第11話
「ツイルさーん、どこに行くんですか」
ツイルさんと数人の使用人が、馬車に乗ってどこかに出かけようとしているのを見かけて走り寄った。
瞬間、ツイルさんが“やばい、厄介なのに見つかった”って顔した。そんなに露骨に表情に表さなくたっていいじゃない。
「市場に買い出しです」
ツイルさんは、私と目を合わさずに素っ気なく答える。
「市場!!」
「ダメです!」
「まだ何も言ってないよ!」
「連れて行ってくれと言うんでしょう。10日経ったとはいえ、あなたはまだ監視期間中です。それに病み上がりではないですか。体調を崩しでもしたらサイアス様に叱られてしまいます」
「えーっ、もう身体は大丈夫だよ」
私がその場でピョンピョン飛び跳ねると、買い出しの使用人たちが笑いだす。
「あなたは、サイアス様が本気で怒った時にどうなるか知らないから、そんなことが言えるのです」
ツイルさんは空を見つめて遠い目をした。
「そんなに怖いんだ」
「えぇ、あの無言の威圧感は半端ではありません」
「あーっ、あれね。時々あるね。噴水事件の時とか寝間着でウロウロ事件の時とか」
つい先日、夜中に水が飲みたくて寝間着のままで厨房に行った時、サイアスさんと鉢合わせて、なんとも言えない表情で暫く見下ろされていたことを思い出した。
「あれ、怒ってたんだ」
「・・・・どれだけ鈍感なんですか」
ツイルさんが呆れた表情を浮かべる。仕方ないじゃない。生活様式や習慣が全く違うんだから。
それより、市場、市場。連れてってくれなかな。私はじーっとツイルさんの目を見つめた。
ツイルさんは胡乱な目で私を見返す。しばらくにらみ合いが続いた。
「ツイル。諦めなさい」
マリーネさんが、なかなか出発しない馬車を見て駆け付けた。
「しかし、マリーネ」
ツイルさんが珍しく弱気な声を出す。
「ハナさんが諦めるわけないでしょう」
「・・・・わかりました。ただし、私から絶対に離れないでくださいよ」
「了解!」
私が元気に答えると周囲から笑いが漏れた。
「ハナさん、これを被って下さい。黒目、黒髪は目立ちますので。」
マリーネさんは私に帽子をかぶせて、顎の下で紐を結んだ。さらに冷えないようにとケープをかけてくれる。これで外側から私の瞳と、髪はすっぽりと隠された。そうか、黒目黒髪は目立つのか。こんな容貌なのはこの世界で私だけなんだろうな。少し気が沈む。
「さぁ、お似合いですよ。楽しんできて下さい」
マリーネさんが、私をぎゅっと抱きしめてくれる。あぁ、温かい。
「マリーネ、ハナの黒目黒髪が隠れたら市場でやりたい放題するかもしれませんよ。サイアス様に叱られるのはあなたですからね」
ツイルさんがマリーネさんに苦笑しながら言うと、馬車中から「そうだな」「やりたい放題しそうね」なんて声が聞こえて、笑い声が一斉に上がった。信用ないなぁ。
「まぁ、その時はその時よ。連れて行ってもらえなくて、落ち込んでるハナさんをみるのも辛いわ。さあ、いってらっしゃい」
マリーネさんの声かけで馬車が出発する。馬車はホロ付きで伯爵家のものとはわからないようになっていた。ツイルさんはちょっとラフな服装で御者台に乗っている。
市場には30分程度で到着した。
円形の広場には様々な店があって、その数の多さに驚いた。活気があって、テレビで見る築地とか年末の御徒町みたいな感じだった。
使用人たちは、お金とメモを渡されて各所に散って行く。
「食材とか生活用品とか、業者が届けてくれるのにわざわざ買い出しするの?」
「時々、市場調査しているんですよ。市場の物と配達される物の価格が著しく違って高額を示す業者とは、取引を打ち切るようにしています」
ツイルさんは、お金をカバンにしまって出かける準備をしながら言った。
「あっ、いい匂い」
匂いのする方に足を踏み出した途端、グイっと手を引かれた。
「思った通りですね。ハナ、あなたには注意力が足りません。空手をしているときの集中力、注意力にはすざましいものがありますが、日常生活では全くの腑抜けです」
「なっ、なんですと」
「ほう、反論できるものならしてみなさい。私が手を掴まなかったら、あなたはこの市場で絶対に迷っていたはずです」
「うっ」
方向音痴の私のことだ、ツイルさんに止められなかったら、本当にその通りになっていただろう。くそう、反論できない。
「いくらあなたが強い女子でもここには路地裏が多いし、ゴロツキやならず者も多い。そんな奴らに囲まれ、連れ込まれたら・・・この意味わかりますよね」
ツイルさんは眼鏡の奥の目を眇めて私を見た。ひゃーっ、こっ、怖い。わかりました。わかりました。
「はい! ツイルさんから絶対離れません!」
市場には物や人が溢れていた。様々な物質が並ぶさまに、この国の豊かさを感じた。
私は不本意ながらツイルさんと手をつないで歩いている。キョロキョロして興味のある方に身体が向くと、すぐに手を引かれる。自由に見たいなぁ。不寝番は付かなくなったけど、まだ監視期間中だから仕方ないか。
「では、その小麦の大袋を5袋お願いします。それと」
ツイルさんは穀物屋さんでいろんな穀物を購入した。使用人たちがそれを担いで馬車に積み込む。穀物、つまんない。
ぼんやりと市場中央の広場をみていると多くの子供たちが各店で働いているのが見えた。
「結構、子供たちが働いているんですね。学校はないの?」
「学校に行ける平民の子は少ないですからね。あぁして親を手伝っている子どもは多いですよ。それに、地方から親についてきている子や奉公に出されている子もいるでしょう。イーリアス王国では確認されていませんが、子どもを売買するような国もあるようです」
ツイルさんは事もなげに言った。
「全然違う・・・・」
私の暮らしていた日本とは全然違う。ショックだった。
「どうしました、黙り込んで」
「私のいた日本はそこそこ平和で、子供たちはすべてじゃないけど守られてました。勉強はできるし、大半は食事にも困ってない」
「豊かなのですねニホンは。イーリアス王国でも改革は進めていますが、なかなか難しいですからね」
「豊かなのかな・・・・。でも、児童売買は聞いたことがある。ほかの国のことだったけど」
「売られた子どもは男は働き手として、女の子は娼館に買われたりしますね」
「そうなんだ・・・・」
私は市場で働いている子どもたちの動向を観察した。笑顔のみられる子どももいればつまらなそうに、辛そうに働いている子どももいた。
「さぁ、屋台に行きましょう」
ツイルさんの言葉に、暗い気持ちから引きずり出される。
「えっ」
「食べたいんでしょう。いい匂いがするって、ずっと言ってたじゃないですか」
「いいの!?」
「えぇ、私のすべきことは終わりましたので。お付き合いしますよ」
「ありがとう! ツイルさん」
屋台は肉を焼いたもの、クレープみたいなもの、焼き団子みたいなもの、菓子が並べられたワゴンなど目移りしそうなほどたくさんあった。お肉もいいし、うーん、あの野菜とソーセージの串焼きも美味しそう。どれにしようか迷っていると大変なことに気付いた。
「お金持ってない」
私の言葉にツイルさんはクスリと笑って、手のひらに500円玉くらいの大きさの硬貨を置いてくれた。
「これは100ガロンです。これ1枚であの5枚入りの焼き菓子が5袋買えます。さぁ、お金の使い方の実地訓練ですよ」
「ありがとうツイルさん」
私はお肉の串焼きを食べて、それから焼き菓子を2袋買った。久しぶりの買い物を楽しんでいると、急に手を引かれた。ツイルさんを見ると、棒立ちになって前方をみてる。心なしか顔色が悪い。どうしたのツイルさん。私もツイルさんの視線の先を追って、全身が凍り付いた。
サイアスさんだ! やばっ!
サイアスさんもこっちを見て固まってる。そりゃそうだろう、監視中の異世界人が、市場で自由に買い物してたら動けなくもなるよ。下手したら始末書ものだもの。
でも、どうしてこんな時間に市場にいるの。格好も騎士の制服じゃなくて、ちょっとラフな格好だ。あっ、サイアスさんの隣に、すごい美形がいる。サイアスさんのあの立ち位置は・・・護衛なんだ。じゃ、あの超美形は王族なのかな?
「あっ」
「気付きましたか」
「うん。左右に1人ずつ」
超美形からまだ少し離れているけど、確実に彼を狙ったように左右から近づく影が見える。
「私は左に行きます」
「うん、右は任せて」
ツイルさんと私は同時に、超美形に向かって駆け出した。




