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異世界往還の門番たち  作者: 葦原
二章 時の渦
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12.傭兵騎士団②

 扉を蹴破って突入した廃宿の中には、予想通り人の気配はなかった。捕まえた男が嘘を言ったという可能性もなくはなかったが、廃墟となっている割には人の出入りが多いらしい。埃の積もった床板に無数の靴跡が残されている。

 俺の後に続いて廃宿に足を踏み入れたマリーも、抜き身で携えていた長剣を鞘に戻して床を注視した。光源のない部屋ではよく見えなかったらしく、指先に魔法の明かりを灯しながら口を開く。

 

「まったくの空振りというわけではなさそうだが……」

「やっぱり、連中は引き上げた後だな。都合良く手がかりなんかが落ちてれば嬉しいところだけど、じっくり探してる時間はないし、どうしたもんかな」

 

 俺達はただの門番であって、捜査の専門家ではない。捜索に関する技能など身につけてはいないし、それはマリーも同様だろう。聞くところによるとこの世界には失せ物探しの魔法なども存在するようだが、生憎、習得どころかこの目で見たことすらない。

 何となく足跡の残る方へ廊下を進むと、突き当りの部屋の前で途切れていた。鍵がかかっている扉をまたも蹴破り、埃っぽい小部屋に足を踏み入れる。

 がらんとした部屋の中には、乱雑に毛皮製の寝袋が五つほど転がっていた。その中心に火の灯っていないランタンと、何らかの書類が散らばっている。

 

「実は俺、頭を使うの苦手なんだよ」

「わたしもだ」

 

 やはりミラベルも連れてくるべきだったかも知れない。

 俺とマリーは同時に苦笑し、別々の書類を拾い上げて文面に目を走らせた。幸いにして皇国の公用語――つまるところ英語で書かれていたので、俺にも内容が分からないということはない。ないのだが。

 

「なんだこれ。知らない単語が多いな。なにかの調査記録か」

「どうやらアズル周辺の地下調査に関する記録のようだ。行政府の作成した正式な公文書のようだが……よくも盗み出したものだ」

「地下なんか調べて何をするんだ?」

「主に水道工事だな。地下に水道管を通す際、岩盤などを避ける為に調査するのだ」

「へえ。この国、水道あったのか」

 

 恐らくは俺が想像しているような水道ではないのだろうが、驚きの事実だ。

 辺境に引き篭もっているとどうにも知見が狭くなるらしい。

 

「セントレアなどは井戸だけで事足りるのだが、アズルほどの人口密集地となると井戸だけでは賄えん。アズルの場合は西の山麓から水道を引いているようだ」

「なるほど。物知りだな、マリー」

「ふふん。もっと褒めてもよいぞ」

「また今度な」

 

 この小部屋の前以外には足跡が残っていなかった。つまり、この資料がドーリアの動きを知る為の、唯一の手がかりということになる。

 俺は無い胸を張る少女を放置し、散らばった調査資料の中から地図らしき一枚を拾い上げた。

 そして、地図上――西の街外れに解りやすく印が書き込まれているのを見取り、俺は眉をひそめる。

 こんなあからさまな情報が残されているのは妙だ。

 大体、まだ人目の多い宵の頃合に襲ってきたのだって、強引が過ぎるやり口である。

 何かを焦っているのか。

 或いは、彼らの目的が多少の問題を気にする必要がない段階に入っているのか。

 

「まさか……水道に毒を?」

 

 マリーがぽつりと呟く。

 敵方が利用する水源に毒を仕込むという戦術は、この世界の戦争においてもさほど珍しいことではない。城攻めなどで行われた例があると聞く。

 世にも恐ろしい話だが、効果的な戦術なのだそうだ。地図に印がある地点が水源だとすると、可能性はあるかも知れない。

 

「こんな辺境の住人達を殺してドーリアにどんなメリットがあるのかは分からないが、もしそうなら看過できる話じゃないな」

「うむ。そのような非道は絶対に阻止せねばならん。行こう、タカナシ殿」

 

 憤激の声を発したマリーが小部屋を出て行く。

 俺は、もう一度書類に目をやって思考を巡らせた。もしドーリアの狙いが水源なのだとすると、地下調査の記録を盗む必要などあるだろうか。

 水道の実物を辿っていけば水源には辿り付ける。わざわざ公文書を盗むなどというリスキーな真似をする必要はないはずだ。

 情報が不足しているので断言はできない。しかし、やはり何か裏があるのではと勘繰らずにはいられない。

 

 地図上に記された地点に辿りつくまでに、何かしろの妨害があるだろう。

 だが、捕らえた男程度の騎士であれば、何人来ようがさしたる脅威にならない。彼らの目的が何であれ、計画を挫くことそのものはさほど難しくないはずだ。

 と、俺は考えていた。マリーの後を追って廃宿を出るまではそう考えていたのだが、すぐに考えを改めざるを得なくなった。

 

 

 壊れた扉を跨いで出た先に、鉄色の金属鎧を身に纏った、いかにも騎士然とした若い男の姿があった。

 野性味溢れる顔には無数の古傷が走り、そこはかとなく男の戦歴を窺わせる。片眉を上げてこちらを睥睨した男は、うんざりしたかのような声色でぼやいた。

 

「おいおい、子供(ガキ)だけじゃねえか。宮廷魔術師(メイガス)め、担ぎやがったな」

 

 男はぼやきながらも、携えた長大な槍斧(ハルバード)を持ち上げる。

 硬い表情で応じて剣に手をかけるマリーを左手で制し、俺は一歩前に出る。

 眼前の男から、難敵の気配を感じ取ったからだ。

 

「おう、アルテリア傭兵騎士団、団長のマードックだ。部下を可愛がってくれたそうだな。礼をしにきたぜ」

「傭兵、ね。吹っ掛けてきたのはそっちだろう」

 

 まあな、と苦笑する頭目の男に、俺は腰の長剣を抜いて対峙する。

 

「名乗らねえのか」

「生憎と、俺は名乗るほど立派な人間じゃなくてね」

 

 互いに武器を向けながらも、戦端は開かれない。

 時間を考えると問答無用で斬り伏せたい局面なのだが、マードックの構えに隙はない。相当の達人と見える。

 槍斧という得物も厄介で、リーチに優れる上に攻め手も多彩だ。俺の愛剣も剣というカテゴリーの中では比較的リーチに優れてはいるものの、さすがに長柄の武器には遥かに劣ってしまう。一定以上の技量を持つ者同士の戦いでは、その僅かなアドバンテージが勝敗を決めうる。

 剣同士の戦いなら秒単位で決着を付ける自信があるが、熟練した槍使いとの戦いとなると、そこまで容易にはいかない。過去、サリッサとの戦いが紙一重だったのもそういった理由からだ。

 

「ウッドランド皇国、第十八皇女マリアージュ・マリア・スルーブレイスだ」

 

 空気だけが張り詰める中、俺の後ろに立つマリーが澱みなく言い切った。

 俺とマードックは、向かい合う互いから目を離さないまま、同時に瞠目する。

 

「皇女……だと?」

 

 なぜ馬鹿正直に名乗るのか。

 咎めるべきなのだろうが、言葉にすればマードックに更なる情報を与えてしまうことになる。ぐっと言葉を抑え込み、剣尖を揺らめかせてマードックを牽制するに留める。

 まさか信じはすまい、と願いつつマードックの表情を窺うが、彼は戸惑ったような表情を浮かべてマリーと俺を交互に見ている。

 

「何の冗談だ……ウッドランドの皇女がこんなところにいるわけねえだろ」

「信じてもらえずともよい。さて、マードック殿。貴殿らがドーリアに雇われているのは承知している。この街で何らかの作戦を実行せんとしていることもだ。その上で、ひとつ尋ねたい」

「何をだ」

「その作戦は、この街の住民を巻き込む類のものか」

 

 槍斧を構える男の顔色が変わる。

 動揺から、冷徹な傭兵の顔へ。

 

「おいおい、嬢ちゃん。傭兵が敵に情報を喋るわけねえだろ」

「具体的な内容はよい。イエスかノーかでよいのだ。貴殿もここで敗北するつもりはあるまい。であれば、その程度は漏らしても支障はなかろう」

「肝が据わってんな……まあ、いいか。答えはイエスだよ、嬢ちゃん」

 

 マードックが答えた瞬間、鞘走りの音が響き、俺はマリーが剣を抜いたことを悟る。

 

「感謝する」

「チッ……正義は我らにありってか? 俺らは無辜の民を襲う悪だ、とでも?」

「少し違う」

 

 さらりとした口調で、皇女は言う。

 

「この戦争は我が国から仕掛けたものだ。ドーリアの国土を蹂躙し、侵略を始めたのは我が国なのだ。その側に立つ限り、わたしに正義などない。わたしは無知だが、それくらいの道理は弁えている」

「だったら、なぜ嬢ちゃんは剣を抜いた」

「貴殿が自分で言った通り、貴殿らが無辜の民を襲う悪だからだ。わたしに正義はないが、善悪は厳然として存在すると、わたしは信じている」

「チッ……面倒くせえ。手出ししなけりゃ見逃してやるってのによ」

 

 マードックは舌打ちし、俺を見る。

 

「こっち見んな。俺はややこしい理屈を捏ね回すつもりはねえよ」

「話が分かるじゃねえか、小僧」

「勘違いするな、傭兵。時間が勿体無いだけだ」

 

 金で雇われた人間に戦う理由を説明する時間など、俺にはない。

 皮肉げな笑みを刻むマードックを目掛け、先制の一撃を放つ。練り上げた魔素(マナ)で長剣の切っ先から刺突を飛ばす。

 不可視の突きを、マードックは手にした槍斧で的確に受けた。実体を伴わない剣技では威力に欠く。肉は穿てても、魔素が通った武具は破壊できない。

 剣技と同時に踏み込んでいた俺の長剣と、マードックが振り回した槍斧の斧頭が噛み合い、オレンジの火花を散らす。

 瞬間、すぐさま槍斧が引かれ、穂先部分で突き技を繰り出してくる。

 やはり厄介だ。

 僅かに舌を巻きつつ、身を捻ると同時に槍斧の柄を蹴り上げる。構造上、トップヘビーにならざるを得ない槍斧の重量にバランスを崩すことを期待したのだが、さすがに騎士だ。跳ね上がった槍斧を勢いのままに肩に担ぎ、流れるように背中に回して反対の手で払いを放ってくる。

 想定よりも速い切り返しに、俺は長剣でブロックを余儀なくされた。

 一合の打ち合いで逆転した攻守に、マードックがせせら笑う。押し勝てると踏んだのだろう。確信と共に打ち込まれる槍斧を前に、俺は鋭い息を吐いた。

 

 剣技(グラディオ・アルテ)を行使する。

 

 再度、火花を散らして激突した剣と槍斧は、しかし、一度目と同じ結果をもたらす事はない。鋼鉄の柄の半ばから先が消え失せ、宙を舞う。

 

「な……んだとぉ!?」

 

 驚愕に見舞われる男に、剣技「斬鉄」で槍斧を断ち切った長剣の刃を返し、横薙ぎの斬撃を叩き込む。マードックは咄嗟に残された柄で受けるが、同じく切断されて宙を舞う。完全に得物を喪失した彼は、大きく飛び退いて腰の鞘から剣を抜いた。

 その胴の鎧には、水平に刻まれた傷がある。

 が、手傷を与えた様子はない。鎧を貫けなかったと見える。

 

「チッ、浅かったか」

「クソが! 化物かよ!」

 

 剣を手に跳び下がるマードックを追い、再び踏み込んで長剣を振るう。

 受けてくれれば副武装(サイドウェポン)の剣もへし折れたのだが、それはさすがに読まれている。

 こちらの刃を巧みに受け流すや、くるりと背を向けて一目散に駆け出した。

 

「割に合わねえ! この勝負は預けるぜ!」

 

 分かり易い捨て台詞と共に。

 

「ふざけろ。お前はここで死ね」

 

 本当に殺すつもりなどはないが、敵の主力である傭兵騎士団の頭目を潰せれば、状況がかなり良くなるのは間違いない。

 俺達は闇夜に紛れようと疾走する傭兵の背中を追い掛け、走り出した。

 


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