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前夜

 世の中には多くのムダがある。

 いや待て待て待て。一見ムダのように思えても、べつの誰かからしたら必要でそこに在るわけで、だから、けっきょくムダなものなんてない。

 本当にそうだろうか?

 ここにかつて1軒のラーメン屋があった。そこそこ有名なチェーン店で、そこそこの立地であったにもかかわらず、けっきょく潰れてしまった。ムダだったのだ。

 いやムダじゃない。その店のラーメンを必要としているお客はたしかにいて、ただ、店側が売り上げに対して家賃・人件費等の経費を切り盛りできなかっただけの話である。

 恐竜が滅んだからといって、その存在自体がムダだったということにはならない、はず。

 本当にそうだろうか……。


 ここに、いままさに滅ぼうとしている施設がある。

 それがどんな施設か、くわしいことは言えないが、イメージ的に発電所や倉庫、荷物の集配所などをイメージしていただければと。

 ぜんぜん、まとまりがないって? 100点の例えですけど?

 ようするに膨大な電気が通う、お客様から何かを預かる、人やモノが行き交う施設ですよ。

 そんな場所は世の中にたくさんある。そして統廃合も激しい。

 最初の命題(テーマ)に戻る。その施設の有用性について、いまさらガタガタ言うのは止そうじゃないか。

 ムダだったから滅んだのか。

 必要だったけど滅んだのか。

 どちらでもないし、どちらでもある。わからないのだ。ただひとつ言えるのは、その施設がかならず滅ぶということ。

 そして、オレがそこの職員だということだ。


 まあまあ、ゆうたら沈没することが確定している船の乗組員ですわ。

 ぶっちゃけオレは非正規雇用なので、この施設が潰れようが、しったこっちゃないのだが。

 そこはまあ、しがらみみたいなものがあって、いちおうここが終了するまで居ることにはなっている。

 例えに使ったら怒られそうだが、SM○Pと似た状況だ。解散することは決まっている。だが、いますぐではない、というやつ。

 べつにその間、表立って活動するわけでもないのに……。怒られそうだね、本当に。

 そんなわけでSM○Pより3ヶ月長い来年の春まで、オレはこの職場で越冬ツバメすることになった。

 とうぜんモチベーションなど上がるはずもない。そりゃあ幻覚だって見ますよ。オバケにだって……雪女にだって遭いますよ。


 とある蒸し暑い9月の中旬、オレは生まれてはじめて雪女に出遭った。もうオレ、イヤでしたよーー。

 場所は会社で、つまり上記の施設だ。夜勤中、仮眠室での出来事だった。

 この時期でもまだ微妙に暑いので、エアコンを入れてるわけですよ。で、なんか肌寒いと思ったのだ。

 そしたら雪女が暗闇のなかに立っていた。いやもう、思わず叫んじゃったね。だが誰も気づいてもくれないし、助けにもきてくれない。

 警備員さんは館内にいることはいるのだが、彼らは夜11時の最後の巡回を終えると朝まで仮眠に入ってしまう。

 もうそれ仮眠じゃないから、本眠だから。

 否応なしに雪女とがっつり対面することになった。まさにヘビに睨まれたカエルである。

 雪女はちょっと怒ったような、でもどこか悲しげな表情でオレを見据えていた。ってゆうか、まだ彼女が雪女ときまったわけじゃない。

 なんとなくそんな雰囲気。和服姿で日本人形みたいな超ロングのおかっぱ、さらにだいぶ美人。

 彼女の周囲には粉雪みたいなのが舞っていて、それがぼんやり照明の役割も果たしている。だから真っ暗な部屋のなかでもすがた表情(かたち)がわかる。かなり便利なシステム。


「おまえは、ここの(あるじ)か」

 雪女はオレに指をさして問うた。初対面で人に指さしたら、あかんやろ。

「と、とんでもない」オレは震える声で言った。「……あなたは誰ですか。雪女?」

「私は、もったいないオバケである」

「ええーっ!」

 土間の隅で「もったいねえ、もったいねえ」ゆうてるのが、もったいないオバケちゃうんかい。

 21世紀型のもったいないオバケは雪女仕様なのだろうか。オレが雪女にこだわり過ぎているのか。


「……え、ってゆうか、雪女ですよね」

「もったいないオバケだと言うておる」

 なに、この微妙に公家くげ口調。オレは頭を掻いた。

「そのもったいないオバケさんが、いったい何の用ですか。ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ?」

「この(やかた)(あるじ)に話がある。呼んで参れ」

 命令口調! しかも館、て。

「主はいま、いません」

「いつ戻る」

「明日の朝です」

「朝は苦手じゃ」

 しらねーよ、そんなの! オレは頭を抱えた。

 だがオレは冷静さを失ってはいなかった。大事な試合で冷静さを失ったら負けだぞ(つくだ)、と漫画「タッチ」の新田君もピッチャー佃君に言っている。


 この職場(施設)の責任者はいま、いない。責任者は夜勤をしない。

 じゃあ、ですよ。現時点でこの館の主は誰だって考えると……オレだ。

 夜勤帯であるいまの時間、この施設には4人しかいない。警備さん、設備さん、そしてオペレータが2名。

 警備の責任者は警備さんだし、設備なら設備さんだ。でも彼らはいま寝ている。じゃあ、ですよ。起きているのはオペレータ2名だけ。うちチーフ・オペレータはオレ。

 そうだ、いまこの施設を預かっているのはオレだ。オレこそが夜の支配者なのだ。なのら!

 なのら……ってところまで、およそ4秒で考えた。その上で発言した。

「まあよく考えたら、いまの時間帯の責任者はオレです。オレが用件を聞きましょう」

「名を名乗れ」

 また命令口調! まったく、何様のつもりか。

「青木です」

「年齢は?」

「3*歳です」

「彼女は、いるのか」

「もう帰れぇ!」


 本当に、何なんだこのお茶目なオバケさんは。彼女は? って聞いたときの、あのドヤ顔。腹立つわー。

「フザけないでください。で、ご用件は?」

「ふむ。ガチな話をするがの……おまえたち、電気とかいっぱい使いすぎ」

「は?」

 思わず目が点になった。オレにそんなこと言われても。しかも、話題がそこそこ真当(まっとう)だったので逆に驚いた。

「あのですねえ、」

 オレは諭すように言った。オバケとはいえ女性相手だ。やさしくして、あげないとね。

「ここはそういう施設なんです。ふつうに運用するだけでも、電気とかいっぱい使うんです」

「そんなこと、ある程度承知しておる。そういうことを言っているのでは、ない」

 え、なにこの感じ……。どこかこちらの非を見透かされているような気がした。

「この館を維持する上で電気を消費するのは仕方ない。だがの。おまえたち、エアコンとかガンガンに使っておるだろ。それはいいとしても、消し忘れて部屋を出たりしておるだろ」

「うっ」

 痛いところを突かれ、オレはぐうの音も出なかった。すべてお見通しだったらしい。


 そうなのだ。たしかに心当たりはあった。

 この施設みたく常に電気をじゃんじゃん使う職場にいると、業務とは関係ないところでも電気を浪費するようになる。

 例えばいま指摘されたように、休憩室のエアコンを消し忘れたりだとか、テレビの点けっぱなんてのも日常茶飯事だ。

 ひどい場合だと蛇口の水を流しっぱなんてのも見かけたことがある。わざとじゃない、にしてもだ。

 恥ずかしながら、オレを含めてここのスタッフはエコ意識がきわめて低いと言わざるを得ない。

 もったいないオバケが出てきても、ある意味おかしくないのである。

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