女神に至る道
バーン帝国の帝都シュバイン。
それは近隣国家を見回し比較しても世界最大規模であり、世界最先端の文化を誇る、美しい街並みの都市だ。
だが、帝都シュバインは今、大規模な都市再編を行っていた。
「馬車がね、危ないのです」
この世界で使われる車といえば、畜力で動く馬車が主流だ。
車の部分をホロで覆い、馬に牽かせる、そんな乗り物である。
時速は最大10㎞と地球の車に比べれば徐行運転並の遅さだが、荷物の量や連続移動距離を馬無しの人力車と比較すれば、とても速い移動を可能にする帝国の主力搬送車両である。
理沙は帝都を散策した折、馬車が実際に走るのを見てオーグに注進を行った。
いわく、
「交通事故が怖いのです」
との事だ。
日本だけではないが、交通死亡事故は無視できないほど多い死亡理由である。
そんな世界で育った理沙には、この世界の馬車事情が遅れている、改善すべきものに映ったようだ。
「にっぽんでは、どのようにしていたのだ?
いや、にっぽんの馬車はどのように管理されていた?」
オーグは理沙の言葉を無視することなく、真剣な顔で問う。
理沙の、帝国には無い常識を取り込むことは帝国にとって有意義である可能性が高いと考え、子供の言葉と侮らずにいるからだ。
「はいです。日本では――」
今回は日本の交通事情が取り入れられるようであった。
オーグは理沙の話をまとめ、帝都の大規模再編を決意した。
「よいか! この新たな法を帝国全土に通達するのだ!
軍は荷車の再設計を急げ!
帝都の再編に遅れるなよ!!」
同時に、新しい法律を作って帝国全土に今後の帝国の馬車・荷車業界に規制をもたらす。
軍はその法律に基づいた馬車や荷車の発注を開始。
帝国に、未来まで続く車の常識が生まれた瞬間であった。
「わー! 道が広いです!」
「そうだろう、そうだろう」
再編された帝都を見て、理沙は楽しそうである。
新しい街並みというのは、見る者の心を躍らせる効果があるのだ。
帝都の道は、統一規格によって作り直された。
帝都の外壁にある一番大きな門から伸びる道は馬車4台が並走できる幅を持つと同時に歩道が完備され、車道と歩道の間には縁石が敷かれて馬車と歩行者を分断している。
大きな交差点の真ん中にはお立ち台が置かれ、そこに立つ兵士が馬車の進行を制御しているので、一部混雑を招きはするが、馬車同士の事故が無い様に決められている。
また、一部では広い道幅を持つにもかかわらず馬車の通り抜けが出来ない歩行者専用道路となっており、歩きの者にとっては気軽に通れる道となっている。
ここまでは事故防止の意味合いが強い。
街並みだけでは分かりにくいが、道を通る馬車の大きさにも制限が課せられている。
道の広さにあわせて左右の車輪の幅と馬車全体の横幅が制限され、規定以上の大きさを持つ馬車の場合は特別に税が課せられ、通れる道も少なくなっている。
これらの新法は商人たちの猛反対を受けはしたが、皇帝の強権により違反不能な状態にあった。馬車の横幅規制などという後出しに税を払いたくないので必死だった。
だが新法が浸透するにつれその利益がどれほどの物かを理解し、商人たちは新法を喜びとともに受け入れていく。
どの馬車でも同じ規格で作られていれば馬車の整備が格段に楽になり、帝国内であればどこの職人に馬車の部品を発注しても良くなったからだ。
また、道の整備も規格が出来たことで統一性を持つようになり、地方によって道幅が違うという事も無くなったのも大きい。これまでだと馬車によっては通れない道も多くあったのだが、全ての道が通れるように整備されていったからだ。
帝国内の交通事情は一気に生まれ変わった。
このバーン帝国の車両規正法は未来まで続く車の基準とされ、1000年以上先の多くの国で道の事を「バーン」と呼ぶのは、この法が語源となるのであった。
国家単位の内政物は多くありますが、車道と歩道といった考えを導入している作品が少ないように感じます。
また、馬車をはじめとした大きなものに規格を当てはめる作品も少ないのでは、と思います。
道路整備を行う作品なら多いのですし、そこをもう少し掘り下げても良いのではないかと思います。




