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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
一章 門番と皇女
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7.交渉①

 その日、俺と皇女殿下を含めたセントレア番兵団の全員は、セントレア唯一の酒場、「飲んだくれ牧場」に集まっていた。

 番兵団といっても、屈強な人材が(そろ)っているわけでは全くない。

 働き盛りの男衆はこの街の主産業である農業や畜産にかかりきりだし、真っ当に兵士を志す若者は皇都に出る。

 なので、ちゃんと番兵らしい番兵といった風貌の若い衆は番兵団にはいない。女子供、更には奥さんと二人三脚で頑張る老夫婦や、牧場はすっかり息子(むすこ)夫婦に任せていて暇な牧場主のおっちゃんなんかが混じっている。

 彼らと皇女殿下、そして俺がセントレア番兵団の全戦力だ。

 もはや町内会とか地元消防団とか名乗った方が良いのではないか、と本気で心配になるレベルで頼りない面子である。

 いや、町長が団長を兼任しているのであながち冗談では済まないかもしれない。

 

今日(きょう)の議題ですが、まずは先月ぎっくり腰で引退したメアリさんの件からです」

 

 町長の発したその言葉に、和気藹々(わきあいあい)と談笑していた番兵団全員ににわかに緊張が走る。

 字面だけ見れば全然大変な事態ではないのだが、実はこのメアリ(ばあ)さん、セントレアで唯一の医院を切り盛りしていた治癒術士――医者だったのである。

 治癒術士だけならまだしも、医者が居なくなってしまったのは街の一大事だ。

 

「後任はまだ見つからんのか」

 

 小麦農家の(じい)さんが(うめ)くように言った。

 町長は力なく首を振る。

 

「先日から近隣の街や皇都の伝手(つて)にも打診してはいるのですが、残念ながら、今のところはまだ……」

「こんな辺境では無理もあるまい。それに加え、この街は年寄りも多い。激務になるだろう」

「困るのう。わしも昨日(きのう)から腰が痛いのじゃがのう」

 

 (じい)さんにちらちらと横目でアピールされた皇女殿下だが、もうこの手のちょっかいにも慣れたものだ。

 彼女はおもむろに立ち上がり、(じい)さんの背後に回る。

 

「ご老体、腰をお()みしましょう」

「おお、おお、すまんのうマリーちゃん。あとで(あめ)ちゃんをあげるからの」

「いえ、お構いなく。良い練習になります」

 

 魔素(マナ)の操作を覚えた皇女殿下の握力に悶絶(もんぜつ)する(じい)さんの悲鳴を聞きながら、町長は何事もなかったかのように続ける。

 

「タカナシ君、きみの知り合いにお医者様はいませんか」

「え、俺っすか。いや、すみませんが、ちょっと思いつきません」

 

 不意に話を振られたので少々面食らいながら俺は言った。

 医者が居ないのは確かに不便で一大事なのだろうが、いかんせん俺には治癒術士はともかく医者の知り合いなんていない。

 顔が利きそうという意味では最有力な人物は(ほか)にいる。

 マリーだ。

 誰も口には出さないが、この中で一番可能性がありそうなのは皇女殿下であると皆が分かっている。

 だが、この街の住人はマリーを皇女と認めこそすれ、彼女の権威に(すが)ろうとしたことはただの一度もない。

 恐らくは、これからもないだろう。

 何らかの()むを()ない事情でこの街にやってきただろうこの少女に、情けなく(すが)()こうなどとは、誰も考えない。

 町長が俺に話を振ったのは、精一杯の遠回しな要請だろう。彼だけは立場上、最善を尽くす義務がある。

 

「お力になれず申し訳ありません」

 

 当の本人も彼らの気遣いを分かっている。分かっていながら、皇女殿下は頭を下げた。

 

「いやいや、マリーちゃんが謝ることではあるまいて。しかし、使えんのう、タカ坊は」

「おう。そろそろ往生させてやろうか(じい)さん」

 

 俺は殿下のバキボキ按摩(あんま)から解放されたらしい極楽顔の(じい)さんに中指を立てつつも、どうしたものかと思考を巡らせる。

 こういう時、頼りになりそうな人物といえば――

 次の議題である収穫祭についての話を聞きながら、俺は昼飯をパン屋で買うことを決めていた。

 

 

 

 

「なるほど、お医者様ですか……」

 

 事情を聞いたカタリナは、眼鏡(めがね)のつるを押し上げながら顔を曇らせる。

 

「難しい問題ですわね。近隣のどの街もお医者様は不足しているようですし」

「この地方は平和なもんだから忘れてるんでしょうけど、皇国は戦争中なの。最近は特に戦線が上がってるから皇都でも医者は引っ張りだこよ。お国としてもこんな辺境に回す人員はないでしょうね」

 

 クロワッサンを店頭に並べながらサリッサが言った。真面目(まじめ)な顔をしているが、今日(きょう)も猫耳ヘアバンドを装着している。

 あれに対してカタリナが何も言わないということは、やはりカタリナがやらせているのだろう。むごい仕打ちだ。

 しかし、中身は()(かく)、サリッサの容姿は悪くないので若い男は釣れそうではある。

 

「……何よ?」

「いや、別に何でもないぞ」

 

 顔を見ていたら、やたら不機嫌そうな顔をされた。

 元から友好的な関係では全くないにせよ、この間の一件以来、更に嫌われている気がする。

 「蛇蝎(だかつ)(ごと)く嫌い」から「ゴキブリ並に嫌い」になっただけかも知れないが。

 

「そういえば、宿屋に泊まっている方がそれらしい風体でしたわね」

 

 はた、と思い付いたようにカタリナが言う。

 この(くそ)田舎(いなか)にも宿屋は一軒ある。行商や荷馬車の御者なんかがよく使う宿だ。

 存在を忘れかけていたが、俺は脳内で街の地図を広げる。

 

「北門の近くか」

「ええ。確か、白衣を着た若い女性の方でした。一度だけパンを買いにいらっしゃったことがありましたわ」

「そうか。ありがとな」

「いいえ」

 

 白衣を着ているからといって医者とは限らないが、当たってみる価値はあるだろう。

 俺はカタリナからパン袋を受け取ると、ルース・ベーカリーを後にした。

 

「待ちなさい、東洋人」

「あん?」

 

 ドアから出たところで、すぐに後を追ってきたサリッサに捕まる。

 

「あんた相手の顔知らないでしょう。その人が白衣を着てなかったらどうすんのよ」

「何とかなるんじゃないか? 若い女性がこんな街に滞在するなんて滅多にないだろうし、それっぽい人がいたら多分その人だ」

「それはいい加減過ぎるでしょ……仕方ないから、あたしもついて行ってあげるわよ。あたしもその人見たことあるし」

 

 やれやれ、といった感で肩をすくめるサリッサ。

 俺の完全なプランが間違っているとでも言いたげだ。

 

「何でそうなるんだ。というか、仕事はどうするんだ」

「店長に休憩(もら)ってくるから大丈夫よ。待ってなさい」

 

 言うが早いかパン屋の中に戻っていくサリッサ。

 一体どういう風の吹き回しなのだろう。俺はよく分からない寒気に肩を震わせた。

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