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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
二章 時の渦
79/321

36.敗走

 ――戦おうなんて絶対に考えるな。

 

 

 

 得体の知れない闇に捕らわれたサリッサは、門番の少年が発した言葉を今更ながらに噛み締めていた。

 彼女が行った突撃は、結果から言えば致命的な失敗だった。

 ただ、怒りで我を忘れたわけでもなかった。頭に血が昇ったのも否定しようがなかったが、サリッサは自覚的に無謀を行った。皇帝と自分の実力を評価した上で、捨て身でかかれば刃が届き得る相手だと判断したが故の行動だった。

 

 根拠は二つあった。

 

 まず一つ。ウッドランド皇帝に対して門番の少年が仕掛けた奇襲。人外の冴えと速度を以って放たれた彼の剣技によって、皇帝が纏っていた魔法障壁は破壊されている。

 魔術師ではないサリッサにも、あの障壁の防御力は城砦に匹敵するものだと看破できていた。皇帝がどれほどの魔力を有していようと、そう易々と修復できる代物ではない。

 皇帝の防御の要は失われているのだ。

 

 そして、二つ目は皇帝に殺害された騎士達の遺骸にあった。

 もはや人であった痕跡など見つからない、ただの塵の山と化しているような犠牲者ばかりだったが、一様に残されている物があった。

 彼らが身に着けていた武器や防具など。つまりは金属製の品だ。

 学のないサリッサには理由こそ分からなかったが、時間を操るという皇帝の力は金属には効果がない、若しくは、効き難いのだとは推測できた。

 つまり、皇帝の力は金属製の武器を破壊できない可能性が高い。

 

 サリッサは自分の足の速さに絶対の自信があった。

 無論、長柄を扱う腕前にもある。

 たとえサリッサ自身の体が塵になろうと、真っ直ぐに走り、全霊を以って槍を繰り出せば、障壁を失った丸腰の皇帝には槍を防ぐ手段などないと思われた。

 しかし、現実は違っていた。

 サリッサが最後に見たのは、指を鳴らす皇帝の姿と、届かなかった槍の穂先だけであった。思えば、門番の少年が仕掛けた奇襲も皇帝に届かなかった。

 門番の少年が皇帝の目前まで迫った時、彼の長剣が間合いを外したように見えた。衝撃によって舞い上がった塵や魔素の光で阻まれてはっきりと見えはしなかったが、今になって冷静に考えれば、あの門番の少年が剣の間合いを見誤るだろうか。

 あれも、時間を操るという皇帝の力によるものではなかったか。

 

(迂闊だった……!)

 

 自分がどうなったのかも定かではなかった。

 何も見えず、何も聞こえず、体は動かない。時間の経過も曖昧になりつつある。

 明瞭な思考から、どうやら塵となって死んだわけではなさそうだと思えるのが、今のサリッサにとっての唯一の救いだった。

 

 ただ同時に、理不尽でもあった。

 アニエスは死んでしまった。上半身が辛うじて原形を保っていただけで、体の殆ど全てが塵になって死んだ。

 酷い死に方だった。分からなかっただけで、アーネストとエニエスも同じ目に遭ったのではと想像すると、サリッサはどうしようもなく叫び出したくなった。

 仇も取ってやれないのなら、せめて同じように死ぬべきだったのではないか。

 戦う事すらできず、得体の知れない闇の中にただ閉じ込められているなどと、理不尽以外の何物でもなかった。

 塵となって散った騎士達も、さぞや無念だった事だろう。彼らが心血を注いで磨き上げただろう技の数々は、真価を発揮することなく永遠に失われてしまった。

 

(……どうして)

 

 なぜ自分だけが生きているのか。

 皇帝に見逃される理由に心当たりはない。現に、皇帝はサリッサに向けて何かしらの攻撃を差し向けている。その攻撃自体はサリッサの目には映らなかったが、確かに彼女のコートを塵に変えた。本当なら彼女の体もそうなっていた筈だ。

 結果には必ず理由がある。だとすればそれは、今もたった一人で皇帝と対峙しているであろう門番の少年にとって重要な要素に違いなかった。

 あの暴虐の王が振るう、神の如き力を打ち破る糸口になるかも知れないのだから。

 

 静止した時間の中、サリッサは指一つ動かない体に力を込め続けた。

 彼女は理解していなかったが、《時の福音》による現象攻撃《静止限界(スタティックリミット)》の有効領域では、あらゆる物体の固有運動が停止している。今、彼女を押し固めているのは停止した大気であり、どのような運動エネルギーであろうと押し退けるのは不可能だった。

 しかし、サリッサは諦めなかった。

 どのような危地であれど、彼女は膝を抱えて震えているような少女ではなかった。武器を手に、数え切れないほどの血煙の中を戦ってきた騎士だった。

 

 ただ、本当に望んでいた生き方は違っていたのかも知れなかった。

 サリッサはあの田舎街でそれを知った。

 本当はとても簡単な事だったのに、彼女は知らなかった。

 

 どちらもが自分だ。

 それでいいのだと言ってくれた彼を今度こそ助けたい。

 曖昧な夢の記憶。

 いつか絶え果ててしまった未来の彼女が、命を捨ててまでそう望んだように。

 

 不意に全身を押し留める闇が弛緩していくのをサリッサは感じた。途方もなくゆっくりではあったが、槍を握る手に感覚が戻ってくる。指先が、そして爪先が、悪意に満ちた無明の闇へ、抗うかの如く前へ進んだ。

 進みながら、何か取り返しのつかないものを代償にしているという感覚があった。感覚は全身から訴えられたものであり、握り締めた槍から伝わってくるものでもあった。

 気付けば、光さえ停止した闇の中に槍の輪郭が見えていた。

 サリッサは特別な力など持っていない。皇帝の力を防いだのはこの素性の分からない槍だったのだと、彼女は悟った。

 槍の持つ力は、現象攻撃《退行(リグレス)》によって無に還るという運命から所有者であるサリッサを守ったが、次に皇帝が繰り出した《静止限界(スタティックリミット)》までを退けるには至らなかった。

 しかし今、槍は所有者の意思に正しく応えようしている。

 先に受けた《退行(リグレス)》への抵抗を捨てることで《静止限界(スタティックリミット)》を破ろうとしているのだ。結果として《退行(リグレス)》の効果が所有者を襲うとしても。

 それらの事実を槍から伝わる不思議な感覚に知らされたサリッサは、何とも忠義者である槍に向けて破顔した。まるで槍が自分を気遣っているかのように感じられたのだ。

 それから彼女は目を閉じると、躊躇なく、槍に命じた。

 

「打ち破りなさい、永劫(アイオーン)

 

 音も光も停止した暗黒を、永く失われていた銘を呼ばれた槍が、滑らかに両断した。

 闇がひび割れ、砕かれる。

 時間の檻が黒い欠片になって四散していく中、変化があった。槍に塗られていた黒い顔料が剥げ、本来の純白を取り戻していた。

 おぞましき権能によって留められていた大気が暴れ、黒髪を靡かせるサリッサの姿もまた、異なる変貌を遂げている。

 

 覚悟の上だ。構うものか。

 決然たる意思と共に純白の槍を振り抜いた少女は、赤い瞳で前だけを見た。

 

 

 

 ■

 

 

 

 曼荼羅を思わせる、複雑で巨大な魔法陣が三つ浮いていた。

 赤、青、黄。四大属性の三つを司る魔素で構築されている。その一つ一つが別種の大魔法であり、対軍攻撃に用いられる程の莫大な威力を秘めているという事実を、俺はまさに目の当たりにしている最中だった。

 魔法陣から幾百の魔弾が降り注ぎ、広間の至るところで小爆発を起こしている。もはや狙いも何もあったものではない。まるでこの世の終わりのような光景だった。

 傷だらけの右腕で長剣を操って迫ってくる赤の魔弾に刃を叩き付けた瞬間、爆音と共に視界が白に染まった。

 衝撃で後方に吹き飛ばされた俺は、皮膚が裂け、肉が焼ける激痛が走る右手でどうにか長剣を構え直した。左手はとうの昔に骨が砕けて感覚がない。

 この傷では、もはや攻勢に出ることは不可能だ。間断なく発射される三色の魔弾を弾きながら、せいぜい後退するくらいしかできない。

 

 三種の大魔法を操る皇帝の姿は、三色の魔法陣の下にあった。

 超然とした、それでいて余裕を感じさせる笑みで、満身創痍の俺を眺めている。

 その様子は自身の勝利を疑っていないように思える。

 

 一方、追い詰められつつある俺は、ある種の疑念を確信に変えようとしていた。

 本当に予知で未来が見えているのなら、なぜ俺はまだ生きているのか。

 未来が見えるということは、俺の行動――魔弾を避ける方向や、剣撃をどのように受け流すかも、当然見えている筈だ。とうに殺されていなければおかしい。

 思考が曖昧な結論に至りかけた時、またも世界が一瞬途切れた。

 展開されていた三つの魔法陣が消え、広間は破壊され尽していた。壁の至る所には亀裂が走り、柱は倒れ、天井は崩落し始めている。

 上階で床を抜いた影響もあるかもしれない。

 いずれにせよ、この塔はじきに崩れるだろう。

 しかし、瓦礫が降り注ぐ中であっても、俺と皇帝は互いから一時も視線を外さない。

 

「……錆び付いた剣にしてはよく動く……が、やはり鈍ったな、アキトよ。千年前、あの頃のお前であれば、余を一刀で斬り捨てる事も出来たかも知れぬが」

 

 再び誰のものとも知れない騎士剣を拾い上げた皇帝は、剣尖で床を突いて言う。

 

「今のお前では無理な話だ。遺物(アーティファクト)もなく、仲間もなく、お前にあるのは不完全な剣の福音だけ。愚かな男よ。一度は望みの全てを手にしたというのに」

 

 失血と疲労から、俺はその場に膝をついた。

 口の中に滲む血の味を噛み締めながら笑う。

 

「……仲間が居ないのはお互い様だろうに」

 

 火傷を負った右腕はまだ動く。足も潰されていない。まだ戦える。

 長剣を支えに立ち上がろうとする俺に、皇帝は無感動に言った。

 

「生命の本質とは利己(エゴ)だ。容易く裏切る。信ずるには足らぬ。お前とて、背中を刺されずとも理解はしていよう。だから独りなのだ。余も、お前も」

 

 妨害はなかった。

まるで俺が立ち上がるのを見届けるかのように、皇帝は薄い笑みを浮かべて佇んでいる。狙いは分からなかったが、好都合だ。力をぐっと溜め、勢いをつけて立つ。

 俺は老人の言葉を否定しなかった。出来なかったからだ。

 この男も、アリエッタも――そして俺も。人の善性だけを信じるには長く生き過ぎている。否定のしようもない。

 しかし、だからこそ、俺は皇帝の言動に秘められた意図をおぼろげに理解した。

 

「……随分とよく喋るんだな」

 

 皇帝の片眉が僅かに跳ねた。

 動揺と言えるほどの変化ではなかったが、確信を得るには十分だった。

 

 この男は、未だに俺を恭順させようと試みている。

 もし本当に奴が全ての未来を予知できるのであれば、試みるなんて行動は必要ない。早々に目的に合致した最善の未来を選択すればいい。

 そもそも、俺が今日この時にこの塔へやって来る事も見えていなければおかしい。が、俺が奴に仕掛けた最初の奇襲は確かに虚を突いていた。

 奴自身も言っていた。予知を超えたと。晩餐の予定を変えたと。俺の存在は奴にとって想定外だったのだ。

 つまり、皇帝の予知には何らかの理由で見えていない部分がある。

 決して全知などではない。

 単純に予知可能な範囲や間隔に制限があるのかとも考えたが、何か違う気がする。

 断定するにはまだピースが足りない。

 

「気付いたところで運命は変わらぬ」

 

 皇帝の気配が変わった。

 警戒から明確な殺意へ。音もなく皇帝の左手が閃き、世界が断絶する。

 瞬きにも満たない程の意識の途絶が去った後、俺の周囲には夥しい数の騎士剣が浮いていた。広間に散らばっていた月天騎士達の遺品だ。全ての刃がこちらを向き、今まさに俺の命を引き裂こうと一斉に襲い掛かってくる。

 

 剣技(グラディオ・アルテ)を行使する。

 早送り(ファストフォワード)で加速し、意識の奥底にある強固な抵抗を抉じ開け、更に重ねて加速する。一瞬よりも速く。

 かつてないほどの速度で振るわれた俺の長剣が、鈍化した時間の中で落ちてくる無数の剣の尽くを弾き、流し、折った。

 

 そして、俺はまたも確信する。奴には俺を殺し切る未来が見えていない。

 時の福音を以ってしても決め手を欠いている。

 だからこそ言葉で俺を屈服させようと試みていたのだ。

 

 全ての刃を避け切って跳躍し、皇帝目掛けて長剣を打ち込む。しかし、奴は手にした剣で受ける事はせず、時間を止め、後方に飛び退いて斬撃を躱した。追撃を――と、剣を持ち上げようとした時、俺の視界は激しく赤に明滅した。

 不遜なる二重発動の代償。意識が遠のき、倒れこみそうになるのを必死で抑える。

 まだ倒れるわけにはいかない。

 時間停止の能力がある限り、皇帝に俺の剣は当たらない。だが、たとえ勝てはせずとも、捕らえられたサリッサは助け出さなくてはならない。絶対に。

 前のめりに倒れ込む寸前、砕けた左の拳を床に打ち付ける。

 右腕の火傷を遥かに上回る激痛が走り、失われかけていた意識が一気に覚醒した。極端な前傾姿勢のままで床面を蹴り、長剣を低く構えて駆ける。

 瞬間、迎え撃つ老翁の貌に喜悦が広がった。

 

莫迦(ばか)がッ! 見えたぞ! お前の終わりが!」

 

 皇帝は剣と時計とを胸の前で噛み合わせ、異様な構えを取る。

 皮膚が粟立ち、強烈な悪寒が俺の背を抜けた。

 未知の現象攻撃が来る。

 直感でそう判断するが、とうに万策は尽きている。分らないものに対抗策などとりようがない。全力で突き進むしかない。

 

 そう、覚悟を決めて剣を打ち込もうとした時、突如として広間に満ちる空気が大きく震えた。交錯の直前。極限の集中状態にあった俺と皇帝は、目だけを動かして異変の源を見た。槍使いの少女が囚われている黒柱の方向を。

 時間の牢獄は跡形もなくなっていた。

 ただ、吹き荒れる暴風の中に赤黒のエプロンドレスを纏った黒髪の少女が居た。透き通るような白の長槍を振り抜いた姿勢から、僅かに細い顔を上げる。

 サリッサ。

 何の予備動作もなしに弾丸の如く駆け出す姿を見なければ、俺は咄嗟に彼女の名を思い浮かべる事が出来なかったかもしれない。

 彼女の体が、明らかに小さくなっていたからだ。

 それが退行(リグレス)の効果によるものだと気付いた時、サイズが合わないロングスカートの裾を引き摺って走るサリッサは皇帝の眼前にまで到達していた。

 

定命の者(モータル)如きが……!?」

 

 時の福音という絶対の権能を持つ男の顔に、明らかな動揺の色が浮ぶ。それは、奴がこの状況を予知できていなかったという事実を如実に語っている。理由まではやはり分らなかったが、恐らくは二度と訪れないだろうこの好機を逃す手はない。

 一気に皇帝の懐へと踏み込んで渾身の斬撃を打ち込む。全くの同時に、神速を誇るサリッサの三連の払い、破軍が繰り出された。

 皇帝の足元から噴き出した現象攻撃の闇が、サリッサの持つ長槍によって吹き散らされる。次いで、俺の長剣を受けんとした皇帝の剣が音もなく切断された。

 続けて返す刃で、温存していた現象攻撃を行使する。切断のイメージ、万物を切り裂く権能が放たれた。

 

 奴は転生という逃げ道を持つ。殺すわけにはいかない。

 狙いは、遺物(アーティファクト)を持つ皇帝の左手。

 

 結果は瞬時に訪れた。

 ただ一度きりの勝機は、彼方に遠ざかっていた。

 

 剣尖から一メートル。それが、今の俺に許された現象攻撃の射程だった。

 度重なる剣技(グラディオ・アルテ)の変則発動によって赤く塗り潰された俺の両目は、その、あまりにも短い間合いを見誤ったのか。

 或いは――俺の知らない、時の福音の力によるものなのか。

 皇帝は無傷で立っていた。

 俺とサリッサが確かに薙いだ筈の空間から後方、十数歩ほどの位置に。

 土気色の顔に笑みはなく、凄絶なまでの敵意に満ちた形相を俺達に向けている。

 

 隣で皇帝に向けて槍を構えようとしたサリッサが気を失い、咄嗟に抱き支えた。あまりに軽過ぎるその重みが胸を衝き、俺は歯を食いしばって敵を睨んだ。

 俺は、そこでようやく微動だにしない老翁の異変に気付いた。口端に血の跡が残り、拭ったと思しき右の掌にも鮮やかな赤が見える。

 

「げに恐ろしきは剣の福音よ……よもや、ここまで拮抗しようとは」

 

 病だ。

 この男は死にかけている。

 

 恐らく奴は何らかの権能を行使し、強力な反動を受けて喀血したのだ。

 皇帝の死期が近いという話はジャンやミラベルから聞いていたものの、いつの間にか忘れてしまっていた。先程までの皇帝の力は、それほどまでに圧倒的だった。

 だが、今なら倒せるかも知れない。

 そんな希望的な憶測が頭を過ぎる一方で、俺の本能は警鐘を鳴らしている。一歩でも奴の間合いに踏み込めば敗北するという予感がある。

 にも拘わらず皇帝に動きがないという事は、奴からしても同様なのか。

 膠着に陥りかけた時、不意に皇帝は手の中の時計を見やると、呟いた。

 

「……刻限か。だが許そう。もはや手を下すまでもない」

 

 何を指しての発言なのかは、定かでなかった。

 ただ確かなのは、塔の崩壊が決定的な段階に達したという事だけだった。崩れて剥がれ落ちた天井の大理石が皇帝の姿を掻き消したからだ。

 轟音。落着の衝撃で破片となって飛び散った岩の向こうには、皇帝が存在した痕跡は何一つ残されてはいなかった。

 奴が落石で死ぬなどということはまず有り得ない。

 時の福音を使って逃げたに違いない。

 

 ただ、それを確かめる時間は俺にはなかった。

 降り注ぐ瓦礫が加速度的に量を増し、広間を飲み込んでいく。俺は意識のないサリッサを担ぎ、床に転がった純白の槍を拾い上げた。

 かつて彼女に譲った槍と形状は同じだったが、印象はまるで異なっている。何で構成されているかも分からない純白の武具。これでは、まるで。

 

 いや、今はよそう。

 一際巨大な瓦礫が落ちた衝撃で我に返った俺は、その先の思考を放棄し、通路に向けて歩みを進めた。通路の先に飛行艦のタラップが残っているかどうかは分からなかったが、僅かな望みに賭けるしかない。

 最後に、月天騎士団が散っていった広間を振り返った俺は、残骸の向こうに見えていた巨大な盾が瓦礫に飲み込まれる様を見た。

 それから、込み上げる様々なものを振り切って、通路の先へと走り出した。

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