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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
三章 パラドックス
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1.祖父の逆説①

 慣れ親しんだはずの街が、どうにも居心地悪いというか薄気味悪いというか、そういった心境になるのはなかなかに新鮮な体験である。

 カボチャをくり貫いたジャック・オー・ランタンを被るのも、そうそう機会に恵まれない体験には違いない。非加熱のカボチャは何とも言いがたい青臭さで、やはりこういった被り物は縫製によるフェイクが一番だと再確認させてくれる。

 要するに俺は、収穫祭に賑わうセントレアの街で、頭にカボチャを被ってカカシみたいに突っ立っている。カボチャランタンを分けてくれた街の子供にバイバイと手を振ってから、およそ二十分くらいはそうしていただろう。

 空気が朝の匂いから昼の匂いに変わりつつある。とは言ってもやっぱりカボチャ臭しかしないので気分の問題だろうか。もしくは腹が減ったのかも。

 

 などと、取り留めのない思考で現実から逃げていても始まらない。

 道行く観光客や商店街に出し物などをたっぷりと眺めてみても、やはりそれらが何かしらの魔法や薬による幻覚だとはどうしても思えなかった。

 五感に訴え過ぎている。ランタン内に反響する雑踏の音や、充満するカボチャの匂い。視界の大半を埋め尽くすカロテンの黄色もそうだし、頬に触れるカボチャ果肉の冷やりとした感触もそうだ。あとは味覚だが、ここでカボチャを齧ったら五感のほぼすべてがカボチャになるのでやめておく。

 

 また現実から逃げていたらしい。

 問題はカボチャではない。収穫祭が終わっていないことだ。

 ここしばらく行動を共にしていた少女――サリッサが大小で分裂していたことも記憶に新しいが、衝撃度で言えばほぼ互角といったところか。

 

 いや、いい加減に認めなくてはならない。

 俺とサリッサは過去に移動したらしい。

 

 具体的には、皇都へ向けて出発した日の前日、五日前。

 九天の騎士ウィルフレッドが詰め所で吊るされたのはその日以外にはない。皇女ミラベルから皇都行きの提案を受け、出発を決めた日だ。

 非常識的な現象には慣れている、というよりは俺自身が非常識的な存在になってから千年近く経っているせいか感覚が麻痺していたが、時間遡行となれば話はまた大きく変わってくる。

 

 往還門はタイムマシンだったのか?

 

 そんな、あまりにも簡潔かつ楽天的な考えで片付けてしまいそうになる。

 物事がそれほどシンプルであれば苦労はないだろう。千年近く経った今になって、隠された機能を発揮したとでも言うのか。五日前という日付も含めて、あまりにも必然性がないと言わざるを得ない。

 理屈も原因もはっきりとは分からないが、少なくともこの時間移動は偶発的なものだろう。意図を感じない、と言った方が正確だろうか。

 これはいったい――

 

「え……なんでカボチャ被ってんの……?」

 

 黙々と推論を続ける俺は、すぐ傍らに戻ってきた少女に現実に引き戻された。

 気味悪そうに俺を見上げる黒髪の少女、サリッサはいつか見た焼肉串を両手に持っていた。引き笑いのままで片方を差し出してくる。

 焼肉串を受け取りながら、俺は言った。

 

「俺の考えが正しければ、ここには俺が居るからな」

 

 何も知らない者が聞くと、俺の頭がどうかしたんじゃないかと疑うような言葉だ。

 しかしサリッサは随分と幼くなってしまった顔を歪めると、遠方でパエリアのような料理を作っている催し物の方を顎で示して言った。

 

「ちゃんと居たわよ」

 

 やはり、と俺も苦く笑う。

 つい先程までは完全に忘れてしまっていたが、この日、俺はサリッサに似た少女を目撃している。ちょうど、パエリア鍋の前辺りだったはずだ。

 その時はまさかサリッサが「若返って」しまうとは夢にも思わなかったので、もしや親類縁者なのではと疑ったものだが、実際にはもっととんでもない話だった。

 

 あと、分かったことがある。

 

 サリッサには「俺」を探せとは一言も伝えていない。

 ただ彼女が自発的に食料調達を申し出たので、俺はそれを止めなかっただけだ。

 つまるところ、小さいサリッサと五日前の「俺」が遭遇したのは完全な偶然だったということだ。偶然だが、たしかに「前回」と同じになった。

 この実験を妨げないよう、俺はカボチャを被っていたわけだが……。

 

「あまりよくないな」

 

 呟き、ジャック・オー・ランタンの口部分から焼肉串を押し込んで、肉にかぶりつく。まだ温かいので旨かったが、冷めると肉が硬くなるので急いで噛む。

 

「なにがよくないのよ?」

「今のところ、俺が知る限りは前回と同じだからだ。サリッサも、この日、詰め所で俺に逃げられた記憶がないか」

「……そうね。さっきは慌ててたから思い出せなかったけど、ウィルが吊られてた日に、あんたに逃げられたことがあったと思う」

「やっぱりそうか。つまり、俺達の知ってる五日前にも俺達が居たってことになる」

 

 肉を食べず、サリッサは顎に手を当てて神妙な顔をする。

 

「それってなにかまずいの? あんたの考えじゃ、これってあたしたちが五日前に移動したって話だったでしょ。だったら五日前と同じで当たり前だと思うけど……」

「大問題だ。考えてもみてくれ。この際、原因はいったん置いておくとしてだ……俺達の知ってる五日前にも俺達が居たんなら、その俺達は何をやってたんだ?」

「何って……ええと、つまり、これからあたし達が何をするかってことでしょ? だったら……そうね。あたしはアニエスを助けたいと思う。タカナシも同じ気持ちでいてくれるんだったら、だけど……」

 

 皇帝に殺害された軍装の少女の顔を想起し、俺も頷く。

 俺はもう、サリッサには本心を伝えようと決めている。素直な心境を口にした。

 

「もちろん俺も同じことを考えてたよ。水臭いこと言わないでくれ」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でると、サリッサの表情がぱあっと明るくなった。

 しかし、俺は言葉を続ける。

 

「そう。五日前、つまり今日からなら、アニエスを助ける方法もあるはずなんだ。それだけじゃない。アズルの街がドーリア……竜種(ドラゴン)に焼かれるのも未然に防げるかもしれない。だが……」

「あっ」

 

 サリッサも気が付いたのだろう。

 赤い目を大きく見開いて息を呑んだ。

 

「だが、お前も知ってのとおり、アニエスは死んだ。アズルも焼けた。前回にも俺達は居たのに……どっちも阻止できなかったんだ」

 

 傾いたジャック・オー・ランタンを直しながら、俺は瞑目する。

 平和な収穫祭の雑踏がやけに遠く感じる。

 頑張って焼肉を飲み下した頃、サリッサがぽつりと言った。

 

「たしかに大問題だわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 落ち着いて考えをまとめる必要があった。

 詰め所には「サリッサ」が居る可能性が高いので、俺達の足は自然と商店街の一番隅にあるパン屋「ルース・ベーカリー」に向いていた。

 店主には聞きたいこともある。問題は、カボチャを被った俺と若返ったサリッサの話を彼女が聞いてくれるかどうか、という点にあったが、

 

「うわっ、なんだこりゃ」

 

 パン屋の前で、俺はまったく別種の問題と直面した。

 店先に設置された屋台の前に、ずらりと観光客らしき行列ができていたのだ。

 この状況は知っていたのだろう。サリッサは大きく頷いた。

 

「カレーパンの屋台よ」

「カレーパンだと……!?」

 

 カタリナから収穫祭でカレーを出すつもりだという話は聞いていたが、まさかカレーパンだとは思わなかった。いや、冷静に考えてみればカレー屋じゃなくてパン屋なんだから当たり前の話かもしれない。

 驚愕から復帰した俺も大きく頷き、列の最後尾に並んだ。

 

「なんで並ぶのよ」

「食べたいから」

「んなこと言ってる場合じゃないでしょうが」

 

 がしっとサリッサに手を掴まれて列から引き剥がされる。「最後尾こちらです」と書かれた案内板を携えた九天の騎士のひとり、バルトーという青年に怪訝な顔をされたが、俺もサリッサも声はかけずにその場をやり過ごした。

 仕事の邪魔をするのも悪い、という気持ちが半分。

 うまく状況説明をする自信がない、という気持ちが半分だ。

 屋台で気持ち悪い笑顔を浮かべつつ接客している巨漢、ヴォルフガングにも特にノータッチでパン屋の店内へ入る。

 

「いらっしゃいませ……って、あら?」

 

 入るなり、ぎょっとする羽目になった。

 修道服の上からエプロンを付けた皇女ミラベルの姿があったからだ。

 ご丁寧に銀髪の上にチェック柄の三角巾まで巻いている。

 なぜミラベルがここにいるんだ、という疑問をサリッサに投げかけようとした時、きょとんとした顔で止まっていたミラベルが、急に見透かすような目をこちらに向けた。

 心なしか、ブラウンの瞳が怪しい光を帯びているようにも見えた。

 

「アキトと……サリッサですわね。二人ともどうしたんですか、その格好」

「っ!?」

 

 俺はジャック・オー・ランタンの中で大声を上げそうになった。

 ミラベルとは声が違う。よく考えてみれば、瞳の色も異なる。

 それに、俺を下の名で呼ぶ人間はこの街には一人だけだ。

 サリッサはやはりこれもあらかじめ分かっていたようで、さも当然の如く言った。

 

「ごめん、店長。ちょっと匿ってくれない?」

「匿うって何からですか。それよりサリッサ、あなたまさか……」

 

 俺はすっかり忘れていた。

 この日、彼女は変装していたのだ。

 

「お……お前、カタリナか!」

 

 わなわなと震える指で、皇女とまったく見分けが付かなかった少女を指す。

 当人は意外そうな顔をして首を傾げる。

 

「あら、そんなに驚くほど似てましたか? わたくしもなかなかですわね」

 

 少女――カタリナ・ルースはエプロンのポケットから赤いセルフレームの眼鏡を取り出してかけながら、苦笑混じりにはにかんだ。

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