。
そうだ、軽々しく男の人と話しちゃいけないんだった。やってしまった。
「よう、ハナ。おっ、馬子にも衣装だな」
団長が私たちに向かって歩いてきた。
相変わらず適当な感じで、私のことを頭から足元まで見まわしている。不躾な視線に睨み返すと、
「ははっ、さすがラインシート家だな。侍女の手が行き届いているようだ。それなりに令嬢にみえるぞ」
奴は今度は、くるくると私の周りを回りだした。
「ジャック・・・・」
サイアスさんが呆れたように返している。本当に気のきかない奴だ。いつか目に物見せてやる。
国王の応接室は煌びやかだった。フカフカの絨毯に、数々の絵画や装飾品・・・・。ラインシート家もすごいけど、ここはそれ以上にキラキラしていて、目がチカチカしてしまう。
室内にはこの煌びやかさに負けない人々が揃っていた。
ガレル国王は、六十歳近いと聞いていたけど、若々しくて渋い感じがする。彼は表情には温和な笑みを湛えて居るけど、瞳の奥はしっかりと私を見据えていて、どんな人物なのか見極めようとしているのを感じた。そりゃそうだよね。異世界人だもの、怪しいよね。
国王の隣には、超美形のウィル皇子。
さらにその隣を見て衝撃を受けた。お人形だ! 実物大のお人形が座っている! 長く緩くウェーブのあるプラチナブロンドの髪に、翠玉の瞳を持ったお人形! 本当に生身の人間? どことなく超美形に似ている彼女は、私の着ているドレスとは比べ物にならない、豪華なドレスをまとっている。暫く彼女から目が離せなかった。
気を取り直して、周囲を見回すと、主治医としてセイン医師も同席していた。それにハリウッドの渋い俳優系に属する団長。そして、サイアスさんがいるこの部屋は眩しくて仕方がない。自分だけが浮いているような感じがして落ち着かない。
なんだか息苦しさを感じていると、サイアスさんが背中をポンポンと軽く叩いてくれるのを感じた。
ホッとする。サイアスさんのお蔭で落ち着いて前を向くことができた。
「イーリアス王国には慣れたか」
国王が声をかけてくれる。
「はい。ラインシート家のみなさんが良くしてくだひゃるので」
うぅ、舌が良く回らない。
「早速だが、クサノ・ハナ。今回は頼みがあって登城してもらったのだ」
席に着くとウィル皇子が話し始めた。
「はい、伺っています」
「妹のアリシアの侍女になってくれないだろうか」
「へっ、私が侍女ですか?」
あのお人形みたいな綺麗なお姫様はアリシアっていうんだ。お姫様の侍女をしてほしいってこと。
「アリシアは、今月2回も命を狙われている。先日は浴室に忍んでいた女の暗殺者に襲われ、侍女1人を失い、女性騎士が深手を負った」
ウィル皇子は、苦しそうに顔を歪めた。
「浴室?」
男性騎士が入ることのできない場所に忍び込んだんだ。でも、女性騎士はどうしていたんだろう。
私が疑問を表情に浮かべると、
「女性騎士には爵位の低い者か平民出しかいない。皇女付きの侍女たちが、皇女に近づけたがらない」
団長が苦虫をつぶしたような顔で答えてくれた。
「でも、私も平民ですよ」
「だが、立場は特殊だ。君は身分にも臆せず、この世界にない体術を極めている。それに、優しく素直な性格。これらは、他の侍女の意識を変えていける可能性持っていると思う」
皇子はそう言うけど、実感がない。それに刃物をもった暗殺者に対するなんて怖い。
んっ、ちょっと待て! そうだ! 皇女の部屋は私が現れた場所だって聞いている。そこに勤めるようになれば、日本に帰れる手がかりが得られるかもしれない。
「わかりました。私でよければお引き受けいたします」
「ありがとう。では、王城に部屋を用意しよう」
皇子は、背後に控えている年かさの侍女に、指示を出そうとする。
「えっ? 王城に住むことになるんですか」
「あぁ、侍女の多くはそうしている」
「あの、それは困ります。ラインシート家から通うことはできませんか」
ラインシート家から出たくない。2週間くらいしかお世話になってないけど、ラインシートのお屋敷は私にとって特別の場所になりつつあった。
「どうして」
ウィル皇子は不思議そうに聞いてくる。
「あの・・・・ラインシート家には、母のように良くしてくれる人がいるんです。お爺さんや、お兄さん、お姉さんのように思える人もいて、私にとって大切な場所なんです。王城に住まなくちゃならないなら、侍女は引き受けられません」
私の言葉にウィル皇子は困った顔をした。サイアスさんも驚いている。でも、これは譲れない。
「家族のようなんだ。それは今の君にとって大切なことだね」
セインさんが、皆の沈黙を破る。
「はい」
「ちなみに、サイアス君の役割は?」
「サイアス様?」
みんなが私を見ている。サイアスさんか、あんまり考えたことないな。保護者だし、心配かけてよく怒られるし、でもよく話も聞いてくれて・・・・あぁ、そうか。
「お父さんです!」
私の答えに、サイアスさんはがっくりとうな垂れた。しまった! そうだよね。お父さんはあんまりだ。お兄さんにしとけばよかった。
「アハハ」
ひときわ大きな声で団長とセインさんが笑っている。微妙な顔をしているのは王様と皇女。
「わかった。ラインシート家から通うということでいいだろう」
ウィル皇子は苦笑いしながら答えてくれた。
「ありがとうございます!」
よーし、侍女か頑張るぞ。日本に帰る手がかりも見つける!
それにしても皇女さまは誰に狙われているんだろう。




