第12話
読んで頂きありがとうございます。
途中から視点がハナからサイアスに変化します。読みづらかったら、ごめんなさい。
「サイアス様! 下がって」
私の声に、超美形の右斜めに控えていたサイアスさんは、素早く反応して後ずさった。
それと僅差で、右側から超美形に迫る敵の後頭部に向かって回し蹴りを放つ。敵は不意を突かれ、上半身を崩したがすぐに立て直した。
得物を持ったままの敵と向き合うと、敵からは黒い気がユラユラと立ち上り、その気が場に満ちた。
強いな。構えを整える。長いスカートはとても動きにくいけど、やるしかない。
左側では、ドシャと人が地面に叩きつけられる音がした。さすが武術バカ、瞬殺だね。
敵は私に向かって小剣を構え、突っ込んできた。半身をひねって剣を躱すと同時に足払いをかけ、敵のバランスを崩す。その隙に背部にまた回し蹴り、遠慮なく全身の力をかけると、敵は地面に倒れこんだ。それをサイアスさんが取り押さえてくれた。
サイアスさんとちょっと目が合ったけど、めっちゃ怒っているのがわかって身体が震えた。鈍感といわれる私にも、今回のサイアスさんの怒りは十分に伝わりました・・・・。
賊が連行されてその場が鎮静されると、私とツイルさんは警邏隊の詰め所に呼ばれた。
「サイアス様、申し訳けありません」
ツイルさんが深く頭を下げた。
「ごめんなさい。私が市場に行きたいってツイルさんにお願いしたんです。ツイルさんは悪くありません」
私もツイルさんの隣で頭を下げる。
「ハナ、保護期間中は屋敷から出ないよう言ってあっただろう。ツイルも役割を忘れてはいないか」
サイアスさんは眉間に皺を寄せて、こめかみに指を当てている。うー、ごめんなさい。
私とツイルさんはうなだれて、サイアスさんの言葉を聞いていた。
「サイアス、そのくらいにしてやれ。彼らのおかけで私は無事だったんだから。お前も一瞬の隙を生じて襲撃を招いただろう。彼らがいなければ負傷していたかもしれないぞ」
よく通る深みのある声とともに超美形が部屋に入ってきた。声もいいなんて、こんな人もいるんだ。すごいな、イーリアス王国。
「申し訳ありません」
サイアスさんが超美形に頭を下げる。違う、違う。サイアスさんのせいじゃない。
「サイアス様は悪くありません。私が市場にいるのを見て驚きすぎちゃったんです。だから私が悪いんです。それに、私とツイルさんが動いた後、サイアス様はすぐに敵への体制を兵に指示していました。私たちがいなくても、超美形さんがケガするなんてことなかったと思います」
超美形に近寄り、拳を握って力説する。私のせいでサイアスさんが責められるのは嫌だ。
「チョウビケイサン? でもねお嬢さん。ああいった場では一瞬の隙が命取りなんだよ」
超美形はにっこりと微笑んだ。あぁ、すごい眩しい。
「お嬢さん、顔を見せてくれるかな」
帽子とケープを取ると、視界が広がり超美形が大きく目に入ってきた。彼はすごい美形だった。このキラキラしさは、セインさんに通じるものがある。プラチナブロンドの髪はサラサラ、キラキラしているし、紫色の透明度の高い瞳に高い身長。はぁー眼福、眼福。しっかし、この国の顔面偏差値高いな。
「君がクサノ・ハナだね。聞いていたより可愛らしいお嬢さんだ」
聞いていたより? 誰だ超美形に私のことを報告したのは。あぁ、あの騎士団長かもしれないな。なんか雑で適当な感じだったもんな。きっと「平面顔の小娘」とか言ったんだろう。
「ツイル・ホーネット、クサノ・ハナ。今回は助かった。追って礼をとらせる。ではな」
超美形は鷹揚に言い放つと騎士を従えて退室していった。
「サイアス様、今の誰?」
「ウィル・ワット・イーリアス皇子、この国の王位第一継承者。つまり次期国王だ」
「へっ!? えーっ」
皇子様だったんだ。どうりで、常人とは違ったオーラが放たれていると思った。
「皇子のお言葉でこの件は仕舞になると思っているだろうが、お前たちが勝手に市場に来たことは不問にはできないぞ。おとなしく屋敷で待つように。わかったね」
「はい」
私とツイルさんは、がっくりと首を垂れて返事をした。
その後、みんなと合流してお屋敷に帰ったけど、車中ではぐったりと無言で過ごした。ちらりとツイルさんをみると、深い溜め息をついてずっと俯いていた。あー、ごめんなさい。
☆
皇子を部屋に送り、近衛の執務室に戻るため城内を歩いていると、周囲が落ち着かずざわめているのを感じた。何事か起こったのだろうか。先日の皇女の毒殺未遂といい、今回の皇子の襲撃といい、敵方が焦ってきているのがわかる。尻尾さえ掴めれば、現在の地位から降ろせるものを。
「おっ、サイアス。いいところに戻ったな」
執務室に入ると、ジャックが開口一番近寄ってきた。ジャックの顔は通常とは違って、真面目なものだった。彼がこんな表情になるのは、あまり良くないことが起こった時だけだ。あぁ、早く屋敷に帰りたいのに。
「皇女が襲われた」
「えっ、アリシア皇女が! 皇女は、無事なのですか」
「あぁ、受傷はしていないが、精神的にな・・・・」
ジャックは表情を曇らせる。
「状況は」
ジャックに先を促した。
「皇女の浴室に女の暗殺者が現れた。どうやら、リネン類を届けた使用人の中にまぎれて、他の使用人が去った後もそのまま浴室に潜んでいたらしい。女性騎士レイラが対処したが、対応の遅れから深手を負った。それに、侍女1人が犠牲になっている」
「暗殺者は」
「逃げられた」
ジャックは舌打ちをして、悔しそうな表情を浮かべた。そうだろう、毒殺に次ぎ今回の暗殺未遂だ。近衛の威信にかけても早々に犯人を捕らえなくては。
「レイラは浴室に接した控え部屋で待機していたのでは」
騎士レイラは、女性騎士の中では剣の腕が立ち、僅かな異変を察知し即座に対応できる能力を持った騎士だ。一体どうして。
「それがな。皇女のプライド高い侍女たちが、無爵位の騎士を皇女の傍に近づけるわけにはいかないと、控え部屋に入れてもらえなかったそうだ」
「バカな」
怒りに拳を握る。くだらないプライドが、危機を招いたことに侍女たちは気付いているのだろうか。しかも、犠牲者が出ていることをどう感じているのか。
「本当にな。だがなぁ、女性騎士は平民出や爵位が低い者が大半だ。侍女たちの意識を変えていくしかないんだろうがな」
ジャックはため息をついた。
「皇女のところには」
「あぁ、今から行くところだ」
皇女は、犠牲になった侍女や深手を負ったレイラを前に、取り乱していたらしい。お優しい皇女のことだ。悲しみは深いことだろう。皇女の命を絶つことはできなくとも、今回の襲撃で皇女の心は深い傷を負ったはずだ。敵はそれだけでも満足しているかもしれない。
「あぁ、ジャック、サイアス」
ジャックと共に皇女の部屋を訪れると、真っ赤に目を腫らしたアリシア皇女が、最も信頼している侍女ラリッサに支えられてソファに座っていた。
「この度の警備の落ち度申し訳ありません」
ジャックと共に頭を下げる。
「いいえ、侍女たちを制することができなかったわたくしも悪いのです。侍女を失い、騎士レイラにも深手を負わせてしまって」
アリシア皇女が頭を振ると、翠玉の瞳からは涙が零れ落ちた。
私たちが皇女を前に言葉なく立ち尽くしていると、侍女がウィル皇子の来訪を告げた。
ウィル皇子はアリシア皇女の実兄だ。国王と約2年前に亡くなられた正妃との間には、ウィル皇子、イーガル皇子、アリシア皇女がいらっしゃる。西の隣国と東の隣国から迎えた側妃の皇子や皇女も含めると、国王には皇子4人、皇女5人のお子様がいることになる。
「アリシア」
「ウィル兄さま」
アリシア皇女は皇子に抱き着いて、嗚咽をこらえていた。
「サイアス」
ウィル皇子は、アリシア皇女の背を撫でる手を止めて、私の方を見た。瞳には怒りと決意が見て取れた。
「はい」
「ハナに、アリシアの侍女を頼めないだろうか」
「はっ!?」
私は皇子の突然の言葉に思考が停止し、まともな返答をすることができなかった。




