「なろう」で異世界ものが流行る社会的背景を考察する
「小説家になろう」ではいわゆる”異世界もの”の小説が大人気で、ランキングの上位は、ほぼこのジャンルで独占されているようです。
”異世界もの”とは、現実の社会でうだつの上がらない主人公が、交通事故などの原因で異世界に転生し、そこでチートとなって大活躍したり、ハーレムを作って楽しむというストーリーです。
なぜ”異世界もの”はこんなに人気あるのでしょうか。
一つの原因として、”現実逃避願望”が世の中に蔓延しているからではないでしょうか。
現実の人生があまりにつまらないので、RPGの世界にでも転生して人生をやり直したい。こういう現実逃避願望を持つ人が、今の世の中に多いのでは。
バブル時代を知っている人は、昔の日本が今とは真逆だったことを覚えているでしょう。
リゲインのCM「24時間戦えますか」のキャッチフレーズに代表されるように、どこの会社にも30歳前後の熱血営業マンがいたものです。
現実逃避などとんでもない。営業マンは虎視眈々と戦略を練り、取引先企業にアポを取り、誰にも負けない身だしなみで、気合を入れて外回りに出かけたものです。
客から断られても、苦情でぼこぼこにされても、へこまずに起き上がり、次の営業先に向かいます。そして、ある程度回れば、自然に注文が取れたものです。
がんばれば報われる。がんばれば人並みの生活ができる。そういう期待感があったからこそ人々は仕事に邁進でき、現実逃避などする人は皆無でした。
ところが今の時代はどうでしょう。
バブル時代もいろいろ問題はありましたし、今とくらべ、決してパラダイスではありません。しかし景気に関する限り、今はおそろしく冷え込んでいます。
現実逃避願望―-それは現実の社会がとても満足いく状態ではないから生まれます。だとしたら、そうした社会を生み出した"政治"に問題があることに、私たちは意識的にならなくてはなりません。
1.悲惨な社会状況
ニートの国内人口は政府発表では56万人ですが、水面下の引きこもりを合わせると300万人との噂もあります。
非正規雇用は40%弱まで近づきました。
生涯未婚率は男性で25%弱、女性で18%弱とのことです。価値観の多様化で生涯独身を選択するライフスタイルもありますが、特に男性の場合、結婚したくても給料が低くて結婚できない人が多いと推定されます。つまり未婚率の増加は、行政の責任である経済問題と言わざるをえません。
GPIF年金運用損は10兆円を越えています。私に言わせれば、証券市場で株式や先物取引で年金を運用するのは、政府が国民から預かった血税で競馬やパチンコなどのギャンブルに興じるのと何ら変りありません。そして10兆円以上、政府は国民の財産をギャンブルで擦ったのです。
これらの数字は計算の仕方によって左右されますが、いずれも国民が現実逃避したくなる、悲惨な社会状況を表しています。
大手マスコミは、国民の目をこうした事実からそらすために、芸能スポーツネタのニュースでごまかしていることを、私たちは意識する必要があります。
2. 支配者層脱税額は庶民に返還を
国連人権理事会の専門グループは、パナマなどのタックスヘイブンにある個人の保有資産は計7兆~25兆ドル、脱税額は数千億ドル規模(10兆円強)になると発表しました。
これは個人資産なので肝心の法人の脱税額は天文学的な数字と言われています。
タックスヘイブンを利用できるのは世界の支配者層の人間たちです。民間の大企業や大手の非営利団体(宗教法人、学校法人など)は支配者層に入ります。この他、広義の第三セクターも入るかもしれません。
日本ではいくつかの企業や宗教団体の他、よりによってわれわれから税金を搾り取る財務省の高級官僚の個人名も、パナマ文書で発覚しています。かつてNHK会長自身が受信料を払ってないことがリークされましたが、これと似たような事態です。
私たちの生活が苦しい理由には、こうした支配者層の横暴があったのです。
彼らの脱税額の全部または一部を私たちは返してもらうべきです。おそらく一人当たり100万円以上の金額を受け取って然るべきなのではないでしょうか。
3.現実逃避から”考える”態度を
私たちが現実逃避することなく、よりよい日常生活を取り戻すにはどうしたらいいのでしょうか。
今すぐ、あなたの日常生活を快適にできる魔法の杖を私は持ってはいません。ただ現実逃避するだけでなく、現実を見つめ、現実に立ち向かう姿勢が必要でしょう。
具体的に何をしたら世の中がよくなるのか。その答えに私は即答できません。ただすぐに思いつくのは一人一人が、何をすべきか考えることではないでしょうか。
あなたが喫茶店に入ったとします。あなたはコーヒーを注文しても、紅茶を注文しても、あるいはその他のメニューを注文しても自由です。隣の客が自分と違うものを注文したからといって、それは間違いだと隣の客に怒鳴り込む筋合いはありません。
それと同様、「なろう」で異世界ものを読むのも書くのも自由、一方で異世界ものを敬遠するのも自由だと思います。
しかしながら民主主義社会に生きるわれわれにとり、”政治の暴走”を見過ごす自由はありません。われわれ一人一人が、為政者など支配者階層の横暴を厳しく見張る責務があるのです。
そして、それこそが健全な民主主義社会のあり方だと信じて疑いません。
(了)