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3 幸せの法則

 足代先生はうさぎのことといい日頃の言動といい、とても変わった人でした。

 しかし、亮介もなかなか変わった高校生だったのです。一見、どこにでもいるような野球男児ですが、実は彼は、いわゆる『野球ばか』ではなかったのです。

 しかし彼はその変わり者の部分を、友達にも愛実にも、そして足代先生にも隠していました。


 そのことはさておき……、


「勉強すれば出来るじゃないか」


 七月の初め。

 定期演奏会も無事成功のうちに終わり、野球部も吹奏楽部も地区大会に向けて更に練習に励む時期です。

 同時にこの時期には期末テストがあり、今日はその答案の返却がありました。


「古典もだが、特に現代文はずいぶん頑張ったじゃないか。いつもは赤点になるかならないかの瀬戸際だったのに今回は平均点を大きく上回った」


 現代文の授業で、足代先生はひとりひとりに声をかけながら生徒の答案を返していました。

 答案を返している教壇の脇には、いつも通り真っ白なうさぎのぬいぐるみが置いてあります。


「あと少しで満点だったのに惜しかったな。だが他の教科と違って現代文で満点を取ることは難しい。毎回このくらいの点を取っていれば、必ず受験本番では良い点が取れる」


 頑張れと激励されたその男子生徒は、本気を出せばこのくらいは楽勝ッスよ、と調子に乗った発言をしました。

 調子に乗るのも無理はありません。この男子生徒は去年までは現代文のテスト勉強なんてまったくやらない、平均点取れないのは当たり前みたいな生徒だったのですから。


 この生徒だけではありません。今年に入ってから、現代文の成績が急激に伸びた生徒が沢山いました。

 受験生だから勉強して当たり前、という解釈も出来ますが、これは他のどの教科でも起きていない、そして足代先生が現代文を教えているクラスにだけ起きている現象でした。

 現代文の勉強を一生懸命やりたくなってしまうほど、足代先生が好かれていると言うことなのでしょう。


「足代先生は本当に人気があるなあ」


 羨ましいよ、と三年六組の担任は職員室で言いました。


「まあ担任の僕が頭の禿げたおっさんだからなあ。副担任が若くて綺麗な女の先生だったら、自然と人気がそっちに集中してしまう」


 先輩教師の言葉に足代先生は何も言わず、ただ軽く頭を下げました。そしてそのまま職員室から出て行ってしまいました。

 彼女はどうやら、上司から褒め言葉をもらうことにあまり慣れていないようです。


  ◇ ◇ ◇


 職員室を出て、足代先生は図書室へと足を運びました。足代先生は放課後になると必ず図書室に行き、少なくとも三十分は長机で読書をする習慣を持っていました。

 図書室はいつ来ても、たいてい決まったメンバー数人がうろうろしています。足代先生みたく長机で読書している男子生徒、カウンターで雑談している図書委員とその友達、この静かな空間を利用して勉強している女子生徒二人組……。


 そんな中で、足代先生はふと知っている顔を見つけました。それはいつもなら図書室ではなく、音楽室で顔を合わせる生徒でした。


「白木が図書室とは珍しいな。部活には行かなくていいのか?」

「ちょっと気晴らし。テストが良くなかったからいらいらしてる」


 長机の前の椅子に座り、愛実はぱらぱらと本のページをめくっていました。携帯小説がノベル化した、恋愛もののようです。


「それは残念。特にどの教科が悪かった? 教科によって効率のいい勉強法はちが……」

「あーもういいよ」


 もう終わったことなんで、と愛実はため息を一つつきました。

 テストのこともあるのですが、彼女にとってはテストよりも大切な、彼女なりに深くて重い悩み事があったのです。



 すると、


「……その席」


 足代先生は。


「私が高校時代毎日座っていた席だ」


 思わぬ台詞に、愛実はえっと声を上げました。愛実が座っているのは、部屋の一番隅に置いてある長机の一番端っこの椅子でした。


「うさぎ先生ここの出身なの? ていうか、毎日ここに来てたの?」

「そうだ。この高校は本がたくさんあるし落ち着くし、当時の私にとってはとても大切な場所だったからな」

「大切な場所?」

「この空間を誰かと共有することの……幸せ」


 幸せ。それは、前にも愛実との会話で足代先生が口にした単語でした。

 亮介の足代先生への恋心にいち早く気づくほどに勘の鋭い愛実ですから、足代先生もまた勘の鋭い人だということを知っていたし、今足代先生が何の話をしているのかもすぐに察しました。



 彼女の言う『誰か』とは、誰でも良いという意味ではないのです。

 それは足代先生だけではなく、愛実も、きっと。


   ◇ ◇ ◇


 『情けは人のためならず』。


 このことわざを、足代先生は授業の中でこう言いました……響きが悪い、と。

 人のためじゃないはずがないだろう、と。

 自分は相手のためを思っていて、相手は自分のためを思っている。

 相手にしたことが自分に返ってくるのではない、両方向から同時に思いが伝わってくるのだ、と。


 そして足代先生は、彼女が思う響きの綺麗な四字熟語を黒板に綺麗な字で書くのでした。

 その時教壇の脇にいたのは、桃色と水色の、まるで双子のようなうさぎでした。



  相思相愛

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