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家族の風景

作者: 落葉愚人

 雨の降る午後である。

 最近、気温が高いまま雨が降る。

 温度計は、29度、湿度90%を表示している。

 暑いはずだ。

 高坂は、クーラーの無い、クローセットの奥の書斎にいるのを諦め、リビングへと行く。

 今朝になって、娘の奈々子が家族に話があるという。

 奈々子とは、まともに5年近く話をしていなかった。

 彼女が、短大を出て信用組合に就職して以来だ。

 話さなくなったきっかけは、彼女が、深夜遅く酔っぱらって帰ってきて、散々言い争いをしたのがきっかけだ。

 新入職員として、歓迎の飲み会だったようだ。

 それ以来、ちょくちょくそのような事があった。

 高坂はもう彼女に言うことはなかった。

 だいたい、奈々子が言いたいことはわかっていた。

 妻の小百合はあまりそんなことを気にしていないようだ。

 そう言えば、妻の小百合とは職場結婚だった。


 高坂の会社は、大手鉄鋼会社の下請けのシステム構築会社だった。

 社員規模は800人ほどで、新入職員はシステムエンジニア、デザイナー、プログラマーに振り分けられる。

 システムエンジニアの中でも、テクニカルSE、アプリケーションSEに分けられる。

 テクニカルSEはOS系のシステムを構築するのが主で、殆どがアプリケーションSEのリーダーとなる。

 アプリケーションSEはテクニカルSEの設計した環境の中で、システムの開発を行う。


 同じ同期入社と言うこともあり、同期での飲み会がよくあった。

 座る席はいつも一緒ということもあり次第に仲良くなっていった。

 ある時、飲み会のお知らせが届き、その場所に行ったが、来たのは小百合だけだった。

 しょうがなく二人で飲むことになった。


 店は、淡い照明のおしゃれな居酒屋だ。

 本当は、奥の座席をとっていたのだが、そこをキャンセルし、カウンターに座った。

 小百合は本当に美しく、色白で額がやたらと大きく細い目と口、細くとがった鼻と、赤みがかった頬が本当に魅力的な女性だった。


 お通しは、海老一匹を丸ごと唐揚げにしたものだ。


 二人は、最近の近況をそれぞれの部署の近況を話し始めた。

 ビールが運ばれてきて、乾杯をして、熱々の海老を頬張りながら、ビールで流し込んだ。

 カリカリの表面に、海老の濃厚な海老汁がにじみ出てきて、まるで溶けるような美味しさだ。


 小百合の目が、右手に持った海老から滴り落ちる海老汁に、柔らかくなる。

「美味しいわ。こんな居酒屋初めてかも。」

 そう言いながら、その細い口の中に海老が消えていく。

 二人は、この後注文する、料理に期待が膨らみ、その場が和やかになった。

 料理の力は、その場の雰囲気を良くする。


 高坂は、カウンター越しに刺身の盛り合わせと、焼き鳥の盛り合わせを二人前、そして、サラダを注文した。


 カウンターはガラス越しで、厨房の中が丸見えだ。

 焼き鳥は、備長炭の黄色く燃える鉄柵の上で香ばしく焼きあがる。


 刺身は、大きな水槽を泳いでいる魚を、網で捕獲しそのまま調理する。

 これは美味しいはずだと思いながら、ビールが美味しく感じられる。


 小百合の出身は、千葉の房総のほうの出だった。

 短大を出て、この会社に就職したのだとか。

 幼いころ、家のクルーザーに乗って、朝焼けを見た話をした。

「おおーっ。お金持ち。」そう思っていると、話をよく聞くと親は漁師だとか。

 そんな話をしていると、本当に身近に感じられてきた。


 刺身より先に、焼き鳥とサラダがやってくる。

 刺身は、カウンター越しでさばかれる最中だ。


 いつも高坂は、焼き鳥と言えば塩なのだが、小百合のことを考え、たれにした。

 きつね色に焼かれたそれは、ジューシーな中に甘だれと絡み合い、口の中でとろける美味しさだった。


「高坂さんは、結婚は考えないのですか。」

 小百合のビールを持った細い手が、薄明りの中で際立って見える。

「結婚?北咲さんは、どうなの。」

 高坂は、今までにない突然の展開に戸惑いながら、聞き返した。

「相手がいればすぐにでもってね。」

「相手いないんだ。」

「高坂さんは?」

 新たに頼んだ、八海山を勢いよく飲み込んだ。

 胃のあたりが熱く燃えるようだ。

 高坂には実は付き合っている女性がいた。

 大学時代の部活で知り合った他大学の女性だ。

 しかし、その娘は多才で、小説を書けば、何万部も売り出し、音楽ではロックバンドを率い、4か国語を平気で話す女性だった。

 卒業して、海外で仕事を見つけ、成田で見送って以来、連絡は途絶えたままだった。

「そうそう、僕も相手がいないな。いたら結婚するんだけど。」

 小百合の口についたビールの泡が、やけに色っぽく感じた。

 平凡な女性だが、美しさは天下一品だった。

 時は残酷にも、人を変貌させる。

 あれだけ、美しかった小百合も、子供を産んだ直後から太り始め、顔つきも変わった。

 顔つきの変貌は、どの女性も一緒なのかもしれない。

 普段目にする女性も、間違いなく骨格が変わったように変わる。

 頬骨が出て、頬っぺたが膨らんでくる。

 世の中の女性で、綺麗を保てるのは、余程美容に神経を尖らせている女性だ。


 女性のことばかりだが、男は問題外だ。

 勝手に代謝が落ち、勝手に第三次成長期へと突入する。

 子供の成長期と、少年期の成長、中年期の成長。

 まあ、みっともないほどだ。

 それこそ、少年期の華奢な体躯の紅顔の美少年が、頑丈な体躯の厚顔の中年へと変貌を遂げる。

 まるで、ポルコ・ロッソだ。

「飛べねえ豚はただの豚だ。」と意気込むも飛べなくなってしまう。


「そうそう」と言う高坂の言葉がキーワードとなり、付き合い始めるまでは、1週間だった。

 結婚が決まるまでは、ほんの3か月だった。

 こんなに、話が進むとは思っていなかった。


 高坂には親友がいた。

 もう30年も付き合っている友だ。

 名前は、名越と言ったが、まだ50を過ぎて、独身だ。

 本人はそのことにあまり頓着はしていないようで、飄々とした人生を送っている。

 どうも傍から見ていて、惜しいところまでは行くのだが、どうも押しが弱くというか、全く押す気配が無い。

「結婚する気が無いんだ。」というセリフととともに、女性は彼の元を去っていく。

 彼はいつもその姿を寂しそうに見送っていた。名越は結婚する気は無いのではなく、そこまでの押しが足りないのだ。

 歳をとれば様々な可能性が失われていく。

 DNAに刻まれているその人間の生きざまは、仕事の仕方や人との繋がりにも大きな影響を及ぼす。

 最終的に嘱託の一平職員になるのだが、誰もがその瞬間を想像していない。

「俺はこの仕事が一生続くと思うと嫌になる。」

「私はこれを一生やらなきゃいけないんです。」

 定年ももう間近の管理職達が言う。

 一生なんて続かないし、定年があるし、死だって近づいてくるし。

 その点、名越はもうそれらのことから解放されている。

 家庭というしがらみや、会社というものに囚われていることが無いようだ。

 いつ去ってもいいような気でいる。

 確か、何度か辞表も出しているようだ。

 縁は異なものとよく言われるが、彼に限っては異なことは決して起きなさそうだ。


 高坂は、そんな感じで結婚し、子供が出来た。

 一人娘だ。

 奈々子は、美しく成長した。

 顔つきは確かに小百合似だった。

 小百合より、背が高く痩せていた。

 もう何年もまともに口をきいていないが、それでも家庭の中での絆はあった。

 奈々子の様子は、小百合から逐一聞いている。

 そのため、何時だって傍にいるような気になるのだ。

 会社の仕事は順調だし、現在はテクニカルSE本部の本部長だ。

 会社も順調に売り上げを伸ばし、1,800億円ほどの企業になっている。

 社員も入社時から増え続け、今や2,000人ほどになっている。


 家のローンも17年で払い終え、今や名越ではないが、何時でも悠々自適な生活は送れる気がしていた。


「話したいことがあるの」と言う奈々子の言葉は、高坂にとって、そんなに意味があるとは思っていなかった。

 大して、可愛がってもいなかったような気もするし、彼女を気にしていたのは小百合だけだった。


 リビングのソファに腰をかけ、テレビをつける。

 この時間の番組は大したのはやっていなかった。

 競馬と、ラクビー、テレビ局一押しの番組の特番と、芸能だ。

 チャンネルスイマーをしながら、ソファに横たわる。

 確か、今日は二階のクローセットの電球を取り換え、車の洗車をする日だったが、実際何もする気が起きない。

 小百合も何やら落ち着きが無さそうに、キッチンとリビングを行ったり来たりしている。

 扉が開き、奈々子が入ってきた。

 高坂の前のソファに行儀よく座った。

 小百合はそれを見ると、紅茶を淹れて、高坂の隣に座った。

「話ってなんだ。」ぶっきらぼうに崩れた体勢を立て直しながら言った。

 それを見て、奈々子の目が吊り上がって睨み付ける。


「かあさん、どうにかして、こんな無神経なおやじ。よくかあさん一緒に居れるわね。」

 と言いながら、テレビのスイッチを切った。

 まあ本当によくとおる声だ。

「まあまあ」

 小百合も、高坂を睨みつけながら奈々子をなだめる。

 高坂は、その様子に屁とも思っていないようだ。

「そんなんだから、おやじのこと嫌いなんだよ。」

「だいたい、みんなを集めて話って何だ。会社でも辞めたくなったのか。」

 高坂には、奈々子はまだまだ子供のままだった。

 多分、10年経っても、20年経っても、子供のままの付き合いしかできない、とそう思っていた。

 それは、奈々子も薄々気が付いている。

 高坂と口をきかなくなって、5年、少しも大人扱いしないことへの反抗でもあった。

「私、結婚するわ。」

 気の強い奈々子のストレートな言い方だ。

 リビング中に静寂が支配した。

 まるで、写真のように、時間が止まった。

 高坂の頭の中を、奈々子が生まれて、幼稚園、小学校、中学、高校、短大とその中であった様々なイベントが、よみがえってきた。

 どうも混乱しているようだ。

 ふと隣の小百合を見ると、同じような状況のようだ。

「どんな人なの。」

 小百合が、恐るおそる口を開いた。

「年齢は、52歳で会社の課長。」

 高坂は、52歳という年齢を聞いたとたん呆けた頭が真っ暗になるのを感じた。

 52歳、俺より年上じゃないか。

「駄目だ、絶対に許さないからな。」

 顔を真っ赤にして、高坂が大声を出した。

「あれ、高校の時の同級生はどうなった。最近まで付き合っていただろう。」

「何言ってんの、そんなのとっくに別れてるっていうの。」

 再び、沈黙が支配する。

 何言ってるんだ、駄目に決まっているだろう。

 24歳の子供が、52歳の男と結婚だなんて、いくつ離れているんだ。

 それに、52歳で、課長だなんて、どんだけ仕事が出来ないんだ。

「奈々子、よく考えたら。まだまだ若いんだし、今後、どんないい人が現れるかもしれないのよ。」

 小百合は、家族の言うことに基本的に反対する性格ではなかった。

 高坂は、小百合と結婚して本当によかったと思っていた。

 最初、結構きつい子かなと思っていたが、言い争うこともなく、26年の歳月が流れた。

 特に変わったこともなく、ごくごく平凡な、中の上クラスの生活を送ることが出来た。

 それもこれも、同期という意識と、いつでも傍にいて当たり前だという感覚が、二人に共通してあったからだ。

 間違いなく、その男は、奈々子より早く歳をととり、奈々子より間違いなく早く死ぬだろう。

 もしかして、俺より早く死ぬかもしれない、そなると、不幸になることは確実だ、と高坂は思った。

「奈々子、俺は絶対に許さないからな。もし70やそこらで介護が必要になってみろ、40歳のお前が全て面倒を看なきゃいけないんだぞ。俺たちに頼ろうとしたって、こっちもその時には、老人だし面倒なんか看れんからな。」

 奈々子は、眉を尖らしたまま黙り込んだ。

 高坂にも小百合にも、奈々子がそんな風な顔になるときは決して、納得していないことはわかっていた。

「どうしても、彼じゃなきゃ駄目なの。」

 奈々子の目から涙がこぼれ落ちた。

「それに社内恋愛なんて、相手も相当なもんだな。だから課長のままなんだ。恋愛にうつつを抜かして、仕事がおろそかになる。俺の会社にもそんなのがいて、そいつは絶対に出世の対象から外して、ずっと係長のままだ。」

「何言ってるの。父さんや母さんだって、社内恋愛でしょうに。自分たちのことを棚に置いて、人事権を裁量するなんて、どうしてそんなひどいことするの。」

 確かに言われてみればそうだった。高坂の結婚は、入職して年度が浅いのと、同期と言うこともあり、比較的その点に寛容な時代でもあった。

 しかし、社内的には歳の差婚は、当時も今も変わっておらず、社内的にはタブーであった。

「そうは言っても、父さんたちは、同期だし、年齢だって相応だったしね。」

 奈々子のなれそめは聞きたくなかった。

 碑やな太ったじじいがわが子をたぶらかし、ましてや結婚だのって、どんなに厚かましいんだ。

 高坂は、困った表情を見せる小百合を見ながら思った。

「教育はちゃんと受けているんだろうな。」

「教育は個人の問題だけど、そんなの気にしたことないわよ。ちなみに慶央大学の文学部だけど。」

 慶央と言えば、難関で知られた大学だ。

「文学部?男が文学を勉強して何をするっていうんだ。そもそも文学やって、まともな社会人になれるはずがないだろう。うちの会社だって文学部の出身は、一人もいないはずだ。文学ってのはな、研究者になるか、小説家とか、翻訳家とか、公務員や教師と相場が決まっているんだ。一般の企業に文学を持ち込む輩は必要ないんだ。だから、不釣り合いな恋愛だのにいい年こいてうつつをぬかすんだ。」

 こうなると、どうも高坂は怒りが収まらない。実は会社でもこうである。怒りが上限を超えると、場所を考えずに爆発してしまう。

 それが、社内で社員の恐怖の対象となっている。

 社員は皆、高坂の顔色を見ながら委縮して仕事をしている。そうなるとこそこそとした仕事をする者が多くなり、ちょい悪がはばをきかせはじめる。

 仕事をしているようで、打ち合わせと称して、その中身は他人のあらさがしと、悪口と愚痴ばかりで、実は何もしていない。

 席にいない時間が増えている管理職は、要注意だ。何をやらかすかわからない。

「そいつはどんな部署にいるんだ。」

「営業支援部のお客様相談課」

 高坂の頭に血が昇るのが自分でもわかった。

「お客様相談課だと。それってメインから離れた部署じゃないか、どうしたら結婚するって話になるんだ。」

「月に一度会社で飲み会があって、最初は、大勢い飲んでいたのだけど、次第に人数が減ってきて、ついにその飲み会が、二人っきりになって、そうしているうちに、飲み会だけでなく、どこへ行くにも一緒に行き始めて、そうするとものすごく居心地が良くて、本格的に付き合うことにしたの。」

 高坂と小百合の出会いもそんな感じだった。

「まったくろくでもないやつだ。」

「会ってもいないくせにそんな言い方ないでしょ。彼は大丈夫よ。ちゃんとした人だし。誠実だし。実は会って欲しくて、今、近くにいるの。」

 指の筋肉が固くなるほど、握りしめていたコーヒーカップが、こぼれおちそうになる。

 高坂はテーブルの隅を、見つめた。

 小百合はびっくりしたように立ち上がると、キッチンの方に歩いて行った。

 多分、小百合の目が真っ赤に腫れ上がっているのが、見なくてもわかっていた。

 どうしても、その男と名越のイメージが重なってくる。

 親友だと思っていたけど、結局、一風変わった奴でいずれ何かをしでかすだろうと思っていた。確かに押しは弱く、その存在に不安定さをいつも感じている、話している時点では、しっかりしているのだが、いざ決めなきゃいけない時にちょっとした優柔さが出てしまう。周りは突然不安になり、パニックに陥ってしまう。会社での高坂が一番嫌いなタイプの人間だ。

 目の前で、奈々子がスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「うん、話した。大分怒っているみたいだけど、大丈夫。うん、今どこ。うん、じゃ。」

 スマートフォンから漏れ聞こえる声が、どうも名越に似ているような気がした。

 どうもこれから来るようだ。絶対に許せない。意地でもこの結婚をご和算にしなくては、結婚式を開いたときに、会社中の恥になってしまう。


 ピンポーンという玄関の呼び鈴が鳴る。

 いよいよ対決の時が来た。

 名越のやろう、目に物を見せてやる。

 高坂は、小柄で小太りの名越を待ち受けた。

 奈々子が軽快に玄関にかけていく。その後ろ姿は、少し楽しそうだ。

 小百合はこっちの味方だから畳みかけるには丁度いい。

 さあこい名越。


 居間のドアが開き、奈々子が手を引いて男が入ってきた。

 名越の印象とは全く別の背の高い、阿部寛を思い起こすような男が入ってきた。

 黒っぽいスーツにワイドスプレッドのシャツに幅広のネクタイ。内側にジレとポケットにチーフをし、まるでテレビの中から飛び出してきたような雰囲気だ。

 髪の毛は、少し白髪が出始めているものの、ふさふさだ。

 キッチンから出て来た小百合と二人で、立ちすくみ、その男と対峙し思わず唾をごくりと飲み込んだ。

 かなわん、圧倒される。中年で小太りのお客様相談課の課長のイメージが崩れていく。


「初めまして。白岩大輔ともうします。」

 伸ばされた手を握った。

 細く大きな手は、育ちの良さが触った瞬間にわかった。

 思わず、追い出すつもりだった高坂は、リビングのソファに座るように促した。

 これはお客様相談課の器ではないぞ、なんでそんな部署にいるんだ、高坂は思った。

「本日は、折り入ってお話があってお邪魔したのですが。」

 さあ来た、ソファに座るなりその話か。

「お嬢様と結婚させてください。」

 ちょっとタイミングが早すぎるな。

「まあまあ、僕はねまだ君のことを良く知らないんだ。そこでいくつか質問をしたいのだが。」

「ええ」

 白岩のその答えと共に、奈々子が高坂を警戒し、白岩に寄り添うように座った。

 奈々子の目は、変なことを言ったらただじゃすまないわと言うかのように高坂を睨みつけた。

 小百合も、コーヒーを白岩に出すと、高坂の隣に座った。

「出身はどちらかね。」

「生まれも育ちもこの町です。大学時代に都内の学生寮に住んでいましたが、今の会社に就職して30年になります。」

「お客様相談課ということだが、そんな雰囲気がないのだが、何か失敗でもしたかね。」

 どうやら、高坂はそこを攻撃目標としたようだ。

 奈々子の目がさらに吊り上がる。

「失礼なことを言わないで。」

「いいえ、大丈夫です。実は・・・」

 そらきた、これだけの人材、絶対に何かあるに違いない。

「祖父の代からなのですが、私の親はこの町の機械メーカーを経営してまして、会社名はJCNビリオンマシーンという会社でして。」

 JCNビリオンマシーンと言えば、一部上場の資本金1,000億円 従業員 2万人の大企業だ。

 世界シェア80%を超す製品の製造販売で、世界的に見ても超優良企業だ。

「親もそうでしたが、社長が代替えするまで、外の企業に居なければならないという決まりがありまして、今回、親が会長になるということで、私がそのポジションにつくことになりまして、そのためそれまでいた法人営業本部から退職までの間、お客様相談課に異動することになりました。課長職にとどまっていたのは、重役につくと会社に迷惑と考えての上です。」

 高坂と小百合は完全に混乱していた。

「あのう、この30年結婚はされなかったのですか?」

 幾分、声が卑屈になっている。

「ええ、仕事一筋です。まあ言い寄ってくる女性はいましたが、どうも相性が悪くてですね。その点、奈々子さんは美しく機敏で、まあ言い争うこともありましたが、本当に気が合いましてね。ご両親に反対されることは承知しておりましたが、是非ともお嬢さんと結婚させてください。」

 白岩の声は、低くしびれるような声だ。

 高坂は、奈々子を見た。

 奈々子は、誇らしげにまるで高坂を見下すかのようにほほ笑んだ。

 家柄も学歴も容姿も何も問題はなかった。

 そこには年齢に対するこだわりもどこかにいってしまった。

「まあこうしていてもしょうがないわ。今日は食事でもしていってください。私の手料理を食べていってくださいな。」

 小百合の声が弾んでいる。

「奈々子、手伝って。」

 奈々子は嬉しそうに、ソファから立ち上がり、小百合についてキッチンへと消えていった。


 その日の夕飯は、楽しく高坂と奈々子との確執があったことなど嘘のようだった。

 白岩は、気さくで上品で話せば話すほど、いい男に思えた。


 大分ほろ酔いで、気分がいい。

 携帯が鳴った。

 高坂は、話を止めて携帯に出た。この楽しい気分の時になんだろう。

「おう、高坂、元気か。何している。」

 いつもの名越の声だ。こうしてみると、白岩と名越とでは到底別次元の人間だった。

「おお、名越か、娘が結婚することになってね。今、祝宴を開いているところだ。お前こそ元気か。」

「元気だけど。」

「お前もまだ独身だったな、まあ頑張れよ。ごめん今、娘の結婚相手と話しているところでね。明日かけるから。じゃな。」


 スマートフォンの奥から幸せそうな家族のぬくもりが聞こえてくる。

 名越は、リビングの椅子に座ると、ワンカップとつつまみに用意したソーセージを目の前にした。

 いたずらに時は過ぎ去る。

 ワンカップを口に運びながら、テレビをつけた。

 大きな50インチの画面から楽しそうな漫才師に引き付けられた客の笑いが、リビングに響き渡った。

 うん、これはおもしろい。名越は大笑いして、ワンカップを飲み干した。






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