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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
二章 時の渦
74/321

31.魔導院①

 広大な皇都の上層(アッパーフロア)は、いかなる技術によってか森林や湖までが存在する。恐らく、皇族の住まう宮殿郡からの景観を目的としているのだろう。

 階層構造を成している皇都そのものが人工物である以上、上層の基部も人の手による建築物であるはずだが、街がいくつも収まるような面積の地盤をどのようにして保持しているかは謎だ。

 

 幻想の極致とでも言うべきその情景の中、あちらこちらに無数存在する白い塔は、その殆どが魔導院の管轄する建物なのだという。

 

 皇国の支配階級のみが居住している上層にそんなものが建築されている理由。

 これは推測だが、魔導院が進めている研究を秘匿するためだろう。例の探知魔法(レーダー)飛行艦(スキンファクシ)といった、異界(クリフォト)由来の魔法技術を流出させないための措置だと考えられる。

 しかし、既にそのどちらも秘匿された技術ではなくなっている。ドネットやアーネストが手にできるのだから、それらの技術が生み出された当時はともかくとしても、現在ではさほど重要視されていないということだ。

 つまり、主目的は別にある。そしてそれは、今俺達が駆け上っている塔の何処かに隠されているのではないか。

 或いは、目指している破壊魔法、火葬(クレメイト)こそが――

 

 

 大理石で敷き詰められた塔内はまったくの無人だった。

 階段をいくつも駆け上り、十を超える階層とそれ以上の数の部屋を改めても、得体の知れない器具や雑多な魔道書と遭遇するばかりで人の気配はどこにもない。

 廊下や部屋内に点在する魔力灯は点灯したままだ。使われていない施設だということはないのだろうが、塔内には不気味な静寂だけが満ちている。

 

「まさか歩哨の一人も居ないとは……どうも妙だ」

 

 言いながら、アーネストが足を止めずに書物を放り捨てる。道すがら拝借してパラパラと目を通していたようだったが、皇子様は元の場所に戻す時間すらも惜しんだようだ。

 皇都の警備状況は皇族であり軍属であるアーネストが詳しいはずだ。その彼が戸惑っているのだから、それなりにイレギュラーな事態だと考えるべきだろう。

 いくら秘密裏に侵入できたとはいえ、ここは皇国の中枢である。ここでのんびりと探索する時間が俺達に与えられるようなら、この国は千年もの栄華を誇ってはいまい。

 

「万が一、ということも有り得ます。急ぎましょう」

 

 冷静そのものといったエニエス女史に皆が頷き返す。

 目的の破壊魔法の在り処は分かっている。最上階だ。

 上下左右が白い通路を進み、階段を上がる。

 

 やがて辿り着いた空間に、俺は息を呑んだ。

 建物の中であるということを一瞬忘れてしまいそうなほどに(ひら)けた広間がそこにあった。

 すぐ下の階までには存在していた備え付けの魔力灯による彩光はどこにもなく、漆黒の帳が下りた虚空に薄らぼんやりと青白い光が幾つか浮いているのみで、立ち並ぶ石の円柱を仄かに照らし出している。

 他には何もない。下の階で見かけたような謎の器具などもない。

 分かり易く魔道書が置いてあるわけでもなければ、怪しい魔法陣がどこかに描かれているということもない。

 

「うーん、これって……情報が間違ってたんじゃないの?」

「サリッサぁ、お前昔っから決め付けんのはえーんだよ!」

 

 俺と同種の疑問を抱いたらしいサリッサの問いに答えたのは、まったく意外なことに年少者と思しきアニエスだった。

 

「他に何もないんだから、どー見てもあの柱が怪しいだろ! 割ってみようぜ!」

 

 清々しいほどの脳筋理論だ。どうやら武器兼防具兼照明であるらしい右手のランタン・シールドを振りかぶり、一目散に石柱に向かっていく。

 それを腕組みして見送ったサリッサは、両目を糸のように細めてこちらを見た。俺に振られても困るのだが、アニエスの保護者、もとい上司であるアーネスト達も手近な柱に近寄って検分を始めている。無鉄砲娘を止める素振りはない。

 

「ま、いいんじゃないか」

「本気? 天井が崩れたりしたらどうするのよ」

「大丈夫だよ。このフロアの構造を見るに、本来なら柱はこんなに必要ないはずだ。飾りでなければ中に何かの仕掛けがある可能性もあるし、ぶっ壊してみるのが手っ取り早いってのも一理あるかもしれない」

「そんな乱暴な……」

 

 とか言ってる傍からピッケルで岩盤を叩いたかのような曇った金属音と、およそ女の子が発してはならないような気合の声が響いてきた。

 アニエスが盾に備えられた剣で柱を殴りつけている。騎士の膂力をもってすれば石材も壊せるだろうが、あんな使い方では剣が刃こぼれしてしまう。サリッサも同じことを考えたようで、口の端を持ち上げて引きつった笑いを浮かべていた。

 どうもアニエスは年頃といい無軌道さといい、容姿にこそ共通点はないが、どことなくマリーを思い出させる。なんとなく放っておけないというか。

 

 無造作に腰の長剣を抜き放ち、両手で柄を軽く握り込んで刃を持ち上げる。

 そのまま腰の右側からやや上に構えた。もはや完全に手に馴染んだ愛剣は、浸透した魔力の感触も申し分ない。飛行艦の中で休養をとったおかげか、身体の調子も悪くない。

 コンディションは良好だ。

 

 権能を行使する。

 現象攻撃では柱の中身をも両断してしまう可能性がある。体慣らしを兼ねて、以前から暖めておいたアイデアを実行に移す。

 

 剣技(グラディオ・アルテ)の変則発動、混合(ミキシング)。莫大な魔力と反動を代償に、本来であればまるで噛み合わない複数の剣技を、摂理を無視して融合させる発動形式だ。

 以前の俺であれば多大な消耗を強いられた混合(ミキシング)だが、現象攻撃を取り戻したことで箍が外れ始めたのか、現在では平時の使用に問題がないレベルに負荷が軽減されている。

 多用はできないまでも、剣技ふたつまでなら許容範囲に思える。

 インスピレーションの赴くままに技をチョイスする。刺突を飛ばす遠当ての剣技と斬鉄。まったくの思い付きで選択を終えた瞬間、構えた長剣の刀身が黒い燐光を帯びた。

 九天の技をごちゃ混ぜにした際のものとは異なる、鋭く迅い手応えと共に、横一文字に剣を繰り出す。遅れて噪音(ノイズ)が反響し、不可視の刃が宙を奔る気配がした。

 

 いつだったか、俺はマリーに「斬撃を飛ばす」なんて真似はできないと言ったことがある。あの言葉は嘘ではなかったのだが、たった今、嘘になってしまったようだ。

 

 立ち並ぶ石柱のうち、少し離れた箇所にあった一本に、斧で横に斬り付けたかのような傷が走った。その甲高い音に場の全員がこちらを向く。

 注目を浴びながら、俺は静かに剣を返してもう一度、まったく同じ軌道で同じ技を繰り返した。またも不可視の一撃が石柱を抉る。

 寸分違わぬ箇所に二度の混合剣技を受けた石柱の表面が、轟音と共に爆ぜ割れた。

 なかなかどうして、使い勝手は悪くない。

 細かい石の破片が飛散する中、左手で腰の剣帯から引き抜いた鞘に長剣を手早く収めた俺は、粉塵を撒き散らす柱を注視する。

 すぐ傍でサリッサの溜息が聞こえた。

 

「アンタも相変わらず非常識だわ」

「自分でもびっくりだよ」

 

 中身が木っ端微塵になっていなければいいのだが。

 

「今の技、魔素(マナ)で突きを繰り出す衝角(ラム)という剣技に似ているように見受けられましたが……威力が段違いですね。飛び道具でこの威力とは」

「ああ、衝角(ラム)って名前だったんですか、あの突き技」

「……技の名も知らないで扱っていたのですか?」

「そうなります」

 

 再び訝しげな視線を送ってくるエニエス女史に端的に答える。俺の権能はあまねく剣技のことごとくを網羅するが、その名前や成り立ちまでは教えてくれない。興味もないので調べようとも思わなかったのだが、知ってしまえば不思議としっくり来るものだと感じられた。

 そんな俺達のやり取りをよそに、表面が砕け散った石柱へ、アニエスがおっかなびっくりといった体で近寄った。遠目から見る限りは柱の中身は空洞で、何らかの機構が詰まっているというわけでもないようだ。

 しかし、内側の空間には赤い光彩を放つ幾何学的な線が描かれている。恐らくは魔法陣の一種なのだろうが、門外漢である俺には分からない難解なものだ。

 

「お、なんかあったぜ。なんだこりゃ」

 

 アニエスが魔法陣から何かを取り外し、広間を薄っすらと照らす光にかざすようにして掲げた。判断が付かないらしく、首を傾げながらこちらに戻ってくる。

 彼女が掴んでいたのは透明感が強い赤色の立方体だった。掌ほどの大きさのそれは、一見すると宝石の類に思えるのだが、結晶の中にまるで回路図の如き微細で複雑な紋様がびっしりと透けて見える。

 

紅玉(ルビー)柘榴石ガーネットかな? ケケ、高く売れそうじゃん」

「馬鹿、売るわけないだろう」

 

 悪い笑顔で言う妹の頭に、エニエスの拳骨が落ちる。

 鈍い音と共にアニエスの身長が二センチほど更に低くなった。

 

「これが高く売れるかはともかく、こんな所に隠されてたんだから例の火葬(クレメイト)って魔法とも無関係じゃないでしょ。たしか宝石を触媒にする魔法もあった気がするし」

「……現時点では何とも言い難いね。持ち帰って魔術師に調べさせよう」

「ちぇ、分かりました」

「ちょっと待ってくれ、アニエス」

 

 渋々ながらもアーネストへ立方体を渡そうとしたアニエスの手を掴んで制止する。

 

「あ? なんだよ、門番」

 

 たちまち眉根を寄せて睨みつけてくるが、今は彼女に構っている暇はない。

 なおも穏やかな表情を浮かべている第二皇子に、俺は僅かな動揺の色を見た。彼について抱いていた疑念を確信するには、それで十分だった。

 

「確認しておきます。この立方体が火葬(クレメイト)ですね?」

「はぁ? 殿下がそんなの分かるはずないだろ」

 

 何を言ってるんだコイツは、とばかりに首を傾げるアニエス。

 しかし、当のアーネストはどこか感心したかのように目を見張ると、「その通りだ」とだけ呟いて腕を組んだ。その反応は部下である騎士姉妹にも想定外であったようで、二人とも息を呑んで第二皇子の顔を見る。

 

「参考までに聞いておきたいんだが、どうして気が付いたのかな?」

「交換条件として協力するにしたって、決断が大胆過ぎますよ。あるかどうかも分からない物証のために、皇子本人がこんなところまで飛び込んでくるなんて変でしょう」

「ふむ……確かに、そうかもしれないね。しかし、それだけではいささか根拠が乏しいのではないかな?」

 

 皇子様は笑みを崩さない。淡々と確認するのみだ。

 俺も、彼の嘘に特別思うところはない。これは単なる答え合わせなのだ。

 

「スキンファクシ」

 

 やや投げやりに発した俺の言葉に、アーネストは僅かに笑みを深めて首肯する。

 続けろ、ということらしい。

 

「あの船がどうしたの?」

「これはアニエスが教えてくれたんだが、殿下は飛行艦をロスペール奪還に使うつもりで用意したそうだ。でも、あの船には本来、大した使い道なんてない。あの船があったからって竜種(ドラゴン)と戦えるわけでもなければ、城塞が落とせるわけでもない」

 

 サリッサもそこでようやくはっとしてアーネストの方を見る。

 

「俺達から協力の申し出があろうとなかろうと、殿下は最初からこの塔に侵入するつもりだったんだ。その為にスキンファクシを用意していたんだろう。つまり、ミラベルから聞く前に火葬(クレメイト)の存在を知っていたとしか考えられない」

 

 なんせ軍属で第二皇子なんて肩書きを持っているくらいなのだから、ミラベルの知らないような事も調べがついている可能性だってある。

 むしろ、聖職者でしかない彼女が知り得る情報など大したことはないのだ。どれだけミラベルが優秀であったとしても、彼女はまだ歳若い少女に過ぎない。彼女の優秀さは「歳の割には」という但し書きが付く。

 

「なるほど。タカナシ君は良い勘をしているね」

「アーネスト……アンタねえ……!」

 

 まったく悪びれた様子のない皇子様を、またも目を細めたサリッサが怒気を含んだ声で威嚇した。それだけで青い顔になってたじろぐあたり、この皇子はサリッサにトラウマでもあるのだろうか。

 

「い、いやあ、はは。妹を出し抜くつもりなんてなかったんだが……ただ、つい欲が出てしまったんだよ。あの子に貸しを作る機会なんて、そうあるものじゃないからね」

「それを出し抜くと言うのでは……?」

 

 見れば、エニエスとアニエスも軽蔑の眼差しを向けている。彼女らにも伏せていた事なのだろう。自業自得だが、少し不憫だ。

 尻に敷かれる皇子様を眺めていても良かったのだが、生憎とそんなことをやっていられる場所でもない。

 

「詳しい話は後で伺います。さっさと船に戻りましょう」

 

 俺の指摘は、あくまで対等の立場を維持するという意図での行動だ。

 アーネストの行動目的は、恐らくは立方体――火葬(クレメイト)の入手である。

 その狙い自体は、俺達に関係のない話だ。こちらとしては物証や証人の存在そのものが重要なのであって、彼が立方体をどのように扱おうが問題はない。

 

「ええ、長居は無用です」

 

 頷き合い、弛緩した空気の中で踵を返した時、全員がようやく気付いた。

 

「……なんだ、アレ?」

 

 いったい、いつからそこに居たのか。

 階下に繋がる回廊の前に、虚ろな双眸をこちらに向けて佇む、黒衣の魔術師の姿があった。

 生者と明確に異なる、異質な存在感を漂わせながら。

 

 俺はその人影を目にした瞬間、まったく覚えのない顔にもかかわらず、無意識のうちに過去の戦いを想起していた。

 これはもう、直感と言い換えてもいいかもしれない。

 その直感が激しく警鐘を鳴らしているのだ。

 

 

 あれは――帰参者レブナントだと。

 

 

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