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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
二章 時の渦
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25.ささめく雨の街で②

 中近世あたりの技術水準で文明が停滞している現界(セフィロト)において、電話などという文明の利器が存在するわけもなく、遠距離における意思疎通の手段は、一般的に手紙か魔法に限られている。

 前者は陸路、ないしは転移門(ポータル)によって輸送される。転送網が寸断されてしまった今となっては、アズルに手紙を出したとしても返事が返ってくるのに一月以上かかってしまう。そんな暇はない。

 では後者――伝声術と呼ばれる魔法はどうかというと、この魔法、有効距離が非常に短いのである。同じ街の中であれば繋がるのだが、隣町までは届かない。そんな微妙な使い勝手なのだ。当然、アズルまでは絶対に届かない。

 しかも必要な触媒である鉱石が非常に高価であり、実質的に金持ち専用の魔法となっているので、貧乏門番である俺はそもそも習得すらしていない。

 

「まいったな。どうやって連絡をとればいいんだ」

 

 襟足辺りを掻きながらぼやく俺は、マントじみた黒い外套(クローク)を羽織っている。袖がないのでなんだか落ち着かないと抗議したのだが、服飾店でこれをチョイスしてくれたサリッサの言によれば、こういった装いが都会風なのだそうだ。

 田舎者であるところの俺には今ひとつピンとこない。腰の剣帯に差してある長剣の柄や鞘に外套がかかってしまうあたりも、実にしっくりこない。あまり実戦的とは言い難いのではないだろうか。

 

 そんな、真っ黒な装いとなった俺は、ランセリアの商業区にある小洒落たカフェテラスで難しい顔をしたサリッサと顔を突き合わせている。

 テーブル上の焼き菓子(フィナンシェ)は、運ばれてきてから数えて一つ二つほどしか減っていない。日頃のサリッサであれば焼き菓子なんぞ数秒で消滅させているはずだが、今は少々気分が優れないと見える。

 

「まさか、アズルの転移門まで壊れてたなんてね……ちょっと深刻かも」

 

 彼女には現在に至るまでの経緯をかいつまんで説明している。内容についてはアズルで竜に襲撃されて俺だけが転移した、という程度に留め、アリエッタや竜種との戦いについては伏せてある。それらを説明するには、まず俺自身について詳しく説明しなくてはならなくなるからだ。それは避けたい。

 色の白い細面に暗い表情を浮かべて呟くサリッサは、パラソルの向こうに広がる灰色の雲を見上げている。何を思っているのかは分からない。

 ややあってから一通り考えをまとめたらしい彼女は、普段通りの様子で唸った。

 

「うーん……行政府とか騎士団には長距離伝声術の設備があるけど、あたしらには使えないのよね。ああいうのって普通は一般市民に使わせないし」

「え、なんでだよ。俺はともかく、サリッサは騎士だろ。頼めば使わせてもらえるんじゃないか?」

 

 九天の連中は皇国が誇る九大騎士団からの選抜者で構成されている。その一人であるサリッサも当然、それなりの権限を持つ騎士であるはずだ。

 しかし彼女は苦い顔で首を横に振った。

 

「忘れたの? あたしら、死んだことになってるんだけど」

「……あ」

 

 言われて思い出す。

 マリーとミラベルの間で起きた継承戦関連のゴタゴタの中、九天の騎士達は全員戦死扱いで騎士団から除名されている。実際のところは誰一人欠ける事無く健在なのだが、簡単に取り消しがきくような話でもあるまい。

 なにより、サリッサの場合は本人が望まないだろう。彼女を騎士に復帰させる、という手段は俺も取りたくない。

 

 確かに皇女二人の安否は気にかかるが、アズルを離れた際の状況を考えれば喫緊というほどでもないのもある。

 ドーリア勢は生存こそしているものの、竜種は失われ、アリエッタ達がアズルを攻撃する意味はもはや存在しない。であれば、撤退したと考えるのが自然だ。

 マリーとミラベルは無事のはずだ。論理的に考えればそうなる。ただ、確実に無事を確かめなければ俺の気が済まないというだけのこと。そんなもの、騎士を辞したいというサリッサの願いに優先するわけもない。

 

「なにか他の手段を考えないとな」

 

 葛藤を一瞬で終わらせ、そんな手段はないと理解しながらも打ち切るように言う。

 

「もしかするとミラベルの方から連絡を寄越してくるかもしれないわね。あの子なら行政府の設備も自由に使えるでしょうし」

「なるほど……となると、連絡ってどう受け取るんだ。俺、長距離の伝声術ってのがどんなものか知らないんだが、やっぱり光の球が飛んでくるのか?」

「ううん。庁舎に小型の転移門(ポータル)みたいなものが置いてあって、それに話しかけると声を伝えられるのよ。受けるのは行政府の職員ね。もしミラベルが連絡してくるとしたら、たぶん、職員に言伝を頼むんじゃない?」

 

 まるで固定電話だ。

 思わず抱いてしまった感想を口には出さず、俺は焼き菓子をつまみながら頷いた。

 

「なら、まずは市庁舎だな。場所分かったりするか?」

「残念だけど、この街にはあんまり来たことないのよね。ま、後で店員にでも聞きましょ」

 

 話を一段落させると、サリッサはようやく自分の紅茶に口をつける。

 あまり知らない街で見慣れない服装のサリッサがそうしていると、どうにも遠くまで来たものだという実感が今更に沸いてくる。

 何百年も辺境で過ごしていると、ランセリアのような都会は新鮮に思えるようになる。都会といっても異界(クリフォト)のようにコンクリートに染まった景観ではなく、色彩豊かな欧風の街並みだ。アスファルトがあれば落ち着くというものでもないが、慣れないには違いない。

 田舎者丸出しでキョロキョロしていると、持ち前の食欲を取り戻したらしいサリッサが菓子を齧りながら笑った。

 

「その様子じゃ、タカナシもこの街にはあんまり来たことないのね」

「ああ……最後に来たのは五十年以上前だな。たぶん」

 

 何の気なしに口にしてから、しまったと気付く。

 しかし、俺の言葉を冗談と受け取ったらしい黒髪の少女は呆れ顔で肩をすくめると、なめらかな動きでまたひとつ、焼き菓子を手に取る。

 

「ってことは、ほんとにあの田舎街から動かないのね」

 

 セントレアから皇都に出るには、北の果てにあるグラストルという街を経由して大きく迂回するルートを除けば、必ずランセリアを通ることになる。つまり皇国北西部に住んでいながらランセリアにあまり来ない、ということは皇都にもあまり行かないという意味になる。実際その通りなのでなんとも言い難い。

 

「分かんないわね。なんで出身地でもないのにずっとあの街で門番やってるの? あんたくらい剣が使えれば引く手あまたでしょうに」

「それ、よく言われるよ」

 

 いつだったかカタリナにも聞かれた気がする。

 俺にとっては当たり前のことだが、やはり他の人間からすれば変に見えるらしい。

 とはいえ、カタリナに聞かせた話をするわけにもいかない。サリッサにはずっとそのままでいてほしい。

 

「門も壊れちまったし、もし直らなかったら農家でも始めてみるかなあ」

「…………本気? あんた、そういうちゃんとした生き方向いてなさそうだけど」

「人をちゃんとしてないみたいに言うなよ……」

 

 話題逸らしが半分。もう半分は冗談だったのだが、酷い言われようである。

 俺は器用な方じゃないが、やる気を出せば農業もできる気がする。

 たっぷり十年くらいかければできる。たぶん。根拠はない。

 

「……ま、身の振り方も……ゴタゴタが全部片付いてからだな……」

 

 思わぬ方向に進んだ暢気な話題に、ぼんやりと眠気を覚える。

 薬でも盛られたか。などと、疲れた頭にくだらない考えが過ぎる。よくよく考えてみれば前日、前々日ともに一睡もしていないので盛られずとも自然、こうなるだろう。

 アズルにおける一連の騒動の中では常に緊張状態だったので意識していなかったが、こうしてサリッサとのんびり話すことで緊張の糸も切れてしまったらしい。

 疲労も蓄積している。ささめく雨音も、ちょうどよい具合に眠気を誘う。

 寝ない理由がない。

 うつららうつらと船を漕ぐ俺に、サリッサが顔色を変える。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「いや、少し寝るわ。適当に起こしてくれ」

「……はぁ!? ここで!? 風邪ひくわよ!?」

 

 怒鳴られても限界なのである。

 テーブルに突っ伏した数秒後には、俺の意識は眠りに落ちつつあった。

 

 

 落ちながらも、意識の奥底から浮かび上がってくる光景がある。

 寸前にサリッサと交わした暢気な話題のせいだろう。セントレアの畑で芋掘りフォークを動かしている俺の姿があった。

 

 そんな未来はありえない。

 

 俺は往還門を閉じ、誰にも影響せずひっそりと消えるか、異界(クリフォト)――現代日本に帰らなければならない。そう決めている。だから、ありえない。

 他にも誰かがいるような気がして、願望とも夢想ともつかないイメージの中で首を動かす。

 

 誰かを捉えた瞬間、俺の意識は四散して綺麗さっぱり消え去っていた。

 


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